（本編）カトレーネ・トマス前々公爵夫人の事件簿

新しく変わった学校とマーガレットおばさんの子供の誕生（メイソン視点）

　校長先生も担任の先生もかわった。なにもなかった広い折檻室には、大きなピアノが王家から寄付されて、机や椅子が運び込まれ、壁紙は明るい色合いに変わった。その部屋の扉には『音楽室』の表札がかけられた。

　　僕の背中の傷が治り学校に通えるようになると、皆が寄って来て声をかけてくれた。

「メイソンのお陰で、嫌な先生が辞めさせられて良かったよ。ジェイコブも、すごい酷いことばかりしていたらしいし。賎民になって、今頃泣いているかと思うと笑っちゃうな」

　特に嬉しそうにはしゃいで言う子は、ジェイコブの家来みたいに後ろをついて歩いていた子だった。
あれだけ、仲が良かったくせに今では、自分が不正を暴いたかのように言ってまわる子達が何人もいた。

　僕はその会話には加わらない。ジェイコブが賎民に落ちたのは、自業自得で可哀想とは思わなかったけれど、ざまぁみろと笑う気持ちにはなれなかった。ジョナサンにそれを言ったら、だろうな、と笑われた。

「メイソンのそういう性格が僕は好きだな。僕はさ、お前がムチで打たれて泥棒やらカンニングの罪を着せたあいつが賎民になって『ざまぁみろ！』って思うよ。もっと、辛い目にあっても当然だと思うんだ。
僕、騎士養成学校に入ってお前の家来になるよ！　僕が、お前を守ってやるから、メイソンはずっと優しいメイソンでいい」

　ジョナサンは、にっこりと微笑んだけれど自分が優しいなんて自覚はなかった。きっと、ジェイコブには僕にとってのお婆様やマーガレットおばさんのような人がいなかったんだろうな、と思ったんだ。

　いつも気にかけてくれて、優しく諭してくれる大人がいれば、他人に罪を着せることなんて考えつきもしない。

　特に今は、人を恨むなんて気持ちになれないほど嬉しい時期だった。マーガレットおばさんの出産が近いんだ！
皆は、心待ちにしている。マーガレットおばさんの子供は僕が守ってあげよう。

　それから、ほどなくして産まれた子供は女の子だった。
マリアンヌと名付けられた子は、素晴らしくかわいい。僕の顔を見るときゃきゃっと笑いながら手を伸ばしてきた。
抱っこすると、甘いミルクの香りがふわっと漂う。

　僕達家族はトマス公爵家の庭園をマーガレットおばさんが抱く赤ちゃんと共に毎日のように散歩をした。お婆様もトマス公爵も嬉しそうで、僕とクリストファーも幸せで、この平穏な日々はずっと続くと思っていた。

　その僕らの様子を護衛騎士の目を盗んで、オレンジ色の髪の女と細身の男が盗み見ていたなど気がつきもしなかったのだった。