上 下
4 / 9

4 僕は美貌の女公爵のおもちゃか……(ウェズリー視点)大いなる勘違い

しおりを挟む
 初めてイグナシオ公爵家を訪問し、その当主を間近に見て、心臓が止まるかと思った。金髪は艶やかでその瞳は青く澄み、どこまでも透き通っていた。妖艶でいて、透明感のある美しさ……このような女性が急いで夫を探す理由は……エイプリルが言った言葉が真実なのだろう……

 私は前日にエイプリルとかわした会話を思い出していた。

「アイシャ様ほどの家柄と美貌の方が、急いで結婚相手を探しているならしかあり得ません。そ・れ・は・ずばり、ご懐妊されているのですわっ!」

「えっ!! 誰の子を?」

「決まっていますわ! 国王陛下です! 王妃様は隣国の王女殿下で嫉妬深く、国王陛下の愛妾を殺めたとの噂もあります。ですから極秘にお子を姪御様に、お産ませになり時期がきたら王太子になさるおつもりでは?」

「まさか……」

「考えてもみてください。わざわざ、あのような身分の高い美女と名高いアイシャ公爵閣下が、こんな貧乏アントニア伯爵家の三男のウェズリー様と結婚したがりますか?」

「確かに……否定はできない……そうしたら、私はどうすればいいのだろう……」

「そうですねぇ。多分あちらは形式上の夫がほしいだけでしょう。馴れ馴れしくしないほうが宜しいでしょうね。相手は、国王陛下の想い人でいらっしゃいます」

「まじか……」

 エイプリルに聞いておいて良かった。あやうく、アイシャ様に惚れて夫として最上級の真心を差し出そうとするところだった。良かった……そんなことをしたら、きっと、あの薔薇のような美しいかんばせを曇らせながら嘲笑されたかもしれない。

「なにを勘違いなさっているの? 貴方の心など、もとから求めていなくてよ?」

 そんな言葉が、あのふっくらした形のいい唇から紡ぎ出され、私は大恥をかいていたところだ。



☆彡★彡☆彡



 その日の帰り際にエイプリルとアイシャ様は親しげに言葉をかわしていた。エイプリルはアイシャ様から『妹のように思う』と言われたと喜んでいた。

「アイシャ様はとても、お優しい方ですわ。私を妹のように扱ってくださる、と約束してくださいました。だから、両家の顔合わせの時には一緒に来るように、とおっしゃってくださいました」

 使用人を大事になさる寛大な女性だな、と感心していたが当日に同行したエイプリルに対して、イグナシオ家の者は冷たかった。専属執事のギルバートとかいう奴も、前イグナシオ公爵もアイシャ様まで『なぜここに侍女がいる?』という視線をぶつけてきたのだ。

 だから、高位貴族は嫌いなんだ! 私は宮廷楽士で、王族の方々にたまにからかわれることもあるけれど……あの方達は残酷だ。ジョークを本気のようにおっしゃって、それを真に受けた人間をあざ笑う。アイシャ様も所詮王族か……アイシャ様の亡くなった母君は国王陛下が溺愛してやまなかった妹のキャサリン王女殿下だものな。

 王族同士で子をなすのは尊い血筋に卑しい血を混ぜない為で奨励されていた。だから、国王陛下と姪のキャサリン様が情を通じ合っていてもなんの不思議もない世界だ。考え方も一緒なんだろうな。人を人とも思わない。

 こんな結婚など、なくなればいいのに……そう思ってあの日はエイプリルと早めにイグナシオ邸を失礼したのだ。てっきり、この縁談は流れるとばかり思っていたら、あっという間に婚姻して夫になってしまった。

 やはり、ご懐妊なさっているに違いない……


☆彡★彡☆彡


 初夜の日に、たまたまエイプリルが持病で具合が悪くなり様子を見にいった。とても辛そうで、私が手を握っている時だけが楽に呼吸できる、と微笑んだ。

「こんな私の手でよければ、いくらでも握っていてかまわない」

 そう言った私の手を、エイプリルは宝物のように両手で握りしめた。だが、このままでいるわけにもいかない。今日は初夜だし花嫁のもとに行かなければ。

「エイプリル。申し訳ないが、アイシャ様が待っている。私は、行かなければならない」

「ふふふ。本当にアイシャ様がウェズリー様を待っていると思っていらっしゃるのですかぁ? さきほど、アイシャ様の侍女達の話を小耳にはさみました。アイシャ様は、『明日の国王陛下とのに差し支えるから早く寝たい』とおっしゃったとか……。行かないほうが、喜ばれるのでは?」

