（本編）カトレーネ・トマス前々公爵夫人の事件簿

あたしは復讐がしたいんだ！ その２ これはこれで悪くないさ（ミランダ視点）

　あたしは、渾身の力で騎士達を払いのけた。あたしは、息子なんてどうでもいいはずだった。そうさ、子供より男を優先してきた母親だ。けれど、目の前でこんな、いかれた男に、息子を殺されるなんて耐えられない！　あたしは息子を殺しに来たわけじゃぁないんだ！

　あたしはメイソンを突き飛ばして、盾になった。結果的にあたしがそのベビーカーの赤ちゃんを守ったかたちになった。なんて、滑稽なんだろう･･････

　憎いと思ったマーガレットの子供を守って死ぬのは、あたしが今までしてきたことへの罰なんだろう。
モヤシ男のナイフはあたしのお腹のあたりに深く刺さり、血がとめどなく流れた。
メイソンも赤ちゃんも無事で男は捕らえられた。

　あたしは血だまりのなかで、トマス公爵家の庭園で倒れて息絶えようとしていた。カトレーネ・トマス前公爵夫人もマーガレットも驚きの顔であたしを見つめている。亡霊でも見るような目つきだよ。笑っちゃうねぇ？

「お、お母様？」メイソンがあたしの顔を見て、呟くのが聞こえた。

「ばか･･････だね。およしよ。こんな･･････鬼畜な母親を、お母様なんて呼ぶな･･････」
なぜだろう？　人間は死ぬ前には、こんなに優しく、まるで憑き物が落ちたように恨みも妬みもなくなるんだねぇ。
なんで、もっと、堅実に生きることができなかったのだろう？　

　でも、いいさ、もう全て、済んだことだ。
あたしから、流れる血は罪を洗い流してくれている気さえするんだよ･･････


「あんたのお母様は、そこのマーガレットだろ？　あたしは、あんたとは何の関係もないさ」

　酒で潰れた、だみ声で言えば、メイソンは涙を一つポロリとこぼした。

「あぁ、神様･･････　この最期は･･････そう･･････悪くもないねぇ･･････」

　私は、呟いた。最期に見る光景が息子の顔で、私はそれに満足していることに自分でも驚いていたのさ。

「この女も、鬼ではなかったんですね･･････」

　カトレーネ・トマス前公爵夫人の声が、遠くに聞こえた。