7 / 7
7.罠に勝手に嵌っただけ
しおりを挟む
「それって……本当に?」
「はい……事実ですわ。――軽蔑しましたか?」
アンジェの告白に驚きながら、少しうれしくなった。
そして、僕はやっと色々な事が見えてきた。
*** ***
アンジェが僕は好きだと自覚したのは学校に通っていたころで、二学年生の時。
隣国の学校は三学年制で、その真ん中。
一番楽しかった時期だ。
そして、その時期からシエラ嬢と王太子殿下が親しくなり始めた。
その関係で僕の事を調べて知ったのだと思ったら、それは違うようで、なんともっと以前から知っていたとの事。
僕はそんなに注目集めるような事をした覚えはない。
成績だって真ん中くらいだし、学校での評価もとにかく標準。
友人付き合いだって身の丈って言うのを知っているから、雲の上の人間と親しくなるなんて事もなく、だからと言って最下層の位置づけという訳でもない。
うーん、と考え込んでいると、アンジェが言いにくそうに言った。
「エーリッヒ様はこの国のお国柄のせいか、女生徒にはたいそう人気でしたのよ」
「なにそれ?」
「優しく紳士で、困っている女性を見捨てず、さりげなく手を貸してくれる、そんな理想の殿方です。我が国――というのもおかしいですが、とにかくわたくしの生まれ育った国では考えられません」
「あー……」
なんとなく分かった。
確かに僕の価値観では女性は守るべきもの、尊ぶべき人という基礎教育がある。
この国では男性は、女性には基本的に優しいし、隣国に比べたらそりゃあ紳士ぞろいだろう。
かく言う僕も、自然と困っている女性がいたら助ける。そこに下心があるわけではなく、そうすることが当然だからだ。
「あの国では男性が女性にそんな事をすることはまずほとんどありません。男性は女性を好きなように扱って、女性はそれを喜んで受け入れる。それが刷り込み的に刷り込まれています。わたくしもそれがおかしいとは全く思っていませんでした」
「生まれ育った国だしねぇ」
「でも、エーリッヒ様に出会って、その優しさに触れて、わたくし今までの自分の考えが馬鹿らしくなってしまったのです」
そんな時に、シエラ令嬢と王太子殿下が急接近して、アンジェは堪えられなくなったとの事。
「わたくしはいずれ王太子妃、そして王妃になるのだとずっと思って我慢してきました。でも、王太子殿下がシエラ令嬢の方がかわいげがあるとか、自分の事を良く分かっているとか、いじらしいとかおっしゃってるのを聞いてしまい、それを隣でシエラ令嬢も聞いていて、うれしいですとか、殿下の事を第一に考えるのはこの国の国民として当然ですなどと言う事をおっしゃっているのを知り、あんなに素晴らしい婚約者がいるのにと、怒りに震えましたわ!」
う、うーん。
なんだか怒りの方向性がおかしい気もしないでもない。
「それで、エーリッヒ様の事がいらないのなら、わたくしがいただこうかと思いまして――……、色々がんばりました」
あ、全部省略された。
一体何をがんばったのか知りたいけど、そこは突っ込んでは駄目なやつだ。
アンジェの笑顔がちょっと怖いから。
「つまり、エーリッヒ様の事好きだったのは二学年生の頃なのです。婚約者もいるのに、違う殿方にうつつを抜かすなんて、はしたない事です」
「えっと、そんな前から僕の事好きだったわけ?」
「ええ、本気ですわ! この気持ちだけは嘘偽りございません」
そこは疑う事はない。
自分の国を捨てる事になっても、ここまで来たその行動がすべてを語っている。
本気でないのなら、ここまでできない。
「信じて、いただけるんですね?」
「そこは、もちろん」
僕はアンジェの事をずっと高嶺の花だと思っていたので、好意はあっても異性として好きという気持ちはほとんどなかった。
だけど、その気持ちを変えたのはアンジェで、僕もそれは別にいやではない。
むしろ、アンジェに選ばれたことを光栄にも思えた。
「あの……大変申し訳ないんだけど、もう一度……触れてもいいかな?」
話を聞き終えて、アンジェがどれほど僕の事を思っていたのか知ると、反応しかかっていた熱が、再び熱くなってきた。
我慢することも出来たけど、触れたい気持ちが強くなる。