 エイプリルの言葉に、自分のプライドがズタズタになった。確かに、あの国王陛下の研ぎ澄まされた美貌と貫禄には遠く及ばない私が、アイシャ様と初夜など……

「私は……どうすればいいのかな……」

「あちらにソファがありますわ。そこでお休みなさいませ。なんなら、一緒にこのベッドで……」

「あ、それはまずい……私は……馬小屋で寝るよ」

「はぁ? 本気ですか?」

「あぁ、馬小屋の上が屋根裏部屋になっていた。干し草を積んでシーツをかければ大丈夫だ」

 呆れかえるエイプリルの部屋を後にし、私は馬小屋の2階でのびのびと寝ることができた。国王陛下の愛人の身に触れるなど……絶対にお咎めをうけそうだし……今後も一定の距離をおいたほうがいい。


 そうして、朝になり食堂でアイシャ様にお会いしたが、にっこり微笑まれただけだった。やっぱり、この対応が正解だったのだ。良かった……複雑な事情を察して危険回避できたようだ。

 寝起きで化粧もしていないように見える私の形式上の奥方は、少しだけ幼く見えて本当に綺麗だ。いつもの着飾った妖艶な雰囲気もいいけれど、朝の光に照らされて簡素なドレスを着ている時の方が何倍も素敵だなと見惚れた。

 いけない、いけない……この方は私の本当の妻ではない……でも、アイシャ様のお腹は真っ平らだ……本当にご懐妊?

 私はエイプリルにその質問をすると、

「個人差がありますのよ? 痩せたスタイルのいい方だと、出産直前までわからない場合もあるのですって。それに妊娠したてだとしたら、まだお腹などでていませんわよ!」

と、力説してくれた。なるほどね……その赤ちゃんを出産したら、私も抱かせてもらえるのかな……いや、無理か……次期国王陛下になるかもしれない子供だものな……
 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

どうして私にこだわるんですか!?

風見ゆうみ
恋愛
「手柄をたてて君に似合う男になって帰ってくる」そう言って旅立って行った婚約者は三年後、伯爵の爵位をいただくのですが、それと同時に旅先で出会った令嬢との結婚が決まったそうです。 それを知った伯爵令嬢である私、リノア・ブルーミングは悲しい気持ちなんて全くわいてきませんでした。だって、そんな事になるだろうなってわかってましたから! 婚約破棄されて捨てられたという噂が広まり、もう結婚は無理かな、と諦めていたら、なんと辺境伯から結婚の申し出が! その方は冷酷、無口で有名な方。おっとりした私なんて、すぐに捨てられてしまう、そう思ったので、うまーくお断りして田舎でゆっくり過ごそうと思ったら、なぜか結婚のお断りを断られてしまう。 え!? そんな事ってあるんですか? しかもなぜか、元婚約者とその彼女が田舎に引っ越した私を追いかけてきて!? おっとりマイペースなヒロインとヒロインに恋をしている辺境伯とのラブコメです。ざまぁは後半です。 ※独自の世界観ですので、設定はゆるめ、ご都合主義です。

貴方の子どもじゃありません

初瀬 叶
恋愛
あぁ……どうしてこんなことになってしまったんだろう。 私は眠っている男性を起こさない様に、そっと寝台を降りた。 私が着ていたお仕着せは、乱暴に脱がされたせいでボタンは千切れ、エプロンも破れていた。 私は仕方なくそのお仕着せに袖を通すと、止められなくなったシャツの前を握りしめる様にした。 そして、部屋の扉にそっと手を掛ける。 ドアノブは回る。いつの間にか 鍵は開いていたみたいだ。 私は最後に後ろを振り返った。そこには裸で眠っている男性の胸が上下している事が確認出来る。深い眠りについている様だ。 外はまだ夜中。月明かりだけが差し込むこの部屋は薄暗い。男性の顔ははっきりとは確認出来なかった。 ※ 私の頭の中の異世界のお話です ※相変わらずのゆるゆるふわふわ設定です。ご了承下さい ※直接的な性描写等はありませんが、その行為を匂わせる言葉を使う場合があります。苦手な方はそっと閉じて下さると、自衛になるかと思います ※誤字脱字がちりばめられている可能性を否定出来ません。広い心で読んでいただけるとありがたいです

迷子の会社員、異世界で契約取ったら騎士さまに溺愛されました!?

