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1 婚約解消

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マリーアンはライザックが差し出した花束を、無表情に受け取った。

「ありがとうございます。とても、嬉しいですわ」

抑揚の全くない言い方は、少しも嬉しくなさそうに聞こえるけれど、ライザックは気にしないようにつとめた。

マリーアンは婚約者で、私が彼女を好きになったきっかけは、些細なことだった。

彼女は半年前、学園の裏庭で捨て犬らしき子犬に話しかけていた。
この貴族用の学園では、規則上はそのような捨て犬や捨て猫は、発見次第、すぐに学園の衛生保安員に取り押さえられて保健所に連れて行かれることになっていた。

だが、彼女はその子犬を腕に抱えて優しく話しかけているところだった。
「可哀想に・・・・・・捨てられてしまったのね・・・・・・もふもふしていて、とても可愛いのに・・・・・・そうだ、私が秘密で飼ってあげるわ。休暇になったらオレゴン家の屋敷に連れて行ってあげるから、それまで女子寮の私のお部屋でおとなしくできるかしら?」

私は、その様子を見て微笑んだ。いつもは冷たい美貌のマリーアンが子犬に、にこにことして話しかけている様子がとても可愛かったからだ・・・・・・絶対、マリーアンは優しくて良い子に違いない!

私は、動物好きだし、特に犬は最も愛する動物だと思っていた。犬は人間を裏切らないし、癒やしを与えてくれる。
あぁ、もちろん、猫もウサギも好きだけれどね。

私は父上に手紙を書き、マリーアン・オレゴン候爵令嬢と婚約したいと知らせた。
年頃の貴族の令息や令嬢しかいないこの学園は、学びの場というよりは、このように好きな女性を見初めて婚約者を見つける場でもあった。

この世界では、この学園入学前に貴族の令息や令嬢は家庭教師から勉強やマナーの教育は習得済みなのだ。

私の父上のプレミアム公爵は快諾し、二人は婚約者同士になれたのだが、彼女は私が好きではないようだった。

あの子犬に見せていたような笑顔を私に見せることは一回もなかった。

デートをするたびに、こわばった笑顔か無表情のマリーアンの態度に、そろそろ耐えられなくなってきた頃、

「君は、寮で子犬を飼っている?」
私は、唐突に彼女に聞いてみた。

「え? まさか! 犬なんて大嫌いですわ」
マリーアンは、心底、大嫌いだという顔をして見せた。

それっきり、黙ってしまい、会話も弾まなかった。
押し黙ってきつい顔つきで唇を噛みしめている。
どうやら、マリーアンから私は嫌われているようだ。

私の立場は筆頭公爵家の嫡男だ。きっと私の父上からの婚約の打診にマリーアンの父上が断れなかっただけなのだろう。そう考えると、可哀想なことをしたし、自分が身分を笠に着て無理矢理、婚約させた愚か者な気がして、いたたまれなかった。

「マリーアン、私達は婚約解消した方がいいかもしれないね?」

「えぇ。・・・・・・ライザック様が、そうお思いになるのなら・・・・・・」

顔色1つ変えずに固い表情のまま、冷たい声の答えだった。

この申し出を、本当は否定してほしかった。少なくとも、少しは動揺してほしかったのに・・・・・・


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