上 下
18 / 27

オリバーの帰還

しおりを挟む
♦♢ビクトリアアグネスside
 

「オリバー様! お帰りなさいませ」

 満面の笑みで出迎えたビクトリアアグネスは、安堵の表情を浮かべるオリバーに歩み寄り、その手をしっかりと握りしめた。

「ご無事で本当に良かった。どれほど心配したか……」 
「大丈夫ですよ。アレクサンダー皇帝陛下が優秀な部下をお貸しくださったおかげで、無事に帰ることができました」 
「彼らが今回の事件の元凶ですか? お兄様が謁見の間で、その者たちに会うとおっしゃっていましたわ。それにしても皇家の精鋭部隊の皆様も、本当にご苦労様でした。オリバー様をお守りいただき、ありがとうございます」

 皇女殿下の感謝の言葉に、皇家の精鋭部隊の者たちは深く感動していた。彼らの後ろには、スペイニ国王に囚われていたという女たちが不安げな様子で立っていた。事情を聞いたビクトリアアグネスは、思わず涙を流した。

 フリートウッド王国で自分が辛い思いをしてきたと感じていたことが、ビクトリアアグネスには恥ずかしく思えた。その女たちやスペイニ国の民たちは、遥かに過酷で悲惨な運命を強いられてきたのだ。

「さぁ、こちらにいらっしゃい。辛い経験をしたことでしょう。でも、もう大丈夫。これからは私があなたたちを守るわ。ローマムア帝国はあなたたちを歓迎します」

 ビクトリアアグネスが優しく声をかけると、女性たちは感極まってビクトリアアグネスの前にひざまずき、涙を流した。

 その中にラクエルの姿を見つけたマドリンは、ビクトリアアグネスの後ろから駆け寄り、ラクエルの腕に飛び込んだ。初めこそ衰弱していたラクエルだったが、移動中は快適な馬車で適切な治療を受け、栄養のある食事も与えられたことで、体力を取り戻していた。

「マドリン! 生きていてくれたのね。元気そうで安心したわ」 

「うん……でも私、ひどい誤解をしていたの。実は皇女様に毒をかけるお手伝いをしてしまったの……姉さんを連れ去ったのはローマムア帝国の騎士だと信じてたから……」
 
「違うわ。私を攫ったのはスペイニ国王の部下だったの。城の地下に閉じ込められていたのよ。でも、どうして皇女様に毒を?」 

「スペイニ国の人たちが、アレクサンダー皇帝が皇女様を宝物のように大切にしているから、皇女様を失えば自分たちの苦しみを知るだろうって……私たちはアレクサンダー皇帝が悪人だと信じていたから」

「……なんてことを。皇女様、どうかマドリンの罪を私に背負わせてください。この子はまだ幼く、十分な教育も受けておりません。人の言葉をそのまま信じただけなのです。許していただけるとは思っておりません。ただ、この子の代わりに罰をお受けいたします」

「お兄様は私が無事であっても、犯罪に加担した者を許すべきではないとおっしゃっています。でも、私はマドリンを許します。スペイニ国の民たちは、みんな被害者ですもの」

「だったら、余たちのことも許してくれるよう、アレクサンダーに頼んでくれんか? ぐへっ……」

「皇女殿下に無礼を働くな! お前のような腐れ外道が話しかけていいお方ではない!」

 皇家の精鋭部隊の一人が、スペイニ国王の横腹に容赦なく拳を叩きつけた。スペイニ国王は痛みに顔を歪めながらも、卑しい笑みを浮かべて、ビクトリアアグネスに視線を向けた。

「美しい……さすが皇女様だ。夢の中だけでも、あんたを……」

 その下卑た言葉に、ビクトリアアグネスは思わず後ずさった。アレクサンダーが急いで駆けつけ、よろめくビクトリアアグネスをしっかりと支えた。

「まったく、愚かで低俗で、恥知らずな王だな。ビクトリアアグネスは皇女宮に戻っていなさい。こんな者どもの不快な話を耳にする必要などない」




♦♢アレクサンダーside


 アレクサンダーは謁見の間で、オリバーや皇家の精鋭部隊たちからスペイニ国王の今までの悪行の報告を受けていた。皇女に関する会話に及ぶと、アレクサンダーは固く握りしめた拳をワナワナと震わせた。

 ――私の妹を拉致しようとしただと? 奴隷にして自分のものにする、などと言い放っただと? 許さん! 断じて、許さん。我が国の騎士を騙り自国の民たちを迫害したことの罪も重いが、さきほどの『夢のなかだけでもあんたを……』の発言も呆れるばかりだ。

「お前たちは迷うことなく極刑だ。清々しいほどの悪人だからな。刑を行う場はローマムア帝国のコロッセウムとする。猛獣との戦いは見世物としても人気があるのだよ。スペイニ国の民も招待しよう。お前らの最期をみな楽しみにしているだろうからな」

「猛獣と戦う? 嘘だろう? 余は人と剣を交えたこともないんだぞ。無理だ、とても戦えない」
「ふむ、可哀想になぁーー。ローマムア帝国の騎士団でしばらくしごかれろ。少しはライオン相手に戦えるかもしれないぞ」

