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4.迂闊な自分を殴りたい
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「お、こっちだ、こっち! 久しぶりだな!」
「よお、元気だったか? 隣の国とは言っても、さすがに首都は遠いな」
肩を叩きあって、笑い合う気兼ねない相手、それは卒業式以来に会う友人だった。
*** ***
「今日は楽しかったですか?」
自宅の居間でくつろいでいると、アンジェが寄り添うように横に座る。
そして、空になっていたグラスにワインを注いでくれた。
アンジェが我が家で暮らし始めて数か月、すっかりその距離感に慣れてしまった。
「確か、初年度からのご友人でしたわね?」
「うん、よく知ってるね」
「ええ、エーリッヒ様の事はなんでも」
シエラ嬢関連でアンジェが僕を警戒して調べているかもしれないと思ったけど、どうやらその通りだったらしい。
なんというか、アンジェは僕の事をよく知っていた。
そして、両親の事も。
でも、アンジェにとってみれば、僕は敵側の人間に見えていたわけだし、調べられるのは仕方がないと思っている。
そして、別に調べられても困るような事はないので、隠すこともしていない。
「なんだか、ごめん。僕ばかり……」
「気にしないで下さいと言ったはずですわ。わたくしは今、とても幸せなのですから、気兼ねしないでください」
僕は頻繁に、向こうの友人に連絡を取っていて、たまに会うこともある。
もちろん、ただ遊びに行くだけでもないけど、やはりアンジェには申し訳ない。
僕は堂々と友人に会えるのに、アンジェは隣国から国外追放された身で、気軽に友人に会う事どころか、手紙を送ることも出来ないのだ。
実は、こっそり手紙を渡そうかと言ったことがあったが、大丈夫ですと断られてしまった。
僕に迷惑をかけたくない気持ちが伝わったけど、そのうち頼まれた時にはきちんと届けようと思って、それ以上は何も言わなかった。
「ところで、何かあったのですか? どことなく難しい顔をされていましたが……」
「うーん、なんか向こうの国は今少しごたついているみたいなんだ」
まだ市中にはそれほど伝わっていないから、隣国までは届いていないが、友人が仕事でこちらに来たときに教えてくれた。
ただし、これをアンジェに言うのは躊躇われた。
「一人で悩まないで下さい。わたくしにも関係のある事でしたら教えて頂きたく思います」
真剣に訴えられて、僕は頷いて、友人に聞いたことをアンジェにも話してやる。
「なんでも、王太子殿下が王太子を下ろされるそうだ。その理由が、シエラ嬢で、彼女は社交界でやりたい放題なんだと。方々の奥方から反感を買い、更には王妃殿下からも怒りを買っているとか」
「そうですか」
「それなのに、王太子はむしろ王妃殿下やその後ろ盾さえも非難して、シエラ嬢を擁護するから、ますます泥沼化。結局、政務さえも疎かにし始めている彼を下ろして、シエラ嬢は王室反逆罪で裁かれるという事だ」
内々の決定らしく、緘口令が敷かれているのだが、貴族はほぼ全て知っているらしい。
王家は自分を律し、民を導くものだ。
わがまま放題していたのだから、仕方ない結果ともいえる。
ただ、僕はもともとこの国の人間だからなのか、そこまで隣国の行く末がどうなるのかは興味がない。
第二王子殿下はかなり優れた人物だと聞くので、きっと平穏に終わるだろうとは思っているけど。
でも、アンジェにしてみたら、あまりいい気分ではないんだろうな。
ちらりとアンジェを見れば、彼女は僕の方を見ながら、どこか表情が暗い。
「あの、心配ですか?」
何が? と返しそうになったが、たぶん今日会った友人のことだと察した。
さっきまで、友人の話をしていたし、この話をもたらしてくれたのは友人だったから。
さすがに隣国の行く末はどうでもいいが、それによって多くの人が左右されると思うと、心配ではある。
特別反第二王子派ってわけではなかったはずなので、大丈夫だとは思う。
「やっぱり、少しは心配だけど、僕に出来る事は無いからなぁ」
隣国での伝手を探しているのなら、力になれるけど、そういうつもりはなさそうなので、ただ手紙で愚痴を聞くだけだ。
「そうですか……エーリッヒ様はお優しいのですね……」
「えー? そうかなぁ。特別優しくはないけど……」
話を聞く前はそれなりに上機嫌だったのに、今や萎れた花のようなアンジェ。
その姿を見てやはり、聞かせるべきではなかったか、と反省した。
「わたくし、失礼いたしますわ」
「あ、うん。送るよ」
「いいえ、結構ですわ。今エーリッヒ様と一緒にいると、わたくし何をするか分かりませんもの」
明確な拒絶に、僕はかける言葉もない。
何か月も同じ家で暮らしているのに、僕はアンジェが今何を考えているのか分からず、結局、アンジェの事をきちんと理解できていなかったのだと痛感した。
楽しそうに暮らしていたから、多少は吹っ切れたのかと思っていてが、アンジェにとっては生まれ故郷。
しかも、婚約破棄までした相手の事だ。
冷静で居られるはずがない。
