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3.年下の婚約者と雲行き怪しい結婚3

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「私の事をご存じでしたか」
「よく存じ上げております。我がロディルガを守って下さっている騎士団の団長様の事くらい、知らない人はいませんわ」

 ヴィクトリアは微笑みながら答えると、相手が少し恥ずかしそうに返してきた。

「きっと大勢知らないと思いますよ。今だって、私の事を騎士団長だと気づいた人はあなた一人ですから」
「騎士隊の制服姿の方が見慣れているからかもしれませんね。実は、普段着姿のミルドレット様は初めてお見かけしますので、人違いかとも思いました」
「よく言われます。普段着姿はマヌケに見えると。そのせいで同一人物に見えないと」
「まあ、そのような事はありませんわ」

 自分を堕とすような冗談を口にする相手に、ヴィクトリアは微笑みながら否定する。
 マヌケどころか、とても素敵な男性に見える。
 大人の落ち着きを身につけて、だからといって年寄り臭さはない。若々しい力強い何かを感じる。

「服装で極端に雰囲気が変わると言うのは否定してはくださらないんですね」
「素敵な殿方なのは事実なので、服装でその魅力が変わる事はないと思います」
「……若い令嬢にそのように褒められると照れますね」

 親切にもヴィクトリアに声をかけてきてくれたのは、この国の第二騎士団の騎士団長である、ルドヴィック・ミルドレットだった。
 若干二十七にして実力主義の第二騎士団において団長に就任したこの国最強の騎士と名高い有名人。
 普段は騎士団長の制服を身にまとっている。
 その姿は凛々しく近寄りがたい硬派な雰囲気なのに、こうして普段着を身にまとっているとどこかの貴公子にしか見えない。
 実際、ミルドレット侯爵家の三男であるから貴公子な訳だけど、騎士団長としての彼の方が有名なので、軟派な貴公子という言葉が当てはまらない気もした。

「親近感――ですか。実は最近は年のせいかどうも説教臭くなってしまって、若い団員には陰口叩かれてるんですよ」
「まあ、説教臭いだなんて。きっと頼りがいのある団長様への愛のある言葉なのではないでしょうか?」
「ははは、若い女性に励まされるとは、私もまだまだですね」

 なかなか会話が楽しい。
 仕事相手でもなく、女性の友人でもなく、ましてや婚約者でもない顔見知りでさえない男性なのに、自然と会話が成り立っている。
 相手が上手く話題を提供してヴィクトリアを楽しませてくれているのだ。

「噂通り紳士なんですね」

 自然とそんな言葉が出てきた。
 彼の噂は良く聞く。
 なにせ、有名人だ。
 若くして騎士団長の座に就いた人物で、実力もある。侯爵家の三男で爵位こそないものの、実家は裕福でもし婿入りする場合の持参金は相当なものだという噂。
 しかも、女性に対しては常に紳士的態度であるとの事だ。
 それをまさか自分が体験することになるとは思っていなかったが。
 しかし、その“紳士”の言葉は相手には不快だったようで、声音が変わった。

「どのような噂か気になるところですが、きっとあまり好ましくない噂なんでしょうね」

 ふっと相手の口元が一瞬歪んだ。
 ヴィクトリアは慌てて否定する。

「そのような事はありません」
「いいんですよ。若い女性の中では“紳士”という言葉がいい意味で使われていなことは知っています」

 皮肉気にそんな事を言われ、ヴィクトリアは少し言葉を濁す。

「……すみません、そういうつもりで言った訳では――」

 本当に、悪意あっての言葉ではなかったが相手を不愉快にさせてしまったようだ。
 困ったように謝罪するヴィクトリアに、ルドヴィックがはっとしたように詫びた。

「こちらこそ、すみません。もちろん、悪意あって言った訳ではないことは分かっています。今の態度は全く紳士的ではありませんでしたね」

 ほぼ初対面の相手。
 噂通り紳士だけど、皮肉屋でもあるようだと知った。

「さて、私の方は待ち人が来たようです。少し失礼しますね」

 ルドヴィックがそう言って席を立つ。
 立ち上がると分かる彼の背は高く、大股で一人の女性に近づいて行く。

 女性はどこかのメイドのお仕着せを着ていた。
 その光景が不思議で思わずその二人が別れるまでずっと見てしまった。

 騎士団長であり、侯爵家の血を引く人の待ち人がメイドというのがなんともおかしい組み合わせに思えた。
 まあ、それこそ人それぞれ事情があるのだから深堀してはいけない。
 とりあえず、密会というわけではなさそうだった。
 会話は最低限だったようで、すぐにメイドの方が離れていくが、その姿がどこか怯えているようにも見えた。
 更にメイドの姿を見送ったルドヴィックの横顔が険しかったので、一瞬ドキリとする、
 何か、悪い知らせだったのか。

 そんな思考も、侍従服に身を包んだ若い男性がこちらに駆け足で寄って来た瞬間霧散した。
 どうやらこちらにも待ち人が来たようだった。
 しかし、本来の待ち人ではない事はあきらかで、ロザリーは目を吊り上げ、わたしはため息をつきたくなった。



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