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4 息子も愚かならその親も愚かでした

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「待って・・・・・・お待ちください! 若奥様。エリック様には私から事情をご説明しますので、先ほどのお言葉は聞かなかったことに・・・・・・」

 筆頭執事ヨハンは床に頭をこすりつけるようにして私に謝っている。ヨハンはウィンザー侯爵家の現状を知っているからね。

「心配しないで。この屋敷で雇っている者たちは、そのまま雇い続けます」
 
「えっ? でしたら、私の主は若奥様ということになりましょう。だとしたら、さぁ、エリック様! さっさと荷物をまとめて、ウィンザー侯爵邸から出て行きなさい!」

 ヨハンは嬉々として旦那様にそう命令した。きっと今までウィンザー侯爵家を支えるのに苦労してきて、旦那様の愚かさにも耐えてきたのだろう。その表情は実に生き生きとしていたわ。

「なぜ、僕が出て行くのだ? ウィンザー侯爵家の借金は、イレーヌが嫁いできたことによって完済したはずだ。ラエイト男爵家の当主と交わした婚前契約書にはそう書いてあった」

 旦那様は得意げに胸を反らした。

「えぇ、私のお父様は性善説を信じて生きておりますのでね。借金を帳消しにすればエリック様がラエイト男爵家に恩義を感じ、私を粗末にしないと思ったのでしょう。お父様のお優しいところは私の自慢ですわ」

「それなら、イレーヌと離縁してもなんの問題もないな! さぁ、もう一度言おう。僕はお前とは離縁して、このアニーを妻に迎えお腹の子どもを跡継ぎにする」

「はい、離縁は承知しました。ですが、出て行くのはあなたです。このウィンザー侯爵家の跡継ぎは、私が生む子供しかなれません」

「なんだと! そんなわけがあるかぁあああ! 嘘をつくな! この身分の低い男爵家の見た目も冴えない女が、僕の隣に立てると思った時点で間違いなんだよ。いいか? この僕を見ろ! この美貌に相応しい女は、最高の美女しかいないんだよ。お前のような地味なおとなしい・・・・・・」

 まだまだ続く鬱陶しい話を私は遮った。

「うるさいわねぇ。黙りなさいよ、顔だけ男が!! エリック様は私が嫁いで来てから、生活が変わったと思いませんでしたか?」

「生活? まぁ、以前よりは確かに屋敷の修繕もされ、家具も豪華になった気がする。それから、食事に必ず上等な肉と、異なる国々の果物がたくさん並ぶようになったと思うぞ。まぁ、これは父上が頑張って事業をなさっているから当然のことだろうな」

「それだけではありません。旦那様の着ている衣服も、私がここに嫁いでから購入したものですわね。そして、この屋敷で働く使用人たちの賃金、屋敷や庭園の修繕費に維持費、すべては私が負担しております」

「はぁ? そんなわけがあるか! 借金はお前が嫁いだことでなくなったはず。父上が事業を再建し、昔の繁栄を取り戻したからこそ、今の生活が続けられているのだ。ウィンザー侯爵家を侮辱するなら、お前など容赦しないぞ! 身分に関しては、僕の方が上だというのを理解しておけ!」

「ばかばかしい。今や、身分よりも財力が重要なのです。ごらんなさい。お義父様が急いで執務室から駆けてきています。多分、またお昼寝でもしていたのでしょう。事業のセンスに欠ける当主は、どんなことをしてもお金を稼ぐことはできませんわ」

 私は哀れみの眼差しでウィンザー侯爵様を見つめた。

「どうしたのだね? この騒ぎは? イレーヌ、なにがあった?」

 ウィンザー侯爵様はまるで落ち着きを知らぬ男性よ。威厳も何もなく、せかせかとした動きと卑屈な目つきが彼の特徴だ。

「お義父様。エリック様は私と離縁してアニー様と結婚するそうです。ですから、あなたがたは速やかに私の屋敷から出て行ってくださいね」

「・・・・・・なんたることだ。ばか者! 早く謝らんか! 土下座だ。誠心誠意、謝れ!」

「嫌です! 意味がわからない」

「お義父様。もっと早く自分の無能さと、お義母様の贅沢すぎるお買い物中毒を、エリック様に認識させなければいけませんでしたね。妙なプライドで、なにもお話をなさっていないのでしょう?」

「うぅ... エリック。イレーヌが我が家に嫁ぐ前の借金が消えたとはいえ、その後の生活費は実はイレーヌに借りていたのだ。事業がうまくいかず、彼女から援助を受けていたんだ。それも以前の倍の利子で返す形で...。ポスルスウェイト国の法律では、嫁からの借金は彼女が当家に嫁いでいる間は債務と見なされない。しかし、エリックとイレーヌが離縁する場合、この借金は正式な借用書による返済義務として取り立てられることになるのだ」
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