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1 愛されない子

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 私はお母さんとお買い物に行くのがとても好きだ。スーパーには宝物が山のようにある。

「紬と結月は、お母さんの後ろをちゃんとついてきてね」

 お母さんは私にいつも言うけれど、私はすぐに興味のある売り場にふらふらと行ってしまう。好きなお菓子を見つてはそれを手に取り、テレビで宣伝している新発売のお菓子を見てはそこでじっと考え込む。

 これって、おいしいのかなぁ? お母さんの買い物カゴにいれたら怒るかな?

 私はくるくると興味の対象となるものを見つけてはそこに迷わず駆け寄り、また新たな物を見つけるとそこに吸い寄せられるように移動する。

「紬! 側にいるように、と何度言えばわかるの? なぜ、お約束が守れないのよ!」

 お母さんはイライラと私を怒鳴り始める。そうだった・・・・・・側にいなさいって言われていたんだっけ・・・・・・

「あんたなんかとお買い物に来るんじゃなかったわ。何度言えばわかるのかしら? 結月と双子のくせにまるで違うんだから! 結月にできてなぜ紬にはできないのよ! 今度からは家でお留守番していなさい」

「ご、ごめんなさい・・・・・・」

 楽しいお買い物は決まってお母さんに叱られて終わりだ。家に帰って、お母さんはお父さんに報告する。

「嫌になっちゃうのよ。紬ったら売り場をあっちこっち移動するものだから、最終的には紬探しをすることになってしまうわ」

「いいかい? 例えば、お菓子の売り場に行きたいと思ったら無言で行ってはだめだ。お母さんに伝えてから行きなさい」

 お父さんはそう言って私の頭をコツンと叩いた。このあたりまでは、両親も私をそこまでは嫌っていなかったと思う。

 けれど、小学生になってからは怒られる頻度もますます多くなった。

 初めての学校はひどく退屈でつまらなすぎて、授業中も違うことを考える。どうしてこの椅子にずっと座っていなければならないのかわからない。

 なぜ、先生はこんなにも私を怒るのかもわからない。お母さんは私を『ネジを忘れてきた子』と呼びはじめた。

「紬はお母さんのお腹にネジを忘れてきた子なのよ。だからなんでもぼろぼろ忘れて、やらなければならないことも少しもできないのよね」

 そっか……私のネジはどこにあるのかな……誰かが拾って持ってちゃったのかな……

「勉強もできない。運動もできない。言われたことの半分もできない! どうなっちゃってるのよ! できそこない!」

 そんな言葉ばかりを投げつけられて……私って生きていちゃいけない気がするよ……


☆彡★彡☆彡


 小学3年生の夏休み、私はお祖母ちゃんの家にお母さんと向かっていた。そこはお母さんの実家で、初めて行く所だった。お母さんは実家が嫌いで、牛や馬のニオイが臭いと言って寄りつかないからだ。

「お母さんの実家は牧場なのよ。母と兄と妹がいるわ。人手が欲しいからきっとすぐに引き取ってくれるわ」

 引き取ってくれる? そんな……私は捨てられちゃうの?

「お母さん、一所懸命、頑張るから。宿題も勉強も、家の手伝いもなんでもちゃんとやるから……」

「はぁ? もうそんなセリフは聞き飽きたわよっ! なんにもできないくせにっ! お母さんはね、もうあんたのお母さんじゃないから。あんたの面倒なんて、もううんざりなのよ。怠け者はいらないわ! 私はね、一流大学を出て
康隆もエリートなのよ? なんでこんな頭の悪い子ができるのよ? 恥ずかしくてお友達にも言えないわ。兄や妹は学がないから、あんたとは気が合うはずよ」

 私はお母さんのほの暗い笑みを黙って見つめた。その瞳には私に対する嫌悪感しか映っていない。愛されない子……それが私なのだ。





 私は母の運転する車の中で、まだ会ったことのないお祖母ちゃんを想像してみたけれど、全くイメージは沸かなかった。

「さぁ、着いたわよ! ぐずぐずしないで、さっさと降りなさいよっ!」

 私はお母さんに叱られながらも慌てて降りた。

「あらぁーー。カフェなんてできて、ずいぶん様変わりしたわねぇーー! 昔と違って思ったより綺麗だわぁ」

 お母さんの言葉に牧場の横にあるカフェのお姉さんが振り向いた。

「えぇ? お姉ちゃん? すっごい久しぶりじゃない! どうしたのよ、いきなり? あたしたちみたいな学のない人間とはつきあいたくないって言ってったのに……」

 そのお姉さんは、悪びれずにそんな言葉を愉快そうに言う。ふと私に視線を移すと、にっこり笑った。

「お姉ちゃんの子? 名前は? ジェラート、食べる?」

 私は黙って頷き、お母さんは私がジェラートを食べる様子をじっと見ていた。

「この子は紬よ。これ役所に届ける書類で、私達の印鑑はもう押してあるから。ここの養女にするようお母さんに言ってよ。この子、いらないから!」

「はぁ?……お姉ちゃん、意味わかんないよ」

「どうしたの? あら、あら! まぁ、まぁーー。真理子じゃないか! どうしたっていうの? いきなりやってきて。何年ぶりかねぇーー? 東京の大学に進学してから一度も顔を見せなかった親不孝者が、よくもまぁ来られたものだねぇ?」

「ふん! 馬や牛なんて嫌いだからよ! 私は商社に勤めているし夫もエリートなのよ? だけど、この子がねぇ、妹の礼子に似ちゃったもかもぉ。勉強もできないし、言うこともきけないし……ねぇ、礼子はまだ独身なの? なら、この紬で子育ての練習をしなさいよ。小学3年生まで育ててあげたから感謝しなさいよ! じゃ、あとはよろしくぅーー」

「はぁ? ちょっと、お姉ちゃん! 待ちなさいよ!」

 私はお母さんにも捨てられて、ここにも置いてもらえないのかな……

「お願いします。あの……なんでも手伝います。うまくできないかもしれないけど、一所懸命やりますから……私を捨てないで……」

 私はお母さんの妹の礼子さんとお祖母ちゃんに、必死になってお願いした。お母さんは、もう車に乗り込んで私に振り向きもせずに去って行く。

 車が走り去ったあとには、大きなボストンバッグが二個残されていた。私の服や本、教科書や習字の道具など、全てがそこには詰まっていた。

 本当に捨てられたんだ……私は、その場に座り込んで泣きじゃくった。

 私の肩にそっとかけられた手は礼子さんの手だった。

「泣くことないわよ。あんな母親が恋しいのなら別だけどね! ようこそ、タンポポ牧場へ! さぁて、紬ちゃんの部屋は私の家で用意するよ。アトリエの隣でいいかな?」

「アトリエ……?」

「そう、私は絵描きなんだよ。昼間はここで店番してるけどね。夏休みで良かった。転校手続きもしなくちゃならないし、忙しくなるね」

「あの……私を置いてくれるんですか?」

「あったりまえじゃない。お姉ちゃんが言ってたように、私も昔は落ち着きのない、ものごとに集中できない子だったからね。でも、大丈夫。それって個性なんだよ。今では、いっぱしの画家よ? 紬ちゃんだって、頑張れるよ」

「ほんとに?」

「もちろん! 一緒に頑張ろうね! 兄貴は紬ちゃんのお母さんが大嫌いだったからね。なんか、言うかもしれないけど紬ちゃんには罪はないからね。まぁ、この礼子さんに任せておきな!」

「うん!」

 これが私の大恩人で、母となり友となり育ててくれた礼子さんとの最初の出会いだった。
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