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#14 10月12日 ご馳走/1000/事実確認

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 今日も今日とて、湊咲にすべての調理を任せて読書に没頭していた。手伝いを試みるのは無駄だともう悟っているし、調理音を聞きながらの読書はいつも以上に捗る面もある。食事の用意ができるまで、という明確な区切りがあるというのが良いのかもしれない。

 キッチンから聞こえる音がやや落ち着いて、調理があらかた終わった気配がした。皿を並べる手伝いをすべく、本を片付けて立ち上がる。

 調理器具を洗っている湊咲の横からキッチンを覗くと、なんだかいつも以上に品数が多いように見えた。

 取り分けることを前提としているらしい、皿の容積ギリギリまで盛られた料理を運びながら湊咲に尋ねる。

「……なんか今日、いつもより豪華じゃない?」

 気づけば一人暮らし用のテーブルに溢れんばかりの皿が並べられていた。いつもは2、3品くらいで、それでも十分にすごいと思っていたのだけれど。

「ほら、ちょっとお祝いしようかなって」

「お祝い?」

 私の誕生日はまだ遠いし、そもそも知っていたっけ?

「ツイッターのフォロワー、1000人超えてたじゃないですか」

 湊咲は嬉しそうに言った。

 店のアカウントがその数字に至ったのはつい数日前の話だ。よく見ているなと思う。

 自分では確かにちょっとした区切りまで到達したと思ったりもしていたが、誰かから祝ってもらえるとは思っていなかった。なんだか妙に恥ずかしい。

「たまには何品も作ってみたいなって思っていたのもあって」

 普段だって、私からすれば十分すぎたのに。種々の皿がほとんど隙間なく並んだテーブルを見下ろして、湊咲は達成感の滲む笑顔を浮かべている。

「ちょっと作りすぎですね」

「でも全部美味しそうだよ。ありがとね」

「私も1000分の1ですから」

 そう言いながら湊咲も席につく。たくさんの料理越しに、一旦笑顔を引っ込めて。

「あとは……そう」

 歯切れは悪く、もどかしいような、溜めの間があって。

「あのアカウントがなかったら、会えてなかったですし」

 弾みをつけきれていない、どこか内向きの声でそんなことを。

 実際、あの投稿と写真集をきっかけに湊咲が店に来ていなければ、彼女は名前も知らない迷子の酔っぱらいのままだっただろう。

 それはそれとして。

 お互い今更のように照れる。眼の前の空気に、そわそわとしたいたたまれなさが漂っていた。

「まぁ……そう、だね」

 事実は事実なので同意するしかないのだけれども。

 なんだか無性に照れくさくなって、私の言葉までどうしようもなくはっきりしないものになった。背筋が落ち着かず、肩をすくめるように身悶えした。

 しかし目の前の料理は見るからに美味しそうな様子で湯気を漂わせている。このままお見合いしていてもどうしようもないし、空腹は確かに感じていた。

「そう……うん、そうね。そうとして、冷めちゃうのはもったいないから、食べましょう」

 流したつもりで促してみても、自分でも滑稽なほどにぎこちなくなってしまう。

「ですね、はい、そうしましょう」

 湊咲も同じようなものだった。

 大きなオムレツから、自分の小皿に乗る分を取り分ける。断面からはひき肉と玉ねぎを炒めた具材が食欲をそそる溢れ方をしていた。

 頬張ると、バターの香りと卵の柔らかな風味、甘辛く炒められたひき肉のキャッチーな旨味が口の中で混ざり合う。

 まだ漂っている取り扱いに困る色の空気と、背中のむず痒さ。

 それがあってもなお、はっきりと美味しくて。

 会話に困った分を、次の一口で埋めようとしてみる。

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