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9 カフェに来た見知らぬ少女
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午後はジェラートを売っているカフェのお手伝いだ。観光客がいて賑わっているそこでは、ジェラートとアイスコーヒーとアイスティー、それに簡単なサンドイッチ3種類しか出していない。
私は、礼子さんとバイトの人達に混じってお手伝い。カフェ内のテーブルは7席で、外にも7席。皆、大抵はジェラートを注文する。
私はアイスティーやサンドイッチを言われたテーブルに置きにいくだけ。
「にっこり笑って『いらっしゃいませ!』って言ったら、そっとテーブルに置いてきてね」
礼子さんから言われたことは、それだけだった。
☆彡★彡☆彡
「紬ちゃん! このサンドイッチとアイスコーヒーはお店の外の、右から3番目のテーブルに持っていってね」
「はい!」
私は皆と同じエプロンをつけて、慎重にそれを持っていく。
「いらっしゃいませ!」
ここで、にっこり。それから、そっとトレーのままテーブルに置くだけだ。私を見ようともしないお客様もいるし、目を合わせないでうなづくだけの人や、うるさそうに手をひらひらする人もいた。
でも、私の目線に合わせてにこっとしてくる女の人や、「お手伝いしているなんて偉いわねぇーー」と褒めてくれるおばさんもいた。
無視されると少しだけ悲しくなるけれど、「ありがとうね!」と、素敵な笑顔で言ってくれる人がいると嬉しくなった。
「ねぇ! さっき注文したサンドイッチがまだこないんだけど! 有名な画家の一族が経営している牧場のカフェだから来てあげたのに、ずいぶん待たせるんだねぇーー」
大きな声で文句を言う同じ歳ぐらいの少女に私はびっくっりした。その子はとても綺麗なワンピースを着て、その隣の女性は私のお母さんのように香水がきつい。苦手なタイプだ。
慌ててバイトリーダーの明子さんが謝りに行く。
「申し訳ございません。順番に作っておりますので、もう少しお待ちいただけますか?」
「ふん! 飲み物ぐらい先に持ってきてよ!」
投げつけるように言うその言葉のとげとげしさに、周りの和やかな空気が一瞬で乱れた。私がその飲み物を持っていくと、その少女は小さな声でささやいた。
「ねぇ、柊君と週末にトレッキングに行くって、あんたなの? 有名画家の娘だからって、つけあがらないでよね!」
私は一瞬、なにを言われたかわからなかった。礼子さんのことも柊君のことも……週末にトレッキングに行くことも知っているなんて……誰かな? もしかして……真美さんが誘うって言ってたあのレストランのオーナーの娘ってこの子かな?……
あんなに楽しみにしていたトレッキングが急に辛いものに感じた。私を意地悪そうに見る眼差しは、結月のそれと似ていた。その隣の着飾ったおばさんも鼻を鳴らして言う。
「『レイコ ササキ』の絵なんて、普通の風景画じゃないの! なんで、ばっかみたいな値段で取引されるのかねぇ? 障害を持っているくせに頑張ってるってことでスポット浴びてるだけでしょう? マスコミもどうかしてるわよぉ」
薄笑いを浮かべるそのおばさんの言葉は、私とすぐそばにいたお客様にしか聞こえていなかった。
障害を持ってるくせにって……なんて嫌な言い方なのだろう……誰だって望んでそうなったわけじゃないのに……
☆彡★彡☆彡
「さぁ、もうそろそろ1時間だね? 今度は健一叔父さんとこの子馬を見に行こうね!」
礼子さんのその言葉にホッとして、私は牧場に向かった。
「礼子さん……いろんなお客様がいるんだね」
「ん? ふふふっ。たった1時間でも、それがわかったでしょう?」
「うん……」
私は健一叔父さんの牧場で子馬と子牛を見て、簡単なお世話をした。馬小屋の汚れた藁を取り替える作業で、弘さんと篤さんの邪魔になっているとしか思えなかったけれど、それでも二人は褒めてくれた。
「この白い子馬は紬ちゃんのにするって、健一さんが言ってたよ」
弘さんが私に耳打ちした。
「え! 嘘だぁーー。だって、私、きっと健一叔父さんから嫌われてるもん」
「あぁ、それは、ない、ない。嫌われてなんかいないよ。ただ、感情表現が下手なのと……コミ障なんじゃぁ」
「おい! 誰がコミ障だよ!」
にゅっと藁の奥から健一叔父さんの顔が出てきて、私達は『うわっ』って、叫び声をあげたんだ。
「せっかく牧場に来たんだ。乗馬ぐらいできるようにならないとなぁーー」
そう言うぶっきらぼうな口調は、いつもの健一叔父さんだ。礼子さんは牧場の景色や子馬や子牛の写メを連写していた。
「あぁやって、たっくさん写メをとってそれを見ながらイメージを膨らませるんだとさ。
実際、本物を目の前にして描くことも多いけど、夜中にも色づけするから写メがあると便利なんだろうなぁーー。まぁ、絵のことは俺は全くわからんけどね」
健一叔父さんは、そう言って礼子さんを眩しそうに見ていた。
「天性の才能か……俺も、そんなの欲しかったなぁ」
健一叔父さんがポツリと漏らす。
「「あ、俺もほしかったです!」」
弘さんと篤さんが口を揃えて言った。
「なに、言ってんだよ! 国立大のエリートがっ!」
「いや、いや。あの大学を出たって人の数と、世界的に有名な画家さんとでは、稀少価値がそもそも違う……素晴らしいですよね」
