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6 思い出しても,後の祭り

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私は、次の日の指定された日時に胡蝶の両親が住む屋敷を訪問した。

「信虎でございます。側室も連れて来ました」

私が告げると、大広間に通された。

「さて、その侍女とは深い仲にお成りになったようですね?」
 
胡蝶は冷たい顔で吐き捨てるように言った。生意気な言い方に、憎悪がこみあげてきた。

「おい! 誰にものを言っている? 私こそは当主・・・・・・」

私が、言おうとする言葉を遮ったのは、居候の胡蝶の叔母上だった。

「お前は、ただの人質だろう? 身の程をわきまえよ」

軽蔑の眼差しで言った言葉は信じられなかった。
人質・・・・・・

そして、私は全てを思い出した。
あぁ、この世は戦国時代。私の家名の徳山は天下をとった将軍家、しかし謀反が起って滅ぼされた。殺されるはずのところを、この橘の跡取り娘に気にいられて婿養子におさまったのだった。
しまった。なぜ、こんな大事なことを忘れていた?

「思い出しましたか? あなたは、ここに来たのが5歳。私は、あなたがとても好きでしたよ。あなたが、このまま愛してくれていたのなら思い出さなくても良かったのに・・・・・・」

胡蝶は、ふわりと微笑むと奥に引っ込んでしまった。



*:゚+。.☆.+*✩⡱:゚


私は、貧乏長屋に住み,日雇い労働者として働いている。妻はあの侍女で、洗濯女として近所をまわり洗濯物を集めては川で洗濯をし小銭を稼いでいた。

夜になると、亡霊が私を襲う。徳山に滅ぼされた者達? それから、処刑された、母上や妹達の顔。父上の切り落とされた生首は飛びながら、私に言う。

「徳山の末裔のお前が必ずまた、天下を取るのだ! 良いか? 父、母の雪辱を晴らせ!」

頭から離れないこの呪いのような言葉は、処刑される前の父上の言葉だ。
うなされて、眠れない日々が続く。食欲もなく死にそうだった。

そして、また思い出した。幼い頃、夢にうなされ泣いていた私に胡蝶が言ったあの言葉を。

「辛いことは、全て忘れておしまいなさい。私が、忘却の術(魔法)をかけてあげましょう。あなたが私を一生愛してくれるのなら、貴方は私が守ります」

あぁ、すっかり、思い出した。私は、なんて愚か者だったのだろう。橘の家は、術(魔法)が使える唯一の一族。彼女はその才を受け継いだ大事な跡取り娘だった。

私は、橘の家に走って行き、大きな門の前で土下座して叫んだ。

「信虎でございます! お願いです。私が悪かった。胡蝶に・・・・・・お願いだ・・・・・・胡蝶に会わせてくれ。私の妻だった人に・・・・・・」

「はぁ? お前さん、なにをふざけたことを・・・・・・こちらのお嬢様は、従姉妹の槍の名手様とずっと結婚なさっているよ。お嬢様の側室も、いまのところはいないしなぁ。お前さん、夢でも見たかい? あっははは」

「え? 胡蝶の側室?」

「あぁ? 知っててここに来たんだろ? 橘家の当主は術(魔法)が使える者がなる。その当主様には、側室を持つことが許される。胡蝶様が、次期当主様なので側室はいずれ選ぶとは思うが・・・・・・お前さんのような者は無理だよ。その男の優秀な遺伝子がほしくて囲って側室にするわけだからなぁ。お前さんは、どう見てもその日暮らしの長屋の兄ちゃんだろ? あぁ、少し前にペットが悪さして棄てたって言ってたけど、ずいぶん毛並みのいい血統書付きのペットだったらしいぜ。いいよなぁーー。犬でも、お金持ちの犬なら一生、贅沢できるから」



        
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