 スペイニ国王はへなへなと床に座り込んだ。

「頼むから斬首台や毒杯にしてくれ! ライオンと戦うなんて……無理だ」

「戦うのはライオンだけじゃないぞ。熊とトラ、最近ではカンガルーだな。あぁ、そうしよう。カンガルーは後ろ足を使ったキックが最大の武器なのだよ。まずはカンガルーから散々蹴られた後、ライオンと熊に可愛がってもらえ!」

「嘘だろう? カンガルー、ライオン、熊? 私をエサにするのか?」

 スペイニ国王は絶望した。死を願うほどの罰、とはこのことだったのか? 猛獣に骨を砕かれる音をみずから聞きながら絶命する…… 

「まさか。カンガルーやライオンたちはとてもグルメさ。お前のような汚物は食べない。まぁ、じゃれて遊ぶというかんじかな。最期に動物と戯れることができるんだ。私に感謝しろよ」

 アレクサンダーはにっこりと笑いかけたのだった。
しおりを挟む
感想 54

あなたにおすすめの小説

アリシアの恋は終わったのです【完結】

ことりちゃん
恋愛
昼休みの廊下で、アリシアはずっとずっと大好きだったマークから、いきなり頬を引っ叩かれた。 その瞬間、アリシアの恋は終わりを迎えた。 そこから長年の虚しい片想いに別れを告げ、新しい道へと歩き出すアリシア。 反対に、後になってアリシアの想いに触れ、遅すぎる行動に出るマーク。 案外吹っ切れて楽しく過ごす女子と、どうしようもなく後悔する残念な男子のお話です。 ーーーーー 12話で完結します。 よろしくお願いします(´∀`)

今更、いやですわ   【本編 完結しました】

朝山みどり
恋愛
執務室で凍え死んだわたしは、婚約解消された日に戻っていた。 悔しく惨めな記憶・・・二度目は利用されない。

一年で死ぬなら

朝山みどり
恋愛
一族のお食事会の主な話題はクレアをばかにする事と同じ年のいとこを褒めることだった。 理不尽と思いながらもクレアはじっと下を向いていた。 そんなある日、体の不調が続いたクレアは医者に行った。 そこでクレアは心臓が弱っていて、余命一年とわかった。 一年、我慢しても一年。好きにしても一年。吹っ切れたクレアは・・・・・

愛想を尽かした女と尽かされた男

火野村志紀
恋愛
※全16話となります。 「そうですか。今まであなたに尽くしていた私は側妃扱いで、急に湧いて出てきた彼女が正妃だと? どうぞ、お好きになさって。その代わり私も好きにしますので」

【完結】もう誰にも恋なんてしないと誓った

Mimi
恋愛
 声を出すこともなく、ふたりを見つめていた。  わたしにとって、恋人と親友だったふたりだ。    今日まで身近だったふたりは。  今日から一番遠いふたりになった。    *****  伯爵家の後継者シンシアは、友人アイリスから交際相手としてお薦めだと、幼馴染みの侯爵令息キャメロンを紹介された。  徐々に親しくなっていくシンシアとキャメロンに婚約の話がまとまり掛ける。  シンシアの誕生日の婚約披露パーティーが近付いた夏休み前のある日、シンシアは急ぐキャメロンを見掛けて彼の後を追い、そして見てしまった。  お互いにただの幼馴染みだと口にしていた恋人と親友の口づけを……  * 無自覚の上から目線  * 幼馴染みという特別感  * 失くしてからの後悔   幼馴染みカップルの当て馬にされてしまった伯爵令嬢、してしまった親友視点のお話です。 中盤は略奪した親友側の視点が続きますが、当て馬令嬢がヒロインです。 本編完結後に、力量不足故の幕間を書き加えており、最終話と重複しています。 ご了承下さいませ。 他サイトにも公開中です

無価値な私はいらないでしょう?

火野村志紀
恋愛
いっそのこと、手放してくださった方が楽でした。 だから、私から離れようと思うのです。

王妃はわたくしですよ

朝山みどり
恋愛
王太子のやらかしで、正妃を人質に出すことになった。正妃に選ばれたジュディは、迎えの馬車に乗って王城に行き、書類にサインした。それが結婚。 隣国からの迎えの馬車に乗って隣国に向かった。迎えに来た宰相は、ジュディに言った。 「王妃殿下、力をつけて仕返ししたらどうですか?我が帝国は寛大ですから機会をたくさんあげますよ」 『わたしを退屈から救ってくれ!楽しませてくれ』宰相の思惑通りに、ジュディは力をつけて行った。

愛は全てを解決しない

火野村志紀
恋愛
デセルバート男爵セザールは当主として重圧から逃れるために、愛する女性の手を取った。妻子や多くの使用人を残して。 それから十年後、セザールは自国に戻ってきた。高い地位に就いた彼は罪滅ぼしのため、妻子たちを援助しようと思ったのだ。 しかしデセルバート家は既に没落していた。 ※なろう様にも投稿中。

処理中です...