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9−2 妹よ、幸せに(ピンクナの兄視点)

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ピンクナの兄視点


「全くあの役立たずの娘には大変な目に合わされそうになったわい。早々に縁を切ってあのようなところに追い出したのは良策だったな」

「全くですね。この家の為に役に立たない妹など必要ありませんからね」
私は父上の話に同意した。もちろん最初から妹を憎んでいたわけではない。幼い頃は可愛がっていたしそれなりに大事にもしていた。でもそれは将来私の役に立ってくれる妹だと思っていたからそのようにしていただけだ。

貴族の女は実家の為に努力して少しでも格上の家に嫁ぐ義務がある。その家の誉になるには女にとっては玉の輿に乗ることしかない。妹はとてもかわいかったから相当な家柄に嫁げる、つまりは王太子妃になれるはずだと父上も私もすっかり思い込んでいた。

ーーすっかりあてが外れたとはこのことだ。なまじ可愛いかったから余計な期待をしてしまった。




ある日、カートレット大公様がアホヤネ侯爵家に訪ねていらっしゃった。父上が外出中だったこともあり、たまたまサロンにいた私はカートレット大公様をおもてなしすることになった。
「ピンクナはどこで働かせているんだ? 公の記録では侯爵家から籍が抜かれて、最初からピンクナが存在していないかのようだ。どこに向かわせたのだ?」
不思議そうにつぶやく大公様。

まさかピンクナのその後の行く末など案じてくれるはずは無い。……厳しい処分をしたことを確認しにやって来たに違いない。

「あのような罪深い妹は娼館に送りました。マナーも行き届いておらず学問も中途半端、家事なども一切できませんから体を使ってお金を稼ぐしかありません」
私は当然のようにそう答え、カートレット大公様からお褒めの言葉が聞けるものと思っていた。

「まさか自分の妹を娼館にやったのか。鬼畜の所業だろう? 私は自分で苦労して責任を取れ、とは言ったが体を売れと言った覚えはない。妹をそのような立場に追い込むとは呆れた男だ。父親もこれには賛成したわけか?」

「ち、違います、違うんです。私の思いつきではありません。父上が言い出したことです」
私は必死に言い訳を始める。まさかこのようなことで怒られるなんて思いもしなかった。



ちょうど外出から戻ってきた父上は不機嫌なカートレット大公様にいきなり説教をされた。
「孤児院などの施設で働かせるとか介護施設で働かせるとか、体を使って人の役に立てる仕事はたくさんあるはずだ。そのようなことも思い浮かばず実の娘を娼館に向かわせるとは!なんと見下げ果てた男だ!」

「お言葉ですがピンクナは私どもの娘です。どのように扱おうとも私たちの勝手ではありませんか?慰謝料としてはきっちりピンクナのお給料を、そちらのスワン様にお渡しするような手筈にはなっております。それで良いではないですか?」
帰ってきたばかりの父上はふてくされたように大公様にそう申し上げた。

「そうですよ。あんな皇太子妃になり損ねた妹などどうなろうと知ったことではありません。大公様だって本当は自分の娘を追い詰めたピンクナのことは許せないはずでしょう? そのように人格者ぶっているだけで、ピンクナが娼館に入ったらいい気味だと思いますよね? 人の不幸は蜜の味なんだ」
私の言い分に大公様は眉をひそめて心底軽蔑したように話を続ける。

「ずいぶんと情がない家族なんだな。これではピンクナがかわいそうだ。ずいぶん愚かな娘だったが……そのようなお前たちに囲まれて育てば、あのように不思議な子にもなるはずだ。娘を大事にしている私がそのようなことを聞いて喜ぶと思うか? 同じ娘を持つ親としてそのようなことを聞いていい気味だと思うほど歪んだ性格を持つ私だと思うな!」
カートレット大公様は不愉快極まりないと言う顔つきだ。

「あのような子に育ったのはお前たちに原因があると思う。だから罰として3年間平民としての苦労を思い知れ! 明日の今頃にはお前たちは適切な仕事についているだろう」
カートレット大公様は凍えるような声で私たちにそう言ったのだった。

•*¨*•.¸¸☆



私は今日も街中のドブをさらい煙突の掃除をする。顔は煤にまみれ長靴にはヘドのようなものがこびりついている。この仕事の前にはあろうことか男娼の真似事までさせられた。

あれは屈辱だった。自分の意思とは無関係に陵辱される無力さと汚らわしさで吐き気が止まらず体重も激減した。そこから何とか抜け出して、今はこのような最低の仕事をしている。

カートレット大公様はおっしゃった。およそ3年でいい。とにかく貴族としてではなく平民として仕事をし頭を冷やせ、と。父上は海に行き母上はどこかの工場に行かされたらしいが詳細はわからない。

仕事終わりの帰り道、妹によく似た女がチャーリー王子殿下とよく似た男と仲良く歩いていた。チャーリー王子殿下は見知らぬ車椅子の男に親しげに話しかけており、その車椅子を押す女は幸せそうに微笑んでいた。

まさかな……他人の空似とは恐ろしいものだ。妹は娼館にいるはずだし、チャーリー王子殿下は海に行かされたはずだった。その後の事は知る由もないが、あの2人がまた出会って幸せに暮らすことなどありえない。それでも私は声をかけてみた。

「すみません、あなたは私の妹のピンクナではありませんか?」
「私に兄はいませんよ。名前はピンクナですけれど家族は捨てました」
その言葉に含まれた静かな怒りに、私はそれがピンクナだと分かった。

「そうですか。ではピンクナに伝えてください。その節は申し訳なかった、と。」
ピンクナは硬い表情のまま通り過ぎていった。ピンクナは私への恨みで私を兄とは一生認めないだろう。

それでも私はいつもより足取りが軽かった。妹の行く末をいつ頃からか案じていた自分から解放された気分だった。自分がこのような立場になり、やっとわかった妹の気持ち。そのために良心の呵責に悩まされていた自分。それから解放されたのだ。

ピンクナよ。どういった経緯でそのようなことになったかはわからないが……とにかく良かったな。兄としてそれだけは思うよ……

そうつぶやくと空を見上げる。今日の夕空はきれいなみかん色で、昔妹と幼い頃に眺めた空にそっくりだった。




✼•┈┈┈┈•✼•┈┈┈┈•✼•┈┈┈┈•✼

何やらピンクナの身に思いがけない出会いがあったようです。どうしてそのようになったかはまた最後におまけとして付け加えたいと思います。次回はそろそろヒロインとヒーローに戻りまして、スワンの恋編となります。

ピンクナの両親ざまぁ  は最後に書きます。
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