レトロな事件簿

八雲 銀次郎

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5章:密か

7 習慣

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 今井さんの自宅に着いたのは、二三時を過ぎていた。流石社長というべき物件だった。
 レトロからそれほど遠くない所にある、タワーマンションだった。このマンションは、私の通う大学からも見える。
 部屋に入る前、散らかっていると念を押されたが、ソファや椅子に衣類などが乗っているだけで、言うほどではなかった。
 今井さんは、スーパー袋に入っていた、食材等々を冷蔵庫に移していた。それを見ていたら、急にお腹が空いてきた…。それを察したのか、テーブルの上に、買ってきたばかりの総菜を、並べていく。
 「ごめんね、出来合いの物しかなくて。」
 「いえ、大丈夫です。むしろ、ここまでしてもらって、嬉しいです。」
 最後に缶ビールを取り出し、一人で飲み始めた。テレビのコマーシャルに出演する女優よりも、美味しそうに喉を鳴らす。大きく「ぷはぁ」と定番のセリフを呟く姿は、ファッション業界の社長という、イメージを簡単に崩してくれる…。
 「あたし、着替えて来るから、好きなの食べてて。」
 それだけ言い残し、廊下に出て行った。
 私は椅子に腰を下ろそうとしたが、先程のことがフラッシュバックし、座れなかった。
 仕方なく、失礼だと思ったが、部屋中を見て回った。棚の上には、写真立てと、ちょっとした小物入れがある程度で、意外と質素だった。部屋の隅には名前は分からないが、多肉植物が植えられた、小さな鉢が、四つ程ある。ガラス張りのローテーブルには最新号のファッション雑誌が幾つか積み重なっていた。
 それにしても、広い。リビングだけでも、私の自宅よりも一回りも、二回りも大きい。こんなに広い所に、一人で住んでいるのか…。同じ女性で、ここまで格の違いを見せつけられると、何かショックだ…。
 「先に食べてても良かったのに。」
 先程のお洒落な格好とは、打って変わって、猫のキャラクターがプリントされたTシャツと、どう見ても、ジャージの短パンを履いていた。長い髪、後ろで束ね、ポニーテールにしていた。
 「なぁに?ジロジロ見て…。」
 「い、いえ。ただ、随分ラフだなぁ、と思って…。」
 「あのねぇ…。いくら今流行りのアパレル会社の社長でも、四六時中、お洒落してると思ったら、大間違いよ。」
 「そうですよね。」
 どうやら、私の『アパレル会社の社長』と言うイメージは、今日で終わりを告げた。
 総菜のヒジキや野菜、生ハムなどを少々つまんだ後、先にシャワーを頂くことになった。タオルと着替えは貸してもらった。
 髪を乾かし終え、リビングに戻ると、今井さんが、床にパソコンと書類を広げ、電話をしていた。床にお尻を付けず、しゃがんだまま身体を前後に揺らし、肩にスマホを挟み、キーボードを打っている。パソコンの近くには、口が開いた缶ビールが何本かと漬物が置いてあった。電話している声は、いつも私が聞いている声より、少し大人びて聞こえる。
 こんな広い家だからなのか、今の彼女は凄く、小さく見えた。テーブルやソファ。空いているスペースは、何ヵ所かあるのに、床で仕事している様は、とても、たまたまとは思えなかった。
 私はそっと、近付き、口の空いた缶を振り、空き缶を探した。しかし、驚いたことに、全ての缶、まだ少量残っている。
 すると、今井さんが電話を一時中断し、「自分でやるから」と言い、手伝わせてくれなかった。そう言えば、最初に飲んでいたビールも、そのままだ。
 「香織ちゃんはお客様だから、何もしないで、先に寝てて良いよ。ベッドとか適当に使ってて良いから。」
 そこまで言われてしまえば、仕方がない。寝室に案内され、ベッドに腰を下ろした。
 時間と安堵、疲れも重なって、急に眠くなってしまった。
 
 「あ、そうそう、明日の朝…。」
 今井が再度部屋に戻り、声を掛けたときには、彼女はもう、眠っていた。身体を丸めて、蹲る様に。寝息も小さく、耳を近づけて、ようやく分かる程度。髪をかき上げてやると、ビクついた様に肩が動いた。
 多分、彼女が生きていく為に身に着けた、防衛本能なのだろう…。
 狭い空間でも、眠れる様に膝を畳み、蹲る。
 存在感を出さない様に、呼吸も低く、浅くしている。
 右腕の傷の所為で、触れられる事に、敏感になりすぎてしまった。
 「どうして、みんな虐めちゃうんだろうね…。」
 今井の声は当然ながら、聞こえていない。
 だが、この子は、自分より若くて、自分より苦しんでいた。今井には悔しくて仕方がなかった。
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