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5.ご破算になった約束と新たな提案2
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「もし仮に、かなり年上だとしても、私よりは随分下でしょう? 私にとっては十分若いと思います」
「それは、そうですが――……」
「色々と婚約者から注意を受けるのですが、私の施された教育は一昔前らしくて、なかなか染みついた癖が治りません。ですから、嫌ならはっきりとおっしゃってください」
「嫌ではありません」
それに、嫌なら遠回しに断っていた。
察しが良ければそれで理解してくれる。
「そうですか。それなら良いのですが……」
随分自信なさそうに言う相手を見上げる様に顔を向けると、思いがけず優し気な瞳に見下ろされていて、心臓がどきりとはねた。
顔の整っている男性というのは、心臓に悪いという事をヴィクトリアは初めて知った。
「きょ、今日は暑いですね」
「そうですね、ここ最近は本当に暑いです。しかし、この庭園は暑い時にしか見られない花が見頃ですから、ここにきている人たちにとっては良い気温なのかもしれません」
「そういえば、そうですね」
すっかり忘れていた。
そして同時に嫌な思い出も思い出される。
以前一度、この庭園でその花を見る予定だった。もちろん、その約束は当日の朝にご破算になり、今度見に行こうと言われたが、それ以降一切その話は出てきてはいない。
家族や友人、ましてや一人で見に行くのは負けた気がして、王都に住んでいながら未だに一度も見に行ったことがなかった。
この際、一人でいってしまおうかと思う。
そんなヴィクトリアに、ルドヴィックが提案してくる。
「もしよろしければ、一緒に見に行きませんか? お互い婚約者にキャンセルされたもの同士、という事で。もちろん、お互いの名誉のためにそちらの侍女殿と私の侍従も同伴させましょう。いかがでしょうか?」
いつものヴィクトリアだったら即座に断っていた。
いくら侍女と侍従を同伴していたからといっても世間体は良くない。
それは分かっていても、こう鬱々とした気持ちの中でこんな風に男性に誘われれば気持ちが揺らぐ。
しかし、揺らいではいるものの、やはり自制する気持ちもあるわけで。
そんなヴィクトリアの気持ちを理解しているのか、ルドヴィックがふと視線を上げた。
「しかし、今日は本当に暑いですね。もう少し早ければ良かったのですが、今からでは干からびてしまいますね。ですので、今日はひとまずあそこから眺めることにしましょう」
視線の先には立派な建物。
それは、つい今しがた約束を反故された目的の場所。
「実は、婚約者が行きたいと言いまして予約したのですが、このありさまですからね。ただ、結構予約するのに苦労しましたので、せっかくなら婚約者がどういうものを好むのか雰囲気だけでも楽しもうかと思ったのですが、流石に一人では……」
女性が好む場所に男性一人というのはなかなか堪える。そういうことらしい。
苦笑するルドヴィックが年上なのに少し可愛く思えた。
「予約した席は三階席のテラス側です。人目も気にすることはありません」
「えっ? 三階のテラス側?」
思わず聞き返す。
三階テラス側の席、それは――
(大物専用席!)
超お得意さま、もしくはそれに準ずるような地位も身分もあるような人。
つまり本物のお金持ちもとい、貴族の中でも相当な人物しか予約できない席。有象無象が予約しようとしたところで、そもそも予約できない。主に、予約が埋まっていると言われてしまうそんな、特別席。
本当にそんな席があるのか幻ではないのかともささやかれていたが、本当にあるらしい。
驚きすぎて、相手を凝視してしまった。
(確かに、この人ならありえるかしら……。高位貴族で実家はかなり裕福。しかもご本人も騎士団長と知名度もある……)
「婚約者がそこじゃないと嫌だと言ったので、コネを使って席を取ったのですが、もったいないですからね。有効活用しなければ」
正直言えば、かなり魅力的だった。
ヴィクトリアでは絶対に予約する事さえ不可能な場所なのだから、かなり気になる。
社交界でも立ち入ったことの出来る人はかなり限られているし、自慢気に語る姿はあまりにも抽象的過ぎて実際は良く分からない。
もともとずっと行きたいと思っていた場所で、ようやく予約を取れたのだ。
もったいないと思ってはいた。
(……本当はいけないのだろうけど)
この機会を逃したら二度と三階テラス側の席なんて行く事は無い。
そう思うと、ヴィクトリアはぜひ、と返事を返していた。
「でも、わたくしが婚約者様の変わりに楽しんでしまってもよろしいんでしょうか?」
「構いませんよ。彼女は相当な気まぐれですので」
先ほどまでの柔らかい声音が、硬くなったのは気のせいではない。
相当な気まぐれ、それに振り回されてうんざりしている、そんな風にも聞こえた。
ヴィクトリアもまた、年下の婚約者であるクリメンスの我儘やマナー違反に幾度となくうんざりさせられてきたので、少し気持ちが分かった。
(年の差二つでこの有り様なのだから、十近く離れていたらもっと大変なのかもしれないわ)
年上の男性だし、我慢することが多いのだろうと思うと同情してしまう。
「行きましょうか?」
完璧なエスコートに、どうしてこんなに素敵な殿方との約束を反故できるのか、気になってしまった。
しかし、それこそ人それぞれだ。
ヴィクトリアが素敵な男性と思っても、相手がそうだとは限らない。
それに、十も離れていると若い婚約者の目から見ればまた違って見えるのかも知れない。
「もし何か周りから言われたら、私が事情を説明しますよ」