ふゆ
恋愛
気づいたら見知らぬ土地にいた。 衣食住を得るため偽の婚約者として契約獲得! だけど……? ※過去作の改稿・完全版です。 内容が一部大幅に変更されたため、新規投稿しています。保管用。

無理やり『陰険侯爵』に嫁がされた私は、侯爵家で幸せな日々を送っています

朝露ココア
恋愛
「私は妹の幸福を願っているの。あなたには侯爵夫人になって幸せに生きてほしい。侯爵様の婚姻相手には、すごくお似合いだと思うわ」 わがままな姉のドリカに命じられ、侯爵家に嫁がされることになったディアナ。 派手で綺麗な姉とは異なり、ディアナは園芸と読書が趣味の陰気な子爵令嬢。 そんな彼女は傲慢な母と姉に逆らえず言いなりになっていた。 縁談の相手は『陰険侯爵』とも言われる悪評高い侯爵。 ディアナの意思はまったく尊重されずに嫁がされた侯爵家。 最初は挙動不審で自信のない『陰険侯爵』も、ディアナと接するうちに変化が現れて……次第に成長していく。 「ディアナ。君は俺が守る」 内気な夫婦が支え合い、そして心を育む物語。

(完結)嫌われ妻は前世を思い出す(全5話)

青空一夏
恋愛
私は、愛馬から落馬して、前世を思いだしてしまう。前世の私は、日本という国で高校生になったばかりだった。そして、ここは、明らかに日本ではない。目覚めた部屋は豪華すぎて、西洋の中世の時代の侍女の服装の女性が入って来て私を「王女様」と呼んだ。 さらに、綺麗な男性は、私の夫だという。しかも、私とその夫とは、どうやら嫌いあっていたようだ。 些細な誤解がきっかけで、素直になれない夫婦が仲良しになっていくだけのお話。 嫌われ妻が、前世の記憶を取り戻して、冷え切った夫婦仲が改善していく様子を描くよくある設定の物語です。※ざまぁ、残酷シーンはありません。ほのぼの系。 ※フリー画像を使用しています。

【完結】婚約破棄された公爵令嬢、やることもないので趣味に没頭した結果

バレシエ
恋愛
サンカレア公爵令嬢オリビア・サンカレアは、恋愛小説が好きなごく普通の公爵令嬢である。 そんな彼女は学院の卒業パーティーを友人のリリアナと楽しんでいた。 そこに遅れて登場したのが彼女の婚約者で、王国の第一王子レオンハルト・フォン・グランベルである。 彼のそばにはあろうことか、婚約者のオリビアを差し置いて、王子とイチャイチャする少女がいるではないか! 「今日こそはガツンといってやりますわ!」と、心強いお供を引き連れ王子を詰めるオリビア。 やりこまれてしまいそうになりながらも、優秀な援護射撃を受け、王子をたしなめることに成功したかと思ったのもつかの間、王子は起死回生の一手を打つ! 「オリビア、お前との婚約は今日限りだ! 今、この時をもって婚約を破棄させてもらう!」 「なぁッ!! なんですってぇー!!!」 あまりの出来事に昏倒するオリビア! この事件は王国に大きな波紋を起こすことになるが、徐々に日常が回復するにつれて、オリビアは手持ち無沙汰を感じるようになる。 学園も卒業し、王妃教育も無くなってしまって、やることがなくなってしまったのだ。 そこで唯一の趣味である恋愛小説を読んで時間を潰そうとするが、なにか物足りない。 そして、ふと思いついてしまうのである。 「そうだ! わたくしも小説を書いてみようかしら!」 ここに謎の恋愛小説家オリビア~ンが爆誕した。 彼女の作品は王国全土で人気を博し、次第にオリビアを捨てた王子たちを苦しめていくのであった。  

婚約破棄でみんな幸せ!~嫌われ令嬢の円満婚約解消術~

春野こもも
恋愛
わたくしの名前はエルザ=フォーゲル、16才でございます。 6才の時に初めて顔をあわせた婚約者のレオンハルト殿下に「こんな醜女と結婚するなんて嫌だ! 僕は大きくなったら好きな人と結婚したい!」と言われてしまいました。そんな殿下に憤慨する家族と使用人。 14歳の春、学園に転入してきた男爵令嬢と2人で、人目もはばからず仲良く歩くレオンハルト殿下。再び憤慨するわたくしの愛する家族や使用人の心の安寧のために、エルザは円満な婚約解消を目指します。そのために作成したのは「婚約破棄承諾書」。殿下と男爵令嬢、お二人に愛を育んでいただくためにも、後はレオンハルト殿下の署名さえいただければみんな幸せ婚約破棄が成立します! 前編・後編の全2話です。残酷描写は保険です。 【小説家になろうデイリーランキング1位いただきました――2019/6/17】

屋敷のバルコニーから突き落とされて死んだはずの私、実は生きていました。犯人は伯爵。人生のドン底に突き落として社会的に抹殺します。

夜桜
恋愛
【正式タイトル】  屋敷のバルコニーから突き落とされて死んだはずの私、実は生きていました。犯人は伯爵。人生のドン底に突き落として社会的に抹殺します。  ~婚約破棄ですか? 構いません!  田舎令嬢は後に憧れの公爵様に拾われ、幸せに生きるようです~

処理中です...