健一叔父さん達の会話を聞きながら、さっきのお客様の言った言葉を思い出した。どうしてけなすしかできない人と、褒めることができる人の両方がいるんだろうなって思った。
私は、礼子さんとバイトの人達に混じってお手伝い。カフェ内のテーブルは7席で、外にも7席。皆、大抵はジェラートを注文する。
私はアイスティーやサンドイッチを言われたテーブルに置きにいくだけ。
「にっこり笑って『いらっしゃいませ!』って言ったら、そっとテーブルに置いてきてね」
礼子さんから言われたことは、それだけだった。
☆彡★彡☆彡
「紬ちゃん! このサンドイッチとアイスコーヒーはお店の外の、右から3番目のテーブルに持っていってね」
「はい!」
私は皆と同じエプロンをつけて、慎重にそれを持っていく。
「いらっしゃいませ!」
ここで、にっこり。それから、そっとトレーのままテーブルに置くだけだ。私を見ようともしないお客様もいるし、目を合わせないでうなづくだけの人や、うるさそうに手をひらひらする人もいた。
でも、私の目線に合わせてにこっとしてくる女の人や、「お手伝いしているなんて偉いわねぇーー」と褒めてくれるおばさんもいた。
無視されると少しだけ悲しくなるけれど、「ありがとうね!」と、素敵な笑顔で言ってくれる人がいると嬉しくなった。
「ねぇ! さっき注文したサンドイッチがまだこないんだけど! 有名な画家の一族が経営している牧場のカフェだから来てあげたのに、ずいぶん待たせるんだねぇーー」
大きな声で文句を言う同じ歳ぐらいの少女に私はびっくっりした。その子はとても綺麗なワンピースを着て、その隣の女性は私のお母さんのように香水がきつい。苦手なタイプだ。
慌ててバイトリーダーの明子さんが謝りに行く。
「申し訳ございません。順番に作っておりますので、もう少しお待ちいただけますか?」
「ふん! 飲み物ぐらい先に持ってきてよ!」
投げつけるように言うその言葉のとげとげしさに、周りの和やかな空気が一瞬で乱れた。私がその飲み物を持っていくと、その少女は小さな声でささやいた。
「ねぇ、柊君と週末にトレッキングに行くって、あんたなの? 有名画家の娘だからって、つけあがらないでよね!」
私は一瞬、なにを言われたかわからなかった。礼子さんのことも柊君のことも……週末にトレッキングに行くことも知っているなんて……誰かな? もしかして……真美さんが誘うって言ってたあのレストランのオーナーの娘ってこの子かな?……
あんなに楽しみにしていたトレッキングが急に辛いものに感じた。私を意地悪そうに見る眼差しは、結月のそれと似ていた。その隣の着飾ったおばさんも鼻を鳴らして言う。
「『レイコ ササキ』の絵なんて、普通の風景画じゃないの! なんで、ばっかみたいな値段で取引されるのかねぇ? 障害を持っているくせに頑張ってるってことでスポット浴びてるだけでしょう? マスコミもどうかしてるわよぉ」
薄笑いを浮かべるそのおばさんの言葉は、私とすぐそばにいたお客様にしか聞こえていなかった。
障害を持ってるくせにって……なんて嫌な言い方なのだろう……誰だって望んでそうなったわけじゃないのに……
☆彡★彡☆彡
「さぁ、もうそろそろ1時間だね? 今度は健一叔父さんとこの子馬を見に行こうね!」
礼子さんのその言葉にホッとして、私は牧場に向かった。
「礼子さん……いろんなお客様がいるんだね」
「ん? ふふふっ。たった1時間でも、それがわかったでしょう?」
「うん……」
私は健一叔父さんの牧場で子馬と子牛を見て、簡単なお世話をした。馬小屋の汚れた藁を取り替える作業で、弘さんと篤さんの邪魔になっているとしか思えなかったけれど、それでも二人は褒めてくれた。
「この白い子馬は紬ちゃんのにするって、健一さんが言ってたよ」
弘さんが私に耳打ちした。
「え! 嘘だぁーー。だって、私、きっと健一叔父さんから嫌われてるもん」
「あぁ、それは、ない、ない。嫌われてなんかいないよ。ただ、感情表現が下手なのと……コミ障なんじゃぁ」
「おい! 誰がコミ障だよ!」
にゅっと藁の奥から健一叔父さんの顔が出てきて、私達は『うわっ』って、叫び声をあげたんだ。
「せっかく牧場に来たんだ。乗馬ぐらいできるようにならないとなぁーー」
そう言うぶっきらぼうな口調は、いつもの健一叔父さんだ。礼子さんは牧場の景色や子馬や子牛の写メを連写していた。
「あぁやって、たっくさん写メをとってそれを見ながらイメージを膨らませるんだとさ。
実際、本物を目の前にして描くことも多いけど、夜中にも色づけするから写メがあると便利なんだろうなぁーー。まぁ、絵のことは俺は全くわからんけどね」
健一叔父さんは、そう言って礼子さんを眩しそうに見ていた。
「天性の才能か……俺も、そんなの欲しかったなぁ」
健一叔父さんがポツリと漏らす。
「「あ、俺もほしかったです!」」
弘さんと篤さんが口を揃えて言った。
「なに、言ってんだよ! 国立大のエリートがっ!」
「いや、いや。あの大学を出たって人の数と、世界的に有名な画家さんとでは、稀少価値がそもそも違う……素晴らしいですよね」
健一叔父さん達の会話を聞きながら、さっきのお客様の言った言葉を思い出した。どうしてけなすしかできない人と、褒めることができる人の両方がいるんだろうなって思った。
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