そこまで気遣かってくれるとは。
比べてはいけないと思いながらも、子供っぽい自分の婚約者と比べずにはいられなかった。
「それは、そうですが――……」
「色々と婚約者から注意を受けるのですが、私の施された教育は一昔前らしくて、なかなか染みついた癖が治りません。ですから、嫌ならはっきりとおっしゃってください」
「嫌ではありません」
それに、嫌なら遠回しに断っていた。
察しが良ければそれで理解してくれる。
「そうですか。それなら良いのですが……」
随分自信なさそうに言う相手を見上げる様に顔を向けると、思いがけず優し気な瞳に見下ろされていて、心臓がどきりとはねた。
顔の整っている男性というのは、心臓に悪いという事をヴィクトリアは初めて知った。
「きょ、今日は暑いですね」
「そうですね、ここ最近は本当に暑いです。しかし、この庭園は暑い時にしか見られない花が見頃ですから、ここにきている人たちにとっては良い気温なのかもしれません」
「そういえば、そうですね」
すっかり忘れていた。
そして同時に嫌な思い出も思い出される。
以前一度、この庭園でその花を見る予定だった。もちろん、その約束は当日の朝にご破算になり、今度見に行こうと言われたが、それ以降一切その話は出てきてはいない。
家族や友人、ましてや一人で見に行くのは負けた気がして、王都に住んでいながら未だに一度も見に行ったことがなかった。
この際、一人でいってしまおうかと思う。
そんなヴィクトリアに、ルドヴィックが提案してくる。
「もしよろしければ、一緒に見に行きませんか? お互い婚約者にキャンセルされたもの同士、という事で。もちろん、お互いの名誉のためにそちらの侍女殿と私の侍従も同伴させましょう。いかがでしょうか?」
いつものヴィクトリアだったら即座に断っていた。
いくら侍女と侍従を同伴していたからといっても世間体は良くない。
それは分かっていても、こう鬱々とした気持ちの中でこんな風に男性に誘われれば気持ちが揺らぐ。
しかし、揺らいではいるものの、やはり自制する気持ちもあるわけで。
そんなヴィクトリアの気持ちを理解しているのか、ルドヴィックがふと視線を上げた。
「しかし、今日は本当に暑いですね。もう少し早ければ良かったのですが、今からでは干からびてしまいますね。ですので、今日はひとまずあそこから眺めることにしましょう」
視線の先には立派な建物。
それは、つい今しがた約束を反故された目的の場所。
「実は、婚約者が行きたいと言いまして予約したのですが、このありさまですからね。ただ、結構予約するのに苦労しましたので、せっかくなら婚約者がどういうものを好むのか雰囲気だけでも楽しもうかと思ったのですが、流石に一人では……」
女性が好む場所に男性一人というのはなかなか堪える。そういうことらしい。
苦笑するルドヴィックが年上なのに少し可愛く思えた。
「予約した席は三階席のテラス側です。人目も気にすることはありません」
「えっ? 三階のテラス側?」
思わず聞き返す。
三階テラス側の席、それは――
(大物専用席!)
超お得意さま、もしくはそれに準ずるような地位も身分もあるような人。
つまり本物のお金持ちもとい、貴族の中でも相当な人物しか予約できない席。有象無象が予約しようとしたところで、そもそも予約できない。主に、予約が埋まっていると言われてしまうそんな、特別席。
本当にそんな席があるのか幻ではないのかともささやかれていたが、本当にあるらしい。
驚きすぎて、相手を凝視してしまった。
(確かに、この人ならありえるかしら……。高位貴族で実家はかなり裕福。しかもご本人も騎士団長と知名度もある……)
「婚約者がそこじゃないと嫌だと言ったので、コネを使って席を取ったのですが、もったいないですからね。有効活用しなければ」
正直言えば、かなり魅力的だった。
ヴィクトリアでは絶対に予約する事さえ不可能な場所なのだから、かなり気になる。
社交界でも立ち入ったことの出来る人はかなり限られているし、自慢気に語る姿はあまりにも抽象的過ぎて実際は良く分からない。
もともとずっと行きたいと思っていた場所で、ようやく予約を取れたのだ。
もったいないと思ってはいた。
(……本当はいけないのだろうけど)
この機会を逃したら二度と三階テラス側の席なんて行く事は無い。
そう思うと、ヴィクトリアはぜひ、と返事を返していた。
「でも、わたくしが婚約者様の変わりに楽しんでしまってもよろしいんでしょうか?」
「構いませんよ。彼女は相当な気まぐれですので」
先ほどまでの柔らかい声音が、硬くなったのは気のせいではない。
相当な気まぐれ、それに振り回されてうんざりしている、そんな風にも聞こえた。
ヴィクトリアもまた、年下の婚約者であるクリメンスの我儘やマナー違反に幾度となくうんざりさせられてきたので、少し気持ちが分かった。
(年の差二つでこの有り様なのだから、十近く離れていたらもっと大変なのかもしれないわ)
年上の男性だし、我慢することが多いのだろうと思うと同情してしまう。
「行きましょうか?」
完璧なエスコートに、どうしてこんなに素敵な殿方との約束を反故できるのか、気になってしまった。
しかし、それこそ人それぞれだ。
ヴィクトリアが素敵な男性と思っても、相手がそうだとは限らない。
それに、十も離れていると若い婚約者の目から見ればまた違って見えるのかも知れない。
「もし何か周りから言われたら、私が事情を説明しますよ」
そこまで気遣かってくれるとは。
比べてはいけないと思いながらも、子供っぽい自分の婚約者と比べずにはいられなかった。
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