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第三話 侯爵家の子犬?

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 侯爵に「うちの子にならないか?」と言われたときは、呆気にとられるばかりで何も言えずにいたアズサだったが、この短い間ではあったが、侯爵は信じられる人のような気がしてその提案に頷いていた。
 
 結局アズサは、養子にはならずリンドブルム侯爵家に居候することとなった。
 
 それからアズサは、アズサ・ヒメミヤと名乗ることとなった。
 
 衰弱していたアズサを気遣い、予定よりもゆっくりと領地に戻った侯爵だった。
 
 侯爵は、身綺麗にしたアズサを初めて見たとき、心配気に言ったのだ。
 
「こんなに可愛くては、今からいろいろと心配になってくるな……」

 なんのことだか分らなかったアズサは首をかしげるだけだったが、数日の療養と皇宮では与えられなかった、しっかりとした食事のおかげで、アズサは驚くほど見違えていた。
 
 白く透き通るような肌は触れば陶器のように滑らかで、漆黒の艶やかな髪は絹のように肩の上でさらさらと涼やかな音を立てていた。
 小づくりな顔の中で輝く黒曜石のような美しく大きな瞳は、薄っすらと潤んで庇護欲をそそった。
 まだまだ手足は細く頼りないが、それもまたさらなる庇護欲を掻き立てたのだった。
 
 そんな、美少女張りのアズサの容姿に侯爵は、まだ起こっていない、これから起こるであろう数々の問題に頭痛がしていた。
 
 しかし、すっかり自分になついたアズサの笑顔を見ていたらそんなことはどうでもよくなっていた。
 そう、自分がこの子を守ればいいのだと。
 
 
 こうして、自領に戻った侯爵は、一番の問題を自分の息子が引き起こす未来しか見えなかったのだった。
 
 
 アズサを屋敷に連れて帰った日のことだった。
 
 一人息子のウルシュカームとアズサを引き合わせたときに確信したのだ。
 息子のウルシュカームは、傍から見てわかるほど、アズサを一目で好きになっていたのだ。
 頬を赤く染めて、夢でも見ているかのようなぼんやりとした表情を見て、侯爵は直感した。
 
(あっ、これ本気マジのやつだ)

 そして、父親の侯爵でも見たことのない邪気のない子犬のような笑顔で言ったのだ。
 
「俺、ウルシュカームだよ!今年で12歳になるんだ。き、君は?」

 侯爵の後ろに身を隠すようにしながらも、アズサはおずおずと答えていた。
 
「俺は、アズサ・ヒメミヤ。10歳」

 アズサの声を聴いたウルシュカームは、表情を輝かせてから頬をさらに染めて、更には耳まで赤くして言ったのだ。
 
「そっか、アズサだね。それじゃ、アズって呼ぶね。アズも俺のことシュカって呼んで!!これから、よろしくね!!」

 そう言って、侯爵の後ろに隠れるようにしているアズサの両手を握って詰め寄ったのだ。
 そして、アズサが小さく頷くと小声で言ったのだ。
 
「可愛い……。俺、アズと結婚する」

 それを偶然耳にしてしまった侯爵は、跡取りについて一瞬考えなくもなかったが、息子の幸せを考えてから、軽く「まぁ、養子取ってもいいか」と考えて息子の初恋の行方を見守ることにしたのだった。

 侯爵がここまで楽観視できた理由は、アルマース王国の古い歴史に関係していた。
 建国後、間もない頃のことだった。
 その頃、国中が後継者争いで荒れた時期があったのだ。それを重く見た国の重鎮がある法律を提案したのだ。
 それは、後継者争いを無くすため、長男以外は同姓と結婚するというものだった。
 長い歴史の中でいつしか、後継者争いも無くなっていき、長男以外の結婚の自由化が認められたのだ。しかし、同性婚の法律は残り、今でも同性同士で結婚する者は少なくなかったのだ。
 そう言った背景から、侯爵は息子の恋を応援することができたのだった。
 
 
 
 その後、ウルシュカームは、事あるごとにアズサに引っ付いて暮らすようになった。
 以前のウルシュカームを知るものが見たら、背筋が凍るような豹変ぶりだったのだ。
 
 アズサが侯爵家にやってくるまでのウルシュカームは、まさに暴君だった。
 なまじ、剣術も魔術もできる上、アズサが王子様だと勘違いしたほどの父親に似た美しい顔と美しい銀の髪、母親譲りの神秘的な紫色の瞳が甘いマスクを更に甘く見せていた。さらに、周囲の女性からのアプローチもあり、僅か12歳にして、それなりの体の経験も積んでいたのだ。
 そんな、問題児の息子を可愛く思いつつも、頭を悩ませていた侯爵としては、アズサが家に来てくれたことでウルシュカームが、大人しくなったと勘違いしていたのだ。
 
 しかし、それはアズサの前だけの猫かぶりならぬ、子犬かぶりだったのだ!!
 
