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9 ゼインとカイルに認められるアリアナ
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アリアナが侍女として生活を始めた三日め、魔王の領地の各地から代表者たちが集まる会議が開かれた。この会議は魔王の統治に関わる重要な議題を話し合う場であり、魔王の威信を示す大事な機会でもあった。
ところが、会議の開始直前、魔王の側近が重要な書類や資料を『評議の間』に運んでいる最中のことである。突如現れた魔界の悪戯っ子、シャドウスプライトがそれらを奪い去った。シャドウスプライトは、ちょうど男性の手のひらぐらいの大きさで半透明な姿をしており、影のように薄暗い色合いを持つ。光の加減によって姿がぼやけることも多かった。
「また、あいつの仕業か。こういう大事な時には決まって悪戯をしかけてくる。困ったものだ。あれは、とても重要な書類だったのに」
ゼインが、うろたえたように声を震わせた。王宮の使用人たちも必死になってシャドウスプライトの姿を探すのだが、影を自在に操る能力を持ち、隠れたり物を素早く移動させたりすることが得意なシャドウスプライトを見つけることは難しかった。
『評議の間』の廊下で右往左往する魔族たちに、アリアナはシャドウスプライトの話を聞き、ゼインに向かって声をかけた。
「庭園で一番大きくて立派な木はどこにありますか? その木の上に登り、小さなツリーハウスがないか探してみてください」
「は? 私たちは遊んでいるわけではないのだぞ。そんなところにツリーハウスなど、あるわけがない。魔王城の庭木で一番大きく立派なものは魔尊木と呼ばれ、とても大事にされている。登るなんて不敬であろう」
ゼインが渋い面持ちでけなしたが、カイルは興味を示す。
「確かに、魔尊木には誰も近づかない。シャドウスプライトの隠れ家としては最適だな」
「ふむ。魔尊木に魔軍団を登らせろ。書類を見つけた者には褒美をだす」
魔王の命令に、リオンは部下たちを直ちに登らせた。
だが、驚いたことにアリアナまでその木に登りだし、楽しげな声をあげた。幼い頃、アリアナは裏庭の大木に登り、秘密基地を作って遊んでいたことを思い出したのだ。そのころは前クレスウエル公爵夫人も存命で、アリアナは毎日を楽しめていた。もちろん、たっぷりとした睡眠時間も確保できていたのだ。
「やっぱり、ツリーハウスがありましたわ。それも小さくて可愛いのがたくさん! なんて芸術的センスがあるのかしら。それぞれのツリーハウスには綺麗な彫刻がしてあるし、いろいろな物が隠してあるわ」
アリアナがひときわ豪華なツリーハウスを覗き込むと、なかには可愛いドレスを着た小さなシャドウスプライトが隠れていた。
「怖がらなくていいのよ。でも、さきほど奪った書類を返して欲しいの。あれはね、これから使う大事な物なのよ。代わりに、私のブレスレットをあげる。首にかけたらネックレスになって、きっと素敵よ」
「本当に、もらえるの? それなら、さっきの書類を返してもいいわ。私は好奇心旺盛で、特に貴重なものや珍しいものを集めることが大好きなの。魔王の側近たちが大事そうに抱えていたから、つい手がでちゃった」
「わかるわ。きっと、あなたはちょっぴり寂しいのだと思うわ。側近の方たちに構ってもらいたかった気持ちもあるわよね? 私とお友達になりましょうよ。書類を集めるよりも、キラキラ光るビーズや可愛いリボン、甘い木の実を集めた方が楽しいわよ」
「そう、あなたの言う通りだわ。私は寂しかったの。誰からも歓迎されないし、話しかけてくれる魔族もいないから、いつもひとりぼっちだったもの」
「あなたの他に同じ種族はいないの?」
「いないわ。よくわからないけど、私は生まれた時から一人だったもん」
「それは寂しかったわね。でも、もうひとりじゃないわ。私がいるもの。持っていってはダメなものと、良い物を、私が教えてあげるから、みんなを困らせてはだめよ」
アリアナの説得に深くうなずいたシャドウスプライトは、ジョアンナと名乗った。ジョアンナはあっという間に『評議の間』に奪った書類を戻すと、アリアナの肩に乗って嬉しそうに微笑んだ。
(初めてのお友達ができたわ。アリアナは私のお友達・・・・・・ふふっ、嬉しいな)
ジョアンナの気持ちは、ほんわかと暖まっている。もう、ひとりぼっちじゃないことが、たまらなく嬉しかった。
それ以来ジョアンナはほとんどの時間、アリアナの側で暮らすようになった。アリアナはジョアンナ専用の小さなベッドや絹の布団を作ったり、椅子やソファなども手作りし、自分の部屋に設置した。ジョアンナはアリアナが大好きになり、毎日綺麗な石を持ってくるようになった。それは魔界で、もっとも価値のある宝石なのだが、その驚くべき特性をアリアナが知るのはもっと先のことである。
