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手取川の戦いー会戦ー
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天正5年9月。
織田軍は軍議を開いているが話がまとまらず内部分裂を起こしかねない状態となっていた。
「わしゃあ中国討ち入りに行かねばならぬ。こんな負け戦で兵を失うわけにゃいかんのじゃ!」
「秀吉殿、貴公の気持ちわからぬではないが、今は一丸となって上杉に当たらねばならぬ」
「ここで大事な兵を減らすことが不忠に当たるわ。わしは退却する。よいですかな?」
「総大将は儂じゃ。我が命は大殿の命と同じなるぞ?」
「ふん、大殿の威を借るのだけはうまいのう」
「貴様、儂を舐めとるのか? ああん?」
「やかましいわ。儂が従うのは大殿だけじゃ!」
にらみ合う秀吉と長政。周囲の者も成り行きをおろおろと見守る。
「筑前、もうよせ!」
「なんじゃ、又左、お主もこやつの肩を持つか?」
「わかった、もうよい。筑前殿、後で大殿に報告させてもらう。好きになされよ」
「ふん、そうさせてもらうでよ。こんなところで犬死するはごめん被る」
秀吉は肩を怒らせて陣幕を出てゆき、手勢は川幅が狭いと思われる上流に向け去っていった。
「さて、敵は一揆どもを先陣に5万。我らは4万。対抗できなくはないが、背水の陣となっておる」
「北上して松任の陣所に寄って戦うのはいかがか?」
「悪くないが、立て籠もったとて援軍の望みがない。むしろこちらに引き込んで戦うべきでは?」
「上杉は富樫まで出てきておる。指呼の間じゃの。もはや下手に動くと付け込まれるのう」
「なれば松任にて迎え撃つか」
「それで行くしかないな」
消極敵にではあるが意見はまとまり、織田軍は北上した。松任城の目前に加賀一向宗の兵力が展開している。和睦したとはいえ、部隊を並べての行動はとっていない。うまくすれば各個撃破が可能かもしれない。そこに長政は勝機を見出そうとした。
「「「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏」」」
一心不乱に念仏を唱え、竹槍や鉈など、まともな装備を持っていない百姓の群れが押し寄せる。中には土豪なども混じっているが、基本的には襤褸を纏い乱髪をなびかせ、念仏を唱えるか、退けば地獄、進めば極楽と気勢を上げる。
もはや現世に何の未練も持たぬ彼らは死ぬこと自体が救済だった。本願寺の法会などでは、ここで死ねば必ず極楽にたどりつけると、自ら倒れ込んで圧死する者すらいたという。加賀は百姓の持ちたる国となって100年近くが経過しており、もはや筋金入りの門徒がかなりの数を占める。実際には坊主の搾取はかなりひどいものであり、織田の分国のほうが税は安い。だがそのようなことは知らず、坊主に尽くすことが来世への望みと、ひたすらに念仏を唱える姿はいっそ哀れですらあった。
越前で敗れた際に加賀門徒は指揮官たる坊官がかなりの数討ち死にしている。それゆえに統制がとれず、一度進みだしたら方向を変えることも止まることも能わない。
だがそれでも織田を倒さねば坊主どもには未来がない。そのためなら門徒が何人死のうが関係ないとばかりに突撃の号令を出したのだった。
さながら亡者の群れのような一揆勢が前進してくる。彼らは常に飢えており、織田の軍勢は兵糧をたくさん持ってきているぞとの坊主どもの煽りを真に受けて、一心に駆けてくる。前衛の鉄砲隊が火を噴く。轟音とともに一揆の前衛が倒れてゆく。彼らは身を守るべき鎧も盾もないので、銃弾を受ければまず致命傷となる。だが戦死は彼らにとって極楽の門を開く行為にほかならぬ。怯むことも恐れることもなくただひたすらに足を前に進めてくる姿は、歴戦の武者ですらおののくものであった。
一塊の人間の群れが一心不乱に押し寄せる。戦慣れした織田の武者たちは長槍隊を前に出して槍衾で敵の攻勢を押しとどめ、側面攻撃を仕掛けて出血を強いる。錆びた槍や、ささらのようにこぼれた刀を振り回し、鍬、鎌、鉈などの農具を手に押し寄せる一揆勢には効果が薄かった。