 
 ある日、事件が起きた。
 侯爵は、アズサにウルシュカームと同等の教育を与えていた。
 アズサに剣術を教える教師がその日、アズサの剣術の変な癖を治すと言って、とんでもないことを言い出したのだ。
 
「アズサ、以前覚えたという剣術は忘れなさい。これからはアルマース王国のグレン流の型を覚えるんだ。ああ、違う!そうじゃない!!」

「でも、先生……」

「言い訳をするんじゃない!!」

 そう言って、激高した教師はアズサの尻を揉みながら言ったのだ。
 
「違う!!その変な剣術の癖を矯正する。まずは服を脱ぎなさい」

「え?」

 脈絡のない言葉にアズサは首をかしげて呆然としていた。
 言っている意味が理解できないと、動けずにいると、尻をさらに強く揉まれてから、無理やりにズボンを脱がされていた。
 教師は、自分で脱がしたズボンを遠くに投げ去り、アズサの股間を見て舌なめずりしながら、いやらしい目で小さな陰茎を凝視したのだ。
 
「ほう、アズサも期待していたのか?いやらしい子だ。下穿きも履かずに俺にこうされることを期待していたのか」

 そう言って、鼻息も荒くアズサの小さの陰茎に手を伸ばしたのだ。
 そして、もう少しで触れるというところで、横からの衝撃に吹き飛んでいた。
 
 庭を転がり、練習用の藁で出来た人型に思いっきりぶつかることで止まってから、痛む胸を抑えて喘いでいた。
 
「げほっ、かは!!」

 喘いでいると、頭上から氷のように冷たい声と視線が落ちてきたのだ。
 あまりの冷たさに、汗ばむような陽気だというのに震えが止まらなかった。
 
「お前、俺が留守にしている間に、アズサに何しようとしてんだ?ああん?」

 そう言って、蹲る教師を容赦なく蹴りつけたのだ。
 伝わった感触から、肋骨の何本かは折れたのが分かったが、そんなことどうでもよかった。
 
「ご、ごめんなさい!!ゆ˝る˝し˝て˝ぇ!!」

 そう言って、泣き出し鼻水を垂らす教師の頭に踵を落として、意識を刈り取ってから、上着を脱いで急いでアズサの元に駆け寄っていた。
 
 アズサの可愛らしい陰茎が丸見えになっていて、思わず唾を飲み込んでしまったウルシュカームは、慌てて上着を掛けていた。
 
 遠くに、アズサのズボンが投げ捨てられていたのを見て、再び頭に血が上りそうになったが、今はアズサの方が優先だと、子犬モードになってアズサを抱きしめていた。
 
「アズ!!大丈夫?変なことされなかった?どこか触られた?アズ、アズ!!」

 ウルシュカームのその言葉で、ようやく我に返ったアズサは呆然としたように答えていた。
 
「大丈夫。お尻触られただけで、他は大丈夫……」

 アズサのその言葉を聞いたウルシュカームは、背後で横たわる教師に殺気を送りながら小声でごちていた。
 
「後で、あいつを不能にしてやろう。もう二度とこんなこと考えないように……。くくくっ」

 そんなことをごちた後に、ウルシュカームは、瞳を潤ませて言ったのだ。
 
「アズ……。俺、アズのことが心配だよ。アズのことが心配で離れられないよ。アズ、今日はすっと一緒にいて?」

 そう言って、自分に甘える2つ年上のウルシュカームは、捨てられた子犬のように見えてしまったアズサは、先ほどの衝撃を忘れて、微笑んでいた。
 
「シュカは甘えん坊さんだな。いいよ、おいで」

 そう言って、自分よりも体の大きなウルシュカームに向かって両手開いて見せた。
 それを見たウルシュカームは、瞳を潤ませてからアズサの胸に甘えるように抱き着いたのだ。
 抱き着いて、アズサに気が付かれないように、アズサから香る甘い匂いを胸いっぱいに吸い込んで甘えた振りをしてその薄い胸に顔を埋めたのだった。
 
 その日の夜、一緒に風呂に入っていたウルシュカームは、アズサにお願いしていた。
 
「ねぇ、アズ。お願いだから、下着を履いてよ。お願いだよ」

 その言葉を聞いたアズサは、心底いやそうな顔で言った。
 
「やだよ。あんな窮屈なの。俺のいたところじゃ、あんなのはいてる人間なんていなかったぞ。俺は、あんなの絶対に履かないからな!!」

 そう、星凰国は下着を着けない文化を持っていたのだ!!





 その後、アズサを襲った教師はウルシュカームに不能にされた上に、領地から追放されたのだった。
 そのことをすべてが終わった後に知った侯爵は、息子の状態がさらに悪化していたことを思い知ったのだった。
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