アンジェはうれしそうにコクリと頷き目を閉じた。
僕はアンジェにやさしくキスを送り、肌に手を滑らせた。
結局、アンジェが様々な罠を張り巡らせ、僕は勝手にそこに突入して嵌っていったのだけど、ヘタレな僕にはちょうどいいのかも知れない。
お国柄的に、女性の尻に敷かれているほうが家庭関係は上手くいくので、これもまた人生なのだなぁとしみじみ思っていた。
―――完―――
「はい……事実ですわ。――軽蔑しましたか?」
アンジェの告白に驚きながら、少しうれしくなった。
そして、僕はやっと色々な事が見えてきた。
*** ***
アンジェが僕は好きだと自覚したのは学校に通っていたころで、二学年生の時。
隣国の学校は三学年制で、その真ん中。
一番楽しかった時期だ。
そして、その時期からシエラ嬢と王太子殿下が親しくなり始めた。
その関係で僕の事を調べて知ったのだと思ったら、それは違うようで、なんともっと以前から知っていたとの事。
僕はそんなに注目集めるような事をした覚えはない。
成績だって真ん中くらいだし、学校での評価もとにかく標準。
友人付き合いだって身の丈って言うのを知っているから、雲の上の人間と親しくなるなんて事もなく、だからと言って最下層の位置づけという訳でもない。
うーん、と考え込んでいると、アンジェが言いにくそうに言った。
「エーリッヒ様はこの国のお国柄のせいか、女生徒にはたいそう人気でしたのよ」
「なにそれ?」
「優しく紳士で、困っている女性を見捨てず、さりげなく手を貸してくれる、そんな理想の殿方です。我が国――というのもおかしいですが、とにかくわたくしの生まれ育った国では考えられません」
「あー……」
なんとなく分かった。
確かに僕の価値観では女性は守るべきもの、尊ぶべき人という基礎教育がある。
この国では男性は、女性には基本的に優しいし、隣国に比べたらそりゃあ紳士ぞろいだろう。
かく言う僕も、自然と困っている女性がいたら助ける。そこに下心があるわけではなく、そうすることが当然だからだ。
「あの国では男性が女性にそんな事をすることはまずほとんどありません。男性は女性を好きなように扱って、女性はそれを喜んで受け入れる。それが刷り込み的に刷り込まれています。わたくしもそれがおかしいとは全く思っていませんでした」
「生まれ育った国だしねぇ」
「でも、エーリッヒ様に出会って、その優しさに触れて、わたくし今までの自分の考えが馬鹿らしくなってしまったのです」
そんな時に、シエラ令嬢と王太子殿下が急接近して、アンジェは堪えられなくなったとの事。
「わたくしはいずれ王太子妃、そして王妃になるのだとずっと思って我慢してきました。でも、王太子殿下がシエラ令嬢の方がかわいげがあるとか、自分の事を良く分かっているとか、いじらしいとかおっしゃってるのを聞いてしまい、それを隣でシエラ令嬢も聞いていて、うれしいですとか、殿下の事を第一に考えるのはこの国の国民として当然ですなどと言う事をおっしゃっているのを知り、あんなに素晴らしい婚約者がいるのにと、怒りに震えましたわ!」
う、うーん。
なんだか怒りの方向性がおかしい気もしないでもない。
「それで、エーリッヒ様の事がいらないのなら、わたくしがいただこうかと思いまして――……、色々がんばりました」
あ、全部省略された。
一体何をがんばったのか知りたいけど、そこは突っ込んでは駄目なやつだ。
アンジェの笑顔がちょっと怖いから。
「つまり、エーリッヒ様の事好きだったのは二学年生の頃なのです。婚約者もいるのに、違う殿方にうつつを抜かすなんて、はしたない事です」
「えっと、そんな前から僕の事好きだったわけ?」
「ええ、本気ですわ! この気持ちだけは嘘偽りございません」
そこは疑う事はない。
自分の国を捨てる事になっても、ここまで来たその行動がすべてを語っている。
本気でないのなら、ここまでできない。
「信じて、いただけるんですね?」
「そこは、もちろん」
僕はアンジェの事をずっと高嶺の花だと思っていたので、好意はあっても異性として好きという気持ちはほとんどなかった。