弦を引き絞り、弓衆が矢を放つ。山なりの軌道を描いて降り注ぐ矢に手負い討ち死にが増えてゆく。並の軍ならば被害が増えれば足を止め、被害を押さえる手をとったり、退いたりするものだが、一向に崩れる気配すらない。次々と押し寄せる一揆勢を叩き切り、槍で突き、鉄砲を打ち込む。そして人が倒れる。それを踏み越えてまるで何事もなかったかのように迫る一揆衆に、織田勢はどんどんと心身をすり減らしていった。
磯野丹波率いる騎馬武者が敵先陣の側面を突き、一気に陣列を切り裂いた。さすがに足を止めた敵兵を押し戻すことに成功したが、おびただしい戦死者を出しても敵は一切怯んでいない。負傷者を中心に城に収容し、再度一揆勢とにらみ合う。そして非常にまずいことに、一揆勢との戦いで疲労を蓄積させている織田軍の前に、毘沙門天の旗印が翻った。上杉不識庵謙信が着陣したのである。
加賀の戦は新しい場面を迎えた。謙信は配下の部隊を突入させてくる。騎兵が突貫し、こちらの陣列を薄く削るように攻撃してそのまま退く。そして次の部隊が同じように攻撃を仕掛けてきた。車係と呼ばれる波状攻撃で、一度ごとの攻撃は脅威ではないが、途切れることのない攻撃で徐々に被害が蓄積する。次々と新手を繰り出すので、上杉軍は消耗が少ない。そして、今まで円を描くかのような機動を行っていた敵勢が、急進し手薄になっていた陣列を貫いた。分断されかけた部隊は半包囲され、壊滅的な被害を受ける。楔になった部隊を包囲して攻撃することで合流に成功し、何とか押し戻した。
遠藤の勧めに寄り方陣を組み槍衾と牽制射撃で敵の攻勢を食い止める。勝つことより負けない布陣で、退却の機会を図る方針となっていた。
こうして数日の間にらみ合っていたが、お互いに決め手に欠けた状況が続く。長政は粘りづよく兵を指揮し、上杉の鋭鋒をくじき続ける。加賀門徒衆は前哨戦で受けた被害を回復するため再編成の名目で後ろに下がっていた。長年相争っていた間柄だけに、お互い漁夫の利を得ようとしている。そこに織田の付け込むスキである。
さすがに目の前で同士討ちをすることはないが、お互いを警戒している様子が漏れ聞こえてくる。それすら謙信の策ではないかと疑心にかられる者もいた。
そしてさらに二日後、上杉軍の後方に部隊が現れた。その軍は5000ほどで、織田木瓜の旗と、永禄銭の旗印を掲げていた。
織田軍は軍議を開いているが話がまとまらず内部分裂を起こしかねない状態となっていた。
「わしゃあ中国討ち入りに行かねばならぬ。こんな負け戦で兵を失うわけにゃいかんのじゃ!」
「秀吉殿、貴公の気持ちわからぬではないが、今は一丸となって上杉に当たらねばならぬ」
「ここで大事な兵を減らすことが不忠に当たるわ。わしは退却する。よいですかな?」
「総大将は儂じゃ。我が命は大殿の命と同じなるぞ?」
「ふん、大殿の威を借るのだけはうまいのう」
「貴様、儂を舐めとるのか? ああん?」
「やかましいわ。儂が従うのは大殿だけじゃ!」
にらみ合う秀吉と長政。周囲の者も成り行きをおろおろと見守る。
「筑前、もうよせ!」
「なんじゃ、又左、お主もこやつの肩を持つか?」
「わかった、もうよい。筑前殿、後で大殿に報告させてもらう。好きになされよ」
「ふん、そうさせてもらうでよ。こんなところで犬死するはごめん被る」
秀吉は肩を怒らせて陣幕を出てゆき、手勢は川幅が狭いと思われる上流に向け去っていった。
「さて、敵は一揆どもを先陣に5万。我らは4万。対抗できなくはないが、背水の陣となっておる」
「北上して松任の陣所に寄って戦うのはいかがか?」
「悪くないが、立て籠もったとて援軍の望みがない。むしろこちらに引き込んで戦うべきでは?」
「上杉は富樫まで出てきておる。指呼の間じゃの。もはや下手に動くと付け込まれるのう」
「なれば松任にて迎え撃つか」
「それで行くしかないな」
消極敵にではあるが意見はまとまり、織田軍は北上した。松任城の目前に加賀一向宗の兵力が展開している。和睦したとはいえ、部隊を並べての行動はとっていない。うまくすれば各個撃破が可能かもしれない。そこに長政は勝機を見出そうとした。
「「「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏」」」
一心不乱に念仏を唱え、竹槍や鉈など、まともな装備を持っていない百姓の群れが押し寄せる。中には土豪なども混じっているが、基本的には襤褸を纏い乱髪をなびかせ、念仏を唱えるか、退けば地獄、進めば極楽と気勢を上げる。
