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(リシャール第2王子視点)
「この愚か者がっ! あのような庭園で破廉恥な失態を晒しおって、余は情けないぞ!」
「ですが、これは全てあのミスティのせいです。わたしは被害者ですよ」
「被害者とはいえ、あのような状況では悪評は避けられん。お前のマッカルモント帝国への婿入りはなくなった。おそらくどの国もお前を婿に迎える国はないだろう」
「それはおかしいです。だって、わたしは被害者なのですよ? マッカルモント帝国へ弁明に行かせてください。お願いです、父上。皇女殿下に誠心誠意この思いを伝えればわかってくださるはずです」
長い間北塔で謹慎させられたわたしは、マッカルモント帝国の皇女殿下がシャルレーヌだなんて、知らされていなかったのだ。あちらにはきっと誇張されて噂が伝わっているに違いないと思っていた。
「ふむ。お前のような愚かな王子はマッカルモント帝国でキツい仕事でもして来るといいかもな。そう言えば、マッカルモント帝国では林業が盛んだったな。ふむ、悪くない。よし、リシャールよ。行ってくるがいい。お前がいなくなってもこちらには優秀な王太子とクリストファーがいる」
「へ? 林業?・・・・・・」
マッカルモント帝国エルネスティーヌ女帝謁見の間にて
「マッカルモント大帝国の太陽、エルネスティーヌ女帝にご挨拶申し上げます。わたしはリーナビア王国の第2王子リシャールと申します。この度の婿入りのお話が白紙になった件で弁明に参りました」
「なにを申したところで、公衆の面前で破廉恥な失態をしでかした者を皇女の夫にするつもりはない。我が帝国が笑われる」
「ですが、わたしは皇女殿下を愛しております。心から敬愛しお慕いしていますので、どうか考え直していただけませんか?」
「ほぉーー。皇女を敬愛している? 会ったことはあるのか?」
「いいえ、ございません。ですが会わずともわかります。きっと素晴らしく美しい高潔な女性と思い心から尊敬申し上げているのです」
「リシャール第2王子殿下、お久しぶりですわね。人のモノを欲しがるわたしと遊びたいとおっしゃったお言葉、生涯忘れませんわ」
「え?」
わたしは思わず顔を上げて声の主を見上げる。
「シャルレーヌ様? なんで?」
(やばいよ。あんな失礼なことを言った相手が皇女だったなんて・・・・・・)
「マッカルモント帝国では、赤子の私に暗殺の危険がありました。ですから、お母様はリーナビア王国に私を隠したのです」
「も、申し訳ありませんでした。まさか皇女殿下とは思わなくて。ですがあの発言も事故のようなものです。ミスティ・カドバリー公爵令嬢の煽動につい乗せられたのです。なにもかもあの女が悪いです」
「なにもかも人のせいですか? リシャール第2王子殿下は私の夫に相応しくありませんわ。言い訳すること自体がみっともないです」
「くっ・・・・・・シャルレーヌ様こそ恩知らずでは? わたしは匿って差し上げたリーナビア王国の王子、いわば恩人と言ってもいい。我が国は、自国の貴族達に皇女の命を狙われるほどマヌケな女帝を、助けてあげたわけですよね?」
「朕のことを真正面から非難するとはたいした度胸だ。だがまぁ、言っていることは間違ってはおらぬな。朕の力不足でそのような貴族が出たのも事実。甘んじてその誹りを受けよう。だが、大恩あるリーナビア王国の王子とて、あのような醜態を晒した者を婿には迎えられぬわ。許せ。さて、朕はそなたの教育をリーナビア王に頼まれておる。森で木を3年切れ。話は以上だ」
「ちょ、ちょっとお待ちください。エルネスティーヌ女帝! 木を切る? なんですか、それはぁ?」
今のわたしは森の整備をする仕事に携わっている。ヘルメットを被り、チェンソーで木を切る仕事だ。
(くだらない仕事さ。木を切って運ぶだけだから簡単だろう)
7人でチームを組んで仕事に取りかかる。わたしは無造作に木を切り倒そうとして先輩に張り倒される。
「なにやってんだ! そっちじゃねーーよ。こっちの木を右から切っていけ」
「どこから切っても同じだろ? うるさいなぁーー」
先輩を無視して無理矢理切ると、木が倒れる方向に仲間がいた。
「うわぁああーーー!」
間一髪で下敷きになるところを免れた仲間は血相を変えて飛んできた。
