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「おはようございます。 お加減はいかがですか? あっ、無理に動かないでくださいね。わたしの方でお手伝いいたしますので!」
夜が明け、自然と目を覚ますと、部屋に待機していたのかこの邸宅の侍女と思われる女性が明るく声をかけてきた。
まだ若い女性――おそらくアリーシアと同年代だと思われる。
こげ茶の髪と同色の瞳は、温かみがあった。
アリーシアはこんな風に使用人に声をかけられるのは初めてで、どう返していいのか分からない。
実家でも最低限の事しか手伝ってもらえず、たとえ熱で倒れてもいたわるような使用人はいない。
むしろ面倒そうにされてしまい、アリーシアは萎縮していた。
婚家では言わずもがなだ。
当主がアリーシアを見下している態度をとれば、それは使用人にも伝わる。
つまり、家の使用人は主人を表す。
主人の行動で、使用人は変わっていく。
そう考えると、彼女の主人である昨夜あったローレンツは、表情豊かでなくても、元来はこういう性格なのかもしれない。
類は友を呼ぶと言う。
使用人は友ではないが、側に置く人物が気の合わない存在であるはずがない。
「あ! 自己紹介がまだでした……申し訳ありません、まだまだ侍女としては至らず。でも旦那様からもよくよく言われておりますので、ぜひわたしに何なりとお申し付けください!」
確かに貴族の、しかも上級貴族に仕える侍女としては及第点どころか落第点かも知れない。
そもそもおしゃべりすぎるのだ。
でも、朗らかな言葉はいやではない。
どこかホッとする。
明るく朗らかな彼女はアリスと名乗った。
年は十九で、想像していた通りだ。
侍女としてこの邸宅に仕えるようになったのはつい最近の事で、一応アカデミーも出ていると語った。
アカデミーとは貴族の邸宅に仕える使用人を育成する機関で、平民や下級貴族には人気の教育期間だ。
アカデミーを卒業できれば引く手あまただが、そもそも入学も卒業も難しい。
「えーと、わたし、勉強はできたんです。でも、実技が……なんていうか――……赤点ギリギリで……」
つまり、座学で実技の点数を補って卒業したという事だ。
なるほどとアリーシアは納得した。
――落ちこぼれという事ね。
基本的に実力主義の仕事場だ。
座学ができても、実技ができなければ意味はない。
「あそこ、授業料が高いんですけど、無事卒業できたらそれ以上の恩恵だって聞いて入ったんです。親に無理言って。なのに、就職できなかったら、正直ヤバかったんです。お金借りてたし……そんな時に旦那様に拾ってもらったんです。どこが気にいったのか分かりませんけど、実技は現場で覚えろって言ってくれて! で、今はがんばっている最中です。あ……こんな事言ったらまずいですよね?」
アリーシアは苦笑した。
まずいに決まっている。
普通なら未熟な侍女をつけられたら怒るところだが、アリーシアは助けてもらった厄介人である事を自覚している。
特別アリスに不満はない。
むしろ身体が動かしづらいアリーシアを見て、アリーシアが頼む前にアリスの身体が動いて補佐してくれている。
どうすればアリーシアが楽かを理解しているようだった。
勉強はできると言っていた通り、頭は悪くはないし、回転も速い。
教育次第でいくらでも変わっていきそうな感じだ。
「どうしてそんなことしなくちゃいけないのか分からないことも多いんですよね……身体で覚えろと言われても混乱しちゃって。だから、ここの執事のアンドレ様に大変お世話になってます。教え方が上手いし、理由も教えてくれるし。あっ、すみません。なんだか、話しやすくてつい愚痴を――」
話しやすいなんて初めて言われた。
アリーシアは今は声が出しづらいのでただ黙って、聞いているだけだ。
色々侍女としてはまずいが、アリーシアはこの裏表もなさそうなアリスの事をほほえましく思う。
むしろ、この邸宅以外で働いていたならば、今頃この明るい性格が失われていそうだ。
それか侍女をやめているか。
それほどまでに貴族の邸宅で働くというのは大変なことだ。
「アンドレ様に怒られていますけど、でもわたしの事を見限らずにいてくれて本当にありがたいことです。旦那様には大感謝してます! 見た目はちょっと怖いですけどすごく優しくて、ここで雇ってもらえてよかったです」
にこにことアリスがローレンツを褒める。
使用人に慕われていそうだなと感じていたが、本当にそうだった。
きっと他の使用人もアリスと同じなんだろう事は想像がつく。
――良い主人なのね。もし働くのならこういう主人の元がよいわ
