レトロな事件簿

八雲 銀次郎

文字の大きさ
上 下
79 / 309
7章:廻り

7 誤解

しおりを挟む
 特別な観光地と言う訳ではないが、連休ともなれば、温泉目当てでやって来る旅行客は一段と増える。
 そのため、小さいころから、学校の長期休みや連休と言うのが、嫌いだった。両親たちは、忙しいながらも、私の相手はしてくれていたが、夏休みにどこかに行ったりは、殆どなかった。
 だが、高学年になるにつれ、妥協する様になった。どうやったって、状況が変わる訳でもないし、放置されている訳でもない。私は次第に、手伝うようになっていた。
 それで、母さんたちが、少しでも楽になるなら、それで良いと思っていた。
 でも、夏休み明けに日焼けして登校してくる子や、年末年始に田舎の祖父母の家で過ごしたと語る人たちは、羨ましかった。
 高校に入って、ようやっと、私と同じような経験をしてきた人と、知り合えた。そう思っていたのも、一瞬だった。
 想像の斜め上を行っていた。旅行はおろか、親には愛されず、他人と遊ぶ暇すらない。私その娘となら、お互いの苦しみを分かりあえると思っていた。
 そんな物だから、彼女を救ってやりたかった。少しでも、あの娘の味方で居たかった。何もかも奪われたあの娘に、少しでも自分のやりたい事を、実現させてほしかった。

 だが、今年の5月の連休時に、私の望みは、異変へと変わった。
 彼女が旅館でバイトをしているとき、幾ら貰っているか、解らなかった。たまたま、昔の事務書類を整理していた時、彼女の給与明細が紛れていた。時給にすれば、至極一般的な額だった。
 だが、肝心なのはもう一枚の方だった。借用書のコピーだった。こういう家業の為、借用書は何度も見てきたが、ウチが使っている物とは、書式が明らかに違う。それより、書かれている名前は、香織の名前だった。だが、字の癖は、彼女の物ではないのは、明らかだった。訳が分からず、すぐさま母に訊ねた。
 だが、帰って来た答えは、『分からない』だった。態度や口調からは、嘘を付いている訳でもなさそうで、調べてみると言われた。
 「その時の、借用書に掛かれていた、金額が、300万だった。今もそのお金の行方も、誰が借りたのかも分らないまま…。」
 彼女のバイト先で、それを話した。聞いていたのは、彩と寧々、九条さんと古川さんの4人だ。他にも知り合いが居るらしく、皆必死になって彼女の事を探してくれている。
 「なるほど…。じゃぁそのことは、香織ちゃん自身は知らないって事か…。」
 「はい…。何度も話そうとはしましたが、なかなか言い出せなくて…。」
 「どちらにせよ、香織様本人が裏切られたと感じているのは、事実でしょう。自分の信頼した人にしか教えていない住所。なのに、身に覚えのない、督促状が届いた。
 今の彼女は疑心暗鬼になっているのは、まず間違いないでしょう…。」

 その言葉を聞き終えるか否かのタイミングで、寧々が勢いよく立ち上がり、格子戸に手を掛けた。
 「闇雲に探しても、意味がありませんよ。」
 「香織は泣き虫の癖に、今まで誰にも助けてもらえず、ずっと苦しんできた。
今だって、どっかで泣いてるのかもしれない…。もしそうだったら、じっとはしてられない。」
そう言い残して、寧々は店を出て行った。
 すると彩までも立ち上がり、開きっぱなしの格子戸に向かった。
 「私も昔、大事な人に、取り返しの付かない事をした。香織ちゃんを探すだけで、罪滅ぼしになるのかは、解らない。
 少しでも、可能性が上がるなら、闇雲でも、探しに行きます。」
 続けざまに、彩も出て行った。知らない内に、仲間や友だちが増えていた。
 昔は、倒れても、私しか、手を貸してくれる人がしなかった、香織が…。数か月の内に、『居なくなった』と聞いて、仕事そっちのけで探し回ってくれる、社長や仕入れ業者、骨董品屋の店主、刑事、藤吉先生までもが、動いてくれている。
 私だけじゃなく、あの娘を見てくれる人は、沢山いた。少しだけだが、私も、肩の荷が下りた気がした。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

愛人がいらっしゃるようですし、私は故郷へ帰ります。

hana
恋愛
結婚三年目。 庭の木の下では、旦那と愛人が逢瀬を繰り広げていた。 私は二階の窓からそれを眺め、愛が冷めていくのを感じていた……

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

6人の容疑者

ぷりん
ミステリー
ある古本屋で、一冊の本が盗まれたという噂を耳にした大学生の楠木涼。 その本屋は普段から客が寄り付かずたまに客が来ても当たり前に何も買わずに帰っていくという。 本の値段も安く、盗む価値のないものばかりなはずなのに、何故盗まれたのか。 不思議に思った涼は、その本屋に行ってみようと思い、大学の帰り実際にその本屋に立ち寄ってみることにしたが・・・。 盗まれた一冊の本から始まるミステリーです。 良ければ読んでみてください。 長編になる予定です。

ARIA(アリア)

残念パパいのっち
ミステリー
山内亮(やまうちとおる)は内見に出かけたアパートでAR越しに不思議な少女、西園寺雫(さいおんじしずく)と出会う。彼女は自分がAIでこのアパートに閉じ込められていると言うが……

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

処理中です...