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6 私を優しい気持ちにさせてくれるラーニー様
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「なにをするんですか、兄上! いきなり殴るなんて酷いじゃないですか?」
セオは怒りをあらわにして少しも自分が悪いことをしたとは思っていない。
ーー夫はこのような人だったのか……優しくて穏やかな人だとばかり思っていたのに。
私はあの頃大好きだった婚約者を事故で亡くし、悲しみに打ちひしがれていた。だから立て続けにおこった親友の死が一層悲しく、大好きな人達が私の目の前から揃って消えてしまうことに耐えられなかった。だからこそ、親友が産んだ新しい命に元気づけられた。ラーニー様は私にもう一度生きる希望を与えてくれた天使。
ラーニー様のお世話をすることで少しづつ立ち直っていく私に優しい言葉をかけてくれたのがセオだった。初めは亡き親友の義理の弟として、少しづつ何年もかけて友人になり相談相手に……そして恋人になり夫婦になった。それなのにこんなことになり、今は悲しみというより虚しさを感じていた。
人は裏切られてショック状態から抜け出すと屈辱と悲しみを感じ、その先には虚しさ、そしてその先には……きっと無に近い、つまりなにも感じない状態になれるのかもしれない。私も早くセオに対して無になりたい。苦しい思いはもうたくさんだから。
ーーもう、男性なんて好きにならない……
「イレーヌ! 大丈夫かい? 顔が真っ青だぞ。こっちに来て私の隣に座って。ラーニー、イレーヌに暖かい紅茶をいれてくれるように侍女に言おう。ほら、その鈴を鳴らして侍女を呼ぶんだよ」
ジャクソン様が心配して私の手をとりソファの隣に座らせてくださった。その表情は私を気遣い心から心配してくださっている。セオとは違う誠実な人柄。容姿は似ていても中身は全く違う。
「はい、お父様! イレーヌはアップルティーが好きだからそれをいれてもらいます。僕はイレーヌの好きなものは全部知っているんだもん。イレーヌ、僕たちはとても仲良しだよね? 僕のお母様になってほしいな。だってきっとお父様はイレーヌが大好きなんだ」
鈴を振りながらびっくりするようなことを天使の顔で言うレーニー様にジャクソン様は顔を真っ赤にしていた。そして私の頬も熱い……もう誰も好きになりたくないのに……
「こら! そのようなことはこのタイミングで言うべき言葉ではない」
ジャクソン様が困ったようにラーニー様をたしなめた。
「え? だってお父様、今言わなければいつ言うの? 他人のおじちゃんと離縁したらイレーヌはバッテンベルク家に帰っちゃうよ。そうしたらきっと誰かと結婚して僕達のことを忘れちゃうんだ。そんなの嫌だよ! イレーヌは優しくてとっても綺麗だもん。この屋敷から出ていかないで!」
ラーニー様は私にぎゅっと抱きついた。
「ラーニー様、私はそれほどモテませんからそんな心配はありませんよ」
ラーニー様はなぜこうも私の心をふんわりと温めてくれるのだろう。私が優しい気持ちでいられるのはかわいいラーニー様がいるからだ。
「いや、イレーヌはとても綺麗だから絶対にモテる」
ラーニー様のかわいい言葉をあと押ししたのはジャクソン様だった。その言葉に私の頬は一層紅色に染まる。
「兄上、不思議な世界から素敵な世界に移行しそうですね。もちろん私は応援しますよ。イレーヌは綺麗で優しいし、とてもラーニーを可愛がってくれている」
グレイソン様は満面の笑みで微笑んでいた。
次の瞬間、応接室の扉を開けたのは要件を聞きに来た侍女ではなく慌てた様子の執事だった。
「引っ越し業者の馬車がこちらに大きな荷物を運びこもうとしておりますが、どういたしましょうか?」
「それ、あたしの荷物でぇす。だってここに住めると思ったから……」
シェリルは間延びした声で言ったのだった。
セオは怒りをあらわにして少しも自分が悪いことをしたとは思っていない。
ーー夫はこのような人だったのか……優しくて穏やかな人だとばかり思っていたのに。
私はあの頃大好きだった婚約者を事故で亡くし、悲しみに打ちひしがれていた。だから立て続けにおこった親友の死が一層悲しく、大好きな人達が私の目の前から揃って消えてしまうことに耐えられなかった。だからこそ、親友が産んだ新しい命に元気づけられた。ラーニー様は私にもう一度生きる希望を与えてくれた天使。
ラーニー様のお世話をすることで少しづつ立ち直っていく私に優しい言葉をかけてくれたのがセオだった。初めは亡き親友の義理の弟として、少しづつ何年もかけて友人になり相談相手に……そして恋人になり夫婦になった。それなのにこんなことになり、今は悲しみというより虚しさを感じていた。
人は裏切られてショック状態から抜け出すと屈辱と悲しみを感じ、その先には虚しさ、そしてその先には……きっと無に近い、つまりなにも感じない状態になれるのかもしれない。私も早くセオに対して無になりたい。苦しい思いはもうたくさんだから。
ーーもう、男性なんて好きにならない……
「イレーヌ! 大丈夫かい? 顔が真っ青だぞ。こっちに来て私の隣に座って。ラーニー、イレーヌに暖かい紅茶をいれてくれるように侍女に言おう。ほら、その鈴を鳴らして侍女を呼ぶんだよ」
ジャクソン様が心配して私の手をとりソファの隣に座らせてくださった。その表情は私を気遣い心から心配してくださっている。セオとは違う誠実な人柄。容姿は似ていても中身は全く違う。
「はい、お父様! イレーヌはアップルティーが好きだからそれをいれてもらいます。僕はイレーヌの好きなものは全部知っているんだもん。イレーヌ、僕たちはとても仲良しだよね? 僕のお母様になってほしいな。だってきっとお父様はイレーヌが大好きなんだ」
鈴を振りながらびっくりするようなことを天使の顔で言うレーニー様にジャクソン様は顔を真っ赤にしていた。そして私の頬も熱い……もう誰も好きになりたくないのに……
「こら! そのようなことはこのタイミングで言うべき言葉ではない」
ジャクソン様が困ったようにラーニー様をたしなめた。
「え? だってお父様、今言わなければいつ言うの? 他人のおじちゃんと離縁したらイレーヌはバッテンベルク家に帰っちゃうよ。そうしたらきっと誰かと結婚して僕達のことを忘れちゃうんだ。そんなの嫌だよ! イレーヌは優しくてとっても綺麗だもん。この屋敷から出ていかないで!」
ラーニー様は私にぎゅっと抱きついた。
「ラーニー様、私はそれほどモテませんからそんな心配はありませんよ」
ラーニー様はなぜこうも私の心をふんわりと温めてくれるのだろう。私が優しい気持ちでいられるのはかわいいラーニー様がいるからだ。
「いや、イレーヌはとても綺麗だから絶対にモテる」
ラーニー様のかわいい言葉をあと押ししたのはジャクソン様だった。その言葉に私の頬は一層紅色に染まる。
「兄上、不思議な世界から素敵な世界に移行しそうですね。もちろん私は応援しますよ。イレーヌは綺麗で優しいし、とてもラーニーを可愛がってくれている」
グレイソン様は満面の笑みで微笑んでいた。
次の瞬間、応接室の扉を開けたのは要件を聞きに来た侍女ではなく慌てた様子の執事だった。
「引っ越し業者の馬車がこちらに大きな荷物を運びこもうとしておりますが、どういたしましょうか?」
「それ、あたしの荷物でぇす。だってここに住めると思ったから……」
シェリルは間延びした声で言ったのだった。
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