上 下
37 / 88

34 嫌がらせ(ナサニエル視点)

しおりを挟む
 魔法騎士団には寮があり、私もそこで暮らすことになった。デリア嬢はグラフトン侯爵家から通えば良い、と言ってくれたがそういうわけにはいかない。まだ、私とデリア嬢は婚約すらしていないのだ。

(デリア嬢の悪評になることは絶対にしたくない。私にとっての唯一無二。大切な存在なんだ)

 寮は貴族寮と平民寮に分かれていた。貴族寮は立派な石造りの建物で、個々の個室には贅沢な家具が備えられている。共用のリビングエリアでは、貴族の騎士たちが集まり魔法の戦略について議論する場となっていた。敷地内には美しい庭園が広がり、時折貴族の騎士たちはここでくつろぎながら秘密の魔法の実習を行う。

 平民寮は木造の建物で、シンプルで機能的な共同部屋がズラリと並ぶ。トレーニングエリアでは、平民の騎士たちは日々の訓練やスキルの向上に励んでいる。共有の食堂では、質素ながら栄養価の高い食事が提供され、平民の騎士たちは団結して仲間たちと親睦を深めることが望まれた。

 貴族と平民が共有する大きな訓練場もあり、ここでは両者が共に鍛錬し、技術を磨く。訓練場では個々の実力が試され、団結の象徴として時折模擬戦や試合が行われた。

 私は平民寮で四人部屋を共有することになった。そこには手作りの木製のベッドが並び、各ベッドの横には個人用の収納スペースが設けられていた。仕立屋で作られた制服は、その収納スペースに収めることにした。

 その制服は身体にフィットしていながらも、伸縮性があり軽くて動きやすかった。洗い替え用にもう一着だけあれば良いと思ったが、グラフトン侯爵夫人とデリア嬢が三着ずつ勧めてくれたので、合計七着も制服ができた。私にしては贅沢な買い物で落ち着かなかった。私はあまり物欲がないのだ。




 あれからバッカス隊長にはひと月ほど会わなかった。

「バッカス隊長は謹慎処分中だってさ。小隊長から班長に降格とも聞いているよ」

「まじか? なにをやらかしたんだろう? ナサニエルは知っているかい?」

 寮の食堂で尋ねられた私は、首を横に振った。こんな場合は余計なことを言わないに限る。小隊は隊長であるバッカスを含めて、全体で10人の騎士で構成されている。その中で、5人の騎士を統括するまとめ役として班長が配置されていた。

 班長は小隊内での指導者であり、最も下層の役職になるのだ。謹慎が解けて戻って来たバッカス隊長は、みんなの噂通り班長に降格されていた。

「ナサニエル君。あの時は大変申し訳なかった。君がグラフトン侯爵閣下のお気に入りだなんて知らなかったんだよ。まさか弟に代わって、うまいこと権力者に取り入っていたなんて普通は思わないだろう?」

(謝っているのか貶しているのかまるでわからないぞ)

「わたしのことをどう思おうが構いませんが、女性を貸せなどとは二度と言わないほうが良いですよ。最低な男だと思われますから」

「ちっ」

 小さな舌打ちが聞こえた。全く反省していないらしい。

 
 ☆彡 ★彡


 ある日、小隊が危険な森に向かう任務に就くことになった。バッカス班長は私に、特に危険なエリアに進む必要があると言った。しかし、私にはそのエリアの地図を渡さず、正確な情報も伝えてくれない。

 私は任務に臨む前に、同室の騎士仲間三人と情報を共有しようとしたが、バッカス班長の指示なのか、無視を決めこまれた。

『ナサニエルは高位貴族に取り入って不正に出世しようとしている』
 
 そんな噂も流れていた。取り入ったつもりはないが可愛がられている。もちろん、出世もしようとしている。だから、半分は間違っていないのかもしれない。しかし、『不正に』というのは間違っている。正々堂々と勝負する気でここにいるのだから。

 バッカス班長の指示通りの場所に赴く森の中で、私はその場にいるはずのない魔獣に遭遇した。戦っているうちに方向感覚が麻痺してしまう。ついには、他の騎士仲間がどこにいるかもわからなくなった。深い森に迷い込んでしまったのだ。

 数時間後、バッカス班長は班員を率いて私を見つけると、上から目線で「迷子になるようなら、魔法騎士になる資格はない」とあざ笑った。

 彼の目的は私に失態させ評判を下げ、魔法騎士団内での立場を弱めることだったのだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

