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4 裏切りの現場(妹side)

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妹side

「そうよ、マリー! みんなが幸せになれるわ」
そう言いながらローズが妖艶な笑みを浮かべてマリーに手を差し出した。

姉のローズに大事にしてもらったことは間違いないし、両親が亡くなってからはローズだけがマリーの肉親だった。人づきあいの苦手な両親には親しく行き会う親戚も友人もほとんどいなかったのだ。

「こっちにおいで。見てごらん、このラインハルトを。とても美しいし利発な子になるよ」
ライアンもマリーに優しく微笑みかけながら、次々ともっともらしい言葉を投げかけてくる。
「僕がマリーとラインハルトのことを真剣に考えた結果がこれなんだよ。ラインハルトを爵位も継ぎないような立場にしたいのかい? 僕だってフェリー伯爵家の出自だけれど次男で兄上には3人もの子供がいる。絶対に爵位はまわってこない。君だって次女だし……だからローズがラインハルトを跡継ぎにしてくれるなんて、とても幸運なんだよ」
まるっきり間違っているとはいえないライアンの意見。それでも、なにか納得がいかないマリー。

「それなら、なぜ私に事前に言ってくださらなかったのですか?」
マリーはローズに尋ねるが、ローズはどうでもいいことのようにこう言った。
「順番なんてどうでもいいでしょう? マリーがいくら優秀でもたかがしがない家庭教師よ。あなたは爵位をもっている私の言うことを黙って聞いていればいいのよ。サザーランド国は長子が爵位を継ぐわ。両親が亡くなってからは、私が家長で絶対の存在なのよ! これからは身の程をわきまえなさいな。わかったら、あのばかげた小さな借家はさっさと引き払ってここに住みなさい。そうね、次は女の子がいいわ。マリーの子供はみんな私の養子にしてあげるわ。それがその子達の為だわ」
見事な曲線美を見せつけるように、長い足を組みながらローズが薄く笑った。






借家はライアンに解約され引っ越しも無理矢理ローズに押し切られ、あっという間にマリーはキャメロン伯爵家で軟禁状態になったのである。

「すぐにマリー達の屋敷を敷地に建ててあげるわ。なにも心配しなくていいのよ。お仕事もやめなさい。マリーは私の言うように子供を産んでくれればいいの。他にはなにもする必要はないわ!」
「そう、君は子供を産むだけでいい。簡単だろう?」
ライアンがマリーを抱きしめて頭に軽くキスを落とした。

そのような騒動の数日後のこと、デスティニー公爵家から1通の手紙が届いた。レティがこっそりと夜遅くにやってきて「ローズ様には内密に!」と言いながら慌てて去って行く。それは教え子エルサからのかわいい家庭教師復帰へのお願いだった。



マリー先生へ
赤ちゃんは無事お生まれになったの? 産休に入ってからはお会いすることもかなわず心配をしています。お見舞いに行こうとしましたが、ローズ様から体調が良くないとのことで断られました。

先日、正式に私の家庭教師を退職するという通知がキャメロン伯爵家からデスティニー公爵家に届きました。これは嘘ですよね? マリー先生は私が大人になるまでずっと側にいてくださるとおっしゃったではないですか。どうか辞めないで。そして一日も早く復帰してくださいませ。……
エルサより




(私が退職をするですって? ……ローズお姉様はなぜ勝手なことばかりするの?)

予定どおり来週からデスティニー公爵家の家庭教師に復帰しようと思っていたマリーは困惑した。おっとりしていてめったに怒らないマリーもこの時ばかりは姉に文句を言いたくなったのである。夜も遅い時間だがローズが夜更かしをするのは知っていた。姉はカクテルを必ず寝る前に飲みながら地下の書庫で読書を楽しむ習慣があったのだ。

屋敷の図書室は二カ所。日差しが入る庭園に面した図書室はマリーのお気に入りだ。地下の書庫は希少価値がある魔法書などを保管してある場所で本が傷まないよう光が差し込まない設計だった。マリーが薄暗い地下を歩き書庫をそっと開けると、立ち並ぶ本棚の隙間から……ローズがライアンと抱き合っているのが見えた。

ささやきあう愛の言葉にはマリーをあざ笑う言葉も含まれていた。
「あぁ、ローズ。君を愛しているよ。あんなつまらないマリーとは大違いだ。あいつはまるで人形のようで抱いていても楽しくもなんともない」

「あら、でももう一人欲しいわ。今度は女の子がいいわ。マリーは冴えないけれど顔立ちは整っているわ。私がマリーを地味に見えるように、流行おくれのドレスをわざと着せていたけれど着飾れば綺麗なはずよ。そしてライアン、あなたはすこぶる美男子。二人の容姿とマリーの知性を引き継げば、とても有望な子供が生まれるわ。お腹なんて痛めなくても私には子供が手に入る。あっはははは!」
そのあとはあえぎ声に変わり……。二人はその行為に夢中になりすぎてローズが見ていることにも気がつかないようだ。

マリーの世界が音を立てて崩れていく。信頼し愛する二人からの裏切りに心底絶望して嘆き悲しんだマリーであった。

(お姉様、なぜなの? なぜ夫と子供を私から奪うの? 大好きだったのに……信じていたのに……)

目の前で起こったことでも、まだ姉を信じたいマリーはどうしていいのかもわからない。生きていく気力が失せていく。目の前の光景が途端に色を失いモノクロの暗い世界に閉じ込められた気がした。

そっと書庫の扉を閉めて自室にこもり泣き明かした翌日、エルサの2番目の兄(デスティニー公爵家の次男)がキャメロン伯爵家に訪ねてきたのだった。
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