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第八十五話 兄襲来

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 次々と倒れていくゴールデン・ウルフのクルーの姿に居合わせた女王と専属メイドは驚愕した表情で固まっていた。
 加害者である弥生は、それに構うことなく春虎に抱きついて再会を喜んでいた。
 
「はるこ~、会いたかったよ~。やっとはるこに会えて、お兄ちゃん嬉しいよう~」

 先程まで、ウィリアムたちに見せていた冷酷無慈悲な表情が嘘のような、デレデレした顔で春虎のポッペに、自分の頬をスリスリさせるその姿に、弥生の影に潜んでいた幻獣の黒麒麟は、弥生に聞こえないようにため息を吐いていた。
 
「ちょっ!!にい!!秋護さんたちに何をしたの?!返答によっては許さないから!!」
「何もしてないよ?ちょっと、挨拶をしただけだよ?そんなことより、家に帰ろう!!」
「えっ?!」
「だから、家に帰ろう。さぁさぁ、すぐに!!」

 まさかの展開に流石の春虎もついていけなくなり困惑していると、弥生の影が膨れ上がり、そこから背の高い優しげな男が現れた。
 そして、眉を寄せた困惑顔で弥生に言ったのだ。
 
「主様、春虎様が困惑しております。まずは、説明が先かと……」
「駄獣!!お前は黙っていろ!!」

 弥生は、自分を主様と呼んだ男を容赦なく蹴りつけるのと同時に、男を黙らせた。

「主様~」

 容赦のない弥生の蹴りに、涙声になった男を庇うように春虎が弥生を睨みつけて言った。
 
「にい!!また、黒ちゃんに酷いことをして、駄目でしょう?黒ちゃんはこれでもすごい幻獣なんだから、もっと大事にしなくちゃ駄目でしょう」

 春虎の、フォローなっているようでフォローになっていないセリフに黒ちゃんと呼ばれた男は人知れずに涙を流していたが、それに気がつく者は誰もいなかった。
 
「はるこ、こいつは俺の下僕なんだ。だから、俺がどう扱おうと黎斗くろとが、それに尻尾振って喜ぶのは当然のことなんだよ。黎斗が次の当主に譲渡されない限りはな。そうだろう?」
「うううぅう。はい、主様から与えられる命令が私の全てです。例え、主様が私をどの様に扱おうとも、それは全て私の喜びであるのは事実です……。でも、もう少し優しく扱ってほしいと言うか……」
「あ゛?」
「ひっ!!うっ、嘘です。私のような、駄目な幻獣を使役していただきありがとうございます!!」
「そうだな、お前のような、駄獣を使役してやってるんだ」

 いつも通りの二人のやり取りに、春虎は弥生がこの場所にいることが夢や幻ではなく事実なのだと実感が湧いたが、こんなコントのような二人のやり取りでそう思える時点で春虎も相当毒されているということに気がついていないのは仕方がなかったのだ。
 普段からのやり取りのため、これが普通なのだと刷り込まれた結果なのだから。
 
 しかし、秋護達がいまだに倒れたままなのを思い出した春虎は、弥生と黎斗のことを放置して、倒れた秋護たちを介抱することにした。
 女王に断りを入れて、四人を横に並べて寝かせた。
 中でも、一番顔色が悪い秋護の介抱が先だと考えた春虎は、秋護を膝枕した状態で、少しでも良くなるようにと、陽の気を流し込むことにしたのだ。
 いつもの調子で、黎斗にお仕置きを始めていた弥生は、いつの間にか秋護が春虎の膝枕で寝ていることに気が付き慌てた声を上げた。
 
「はるこ?!どうして膝枕?お兄ちゃんにもしてくれたこと無いのに……。どうして?なんで?」
「はぁ。愚兄、うるさい。秋護さんが一番具合が悪そうだったからだよ。って、いうか全部にいが悪いんだよ?秋護さんのこと睨みつけたりしたでしょう?もう……」

 春虎が、ため息交じりに弥生を責めるように言うと、弥生は慌てたように首を振って否定した。
 
「誤解だ!!俺は、後輩に挨拶しただけだ!俺は無実だ!!はるこ、俺を信じてくれ!」
「後輩?」
「そうなんだよ、朝比奈は高校の時の後輩なんだよ」
「……。黒ちゃん、本当?」

 弥生の言葉を信じきれない様子の春虎は、部屋の隅で膝を抱えてのの字を書いていた黎斗に向かって確認していた。
 
「はい。朝比奈くんは、可哀相なことに、高校の時に主様に目を付けられてしまった被害者です」
「……、秋護さん……。もしかして、にいを見て意識飛ばしたってこと?」
「……はい。それくらいのトラウマを植え付けられていたと言えますね」
「はぁぁ……。秋護さんが目覚めたら謝らないと……」
「はるこが謝ることなんて何もないぞ!!」
「愚兄は黙って!!それに、謝るのはにいだよ!!」
「えっ?どうして俺が?」

 知ってはいたが、弥生の俺様っぷりを目の当たりにした春虎はため息を吐いて、全てを諦めたのだった。
 
(秋護さん、うちの兄が酷いことをしたみたいで、本当に申し訳ないです。どうやってお詫びをしたものか……)
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