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「戦国のこの世で、世継ぎは宝ぞ! 胡蝶にややができてめでたいが、ここは、もう一人二人と、ややを授からなければご先祖様に申し訳が立たぬ!」  


「はぁ・・・・・・」


「どうした? 胡蝶がそれほど、やきもち焼きとは驚いた! 戦国の世では・・・・・・男は生きるか死ぬかの・・・・・・」

 夫が、口角泡を飛ばすがごとく、饒舌に言い募ってきますが、とどのつまりは、『他の女をご所望』のようでした。

傍らにいるおなごは、つい最近雇い入れた年若い侍女でした。目がくりっとしたかわいらしい姿は子リスのようです。
私はというと、おなごにしては背も高く太ってはおりませんが骨格は骨太でございます。
頬もふっくら、お多福顔で、人相としては大変、縁起がいいのです。
この時代の美人といえば、瓜実顔に色白が基本です。ですから、美人の部類には入りませんが、旦那様を誰より大事にしてきたつもりです。

「奥様、いいかげん観念なさいませ。みっともない! 妊娠したおなごは退いて側室に譲るのが、この世の習いでございましょう? 農民にだってわかる道理です」


「ばかばかしい。信虎様は私のものです! 下がりなさい! 貴女にはお暇をとらせましょうね。この屋敷から出てお行きなさい」

 私は、その子リスのおなごに申しました。

「はぁ? この家の当主は信虎様でしょう? 出て行くのなら、貴女が出て行くべきでしょう?」

「あぁ、確かに、そうだなぁー。胡蝶は、姉さん女房で甘えられて居心地が良かったから、一緒にいてやったのだ。
このおなごを側室にするのが嫌なら出て行ってもらおうか?」

 私は、涙が溢れて止りません。

「信虎様。幼い頃、ここにいらっしゃったばかりの頃の誓いをお忘れになったのですか?」

「あぁ? うーーん。5歳か、そこらの話であろう? そんな昔の話を、今更されても・・・・・・」

信虎様は、苦笑して頭をかいております。

「あの時、信虎様は泣いていらっしゃいました。私は、信虎様に申し上げました。私を一生愛してくださるのなら、貴方は私がお守りします、と」


「あぁ、そんなことがあったかな?・・・・・・あの頃のことは、よく覚えていない。だが、今、私が側室をつくることとその話となんのつながりがあるのだ?」

信虎様は、侍女の肩を抱き寄せ、欠伸まじりにおっしゃいました。

「胡蝶! お前は口やかましいうえ、少々、身の程知らずだな。この私に説教をするつもりらしいが、この屋敷の主は私だ! 気に入らなければ出ていってもらおう」

周りの侍女達も、白い目で私を見るのです。

「「容姿のさえない方は、性格もねじ曲がっていらっしゃるようですねぇ」」

「「奥様でいられるだけ有り難いと思うべきですわ。少しもお綺麗でないのはおかわいそうですが、ご自覚なさらないと・・・・・・」」

そうですか・・・・・・私が、貴女方を甘やかしすぎましたね? 信虎様、怒らせてはいけないおなごを、貴方は怒らせましたよ?

私は、庭園の奥の人影に呼びかけました。

「お前達の主は誰ですか?」

10人ほどの腰に刀を下げた武士達がやってきて、跪きました。

「はい、奥方様でございます」

とても、恭しく頭を下げたのだった。


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