部屋に戻ると背を向けたアンジェは負を背負っていて、そんな姿を見たことのなかった僕は、考えなしで話した自分を殴り飛ばしてやりたい気分になった。
「よお、元気だったか? 隣の国とは言っても、さすがに首都は遠いな」
肩を叩きあって、笑い合う気兼ねない相手、それは卒業式以来に会う友人だった。
*** ***
「今日は楽しかったですか?」
自宅の居間でくつろいでいると、アンジェが寄り添うように横に座る。
そして、空になっていたグラスにワインを注いでくれた。
アンジェが我が家で暮らし始めて数か月、すっかりその距離感に慣れてしまった。
「確か、初年度からのご友人でしたわね?」
「うん、よく知ってるね」
「ええ、エーリッヒ様の事はなんでも」
シエラ嬢関連でアンジェが僕を警戒して調べているかもしれないと思ったけど、どうやらその通りだったらしい。
なんというか、アンジェは僕の事をよく知っていた。
そして、両親の事も。
でも、アンジェにとってみれば、僕は敵側の人間に見えていたわけだし、調べられるのは仕方がないと思っている。
そして、別に調べられても困るような事はないので、隠すこともしていない。
「なんだか、ごめん。僕ばかり……」
「気にしないで下さいと言ったはずですわ。わたくしは今、とても幸せなのですから、気兼ねしないでください」
僕は頻繁に、向こうの友人に連絡を取っていて、たまに会うこともある。
もちろん、ただ遊びに行くだけでもないけど、やはりアンジェには申し訳ない。
僕は堂々と友人に会えるのに、アンジェは隣国から国外追放された身で、気軽に友人に会う事どころか、手紙を送ることも出来ないのだ。
実は、こっそり手紙を渡そうかと言ったことがあったが、大丈夫ですと断られてしまった。
僕に迷惑をかけたくない気持ちが伝わったけど、そのうち頼まれた時にはきちんと届けようと思って、それ以上は何も言わなかった。
「ところで、何かあったのですか? どことなく難しい顔をされていましたが……」
「うーん、なんか向こうの国は今少しごたついているみたいなんだ」
まだ市中にはそれほど伝わっていないから、隣国までは届いていないが、友人が仕事でこちらに来たときに教えてくれた。
ただし、これをアンジェに言うのは躊躇われた。
「一人で悩まないで下さい。わたくしにも関係のある事でしたら教えて頂きたく思います」
真剣に訴えられて、僕は頷いて、友人に聞いたことをアンジェにも話してやる。
「なんでも、王太子殿下が王太子を下ろされるそうだ。その理由が、シエラ嬢で、彼女は社交界でやりたい放題なんだと。方々の奥方から反感を買い、更には王妃殿下からも怒りを買っているとか」
「そうですか」
「それなのに、王太子はむしろ王妃殿下やその後ろ盾さえも非難して、シエラ嬢を擁護するから、ますます泥沼化。結局、政務さえも疎かにし始めている彼を下ろして、シエラ嬢は王室反逆罪で裁かれるという事だ」
内々の決定らしく、緘口令が敷かれているのだが、貴族はほぼ全て知っているらしい。
王家は自分を律し、民を導くものだ。
わがまま放題していたのだから、仕方ない結果ともいえる。
ただ、僕はもともとこの国の人間だからなのか、そこまで隣国の行く末がどうなるのかは興味がない。
第二王子殿下はかなり優れた人物だと聞くので、きっと平穏に終わるだろうとは思っているけど。
でも、アンジェにしてみたら、あまりいい気分ではないんだろうな。
ちらりとアンジェを見れば、彼女は僕の方を見ながら、どこか表情が暗い。
「あの、心配ですか?」
何が? と返しそうになったが、たぶん今日会った友人のことだと察した。
さっきまで、友人の話をしていたし、この話をもたらしてくれたのは友人だったから。
さすがに隣国の行く末はどうでもいいが、それによって多くの人が左右されると思うと、心配ではある。
特別反第二王子派ってわけではなかったはずなので、大丈夫だとは思う。
「やっぱり、少しは心配だけど、僕に出来る事は無いからなぁ」
隣国での伝手を探しているのなら、力になれるけど、そういうつもりはなさそうなので、ただ手紙で愚痴を聞くだけだ。
「そうですか……エーリッヒ様はお優しいのですね……」
「えー? そうかなぁ。特別優しくはないけど……」
話を聞く前はそれなりに上機嫌だったのに、今や萎れた花のようなアンジェ。
その姿を見てやはり、聞かせるべきではなかったか、と反省した。
「わたくし、失礼いたしますわ」
「あ、うん。送るよ」
「いいえ、結構ですわ。今エーリッヒ様と一緒にいると、わたくし何をするか分かりませんもの」
明確な拒絶に、僕はかける言葉もない。
何か月も同じ家で暮らしているのに、僕はアンジェが今何を考えているのか分からず、結局、アンジェの事をきちんと理解できていなかったのだと痛感した。
楽しそうに暮らしていたから、多少は吹っ切れたのかと思っていてが、アンジェにとっては生まれ故郷。
しかも、婚約破棄までした相手の事だ。
冷静で居られるはずがない。
部屋に戻ると背を向けたアンジェは負を背負っていて、そんな姿を見たことのなかった僕は、考えなしで話した自分を殴り飛ばしてやりたい気分になった。
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