乾坤一擲

響 恭也

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技術開発と上洛戦

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 一方そのころ、尾張では秀隆が自重を放り出していた。
 火縄銃の改良を始め、銃床の位置を変え肩当てでの射撃を可能とした。銃身内部にライフリングを刻み、やや加工が難しくなるがどんぐり型の弾丸を作った。雨火縄の作成と、雨中覆いを小型化しよほどの豪雨が降らない限り射撃ができるようにした。
 同時に硝石の自家生産を開始した。これ自体はすぐにできるわけではなかったが、実は以前より材料となる厠の土を集めており、寝かせておいた土が生産可能な状態となってきていたのである。質の良い硝石を得たことにより、発射薬の改善が銃弾の威力を増した。
 岐阜城に献上された新型銃は、射程と貫通力の大幅な向上があった。南蛮胴を貫通するところを目の当たりにした重臣は唖然としていたという。

 河原者、山窩の民と呼ばれた定住地を持たない漂泊の民。川並衆も元々はこういった人々を基とする。もともと河原は天領であり、誰の土地でもないと言われており、それゆえこうした人々が生活する場となっていた。
 国力はすなわち人口である。こうした道々の者と呼ばれる民を秀隆は積極的に取り込もうとした。新田の開拓、商業の振興が基本であるが、旅慣れた彼らは行商人としての素養を持つ。定住の地が持てるとなれば過酷な開拓作業にも不満を持たず働く。知多半島でとれた塩を使っての干物、塩漬けの魚、桑名を得たことにより、現代知識から引っ張り出した真珠養殖などの事業を起こしてゆく。そして出来上がった商品を行商人としての研修を受けた者から行商に出てゆくのである。彼らは現地の情報を持ち帰る諜報員としての側面もあった。そして、織田家、というか秀隆の政策を広め、尾張への移住を促すのである。

 農機具の改善について、鍛冶師をひとまとめにしそこで分業による農機具の生産を行った。規格をそろえることで部品の画一化を図り、大量生産とコストダウンを実現した。鉄製の鋤や鍬は高価すぎてあまり出回らず、農具の性能を上げることで農民の負担軽減と生産力向上につながったのである。河原者の技術として革細工がある。なめす時などにひどい悪臭を発するため場所を選ぶこととなったが、革職人の工房を用意した。
 革細工や鍛冶、陶工などの腕の良い職人に弟子を付け、系統的に技術を学べる環境を作る。親方には水準に達した弟子が何人いるかで褒章が出るため、子弟ともに意欲に燃え、生産量は右肩上がりになっていった。技術は見て盗めなどという戯言は完全に排除した。

 三河において木綿の生産が行われているが、刈谷の水野氏を通じて松平家との交易をおこない、木綿の生産指導とその買い付けを進めた。織田家から肥料として鰯が供与され、生産高は上がってゆく。
 松平家としても金銭収入が上がり、もともと豊富とは言えない軍資金を得る手立てとなることと、木綿は戦略物資となりうる。渥美半島の長い海岸線を利用して、織田家から供与を受けた製塩を行い、奥三河経由で信濃へ輸出する。
 これは織田家からの援助に近い状態で、松平家の財布を織田が握る状況に持っていこうとするものだった。事実経済力ではすでに隔絶しているので、松平側からは手の打ちようがないのである。ただし、ここまでの経済観念を持つものはこの時代には少なく、家康自身も気づかぬまま経済植民地化していった。

 生産力の増大している尾張から入ってくる物資と資金により美濃の開発も進んだ。生活が豊かになったことで国譲り状のうわさ以上に信長を領主として認める動きが多くなり、また厳しい刑罰により治安も見違えるように向上した。
 だが仕官後の月日を経ていない美濃衆を信長は全面的には信用せず、直臣化した地侍を土地から切り離し、常備兵化を進めていった。織田の動員兵力は果てしなく増えた。だが以前のように兵の顔と名前が一致するような規模ではなく、かつての敵兵が降った者が大半である。一国の内ではなく、複数の国にまたがった領国であり、お互いのつながりは薄い。ことによると一時でも不利になれば崩壊しかねない危うさをはらんでいた。それゆえに武装を強化し兵自体の力の向上に努めるのだった。

 永禄11年夏、足利義秋改め義昭が岐阜城に到着する。信長は一族重臣こぞって門前に出迎えた。
 義昭を出迎えた時点ですでに領国に動員令が出され、岐阜城下にもすでに1万近い兵が集っていた。それを見た義昭ら幕臣も、口先だけであった朝倉との違いを見て取ることができた。
「このたび公方様に置かれましては当家にご逗留いただき誠にありがたき仕儀にございます。この弾正忠、犬馬の労を取り、都までの介添えを勤めさせていただきますほどに」
「うむ、役目大義。汝が忠勇はすでに明らかなり。よろしく頼み申しつける」
「はは、ありがたきお言葉にございます」

 信長からの引き出物を目を輝かせて受け取る義昭であったが、金銀珠宝をことさらにありがたがる姿に今までの労苦がしのばれると同情するもの、あさましいと見るもの、さまざまであった。だがこのやり取りを秀隆は一門衆のうちから冷ややかな目で見ていたのである。

「喜六郎、あの御所をいかが見る?」
「人の上に立つ器にあらず。学問はおできになるようですが、腹が据わっておりませぬ」
「ふむ、おぬしもか」
「わたしも?」
「勘十郎も同じことを申しておったわ」
 勘十郎信行は、尾張から勢州総奉行を任じられていた。一門の者を名目上の大将に据え、そこに重臣を与力として配し、実務を執らせる。ただし総大将もただの神輿に非ず、全体の統括を求められる。
 今回の上洛戦で、伊勢方面軍は亀山、長野城より、六角を背後から牽制する任を負っていた。表立っては敵対していない伊勢国司の北畠家とは将軍を通じて不戦の協定を結んでいる。
 同時に越後上杉にも武田の牽制を命じていた。これは形式上のものであったが、武田が出てきてはこの上洛戦は水泡に帰す。そのためにも打てる手はすべて打っておこうということだ。
 実際には駿河に乱入し今川家と争い、そこに北条氏が介入している最中である。それ故、性急に動いてしまおうということでもあった。

 9月、尾張衆を先陣に信長は上洛軍を起こした。総勢二万五千。佐和山にて浅井備前の軍五千を加える。号して四万である。
 六角氏は箕作と観音寺を中心に18の支城を構え迎撃の構えをとる。南近江の戦いが幕を開けようとしていた。
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