レトロな事件簿

八雲 銀次郎

文字の大きさ
上 下
66 / 309
6章:代り

8 予感

しおりを挟む
 「実はね…。ばぁちゃん、手術してもしなくても、そんなに長くないんだって…。」
 何度か問い詰めて、漸くポツリと話してくれた。
 「体力的にも大分弱っててね…。でも、せっかく皆が動いててくれてるから、どうしても言えなくて…。
 それに、言いにくいけど、幾らかお金も借りちゃった後だったし…。」
 「借りたって、幾ら?」
 「大した額じゃないけど、入院費の足しくくらい…。」
 入院費が幾らかは知らないが、この間売った機材も本人曰く、総額十万近くになったと言っていた。寧々の事だ、全て入院費に宛てるのだろう…。
 借りたお金も、大体、数万程だろうが、学生にとっては、痛い額だ。
 「ごめんね、無理に聞き出しちゃって…。」
 「隠してても、いずれバレるだろうし、嘘は付きたくない。」
 「本当に、お父さんたちには、連絡できないの?」
 「この間したよ。でも、ここまで大変なことは、どうしても言えなかった…。向こうも向こうで、忙しいみたいだし、弟もこの時期が一番大事だし…。
 そう言えば、香織ちゃんは兄弟とか居るの?」
 「妹が一人。」
 「そう…。姉ちゃんって大変だよね…。」
 私も大変だった。だが、それは『姉』だからではなく、あの一家だったから。
 彼女はどうか知らないが、私はあの家に産まれなきゃ良かったと、思ったのは数知れなかった。過ぎた時間を、巻き戻す事はできないし、刻まれた傷も消す事もできない。
 そんな世界で生きてきた、私にとって、名前も知らぬ彼女の弟が、羨ましくて仕方なかった。
 寧々とは同い年ではあるが、初めてあの話を聞いた時から、彼女の様な姉が居たらと、考えた事があった。
 強くて頼もしい、料理上手な姉。贅沢過ぎる程の存在だ。
 そんな彼女が、今は手一杯なほど、苦しんでいる。私は、十六年間、それを飽きる程味わってきた。
 だから…。
 「親にはちゃんと話しした方が良い。」
 今の寧々は、昔の私に似ているが、違う。私は手を伸ばしても、助けてくれる人は、誰も居なかった。相談しても、知らぬ存ぜぬを通された。仕舞いには、同級生には嘘つき呼ばわりまでされたこともあった。
 だけど、今の彼女は、手を伸ばしていないだけ。自分だけで何とかしようとしている。
 「ちゃんと、親も話し聞いてくれるんでしょ?だったら、相談できる内にした方が絶対良い。私が保証する。」
 「…。」
 返事は聞けなかったが、首を縦に振った。
 「そろそろ、良いかな…。そのソファ、普通に使いたいんだけど…。」
 今まで、存在を忘れていたが、藤吉先生もこの話を聞いていた。
 「まぁ、他言はしないでおくから、早くバイトに行きな?大変なんだろ?」
 まだ私は午後の講義があったため、もう少し、残ることにした。
 「悪いが、今回ばかしはどうしようもないな。」
 開いた方のソファに寝そべりながら、先生が呟いた。
 「人様の家庭の事情に、首を突っ込むほどの力はない。ばあさんと暮らしているとは言え、親元を離れて、独り立ちした以上、決定権はあの娘にある。俺らが囃し立てても、あの娘が動かなきゃ、意味がない。」
 そうかもしれないが、言わなきゃ伝わらない。
 「伝わればいいな。」

 「寧々が、まだ帰ってない?」
 講義が終わり、私がれとろに着いたのは、15時を回っていた。
 古川マスターがカウンター内でそわそわしていた。
 「えぇ、40分程前に買い出しに行ったきり…。頼んだものも、それ程多くはないですからね…。まぁ、心配ないとは思いますが…。」
 寄り道するような人ではない。だから、と言う訳でもないが、嫌な予感が過った。
 「ちょっと、探してきます。」
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

愛人がいらっしゃるようですし、私は故郷へ帰ります。

hana
恋愛
結婚三年目。 庭の木の下では、旦那と愛人が逢瀬を繰り広げていた。 私は二階の窓からそれを眺め、愛が冷めていくのを感じていた……

ARIA(アリア)

残念パパいのっち
ミステリー
山内亮(やまうちとおる)は内見に出かけたアパートでAR越しに不思議な少女、西園寺雫(さいおんじしずく)と出会う。彼女は自分がAIでこのアパートに閉じ込められていると言うが……

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

変な屋敷 ~悪役令嬢を育てた部屋~

aihara
ミステリー
侯爵家の変わり者次女・ヴィッツ・ロードンは博物館で建築物史の学術研究院をしている。 ある日彼女のもとに、婚約者とともに王都でタウンハウスを探している妹・ヤマカ・ロードンが「この屋敷とてもいいんだけど、変な部屋があるの…」と相談を持ち掛けてきた。   とある作品リスペクトの謎解きストーリー。   本編9話(プロローグ含む)、閑話1話の全10話です。

処理中です...