「なんとまぁ、魔界いちの悪戯っ子、シャドウスプライトを手なずけるとは、恐れ入ったな。しかし、悪戯をしなくなったのはありがたい」
その事件以降、ゼインとカイルはアリアナに感心し、アリアナに対する態度は軟化したのだった。
ところが、会議の開始直前、魔王の側近が重要な書類や資料を『評議の間』に運んでいる最中のことである。突如現れた魔界の悪戯っ子、シャドウスプライトがそれらを奪い去った。シャドウスプライトは、ちょうど男性の手のひらぐらいの大きさで半透明な姿をしており、影のように薄暗い色合いを持つ。光の加減によって姿がぼやけることも多かった。
「また、あいつの仕業か。こういう大事な時には決まって悪戯をしかけてくる。困ったものだ。あれは、とても重要な書類だったのに」
ゼインが、うろたえたように声を震わせた。王宮の使用人たちも必死になってシャドウスプライトの姿を探すのだが、影を自在に操る能力を持ち、隠れたり物を素早く移動させたりすることが得意なシャドウスプライトを見つけることは難しかった。
『評議の間』の廊下で右往左往する魔族たちに、アリアナはシャドウスプライトの話を聞き、ゼインに向かって声をかけた。
「庭園で一番大きくて立派な木はどこにありますか? その木の上に登り、小さなツリーハウスがないか探してみてください」
「は? 私たちは遊んでいるわけではないのだぞ。そんなところにツリーハウスなど、あるわけがない。魔王城の庭木で一番大きく立派なものは魔尊木と呼ばれ、とても大事にされている。登るなんて不敬であろう」
ゼインが渋い面持ちでけなしたが、カイルは興味を示す。
「確かに、魔尊木には誰も近づかない。シャドウスプライトの隠れ家としては最適だな」
「ふむ。魔尊木に魔軍団を登らせろ。書類を見つけた者には褒美をだす」
魔王の命令に、リオンは部下たちを直ちに登らせた。
だが、驚いたことにアリアナまでその木に登りだし、楽しげな声をあげた。幼い頃、アリアナは裏庭の大木に登り、秘密基地を作って遊んでいたことを思い出したのだ。そのころは前クレスウエル公爵夫人も存命で、アリアナは毎日を楽しめていた。もちろん、たっぷりとした睡眠時間も確保できていたのだ。
「やっぱり、ツリーハウスがありましたわ。それも小さくて可愛いのがたくさん! なんて芸術的センスがあるのかしら。それぞれのツリーハウスには綺麗な彫刻がしてあるし、いろいろな物が隠してあるわ」
アリアナがひときわ豪華なツリーハウスを覗き込むと、なかには可愛いドレスを着た小さなシャドウスプライトが隠れていた。
「怖がらなくていいのよ。でも、さきほど奪った書類を返して欲しいの。あれはね、これから使う大事な物なのよ。代わりに、私のブレスレットをあげる。首にかけたらネックレスになって、きっと素敵よ」
「本当に、もらえるの? それなら、さっきの書類を返してもいいわ。私は好奇心旺盛で、特に貴重なものや珍しいものを集めることが大好きなの。魔王の側近たちが大事そうに抱えていたから、つい手がでちゃった」
「わかるわ。きっと、あなたはちょっぴり寂しいのだと思うわ。側近の方たちに構ってもらいたかった気持ちもあるわよね? 私とお友達になりましょうよ。書類を集めるよりも、キラキラ光るビーズや可愛いリボン、甘い木の実を集めた方が楽しいわよ」
「そう、あなたの言う通りだわ。私は寂しかったの。誰からも歓迎されないし、話しかけてくれる魔族もいないから、いつもひとりぼっちだったもの」
「あなたの他に同じ種族はいないの?」
「いないわ。よくわからないけど、私は生まれた時から一人だったもん」
「それは寂しかったわね。でも、もうひとりじゃないわ。私がいるもの。持っていってはダメなものと、良い物を、私が教えてあげるから、みんなを困らせてはだめよ」
アリアナの説得に深くうなずいたシャドウスプライトは、ジョアンナと名乗った。ジョアンナはあっという間に『評議の間』に奪った書類を戻すと、アリアナの肩に乗って嬉しそうに微笑んだ。
(初めてのお友達ができたわ。アリアナは私のお友達・・・・・・ふふっ、嬉しいな)
ジョアンナの気持ちは、ほんわかと暖まっている。もう、ひとりぼっちじゃないことが、たまらなく嬉しかった。
それ以来ジョアンナはほとんどの時間、アリアナの側で暮らすようになった。アリアナはジョアンナ専用の小さなベッドや絹の布団を作ったり、椅子やソファなども手作りし、自分の部屋に設置した。ジョアンナはアリアナが大好きになり、毎日綺麗な石を持ってくるようになった。それは魔界で、もっとも価値のある宝石なのだが、その驚くべき特性をアリアナが知るのはもっと先のことである。
「なんとまぁ、魔界いちの悪戯っ子、シャドウスプライトを手なずけるとは、恐れ入ったな。しかし、悪戯をしなくなったのはありがたい」
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