生まれたときから今日まで無かったことにしてください。

はゆりか
恋愛
産まれた時からこの国の王太子の婚約者でした。 物心がついた頃から毎日自宅での王妃教育。 週に一回王城にいき社交を学び人脈作り。 当たり前のように生活してしていき気づいた時には私は1人だった。 家族からも婚約者である王太子からも愛されていないわけではない。 でも、わたしがいなくてもなんら変わりのない。 家族の中心は姉だから。 決して虐げられているわけではないけどパーティーに着て行くドレスがなくても誰も気づかれないそんな境遇のわたしが本当の愛を知り溺愛されて行くストーリー。 ………… 処女作品の為、色々問題があるかとおもいますが、温かく見守っていただけたらとおもいます。 本編完結。 番外編数話続きます。 続編(2章) 『婚約破棄されましたが、婚約解消された隣国王太子に恋しました』連載スタートしました。 そちらもよろしくお願いします。

【本編完結】さようなら、そしてどうかお幸せに ~彼女の選んだ決断

Hinaki
ファンタジー
16歳の侯爵令嬢エルネスティーネには結婚目前に控えた婚約者がいる。 23歳の公爵家当主ジークヴァルト。 年上の婚約者には気付けば幼いエルネスティーネよりも年齢も近く、彼女よりも女性らしい色香を纏った女友達が常にジークヴァルトの傍にいた。 ただの女友達だと彼は言う。 だが偶然エルネスティーネは知ってしまった。 彼らが友人ではなく想い合う関係である事を……。 また政略目的で結ばれたエルネスティーネを疎ましく思っていると、ジークヴァルトは恋人へ告げていた。 エルネスティーネとジークヴァルトの婚姻は王命。 覆す事は出来ない。 溝が深まりつつも結婚二日前に侯爵邸へ呼び出されたエルネスティーネ。 そこで彼女は彼の私室……寝室より聞こえてくるのは悍ましい獣にも似た二人の声。 二人がいた場所は二日後には夫婦となるであろうエルネスティーネとジークヴァルトの為の寝室。 これ見よがしに少し開け放たれた扉より垣間見える寝台で絡み合う二人の姿と勝ち誇る彼女の艶笑。 エルネスティーネは限界だった。 一晩悩んだ結果彼女の選んだ道は翌日愛するジークヴァルトへ晴れやかな笑顔で挨拶すると共にバルコニーより身を投げる事。 初めて愛した男を憎らしく思う以上に彼を心から愛していた。 だから愛する男の前で死を選ぶ。 永遠に私を忘れないで、でも愛する貴方には幸せになって欲しい。 矛盾した想いを抱え彼女は今――――。 長い間スランプ状態でしたが自分の中の性と生、人間と神、ずっと前からもやもやしていたものが一応の答えを導き出し、この物語を始める事にしました。 センシティブな所へ触れるかもしれません。 これはあくまで私の考え、思想なのでそこの所はどうかご容赦して下さいませ。

今さら後悔しても知りません 婚約者は浮気相手に夢中なようなので消えてさしあげます

神崎 ルナ
恋愛
旧題:長年の婚約者は政略結婚の私より、恋愛結婚をしたい相手がいるようなので、消えてあげようと思います。 【奨励賞頂きましたっ( ゚Д゚) ありがとうございます(人''▽`)】 コッペリア・マドルーク公爵令嬢は、王太子アレンの婚約者として良好な関係を維持してきたと思っていた。  だが、ある時アレンとマリアの会話を聞いてしまう。 「あんな堅苦しい女性は苦手だ。もし許されるのであれば、君を王太子妃にしたかった」  マリア・ダグラス男爵令嬢は下級貴族であり、王太子と婚約などできるはずもない。 (そう。そんなに彼女が良かったの)  長年に渡る王太子妃教育を耐えてきた彼女がそう決意を固めるのも早かった。  何故なら、彼らは将来自分達の子を王に据え、更にはコッペリアに公務を押し付け、自分達だけ遊び惚けていようとしているようだったから。 (私は都合のいい道具なの?)  絶望したコッペリアは毒薬を入手しようと、お忍びでとある店を探す。  侍女達が話していたのはここだろうか?  店に入ると老婆が迎えてくれ、コッペリアに何が入用か、と尋ねてきた。  コッペリアが正直に全て話すと、 「今のあんたにぴったりの物がある」  渡されたのは、小瓶に入った液状の薬。 「体を休める薬だよ。ん? 毒じゃないのかって? まあ、似たようなものだね。これを飲んだらあんたは眠る。ただし」  そこで老婆は言葉を切った。 「目覚めるには条件がある。それを満たすのは並大抵のことじゃ出来ないよ。下手をすれば永遠に眠ることになる。それでもいいのかい?」  コッペリアは深く頷いた。  薬を飲んだコッペリアは眠りについた。  そして――。  アレン王子と向かい合うコッペリア(?)がいた。 「は? 書類の整理を手伝え? お断り致しますわ」 ※お読み頂きありがとうございます(人''▽`) hotランキング、全ての小説、恋愛小説ランキングにて1位をいただきました( ゚Д゚)  (2023.2.3)  ありがとうございますっm(__)m ジャンピング土下座×1000000 ※お読みくださり有難うございました(人''▽`) 完結しました(^▽^)

