3 / 7
3.美人の笑顔は可愛らしいが、怖い時もある
しおりを挟む
「わたくしの事はアンジェとお呼びください。ここではただの従業員なのですから。それに敬語もいりませんわ」
「いやー、そういうわけにも……」
「いいえ、きちんと主従の関係はしっかり序列として作った方がよろしいかと思います。いいですか、そもそも――……」
これではまるで教師のようだったが、アンジェリーナ様――いや、アンジェは至らない僕にとっては有難い存在になった。
*** ***
結局だ、両親は大歓迎だったし、僕にも特別断る理由もなく、アンジェは僕の家で暮らし、従業員となって父の運営する商会を手伝う事になった。
なんだか、すでに実の息子よりも頼っているのはどうなんだろうと思いながらも、そもそもアンジェと僕とでは頭の出来が違う。
自慢ではないがもともと投資系に関しては天才的とまで言われているけど、商会の運営に関しては全く関心もなかった。特に流行や物流に関しては興味なく、たぶんそのうち、商会の中で父の腹心の部下が跡取りになるんだろうなぁぐらいにしか考えていなかった。
父の方は若干残念に思いつつも、自分の父が起こし、自分が発展させて大きくしたこの商会をど素人の僕がつぶすよりはましだと思っていそうだ。
とまあ、そんな感じで、人脈ぐらいは築けと隣国に放り出されたわけだけど、その人脈? の中で一番は彼女――アンジェだったという訳だ。
アンジェは本当に恐ろしいほど頭が切れる人だった。
むしろ、その先読み力は未来が見えていると僕は思っている。
特に女性の品に関しては、誰も右に出る者はいない。
さすがは社交界の華、流行に関しては敏感だ。
しかし、もちろんアンジェも少なからず下々が行うようなこともする。
その一つが開店前に店の外を掃除する事だった。
実はこれは、あまり人気がない。
店の中を綺麗にするのは分かるけど、どうして外までと考えるやつが多いのだ。
その意味をきちんと理解して、外掃除を行っている者は、結構重要な役割についている人ばかり。
僕はアンジェに、この外掃除の意味を訪ねてみた。
理解しているのかどうか、ちょっとしたテストも兼ねている。
アンジェは一瞬キョトンとした後に、微笑んだ。
「もちろんですわ。外の掃除をすると、やはり建物外観が良く見えます。そうすれば、お客様の目にも自然と目に留まり、入りやすくなります」
そうそう、これだ。
一見分からないが、やはり、周りの店に比べ外も綺麗にしておくと、人はこの店は外にも気を配る店なのだと考えてくれて、それならきっと対応も良いに違いないと思ってくれる。
僕はうんうんと頷いた。
そんな僕に、アンジェは更に言う。
「ほかにも、開店前の行きかう人に挨拶するだけで好印象ですし、顔を覚えてらえます。顔見知りになれば、人は自然と色々話してくれるものです。特に主婦層なんかは、驚く程情報通でして、お得情報や今後の流行なんかも教えてくれますし、商会の従業員についても教えてくれるんですよ。利用しない手はありません」
「うん、僕以上に重要に考えていて驚きだよ」
ふふっと可愛らしく微笑みながらも、言っていることは若干黒い。
でも、美人は微笑めばなんでも許されるというのは、本当なんだという事がわかった。
「ところで、エーリッヒ様。こちらで何を? 確か商会長から仕事を言い渡されていましたよね?」
ぎくっと肩を震わせて、アンジェの視線から逃れようと視線が彷徨う。
今の僕は、父から取引先の選定を任されている。
流行や物流に関してはからきしだけど、投資先として取引先を選定するのは僕の方が得意というわけなんだが。
細かい資料ばかり眺めているとたまにはちょっと休憩が必要なわけで――……
「エーリッヒ様? そういえば半鐘前も、そんな事をおっしゃっていませんでした? さあ、行きますよ? きっと商会長がお待ちです」
ぐいっと腕を取られて、逃がさないと言わんばかりにアンジェの腕が僕の腕に絡みつく。
わざとではないのかと思えるほど、密着してくるのでそれとなく男の心理について話したことがあったけど、まったく理解されていないようだ。
いや、うん。