もはや現世に何の未練も持たぬ彼らは死ぬこと自体が救済だった。本願寺の法会などでは、ここで死ねば必ず極楽にたどりつけると、自ら倒れ込んで圧死する者すらいたという。加賀は百姓の持ちたる国となって100年近くが経過しており、もはや筋金入りの門徒がかなりの数を占める。実際には坊主の搾取はかなりひどいものであり、織田の分国のほうが税は安い。だがそのようなことは知らず、坊主に尽くすことが来世への望みと、ひたすらに念仏を唱える姿はいっそ哀れですらあった。
越前で敗れた際に加賀門徒は指揮官たる坊官がかなりの数討ち死にしている。それゆえに統制がとれず、一度進みだしたら方向を変えることも止まることも能わない。
だがそれでも織田を倒さねば坊主どもには未来がない。そのためなら門徒が何人死のうが関係ないとばかりに突撃の号令を出したのだった。
さながら亡者の群れのような一揆勢が前進してくる。彼らは常に飢えており、織田の軍勢は兵糧をたくさん持ってきているぞとの坊主どもの煽りを真に受けて、一心に駆けてくる。前衛の鉄砲隊が火を噴く。轟音とともに一揆の前衛が倒れてゆく。彼らは身を守るべき鎧も盾もないので、銃弾を受ければまず致命傷となる。だが戦死は彼らにとって極楽の門を開く行為にほかならぬ。怯むことも恐れることもなくただひたすらに足を前に進めてくる姿は、歴戦の武者ですらおののくものであった。
一塊の人間の群れが一心不乱に押し寄せる。戦慣れした織田の武者たちは長槍隊を前に出して槍衾で敵の攻勢を押しとどめ、側面攻撃を仕掛けて出血を強いる。錆びた槍や、ささらのようにこぼれた刀を振り回し、鍬、鎌、鉈などの農具を手に押し寄せる一揆勢には効果が薄かった。
弦を引き絞り、弓衆が矢を放つ。山なりの軌道を描いて降り注ぐ矢に手負い討ち死にが増えてゆく。並の軍ならば被害が増えれば足を止め、被害を押さえる手をとったり、退いたりするものだが、一向に崩れる気配すらない。次々と押し寄せる一揆勢を叩き切り、槍で突き、鉄砲を打ち込む。そして人が倒れる。それを踏み越えてまるで何事もなかったかのように迫る一揆衆に、織田勢はどんどんと心身をすり減らしていった。
磯野丹波率いる騎馬武者が敵先陣の側面を突き、一気に陣列を切り裂いた。さすがに足を止めた敵兵を押し戻すことに成功したが、おびただしい戦死者を出しても敵は一切怯んでいない。負傷者を中心に城に収容し、再度一揆勢とにらみ合う。そして非常にまずいことに、一揆勢との戦いで疲労を蓄積させている織田軍の前に、毘沙門天の旗印が翻った。上杉不識庵謙信が着陣したのである。
加賀の戦は新しい場面を迎えた。謙信は配下の部隊を突入させてくる。騎兵が突貫し、こちらの陣列を薄く削るように攻撃してそのまま退く。そして次の部隊が同じように攻撃を仕掛けてきた。車係と呼ばれる波状攻撃で、一度ごとの攻撃は脅威ではないが、途切れることのない攻撃で徐々に被害が蓄積する。次々と新手を繰り出すので、上杉軍は消耗が少ない。そして、今まで円を描くかのような機動を行っていた敵勢が、急進し手薄になっていた陣列を貫いた。分断されかけた部隊は半包囲され、壊滅的な被害を受ける。楔になった部隊を包囲して攻撃することで合流に成功し、何とか押し戻した。
遠藤の勧めに寄り方陣を組み槍衾と牽制射撃で敵の攻勢を食い止める。勝つことより負けない布陣で、退却の機会を図る方針となっていた。
こうして数日の間にらみ合っていたが、お互いに決め手に欠けた状況が続く。長政は粘りづよく兵を指揮し、上杉の鋭鋒をくじき続ける。加賀門徒衆は前哨戦で受けた被害を回復するため再編成の名目で後ろに下がっていた。長年相争っていた間柄だけに、お互い漁夫の利を得ようとしている。そこに織田の付け込むスキである。
さすがに目の前で同士討ちをすることはないが、お互いを警戒している様子が漏れ聞こえてくる。それすら謙信の策ではないかと疑心にかられる者もいた。
そしてさらに二日後、上杉軍の後方に部隊が現れた。その軍は5000ほどで、織田木瓜の旗と、永禄銭の旗印を掲げていた。
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