記憶を失くした彼女の手紙 消えてしまった完璧な令嬢と、王子の遅すぎた後悔の話

甘糖むい
恋愛
婚約者であるシェルニア公爵令嬢が記憶喪失となった。 王子はひっそりと喜んだ。これで愛するクロエ男爵令嬢と堂々と結婚できると。 その時、王子の元に一通の手紙が届いた。 そこに書かれていたのは3つの願いと1つの真実。 王子は絶望感に苛まれ後悔をする。 王子が主人公のお話です。 番外編『使える主をみつけた男の話』の更新はじめました。 本編を読まなくてもわかるお話です。

婚約者のいる側近と婚約させられた私は悪の聖女と呼ばれています。

鈴木べにこ
恋愛
 幼い頃から一緒に育ってきた婚約者の王子ギルフォードから婚約破棄を言い渡された聖女マリーベル。  突然の出来事に困惑するマリーベルをよそに、王子は自身の代わりに側近である宰相の息子ロイドとマリーベルを王命で強制的に婚約させたと言い出したのであった。  ロイドに愛する婚約者がいるの事を知っていたマリーベルはギルフォードに王命を取り下げるように訴えるが聞いてもらえず・・・。 カクヨム、小説家になろうでも連載中。 ※最初の数話はイジメ表現のようなキツイ描写が出てくるので注意。 初投稿です。 勢いで書いてるので誤字脱字や変な表現が多いし、余裕で気付かないの時があるのでお気軽に教えてくださるとありがたいです٩( 'ω' )و 気分転換もかねて、他の作品と同時連載をしています。 【書庫の幽霊王妃は、貴方を愛することができない。】 という作品も同時に書いているので、この作品が気に入りましたら是非読んでみてください。

私のことが大嫌いらしい婚約者に婚約破棄を告げてみた結果。

夢風 月
恋愛
 カルディア王国公爵家令嬢シャルロットには7歳の時から婚約者がいたが、何故かその相手である第二王子から酷く嫌われていた。  顔を合わせれば睨まれ、嫌味を言われ、周囲の貴族達からは哀れみの目を向けられる日々。  我慢の限界を迎えたシャルロットは、両親と国王を脅……説得して、自分たちの婚約を解消させた。  そしてパーティーにて、いつものように冷たい態度をとる婚約者にこう言い放つ。 「私と殿下の婚約は解消されました。今までありがとうございました!」  そうして笑顔でパーティー会場を後にしたシャルロットだったが……次の日から何故か婚約を解消したはずのキースが家に押しかけてくるようになった。 「なんで今更元婚約者の私に会いに来るんですか!?」 「……好きだからだ」 「……はい?」  いろんな意味でたくましい公爵令嬢と、不器用すぎる王子との恋物語──。 ※タグをよくご確認ください※

貴方といると、お茶が不味い

わらびもち
恋愛
貴方の婚約者は私。 なのに貴方は私との逢瀬に別の女性を同伴する。 王太子殿下の婚約者である令嬢を―――。

妹がいらないと言った婚約者は最高でした

朝山みどり
恋愛
わたしは、侯爵家の長女。跡取りとして学院にも行かず、執務をやって来た。婿に来る王子殿下も好きなのは妹。両親も気楽に遊んでいる妹が大事だ。 息詰まる毎日だった。そんなある日、思いがけない事が起こった。 わたしはそれを利用した。大事にしたい人も見つけた。わたしは幸せになる為に精一杯の事をする。

処理中です...