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学園編 § 学校生活編

第71話 伏見へ

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 僕は眠っていたんだろう。気がつけば車は順調に走っていた。
 僕の腹の上には、2匹の管狐が、ヘビのように長い体を丸めて、すやすやと眠っていた。

 「そいつら、張り切って滅しまくってたぞ。近所の狐狸もかけつけて結構な騒ぎだった。」
 僕が起きたのに気付いたのか、淳平が報告してくれた。
 大将軍よろしく、味方のあやかしやら神やらを焚きつけて、有象無象の処理を行う姿が目に浮かぶようだ。ノリやゼンが見たら、また目んたまひんむくだろうなぁ、と思うと、なんだかおかしくなって、喉の奥で笑った。
 「何?」
 「いや。その様子がノリたちに見られなくて良かったなぁと思って。」
 「まぁな。けど、きれいになってたし、いいんじゃないか。」
 「だな。」
 「そいつらも暴れまくって、霊力スッカラカンだ。飛鳥から吸っとけって言ったんだけど、本人の許可がなきゃだめだ、だってさ。律儀なもんだ。」
 「ハハ。起きたらやるよ。」
 「そうだな。」

 京都の9月はまだまだうだるような暑さだ。
 車窓から見ると、照り返された光が、道路に反射してゆらゆらと蜃気楼のように揺れている。
 しかし、市内はとうに脱出し、あやかしたちが溢れている、ということもなかった。やっぱり問題は市内だけ、ということか。山に入ると、ああいう状況がなくなるのは不思議だ。通常なら、一部を除いて、あやかしなんて、都会より自然豊かな場所を好むんだから。


 しばらくして、伏見に着く。
 下の駐車場に車を止め、そこからは歩きだ。


 伏見は、多数の鳥居が並んで山を登る様子が幻想的だと、観光客にも人気なスポットだ。あの鳥居は寄付によって建てられるから、その寄贈者の名前を見るのも楽しい、と、リピーターなんかは言っている。
 確かにその通りだけど、あそこに名を刻むことそのものに本来は意味がある、ということを知っている人は、一般人では多くないだろう。

 伏見は稲荷神社の総本山。稲荷大社と呼ばれ、その祭神は稲すなわち作物の豊穣をもたらすと言われるあやかし=神だ。狐型のあやかしを眷属とし、自身も好んで白い狐の姿を模す。本人が狐の化身というわけではなく、どうも狐が好きで好んで狐に化けてるだけのようだけど、僕にとってはでっかい白狐のイメージだ。なぜなら会うときはいつもそんな形をしているから。ちなみにしっぽの数はその日の気分、らしい。

 彼女は好奇心が旺盛で、特に人間の生態を聞くのが楽しみのようだ。本人は霊力、自分では神格と言ってるけど、それが高すぎて、動くとあちこちに影響を与えてしまう。だから眷属を目として、様々な情報を集めて貰い、それを物語のように聞くのが好きなんだそうだ。その情報収集の1つの手段が各地の稲荷である。

 稲荷があれば、人は願いを言いに集まってくる。人の願いは、人の生態を知るのにもっともいい素材よ、と、彼女は高らかに笑うんだ。

 彼女は基本的には稲荷大社の外には出ない、いや出られない。
 人や様々な生き物が好きな彼女は、自分がそれらを傷つけるのが我慢ならないのだそう。その昔、霊力の強い人間に頼み、自分がゆったりと暮らせる結界を作って貰い、その中でのみ暮らすことを願った。それが大社の本当の起源だ。
 彼女はこの城のお礼にと、多くの恵みをもたらした。
 ちょうど稲作を始めた時代。
 彼らの願いは稲を成らせよ、もたらせよ、と唱えられたのだという。そこから稲なり。いなり。後に稲を作る、と書くようになる。

 言葉も文字も、ある種の呪術。
 人の名は、その人そのものをいろいろと現す。
 名を知るだけで、どこで何をやっているどんな性格の人物か、神である身では、そこまで分かるのだという。
 そんなこともあって、自らの名を差し出し、自分に加護を、と願った者たちが、彼女の散歩コースに名を刻んだ。もっとも神に届きやすい、神への扉を模したと言われる鳥居に記すことで、自分に目を向けてもらおうと始めたのがきっかけらしい。

 実際、この名を元に、その人生を物語のように垣間見て楽しんでいるのだ、と、彼女は笑う。白い浴衣に白い狐面。人化した彼女の姿は鳥居に似合う。


 そんなことを思うとはなしに思って歩いていると、やがて伏見大社本体に到着した。
 ここでも、鞍馬と同じように、へと回る。一般人が入れない、結界の奥、だ。昔の乱で消失した神跡がある、とされる山上に、本当の意味での神座と、その守人の館が存在する。

 僕は、車を降りるときに霊力を渡して管に収納した管狐をもう一度しっかりと握ると、淳平の後ろをついて、守人の屋敷の前に立った。
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