貴族として産まれそれ以外の生き方を知らなくても、ふとそんな事を思った。
夜が明け、自然と目を覚ますと、部屋に待機していたのかこの邸宅の侍女と思われる女性が明るく声をかけてきた。
まだ若い女性――おそらくアリーシアと同年代だと思われる。
こげ茶の髪と同色の瞳は、温かみがあった。
アリーシアはこんな風に使用人に声をかけられるのは初めてで、どう返していいのか分からない。
実家でも最低限の事しか手伝ってもらえず、たとえ熱で倒れてもいたわるような使用人はいない。
むしろ面倒そうにされてしまい、アリーシアは萎縮していた。
婚家では言わずもがなだ。
当主がアリーシアを見下している態度をとれば、それは使用人にも伝わる。
つまり、家の使用人は主人を表す。
主人の行動で、使用人は変わっていく。
そう考えると、彼女の主人である昨夜あったローレンツは、表情豊かでなくても、元来はこういう性格なのかもしれない。
類は友を呼ぶと言う。
使用人は友ではないが、側に置く人物が気の合わない存在であるはずがない。
「あ! 自己紹介がまだでした……申し訳ありません、まだまだ侍女としては至らず。でも旦那様からもよくよく言われておりますので、ぜひわたしに何なりとお申し付けください!」
確かに貴族の、しかも上級貴族に仕える侍女としては及第点どころか落第点かも知れない。
そもそもおしゃべりすぎるのだ。
でも、朗らかな言葉はいやではない。
どこかホッとする。
明るく朗らかな彼女はアリスと名乗った。
年は十九で、想像していた通りだ。
侍女としてこの邸宅に仕えるようになったのはつい最近の事で、一応アカデミーも出ていると語った。
アカデミーとは貴族の邸宅に仕える使用人を育成する機関で、平民や下級貴族には人気の教育期間だ。
アカデミーを卒業できれば引く手あまただが、そもそも入学も卒業も難しい。
「えーと、わたし、勉強はできたんです。でも、実技が……なんていうか――……赤点ギリギリで……」
つまり、座学で実技の点数を補って卒業したという事だ。
なるほどとアリーシアは納得した。
――落ちこぼれという事ね。
基本的に実力主義の仕事場だ。
座学ができても、実技ができなければ意味はない。
「あそこ、授業料が高いんですけど、無事卒業できたらそれ以上の恩恵だって聞いて入ったんです。親に無理言って。なのに、就職できなかったら、正直ヤバかったんです。お金借りてたし……そんな時に旦那様に拾ってもらったんです。どこが気にいったのか分かりませんけど、実技は現場で覚えろって言ってくれて! で、今はがんばっている最中です。あ……こんな事言ったらまずいですよね?」
アリーシアは苦笑した。
まずいに決まっている。
普通なら未熟な侍女をつけられたら怒るところだが、アリーシアは助けてもらった厄介人である事を自覚している。
特別アリスに不満はない。
むしろ身体が動かしづらいアリーシアを見て、アリーシアが頼む前にアリスの身体が動いて補佐してくれている。
どうすればアリーシアが楽かを理解しているようだった。
勉強はできると言っていた通り、頭は悪くはないし、回転も速い。
教育次第でいくらでも変わっていきそうな感じだ。
「どうしてそんなことしなくちゃいけないのか分からないことも多いんですよね……身体で覚えろと言われても混乱しちゃって。だから、ここの執事のアンドレ様に大変お世話になってます。教え方が上手いし、理由も教えてくれるし。あっ、すみません。なんだか、話しやすくてつい愚痴を――」
話しやすいなんて初めて言われた。
アリーシアは今は声が出しづらいのでただ黙って、聞いているだけだ。
色々侍女としてはまずいが、アリーシアはこの裏表もなさそうなアリスの事をほほえましく思う。
むしろ、この邸宅以外で働いていたならば、今頃この明るい性格が失われていそうだ。
それか侍女をやめているか。
それほどまでに貴族の邸宅で働くというのは大変なことだ。
「アンドレ様に怒られていますけど、でもわたしの事を見限らずにいてくれて本当にありがたいことです。旦那様には大感謝してます! 見た目はちょっと怖いですけどすごく優しくて、ここで雇ってもらえてよかったです」
にこにことアリスがローレンツを褒める。
使用人に慕われていそうだなと感じていたが、本当にそうだった。
きっと他の使用人もアリスと同じなんだろう事は想像がつく。
――良い主人なのね。もし働くのならこういう主人の元がよいわ
貴族として産まれそれ以外の生き方を知らなくても、ふとそんな事を思った。
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