アンジェは美人なうえ、僕好みの豊かな胸を持っていて、ちょっとたまにやばいんだよなー、とか考えながらも、男は結局馬鹿だから、美人にこうして触れられれば、やめてほしいと振り払う事はない。
むしろ役得役得とニヤついてしまう。
完全に、駄目な雇い主パターンだ。
アンジェを見下ろしながら、ふと、そういえばシエラ嬢は今どうしているんだろうとかどうでもいい事を思い出した。
すると、何かを察したのか、アンジェが急に顔を上げ、満面の笑みで問いかけた。
「何か考え事でも?」
「え、いや……何でもないです」
その笑みが空恐ろしく感じ、僕は何でもないと誤魔化す。
美人に笑顔ですごまれると、怖いんだなという事も今日知った。
「いやー、そういうわけにも……」
「いいえ、きちんと主従の関係はしっかり序列として作った方がよろしいかと思います。いいですか、そもそも――……」
これではまるで教師のようだったが、アンジェリーナ様――いや、アンジェは至らない僕にとっては有難い存在になった。
*** ***
結局だ、両親は大歓迎だったし、僕にも特別断る理由もなく、アンジェは僕の家で暮らし、従業員となって父の運営する商会を手伝う事になった。
なんだか、すでに実の息子よりも頼っているのはどうなんだろうと思いながらも、そもそもアンジェと僕とでは頭の出来が違う。
自慢ではないがもともと投資系に関しては天才的とまで言われているけど、商会の運営に関しては全く関心もなかった。特に流行や物流に関しては興味なく、たぶんそのうち、商会の中で父の腹心の部下が跡取りになるんだろうなぁぐらいにしか考えていなかった。
父の方は若干残念に思いつつも、自分の父が起こし、自分が発展させて大きくしたこの商会をど素人の僕がつぶすよりはましだと思っていそうだ。
とまあ、そんな感じで、人脈ぐらいは築けと隣国に放り出されたわけだけど、その人脈? の中で一番は彼女――アンジェだったという訳だ。
アンジェは本当に恐ろしいほど頭が切れる人だった。
むしろ、その先読み力は未来が見えていると僕は思っている。
特に女性の品に関しては、誰も右に出る者はいない。
さすがは社交界の華、流行に関しては敏感だ。
しかし、もちろんアンジェも少なからず下々が行うようなこともする。
その一つが開店前に店の外を掃除する事だった。
実はこれは、あまり人気がない。
店の中を綺麗にするのは分かるけど、どうして外までと考えるやつが多いのだ。
その意味をきちんと理解して、外掃除を行っている者は、結構重要な役割についている人ばかり。
僕はアンジェに、この外掃除の意味を訪ねてみた。
理解しているのかどうか、ちょっとしたテストも兼ねている。
アンジェは一瞬キョトンとした後に、微笑んだ。
「もちろんですわ。外の掃除をすると、やはり建物外観が良く見えます。そうすれば、お客様の目にも自然と目に留まり、入りやすくなります」
そうそう、これだ。
一見分からないが、やはり、周りの店に比べ外も綺麗にしておくと、人はこの店は外にも気を配る店なのだと考えてくれて、それならきっと対応も良いに違いないと思ってくれる。
僕はうんうんと頷いた。
そんな僕に、アンジェは更に言う。
「ほかにも、開店前の行きかう人に挨拶するだけで好印象ですし、顔を覚えてらえます。顔見知りになれば、人は自然と色々話してくれるものです。特に主婦層なんかは、驚く程情報通でして、お得情報や今後の流行なんかも教えてくれますし、商会の従業員についても教えてくれるんですよ。利用しない手はありません」
「うん、僕以上に重要に考えていて驚きだよ」
ふふっと可愛らしく微笑みながらも、言っていることは若干黒い。
でも、美人は微笑めばなんでも許されるというのは、本当なんだという事がわかった。
「ところで、エーリッヒ様。こちらで何を? 確か商会長から仕事を言い渡されていましたよね?」
ぎくっと肩を震わせて、アンジェの視線から逃れようと視線が彷徨う。
今の僕は、父から取引先の選定を任されている。
流行や物流に関してはからきしだけど、投資先として取引先を選定するのは僕の方が得意というわけなんだが。
細かい資料ばかり眺めているとたまにはちょっと休憩が必要なわけで――……
