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第一部

第三章 血に染まった令嬢は、悪魔の子と蔑まれる 2

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 馬車の横を馬で並走していたカーシュがイシュミールに馬車の外から声をかけた。
 
「姫、このペースで行けば夕方前には王都に入れます。一度休憩にしてはどうですか?」

「そうですね。騎士の皆さんも馬も疲れているでしょうし、一度休憩にしましょう。どこかいい休憩場所があればいいのですか」

「それでしたら、もう少し行ったところに小川があります。そこで、休憩にしましょう」

「分かりました」

 こうして、王都に入る前に休憩を取ることとなった。
 カーシュから提案された小川で馬車を止めて、騎士たちと馬を休めることにした。
 イシュミールも休憩のため馬車から出て、外の空気を吸っていた。
 イシュタルは、騎士たちを労うと言ってイシュミールから離れていた。
 イシュミールのすぐ近くにはカーシュが控えていて、安心した気持ちでのんびりと気持ちのいい日差しを浴びていた。
 
 そんなのんきな気分で、小川の水を美味しそう飲む馬たちをのんびりと眺めていたイシュミールだったが、直ぐ側に控えていたカーシュが剣の柄に手を伸ばして、低い声で言った言葉を聞いて、周囲を警戒するよに周りを眺めた。

「姫、賊のようです。数人ですが、足音を消す歩き方から腕が立つと思われます。護衛の騎士たちと合流しましょう」

 そう言ってから、動き出そうとしたタイミングで茂みから弓矢が飛んできた。それをカーシュは剣で弾いて凌いだ。
 

「姫!!走って!!」

 イシュミールは、言われるままに走った。
 相手があらかた弓矢を使い果たしたのか、しばらくすると弓矢での攻撃がやんだ。
 しかし、今度は茂みから剣を持った数人の暴漢が襲ってきたのだ。
 相手の剣を受け止めながら、カーシュとイシュミールは驚きの声を上げた。
 なんと、襲ってきた暴漢は今まで護衛をしていた騎士たちだったからだ。

 カーシュは怒りを露わにして、相手の剣を弾きながら怒鳴った。

「何故だ!!何故護衛のお前たちが姫を襲う!!」

 しかし、護衛から一転暴漢へと変わった男達は、一切答えようとはしなかった。
 ただ、様子が可怪しいことだけは分かったカーシュは、ここは多勢に無勢。一旦引くことにして、イシュミールを連れて全力で逃げ出そうとした。

「姫、ここは分が悪い。一旦引きます」

「待って!!イシュタルがいないわ。あの子が心配なの」

「駄目です。俺は、貴方の守護騎士です。姫の身の安全が保証できない状態では、妹君の捜索は不可です」

「でも!!」

「姫!!分かってください」

 カーシュは、そう言ってイシュミールの腕を強く引いて身を隠せる場所を目指して走った。
 
 イシュミールを連れながら、走り出したカーシュは自分の中の嫌な予感が的中したことに舌打ちしたい気分だった。
 イシュミールの領地での不当な扱いに腹を立てながらも、それが不思議でならなかったのだ。
 イシュミールは気がついていないみたいだったが、公爵夫妻と使用人は、普通ではなかったのだ。
 普段は普通に振る舞っていたが、なぜかイシュミールを見るとその目は濁り、異様な空気をまとっていたのだ。
 それに、妹のイシュタルの様子もおかしく思っていた。
 イシュタルに初めてあったのは、社交界デビューのために、彼女がタウンハウスに来たときだった。
 イシュタルは、イシュミールの守護騎士になったカーシュが最初に挨拶をしたときに、やけに馴れ馴れしく接してきたと思っていたが、すぐに興味を失ったように態度を翻したのだ。
 そして、イシュミールが楽しそうにカーシュに話しかけるのを見るたびに、カーシュを普通の人間が気が付かないくらい一瞬の間だったが忌々しそうに睨みつけてきたのだ。
 周囲にいつも気を巡らせているカーシュはそれに気がついて、最初は警戒をしていたが、次第にそう言った態度は見せなくなっていたが、カーシュの中では要注意人物として警戒するには十分な理由だった。
 
 それからは、できるだけイシュタルとは距離を置くようにしていたのだ。
 
 遠巻きに、イシュタルを見ていて思ったことは、イシュミールが好きで堪らないといったことだけだった。
 しかし、それが逆に不自然でもあった。
 そう、異常なほどの執着と言ってもいい。イシュミールは気がついていないようだったが、彼女のものを異常なほど欲しがっていた場面をよく見かけたのだ。
 イシュミールは、可愛いわがままだと言って、できるだけ欲しがっていたものは譲っていたのだ。
 
 そう、イシュタルは異常だったのだ。
 
 そして、ここに来てイシュタルが異常な危険人物であると確信ができたのだ。
 カーシュの中で、この事態はイシュタルが起こしていることだと。手段は不明だったが、イシュタルは危険な存在だと言うことを。
 しかし、それをイシュミールに言っても納得してくれるとは思えなかったため、今は理由は告げずに逃げることに専念することにしたのだ。


 イシュミールは、先程の場所にいるはずのイシュタルを心配して戻って欲しいと何度も懇願したが、カーシュはそれを聞くことはなかった。
 カーシュにとって、いくら妹だとしても、彼女は危険だと思っていたため、引き返そうとはしなかった。
 

 イシュミールを連れて逃げるも、多勢に無勢。いくら最強の騎士だとしても、人一人を守りながらでは分が悪かった。
 何度も手傷を負いながらも、確実に一人ひとりを行動不能にしていく。
 
 隙きを見て、追ってくる騎士に反撃をし、動けないように痛手を与えて追ってこないようにする。
 命を断つのは簡単だったが、相手を殺してしまっては事情を聞き出せないという考えからだった。
 しかし、この行動をカーシュは死ぬほど後悔した。
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