だけど、その気持ちを変えたのはアンジェで、僕もそれは別にいやではない。
むしろ、アンジェに選ばれたことを光栄にも思えた。
「あの……大変申し訳ないんだけど、もう一度……触れてもいいかな?」
話を聞き終えて、アンジェがどれほど僕の事を思っていたのか知ると、反応しかかっていた熱が、再び熱くなってきた。
我慢することも出来たけど、触れたい気持ちが強くなる。
アンジェはうれしそうにコクリと頷き目を閉じた。
僕はアンジェにやさしくキスを送り、肌に手を滑らせた。
結局、アンジェが様々な罠を張り巡らせ、僕は勝手にそこに突入して嵌っていったのだけど、ヘタレな僕にはちょうどいいのかも知れない。
お国柄的に、女性の尻に敷かれているほうが家庭関係は上手くいくので、これもまた人生なのだなぁとしみじみ思っていた。
―――完―――
65
お気に入りに追加
1,024
この作品は感想を受け付けておりません。
あなたにおすすめの小説
婚約破棄直前に倒れた悪役令嬢は、愛を抱いたまま退場したい
矢口愛留
恋愛
【全11話】
学園の卒業パーティーで、公爵令嬢クロエは、第一王子スティーブに婚約破棄をされそうになっていた。
しかし、婚約破棄を宣言される前に、クロエは倒れてしまう。
クロエの余命があと一年ということがわかり、スティーブは、自身の感じていた違和感の元を探り始める。
スティーブは真実にたどり着き、クロエに一つの約束を残して、ある選択をするのだった。
※一話あたり短めです。
※ベリーズカフェにも投稿しております。
どうして私にこだわるんですか!?
風見ゆうみ
恋愛
「手柄をたてて君に似合う男になって帰ってくる」そう言って旅立って行った婚約者は三年後、伯爵の爵位をいただくのですが、それと同時に旅先で出会った令嬢との結婚が決まったそうです。
それを知った伯爵令嬢である私、リノア・ブルーミングは悲しい気持ちなんて全くわいてきませんでした。だって、そんな事になるだろうなってわかってましたから!
婚約破棄されて捨てられたという噂が広まり、もう結婚は無理かな、と諦めていたら、なんと辺境伯から結婚の申し出が! その方は冷酷、無口で有名な方。おっとりした私なんて、すぐに捨てられてしまう、そう思ったので、うまーくお断りして田舎でゆっくり過ごそうと思ったら、なぜか結婚のお断りを断られてしまう。
え!? そんな事ってあるんですか? しかもなぜか、元婚約者とその彼女が田舎に引っ越した私を追いかけてきて!?
おっとりマイペースなヒロインとヒロインに恋をしている辺境伯とのラブコメです。ざまぁは後半です。
※独自の世界観ですので、設定はゆるめ、ご都合主義です。
愛する貴方の愛する彼女の愛する人から愛されています
秘密 (秘翠ミツキ)
恋愛
「ユスティーナ様、ごめんなさい。今日はレナードとお茶をしたい気分だからお借りしますね」
先に彼とお茶の約束していたのは私なのに……。
「ジュディットがどうしても二人きりが良いと聞かなくてな」「すまない」貴方はそう言って、婚約者の私ではなく、何時も彼女を優先させる。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
公爵令嬢のユスティーナには愛する婚約者の第二王子であるレナードがいる。
だがレナードには、恋慕する女性がいた。その女性は侯爵令嬢のジュディット。絶世の美女と呼ばれている彼女は、彼の兄である王太子のヴォルフラムの婚約者だった。
そんなジュディットは、事ある事にレナードの元を訪れてはユスティーナとレナードとの仲を邪魔してくる。だがレナードは彼女を諌めるどころか、彼女を庇い彼女を何時も優先させる。例えユスティーナがレナードと先に約束をしていたとしても、ジュディットが一言言えば彼は彼女の言いなりだ。だがそんなジュディットは、実は自分の婚約者のヴォルフラムにぞっこんだった。だがしかし、ヴォルフラムはジュディットに全く関心がないようで、相手にされていない。どうやらヴォルフラムにも別に想う女性がいるようで……。
婚約破棄が国を亡ぼす~愚かな王太子たちはそれに気づかなかったようで~
みやび
恋愛
冤罪で婚約破棄などする国の先などたかが知れている。