「エーリッヒ様? そういえば半鐘前も、そんな事をおっしゃっていませんでした? さあ、行きますよ? きっと商会長がお待ちです」
ぐいっと腕を取られて、逃がさないと言わんばかりにアンジェの腕が僕の腕に絡みつく。
わざとではないのかと思えるほど、密着してくるのでそれとなく男の心理について話したことがあったけど、まったく理解されていないようだ。
いや、うん。
アンジェは美人なうえ、僕好みの豊かな胸を持っていて、ちょっとたまにやばいんだよなー、とか考えながらも、男は結局馬鹿だから、美人にこうして触れられれば、やめてほしいと振り払う事はない。
むしろ役得役得とニヤついてしまう。
完全に、駄目な雇い主パターンだ。
アンジェを見下ろしながら、ふと、そういえばシエラ嬢は今どうしているんだろうとかどうでもいい事を思い出した。
すると、何かを察したのか、アンジェが急に顔を上げ、満面の笑みで問いかけた。
「何か考え事でも?」
「え、いや……何でもないです」
その笑みが空恐ろしく感じ、僕は何でもないと誤魔化す。
美人に笑顔ですごまれると、怖いんだなという事も今日知った。
37
お気に入りに追加
1,030
あなたにおすすめの小説
本を返すため婚約者の部屋へ向かったところ、女性を連れ込んでよく分からないことをしているところを目撃してしまいました。
四季
恋愛
本を返すため婚約者の部屋へ向かったところ、女性を連れ込んでよく分からないことをしているところを目撃してしまいました。
皇太女の暇つぶし
Ruhuna
恋愛
ウスタリ王国の学園に留学しているルミリア・ターセンは1年間の留学が終わる卒園パーティーの場で見に覚えのない罪でウスタリ王国第2王子のマルク・ウスタリに婚約破棄を言いつけられた。
「貴方とは婚約した覚えはありませんが?」
*よくある婚約破棄ものです
*初投稿なので寛容な気持ちで見ていただけると嬉しいです
私との婚約を破棄した王子が捕まりました。良かった。良かった。
狼狼3
恋愛
冤罪のような物を掛けられて何故か婚約を破棄された私ですが、婚約破棄をしてきた相手は、気付けば逮捕されていた。
そんな元婚約者の相手の今なんか知らずに、私は優雅に爺とお茶を飲む。
処刑されるあなたは何故美しく微笑むのか
めぐめぐ
恋愛
密かに想い慕っていたお嬢様が、冤罪で処刑される。
何も出来ず、ただ見ていることしか出来ない私に向かって、あなたは微笑んだ。
恋い慕う乙女のように。
これから殺されるというのに、何故あなたは美しく微笑むのか。
その理由が、私には分からなかった。
※約3,600文字 1話完結
※カクヨム・なろう転載
※表紙の女の子は、「ミカスケのお絵描き」様のサイトよりお借りしました♪
http://misoko.net/
辺境伯は王女から婚約破棄される
高坂ナツキ
恋愛
「ハリス・ワイマール、貴男との婚約をここに破棄いたしますわ」
会場中にラライザ王国第一王女であるエリス・ラライザの宣言が響く。
王宮の大ホールで行われている高等学校の卒業記念パーティーには高等学校の卒業生やその婚約者、あるいは既に在学中に婚姻を済ませている伴侶が集まっていた。
彼らの大半はこれから領地に戻ったり王宮に仕官する見習いのために爵位を継いではいない状態、つまりは親の癪の優劣以外にはまだ地位の上下が明確にはなっていないものばかりだ。
だからこそ、第一王女という絶大な権力を有するエリスを止められるものはいなかった。
婚約破棄の宣言から始まる物語。
ただし、婚約の破棄を宣言したのは王子ではなく王女。
辺境伯領の田舎者とは結婚したくないと相手を罵る。
だが、辺境伯側にも言い分はあって……。
男性側からの婚約破棄物はよく目にするが、女性側からのはあまり見ない。
それだけを原動力にした作品。
令嬢が婚約破棄をした数年後、ひとつの和平が成立しました。
夢草 蝶
恋愛
公爵の妹・フューシャの目の前に、婚約者の恋人が現れ、フューシャは婚約破棄を決意する。
そして、婚約破棄をして一週間も経たないうちに、とある人物が突撃してきた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる