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#5  7月1日 SNS/律儀な客/品切れです

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 平日の午前11時。平置きの陳列を整え、バイトの子が新しく作ってくれたポップを配置している。平和と言えば平和な、比較的客数の伸びない日だ。

 と思っていたところに、ちょうど近い位置にある入り口の自動ドアが開いた。

「いらっしゃいま……」

 顔を上げ挨拶をしたところで、見知っている顔に停止してしまう。

 涼し気な半袖のワンピース姿、童顔、目元の隈、長い髪に華奢な肩。

 入り口に立っていたのは、先日も助けた迂闊すぎる迷子ないし酔っ払い女だった。私の姿を見て、向こうもぽかんと口を開けて動きを止めている。

 いやもうこれは、偶然というよりも。

「……ストーカー?」

 先に言葉を発してみた。迷子に酔っ払いにストーカーとなると、属性が多いな。もう二度と会うことはないかと思っていたのに。

「……ちがうちがう、違います」

 彼女は両手のひらをこちらに向けて振りながら、慌てた様子で否定した。それから鞄の中を漁り、スマートフォンを取り出して。

「あの、このお店のツイッターの投稿が素敵で、どんなお店なのかなって」

 向けられたスマートフォンの画面を見る。開かれているSNSアプリの上には、見覚えのある、なんなら一言一句身に覚えのある文言が表示されていた。

 嬉しくないと言えば嘘になる。

「……ありがとうございます」

 思わずそう言ってから、失言だったと気づく。予想外の再会に、私も頭が混乱している気がした。

「えっとこれ、もしかして」

 気づかれた。意外と敏いな。道には迷うくせに……

「……そうです、私です」

 まぁ、バレたところでなにか損するわけでもない。常連さんの一部には周知の事実であるし。

「すごい偶然……えっと、本当に、本当に偶然なので」

 現実感がなさそうに彼女は念を押す。

 その言葉が嘘で、やっぱりストーカーだったという線が消えるわけではないが……そんな可能性は考え続けるほうが馬鹿らしい気がした。

「そう、それで、ツイートを見てこの本が欲しくなったので」

 スマートフォンが鞄に仕舞われる。ちなみに、今日はちゃんと充電されていそうだった。

「2駅だし、せっかくだからこのお店で買おうと思って」

 それは間違いなく、ありがたい話だ。投稿を見かけたその指で、通販サイトへ飛ぶ人間が大半だろうに。

「それはありがとうございます……と言いたいところなんだけど」

 実は、今しがた見せられたツイートは割とウケがよかった。その結果として。

「今、在庫ないんですよね」

 わざわざ来店してもらっておいて申し訳ない話だが、追加の発注を掛けたのは昨日だ。今度からは在庫切れ情報もつぶやいたほうがいいかもしれない。

「一応、来週には入ってくる予定だから、予約はできますけど」

 とはいえこの世の中、通販のほうが早いだろうと思いながら。

「えっと、じゃあ、予約で」

 迷う素振りもなく即答される。律儀だった。

「せっかくならここで買いたいですし……急いでいるわけでもないので」

 彼女はそう言って微笑む。これを向けられて悪い気分になる人間はいないだろうというような笑顔で、切羽詰まっていない時はこういう表情もするんだなと思った。

「ありがとうございます、では、あちらで」

「はい」

 当然のように店員と客のやり取りしかしていないが、何か言うべきだっただろうか。正直驚きに脳を占拠されていて、反射的にできる行動しか取れなかった。

 カウンターへ移動してから、予約用の伝票とペンを差し出す。そして彼女がかがみ込むようにして欄を埋める姿が視界に入り、ふと。

「……こういうの、本当はよくないんだけど」

 思ったことをただ抱えていたらそれこそストーカーみたいだと思って、口に出してしまう。

「名前、そう言えば初めて見ました」

「えっ」

 彼女は顔を上げて驚いて。それから納得したようにうなずく。

「そうだ……そうですね……すっかり」

 かがんでいた姿勢を正してから、改めて頭を下げられる。

「羽鳥湊咲といいます。その節はすごくお世話になりました」

 少しだけ照れが混じった雰囲気で、そう名乗った。軽やかな文字の並びが印象に残る。

「鈴川奈緒です。どういたしまして」

 胸元の名札を指先で持ち上げつつ、こちらも名乗り返す。羽鳥湊咲は口の動きで私の名前を繰り返していた。

 一度視線を合わせてから、またなんとなくお互い頭を下げる。急に生まれた余所余所しさと扱いに困る空気に、二人揃って小さく吹き出した。他にどうすることも出来なかったからそうなったが、傍から見ていたら滑稽だったかもしれない。

 奇妙な偶然、突然の再会。

 こんなこともあるんだなと、他人事のように感じながら。カウンターに屈んでペンを走らせる羽鳥湊咲の、形の良いつむじを眺めていた。

 そして羽鳥湊咲は予約伝票を書き終え、深々と頭を下げながら店を出て行った。目当ての本は買えなかったはずだが、どこか上機嫌な後ろ姿に見える。気持ちは分からないでもない。

 そんなところに、様子を見ていたらしい太田さんが声をかけてくる。

「お知り合いだったんですか?」

「まぁ……そうかも」

 なんとも説明しにくい。頭を下げ合ったり笑い合っていたり、傍から見ていたら奇妙なやり取りだっただろう。

 太田さんは首を傾げながら、羽鳥湊咲が出ていった出入り口を眺めている。

「なんか今の人、見たことある気がするんですよねぇ」

「そうなの?」

 大学が同じとか、そういう話だろうか。太田さんの大学は把握しているが、羽鳥湊咲がどこの学生なのかは知らない。ちらりと覗き見た家の様子から、美術系だったりするんじゃないかと勝手に想像はしていた。しかしそうだとすると、太田さんと同じ学校に在籍しているという線はなくなる。

「なんだっけなぁ……」

 太田さんは引き続き首を傾げていた。思い出すことには失敗してしまったらしい。

「それはそうと、鈴川さんのああいうの、珍しかったですね」

 温い感じの笑顔を浮かべながら太田さんは話を変える。

 それを否定することもできなかった。顔なじみのごく一部のお客さんと挨拶を交わすことくらいはあるが、それ以上の会話は滅多にない。

「……まぁ、仕事中だし?」

 適当に言ってみたが、そこまで真面目なわけではない。ただ、お客さんという距離感の他人とするような話題が全くないだけだ。話しかけられても広げられないし、書店員のスキルとして優先順位は低いだろうと思う。

 頭の中に浮かぶ言葉が、どれも言い訳っぽくなるのは気のせいだ。たぶん。
 
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