全くの無実で婚約を破棄された公爵令嬢。
それをあざ笑う人々。
そんな国が亡びるまでほとんど時間は要らなかった。
精霊の愛し子が濡れ衣を着せられ、婚約破棄された結果
あーもんど
恋愛
「アリス!私は真実の愛に目覚めたんだ!君との婚約を白紙に戻して欲しい!」
ある日の朝、突然家に押し掛けてきた婚約者───ノア・アレクサンダー公爵令息に婚約解消を申し込まれたアリス・ベネット伯爵令嬢。
婚約解消に同意したアリスだったが、ノアに『解消理由をそちらに非があるように偽装して欲しい』と頼まれる。
当然ながら、アリスはそれを拒否。
他に女を作って、婚約解消を申し込まれただけでも屈辱なのに、そのうえ解消理由を偽装するなど有り得ない。
『そこをなんとか······』と食い下がるノアをアリスは叱咤し、屋敷から追い出した。
その数日後、アカデミーの卒業パーティーへ出席したアリスはノアと再会する。
彼の隣には想い人と思われる女性の姿が·····。
『まだ正式に婚約解消した訳でもないのに、他の女とパーティーに出席するだなんて·····』と呆れ返るアリスに、ノアは大声で叫んだ。
「アリス・ベネット伯爵令嬢!君との婚約を破棄させてもらう!婚約者が居ながら、他の男と寝た君とは結婚出来ない!」
濡れ衣を着せられたアリスはノアを冷めた目で見つめる。
······もう我慢の限界です。この男にはほとほと愛想が尽きました。
復讐を誓ったアリスは────精霊王の名を呼んだ。
※本作を読んでご気分を害される可能性がありますので、閲覧注意です(詳しくは感想欄の方をご参照してください)
※息抜き作品です。クオリティはそこまで高くありません。
※本作のざまぁは物理です。社会的制裁などは特にありません。
※hotランキング一位ありがとうございます(2020/12/01)
婚約破棄され家を出た傷心令嬢は辺境伯に拾われ溺愛されるそうです 〜今更謝っても、もう遅いですよ?〜
八代奏多
恋愛
「フィーナ、すまないが貴女との婚約を破棄させてもらう」
侯爵令嬢のフィーナ・アストリアがパーティー中に婚約者のクラウス王太子から告げられたのはそんな言葉だった。
その王太子は隣に寄り添う公爵令嬢に愛おしげな視線を向けていて、フィーナが捨てられたのは明らかだった。
フィーナは失意してパーティー会場から逃げるように抜け出す。
そして、婚約破棄されてしまった自分のせいで家族に迷惑がかからないように侯爵家当主の父に勘当するようにお願いした。
そうして身分を捨てたフィーナは生活費を稼ぐために魔法技術が発達していない隣国に渡ろうとするも、道中で魔物に襲われて意識を失ってしまう。
死にたくないと思いながら目を開けると、若い男に助け出されていて……
※小説家になろう様・カクヨム様でも公開しております。
溺愛を作ることはできないけれど……~自称病弱な妹に婚約者を寝取られた伯爵令嬢は、イケメン幼馴染と浮気防止の魔道具を開発する仕事に生きる~
弓はあと
恋愛
「センティア、君との婚約は破棄させてもらう。病弱な妹を苛めるような酷い女とは結婚できない」
……病弱な妹?
はて……誰の事でしょう??
今目の前で私に婚約破棄を告げたジラーニ様は、男ふたり兄弟の次男ですし。
私に妹は、元気な義妹がひとりしかいないけれど。
そう、貴方の腕に胸を押しつけるようにして腕を絡ませているアムエッタ、ただひとりです。
※現実世界とは違う異世界のお話です。
※全体的に浮気がテーマの話なので、念のためR15にしています。詳細な性描写はありません。
※設定ゆるめ、ご都合主義です。
※感想欄はネタバレ配慮しておりません。
婚約破棄したなら帰らせて!こんな国どうなっても知りません!
gacchi
恋愛
好きでもない王子からの婚約破棄は嬉しかったのに、どうしてそのまま帰してくれないの!?義妹を喜ばせるためだけに媚薬を飲ませた上で令息に追いかけさせるって、それはあまりにもひどすぎるでしょう?こうなったらきっちり仕返しします!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる