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学園編 § 編入準備編

第29話 オリエンテーリング 3

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 この学校。中等部は1学年約100名。各学年3クラスとなっている。
 校庭には3つのグループが出来ているから、おそらく各クラス単位に集められているんだろう。そして、各クラスに5、6名の赤ラインがついていて、なにやら青ラインに言ってるようだ。2年が案内すると言ってたから、あれらがグループごとに案内する、という形だろう。
 僕は、紫の腕章を付けている一団の中に連れてこられ、手持ち無沙汰に、子供たちの様子を眺めていた。
 と、同時にあやかしの気配も探る。

 町中には嫌と言うほど溢れていたあやかしが、この学校の中にはほぼいない。
 どうやら強力な結界でも施されているようだ。
 ここで生活するなら、学校の結界も確認しなきゃならないだろうなぁ。誰かがやってくれるんだろうか。正直僕は得意じゃないんだよなぁ。

 !

 ぼんやりとそんなことを考えていたら、強めの力で左肩を捕まれたのを感じて、びくっとした。なんだよ、急に。
 僕は、斜め後ろを見上げると、淳平だ。
 思わず文句を言いかけたが、僕の体を追い越すように上から顔を出して、僕の前にいた人物に話しかけた。

 「ごめんね、会長さん。彼、ずっと英国暮らしで、日本語に反応できなかったみたいだね。あ、私は新学期から理科の先生やることになった矢良先生です。彼とはあっちでちょっと知ってたから、親御さんに頼まれててね。」
 〈飛鳥、彼女ずっと「田口君」て話しかけてましたよ。日本ではファミリーネームで呼ぶことが多いから、しっかりと聞いてね。〉
 『飛鳥、ぼーっとしすぎ。人の目を無視したいのは分かるけど、注目されてるのは仕方ないし、むしろそれをうまく使えっていつも言ってるだろ。で、こいつはお仕置きと実益を兼ねて。しっかり自分への関心リサーチしとけよ。』
 会長、と呼んだ少女の相手をしたあと、僕へと英語での建前的な注意と、念話でだめ出しを同時にしてきた。こういう細かいことがうまくて、僕もなんとか両方の話を聞けるようになってはいるけど、話すのは無理だ。
 やつは僕の頭をいじって、どうやら聴覚を上昇していったらしい。とっとと離れていったけど、小さな声で「その子は飛鳥の素性を知らないから気をつけて。」なんて言ってる声がしっかり聞こえた。

 やつは人の頭をいじって、感覚を拡大させたり縮小させたりするのが得意だが、今回聴覚をいじってお仕置きとか言っていた理由は、すぐに分かった。
 校庭で集められているのは新入生、とはいえ、ほとんどが下からのエスカレーター組。すでに人間関係ができあがっている。
 それは学年が違っても同じで、見知った顔ばかり、といったところだろう。
 そこへ、僕のようなイレギュラー。
 関心がどうしても集まってくる。
 強化された聴力は、否応なしに彼らの噂話を僕の耳に届けた。
 いわく、女じゃないか、だの、家の事情で男の振りをしている、だの、あれで先輩ってないわぁ、だの、帰国子女だっていうし飛び級してるんだよ、だの・・・・
 僕の同級生は、ひょっとしたらお前らのじいさんかひいじいさんだぞ!と言ってやったらどんな顔するだろう。僕はちょっと、そんな誘惑にかられた。

 「大丈夫?」
 会長が、僕の様子に気づいたのか、そもそも、僕を呼んでいたのに無視してしまったことを心配したのか、そんな風に声をかけられた。
 「あ、大丈夫です。」
 「えっと、英語で話す?」
 「大丈夫。両親とは日本語でした。会長さん?は、英語話すんですか?」
 「私の名前は、多々沼衣津子よ。えっと、田口飛鳥君?」
 「はい。」
 「よかった。今日は特別に新入生と一緒にオリエンテーリングに参加して貰います。案内役は私と書記の倉間さん。二人とも3年生よ。あと、さっきの矢良先生と四天寺先生という新任の先生も一緒に見学することになってるわ。」
 僕は頷く。
 「さっき倉間さんには会ったわね。何か分からないことがあったら、私か彼女に聞いてください。それと、さっきの英語を話すか、てお話しだけど、私はESSに入ってるの。」
 「ESS?」
 「英語を勉強するクラブ。主に英語でお芝居をしたり、朗読をしたりするの。よかったら田口君も入らない?」
 「ちょっとイッチー、何抜け駆けして勧誘してるのよ。ねぇ、飛鳥様~。」
 そこへ倉間葵がやってきた。まだ飛鳥様とか言ってる。分かってないのか?
 「えっと・・・倉間先輩殿?」
 「何それ?」
 「日本では、親しくない者同士はファミリーネームで呼ぶと聞きました。僕は飛鳥と呼ばれるほど倉間先輩殿とは親しくないです。えっと、倉間殿先輩?の方が正しいですか?」
 「ちょっと田口君、何その殿って?」
 会長がおかしそうに言う。
 「はい。倉間先輩殿は、僕の名前に様をつけて呼びました。様は尊称ですよね。僕は後輩なので尊称は違うと思いました。しかし下にも尊称、つけること、あるの知ってます。尊称難しい。でも様の上は殿です。違いますか?僕に様なら先輩は殿、です。間違いですか?」
 ハハハハ。
 会長はお腹を抱えて笑い出す。
 「そっか。そりゃ葵が悪いね。葵も何か萌えてるっぽいけど、様はやめて上げよう?田口君、でいいじゃない?親しくなったら飛鳥君。そこまでなれると良いね。でね、田口君。彼女には田倉先輩、だけで大丈夫よ。仲良くなったら葵先輩に昇格して上げてね。」
 会長はウインクしながら、茶目っ気たっぷりに、そう言った。

 「じゃあ、新入生たちも集合した順に出発始めたみたいだし、私たちも先生をお誘いして、出発しましょうか。」
 確かに、新入生たちは移動を始めたようだ。ルートは担当の2年生に任されているらしく、三々五々散っていく。
 散りながらも、僕の性別や年齢、あと、この忌まわしい長髪なんかの噂をしているのがなんとも耳障り。中にはいやな荒い息をしている馬鹿もいて、殴りたい衝動を必死に押さえなきゃならない。会長との会話をしながらも、勝手に入ってくる様々な音声の取捨選択に、頭のリソースを割くのはけっこうしんどい。
 ん?
 泣き声?
 その時、小さい子の泣き声みたいなのが校舎の先から聞こえた気がした。

 「どこからまず行きたい?」
 だからか、会長のそんな質問に、思わず、
 「校舎を見てみたいです。」
 そう答えていた。
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