「この大馬鹿野郎! ただ切るだけじゃダメなんだよ。それぐらいわかれ!」
「す、すいまっせん」
あやうく人殺しになるところだった。
「倒れる方向を考えて慎重に切らないとダメなのさ。こんな大きな木が頭に落ちてみろ。確実に死ぬからな」
言われた通りにしても、ちょっとしたミスであらぬ方向に木が倒れていく場合もあった。自分が仲間を殺してしまう可能性と、その逆で仲間のミスで大木が自分の頭に落ちてくることもあるのだ。
「これはすごく危険な仕事だ」
ボソリとつぶやく。
「今頃わかったのか? こんな単純な作業でも考えて慎重にやらないと死ぬんだよ」
チームリーダのシルヴェストロは厳しい顔付きで私に注意を促した。
私は戦争のないリーナビア王国で第2王子として生まれ、なんとなくぬるま湯のなかで暮らしていた気がする。内政や外交はオーギュスト兄上がしっかり勉強し把握していたし、クリストファーはすでに数カ国語を操り私より剣の腕が立つ。”真ん中のぼんくら”と言われることが悔しかったが、それを覆す努力はしなかった。
でもここは少しでも気を抜けば大木がわたしの頭上に落ちる。緊張しながら3年間勤め上げた頃には、身体は引き締まりすっかり日に焼けて市井にいる肉体労働者のようだった。
「これも悪くないな。うん、悪くないと言うより、かなり良いさ」
わたしの気持ちも昔とはすっかり違う。もうオーギュスト兄上や弟と張り合うことはない。身の丈に合った暮らしをして生きていくことを決めたのだ。
リーナビア王国に帰国し王家から籍を抜いてもらい、自ら男爵にして欲しいと願い出た。王都から離れた寂れた場所に領地を希望し、マッカルモント帝国で学んでことを生かして林業の発展に力を尽くそうと思う。
人はやはり死にそうになって初めて気がつくのかもしれない。わたしはシルヴェストロの顔を思い浮かべて合掌した。
シルヴェストロは最後の勤務日に、わたしを庇って木の下敷きになって死んだ。仲間のミスでわたしの上に大木が落ちてくるところを駆けつけ、わたしを突き飛ばし自分が犠牲になったのだ。
(騎士のように立派だったよ。シルヴェストロ、ありがとう)
マッカルモント帝国の平民の英雄。彼は国を守る兵士ではないけれど、わたしの英雄になったのだ。
「この愚か者がっ! あのような庭園で破廉恥な失態を晒しおって、余は情けないぞ!」
「ですが、これは全てあのミスティのせいです。わたしは被害者ですよ」
「被害者とはいえ、あのような状況では悪評は避けられん。お前のマッカルモント帝国への婿入りはなくなった。おそらくどの国もお前を婿に迎える国はないだろう」
「それはおかしいです。だって、わたしは被害者なのですよ? マッカルモント帝国へ弁明に行かせてください。お願いです、父上。皇女殿下に誠心誠意この思いを伝えればわかってくださるはずです」
長い間北塔で謹慎させられたわたしは、マッカルモント帝国の皇女殿下がシャルレーヌだなんて、知らされていなかったのだ。あちらにはきっと誇張されて噂が伝わっているに違いないと思っていた。
「ふむ。お前のような愚かな王子はマッカルモント帝国でキツい仕事でもして来るといいかもな。そう言えば、マッカルモント帝国では林業が盛んだったな。ふむ、悪くない。よし、リシャールよ。行ってくるがいい。お前がいなくなってもこちらには優秀な王太子とクリストファーがいる」
「へ? 林業?・・・・・・」
マッカルモント帝国エルネスティーヌ女帝謁見の間にて
「マッカルモント大帝国の太陽、エルネスティーヌ女帝にご挨拶申し上げます。わたしはリーナビア王国の第2王子リシャールと申します。この度の婿入りのお話が白紙になった件で弁明に参りました」
「なにを申したところで、公衆の面前で破廉恥な失態をしでかした者を皇女の夫にするつもりはない。我が帝国が笑われる」
「ですが、わたしは皇女殿下を愛しております。心から敬愛しお慕いしていますので、どうか考え直していただけませんか?」
「ほぉーー。皇女を敬愛している? 会ったことはあるのか?」
「いいえ、ございません。ですが会わずともわかります。きっと素晴らしく美しい高潔な女性と思い心から尊敬申し上げているのです」
「リシャール第2王子殿下、お久しぶりですわね。人のモノを欲しがるわたしと遊びたいとおっしゃったお言葉、生涯忘れませんわ」
