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第三十五話 朝比奈 秋護②

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 秋護が飛び込んだ部屋には、なんと牛や羊と言った家畜がいた。

(なんで、家畜!!)

 疑問には思ったが、まずは隠れるのが先決と考えた秋護は、牛の側にある藁の山に潜って息を殺した。

 少しすると、扉が開く音がして、複数の足音が近づいてくるのが分かった。
 部屋を探すように、足音は部屋を一回りして最後に秋護が潜り込んでいる藁の山の前で止まった。
 上の藁が掻き分けられるような気配を感じて、身を固くする。

(こういうの薄い本で見たことあるなぁ。見つかった少年が慰み者になるって言うやつ……。ないない、俺は腐っているが、女の子が好きだ!!くっ殺展開なんて絶対嫌だからな!!!)

 緊張で思考が斜め上に行っていた秋護だったが、頭のすぐ上の藁が少し揺れたと思ったが、そこで揺れは止まった。
 そして、足音は遠ざかり扉のしまる音がした。

(たっ、助かった!!いや、助かってない!どうにかして、この船から脱出しないと。っていうか、一体ここはどこなんだ!!)

 ここがどこなのか、これからどうしたらいいのか、どうするべきなのか。
 そんなことを考えているうちに、意識が遠くなった秋護は、緊張と疲れからそのまま意識を手放した。

 秋護が次に気が付いた時、何か温かく湿った物が顔の上を行き来する感触に目を覚ました。
 意識が覚醒した秋護は、顔が何か温かくてぬめぬめするものに撫でられていることに気が付いた。

(えっ?これってまさか……。アレなのか?アレが顔に当っているのか?)

 自分の想像に血の気が引いていくのが分かった。
 瞑った目を開けるのが怖かった。

(やばい、やはい、やばい!!俺、初めてをここで散らされちゃうの!?無理無理無理!!!)

 自分の無残な姿を想像してしまい、身体が震え手足が冷えて行くのが分かった。
 そんなことを考えている間も、温かくぬるぬるした物が顔を撫でている状況が変わることはなかった。しかし、ふと違和感に気がつく。

(あれ?なんかこれ思ったよりふにゃじゃね?アレだったらもっとこう……。怖いけど確かめるしかないよな……。ままよ!!)

 そうして、覚悟を決めた秋護は思い切って目を開けた。そこには、筋の浮いた赤黒いものが目に入ってきた。それと、同時に「モー、モー」という鳴き声も。

 秋護の目に映ったのは、牛の舌だった。
 そして、ずれていた眼鏡を掛け直しつつ昨日のことを思い出して今までの自分の思考が恥ずかしすぎて悶えて転がった。

(恥ずかしい!!牛に顔を舐められてただけじゃん!!うっわ!!恥ずかしさで死ねる!!)

 ひとしきり転がった秋護は、ベタベタの顔を服の裾で拭って冷静さを取り戻そうと昨日のことについて考えを巡らせた。

「えっと、昨日バイト代が入ったから漫画とかいろいろ買いに行って……。そうそう、ガチャポンがあったから回したんだった。んで、出てきたリングを眺めてる間に、眩暈?がして、気がついたら周りが暗くて星がよく見えて……。船の……上で………知らない言葉の男達から逃げて、入った部屋が牛とかいる部屋だった。んで、気がついたら眠ってて……。はぁ、ここに牛が居るってことは昨日の事は夢じゃないみたいだな。夢ならよかったのに!!ああぁ、買った本もまだ読めてないし……。んんん!!本、俺のバイト代で買った本!!どこにやった?昨日、逃げた時には手に持ってなかった……。ああああーーー!!俺の荷物ぅぅぅう!!!」

 状況整理をしていて荷物がないことに気が付いた秋護は、つい大声を出してしまった。
 秋護の大声に気が付いたのだろう、いくつかの足音がこちらに近づいてくるのが分かった。

(やばい!!つい大声出しちまった。やばいやばいやばい!!)

 腹をくくった秋護は、扉の影に隠れた。
 そして、男が扉を開けて入った瞬間に扉の影から素早く出て外に駆けだした。
 階段を上り、外に出る。外には、数人の男が居た。瞬時に、周りを見渡し、人のいない方に駆けだした。
 後ろから何かを叫ぶようにして追いかけてくる足音が聞こえたが、振り返らずにそのまま走り、船尾楼に行きついた。
 外は、既に夕暮れだった。現実逃避をするように思考が斜め上に行く。

(もう、夕暮かよ。俺、どんだけ寝てたんだよ)

 思現実逃避しようとも、今は言葉が分からない男達に周りを囲まれてどうすることもできない。
 恐怖で握った手は冷え切っていた。

『○×●×■□△!!』

 周りを囲んだ男達の中の一人が何かを言うが言葉が分からない。

「何言ってっか分かんない!!日本語で話せ!!それ以上近づくな!!俺の荷物どこやったんだよ!!返せよ!!!」

 あまりの恐怖とストレスから相手に伝わらないと分かっていても怒鳴らずには居られなかった。
 すると、先ほどから話しかけてきていた男が近づこうとするのが見えた。
 その行動に、思わず手のひらを向けて止まるように叫んだ。

「来るな!!止まれ!!近づくな!!」
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