乾坤一擲

響 恭也

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天正4年 正月

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 天正4年、正月。
 織田の分国も広がり、岐阜城に集まる重臣も様変わりしてきた。
「前年は皆よく働いてくれた。今年もよろしく頼む」
「家臣一同粉骨して相働きまする!」
「では、新年の宴を始める。乾杯!!」
 いつものあいさつの後宴会が始まる。例年通り婚活が盛んであり、ここぞとばかりに縁を結ぶために目線が飛び交う。秀隆の長子六郎信秀はまだ嫁が決まっていないとあって、売り込みがかなり激しい。津田信行の嫡子信澄は光秀の娘との婚約が決まっていた。光秀自身は嫡男光慶の元服を済ませ、諸侯の間をあいさつ回りに動き回っている。
 秀吉も嫡子信吉(信長の偏諱を得た)の元服を終え、嫁探しのあいさつ回りをしていた。出自はさておき、今は官位持ちの押しも押されもせぬ重臣である。だが、譜代家臣よりも外様方面からの接触が多いあたり、成り上がりものとしての見方は変わらぬかと嘆息する日々でもあった。
 表面上はそのような態度は出さず、寧々を膝の上に乗せ、回ってくる客と談笑していた。そんな時、彼の敬愛する主君が通りかかった。
「おお、秀吉。飲んでおるか?」
「これは大殿。おかげさまで楽しませていただいております」
「であるか。ところで信吉のことだが、儂の小姓としたいがどうか?」
「それは身に余る光栄にございます!」
「うむ、正月が明けたら岐阜によこすがよい」
「はは、城に戻り次第用意を急がせます!」
「そういえば、貴様が築いておる城だが、小谷でもあるまい。新たな名を考えよ」
「はは! そうですなあ…今浜の地に築いておりますので今浜城ですが、新たな世が来たと知らしめるために大殿のお名前を拝領いたし長浜でいかがでしょうか?」
「許す!」
「ありがとうございます」
「見事な返答の褒美じゃ、勘十郎の娘がそろそろ年頃じゃ。信吉の嫁とせよ」
「え?」
「なんじゃ、不満か?」
「いえ…もったいなき仰せにて…」
「お前様、人前で泣いたらいけませぬよ」
「うおおおおおおおおおん!」
 寧々を抱きしめながら人目をはばからず号泣する秀吉。周囲の人間は何事かと目線を向ける。秀吉を妬んでいる者からはついにあの成り上がりものが殿のお叱りを受けたかとほくそ笑む。
「なればこの場をもって話をするか…。皆よく聞け、羽柴筑前は当家の重臣である。我が股肱である。よって、我が姪を嫡子の信吉に嫁がせることとした」
 信長の宣言に周囲がざわつく。秀吉と仲の良いものは拍手を始め、見下していた者は目線をそらしこぶしを握り締めた。独り身の若者は、高嶺の花がまた減ったと見えない涙を流す。
「お主らに聞こう。この筑前と同じ働きができる者は名乗り出よ! 功を上げればこやつより出世させてやる!」
 信長の宣言にさらに場がざわめく。我も我もと立ち上がろうとする。
「だが、筑前よりも力が及ばぬと判断すれば、相応の責をとってもらおう。ちなみにだ、藤吉郎のころから…………」
 信長が秀吉の功績を事細かに説明を始める。それを聞いた周囲の者は新年の宴にもかかわらず静まり返る。たっぷり小半刻ほどしゃべりあげたあたりで帰蝶が信長をげしっと蹴り倒す。
「殿、飲みすぎです!」
 そのまま帰蝶が信長の足を持って引きずっていった。うつぶせのまま。
 信長が事細かに自身の働きを気に留めてくれていたことを知り、秀吉の号泣はとどまるところを知らなかった。寧々の胸にすがってわんわんとなく姿に周囲はもらい泣きする者が増え、また彼を見下していた者もまさに粉骨と言っても過言ではない働きぶりにその態度を改めたという。

「さあ、皆の者、筑前殿のめでたき場である。乾杯じゃ!」
 秀隆が場を盛り上げるためことさらに明るく声を上げる。秀吉の親友を自負する前田利家が大杯になみなみと注がれた酒を干し気勢を上げる。利家の妻、まつは寧々のもとへ行き祝いの言葉を贈っていた。ちなみに利家の長男にも信長の娘が嫁ぐことが決まっている。
 泣き止んだ秀吉はいつも以上に明るく笑い声をあげ、秀吉の働きを聞いてこれまでの態度を詫びに来る者もいた。秀吉は笑って彼らを赦し彼らの杯に酒を注いだ。
 信吉は信長の近習となり、のち父のもとへ将として戻される。織田の親族衆となることが決まっており、同僚からの妬みはあったが、父譲りの機転による働きを見せ、実績で彼らを黙らせたという。

 気絶から目覚めた信長は鼻の頭がひりひりしている理由を思い出せず首をかしげていた。
 それでも気にしても始まらぬと気を取り直し恒例の相撲大会の開幕を告げる。
「ではこれより相撲大会を始める! 上位の者には大会後の見合いの場に出ることを許す。各々励め!」「「「「「おおおおおおおお!」」」」」
「今年は重臣の娘も多数参加しておる。貴様らはこの意味が分かろうな?」
「「「「「「ぬおおおおおおおおおおおお!!!」」」」」
 さて、信長の煽りは想定以上の結果をもたらした。熱が入りすぎて骨折などの重傷者が続出したのである。遺恨を残すことはなかったが、療養が必要なものが多く出たため、参加しなかった者の勤務が春先までがっつり詰まることとなった。また、腕がぶらんとなっている状態で見合いの席に出た剛の者がいたが、見合い相手の娘にドン引きされ、見事に振られたという。南無。
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