「え?」
わたしは思わず顔を上げて声の主を見上げる。
「シャルレーヌ様? なんで?」
(やばいよ。あんな失礼なことを言った相手が皇女だったなんて・・・・・・)
「マッカルモント帝国では、赤子の私に暗殺の危険がありました。ですから、お母様はリーナビア王国に私を隠したのです」
「も、申し訳ありませんでした。まさか皇女殿下とは思わなくて。ですがあの発言も事故のようなものです。ミスティ・カドバリー公爵令嬢の煽動につい乗せられたのです。なにもかもあの女が悪いです」
「なにもかも人のせいですか? リシャール第2王子殿下は私の夫に相応しくありませんわ。言い訳すること自体がみっともないです」
「くっ・・・・・・シャルレーヌ様こそ恩知らずでは? わたしは匿って差し上げたリーナビア王国の王子、いわば恩人と言ってもいい。我が国は、自国の貴族達に皇女の命を狙われるほどマヌケな女帝を、助けてあげたわけですよね?」
「朕のことを真正面から非難するとはたいした度胸だ。だがまぁ、言っていることは間違ってはおらぬな。朕の力不足でそのような貴族が出たのも事実。甘んじてその誹りを受けよう。だが、大恩あるリーナビア王国の王子とて、あのような醜態を晒した者を婿には迎えられぬわ。許せ。さて、朕はそなたの教育をリーナビア王に頼まれておる。森で木を3年切れ。話は以上だ」
「ちょ、ちょっとお待ちください。エルネスティーヌ女帝! 木を切る? なんですか、それはぁ?」
今のわたしは森の整備をする仕事に携わっている。ヘルメットを被り、チェンソーで木を切る仕事だ。
(くだらない仕事さ。木を切って運ぶだけだから簡単だろう)
7人でチームを組んで仕事に取りかかる。わたしは無造作に木を切り倒そうとして先輩に張り倒される。
「なにやってんだ! そっちじゃねーーよ。こっちの木を右から切っていけ」
「どこから切っても同じだろ? うるさいなぁーー」
先輩を無視して無理矢理切ると、木が倒れる方向に仲間がいた。
「うわぁああーーー!」
間一髪で下敷きになるところを免れた仲間は血相を変えて飛んできた。
「この大馬鹿野郎! ただ切るだけじゃダメなんだよ。それぐらいわかれ!」
「す、すいまっせん」
あやうく人殺しになるところだった。
「倒れる方向を考えて慎重に切らないとダメなのさ。こんな大きな木が頭に落ちてみろ。確実に死ぬからな」
言われた通りにしても、ちょっとしたミスであらぬ方向に木が倒れていく場合もあった。自分が仲間を殺してしまう可能性と、その逆で仲間のミスで大木が自分の頭に落ちてくることもあるのだ。
「これはすごく危険な仕事だ」
ボソリとつぶやく。
「今頃わかったのか? こんな単純な作業でも考えて慎重にやらないと死ぬんだよ」
チームリーダのシルヴェストロは厳しい顔付きで私に注意を促した。
私は戦争のないリーナビア王国で第2王子として生まれ、なんとなくぬるま湯のなかで暮らしていた気がする。内政や外交はオーギュスト兄上がしっかり勉強し把握していたし、クリストファーはすでに数カ国語を操り私より剣の腕が立つ。”真ん中のぼんくら”と言われることが悔しかったが、それを覆す努力はしなかった。
でもここは少しでも気を抜けば大木がわたしの頭上に落ちる。緊張しながら3年間勤め上げた頃には、身体は引き締まりすっかり日に焼けて市井にいる肉体労働者のようだった。
「これも悪くないな。うん、悪くないと言うより、かなり良いさ」
わたしの気持ちも昔とはすっかり違う。もうオーギュスト兄上や弟と張り合うことはない。身の丈に合った暮らしをして生きていくことを決めたのだ。
リーナビア王国に帰国し王家から籍を抜いてもらい、自ら男爵にして欲しいと願い出た。王都から離れた寂れた場所に領地を希望し、マッカルモント帝国で学んでことを生かして林業の発展に力を尽くそうと思う。
人はやはり死にそうになって初めて気がつくのかもしれない。わたしはシルヴェストロの顔を思い浮かべて合掌した。
シルヴェストロは最後の勤務日に、わたしを庇って木の下敷きになって死んだ。仲間のミスでわたしの上に大木が落ちてくるところを駆けつけ、わたしを突き飛ばし自分が犠牲になったのだ。
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