上 下
2 / 10

第二話 運命

しおりを挟む
 バルバロス王国にあるソルラム領の山奥にひっそりと建つ小さな家には、まだ幼い少女がたった一人で暮らしていた。
 少女の名は、シエルと言った。
 シエルの両親は1週間ほど前に二人ともこの世を去っていた。
 
 シエルは、白髪の長い髪を背中の中ほどで緩く縛っていた。
 小作りな顔は整っていて、中でも紅蓮に輝く瞳は美しい宝石のようだった。
 
 シエルは、幼いながらも両親の死の理由を理解していた。
 それは、仕方ないことだったのだと、この時のシエルは考えていた。
 
 
 そんなある日のことだった。
 領主の使いだと名乗る男がシエルの住む家を訪ねてきたのだ。
 
 シエルと両親は、魔法使いの一族の生き残りだった。恐らく、他に生きている一族の者はいないだろう。
 
 そんな両親は、領主のソルラム伯爵から許しを得てこの地に隠れるようにして住まわせてもらっていたのだ。
 その対価として、伯爵のために魔法を使っていたのだ。
 
 シエルは、領主の使いが来た時、この地を追い出されるのだと覚悟していた。
 しかし、何故か使いの男はシエルに山を降りて領主の元に来るように言ったのだ。
 シエルは、どうしたらいいのか分からずに、ただ流されるようにそれに従った。
 
 
 
 しかし、その行動がシエルの運命を変えたのだ。
 そう、それは運命だったのだろう。
 
 
 伯爵家でシエルは、恋に落ちたのだ。
 
 伯爵家の次男である、ユーステス・ソルラムを一目見て運命の人だと感じたのだ。
 そして、ユーステスも同じようにシエルに一目で恋に落ちたのだ。
 
 
 ユーステスは、栗色の少し硬い髪を短く切っていた。意志の強そうな瞳はダークブラウンで、程よく鍛えられた体は、少年から青年へと成長する途中だった。
 
 初めて会った瞬間から、お互いのことしか目に入らないくらい、惹かれ合ったのだ。
 
 
 そんな二人を見た伯爵は、醜悪な思いを胸の内に隠しながら、幼いシエルに言ったのだ。
 
「どうかな?ユーステスの婚約者としてここで一緒に住まないか?」

 まさかそんなことを言われるとは思っていなかったシエルは、瞳を輝かせてユーステスと見つめ合ってから、その提案に頷いていた。
 
「伯爵様、ありがとうございます」

「父上、ありがとうございます」

「いいんだ。可愛い息子が好きになった相手だ」

 そう言って伯爵は、二人の恋を応援したのだ。
 しかし伯爵の本当の目的は、珍しい魔法使いを手元に置くというものだった。
 
 それに気が付かないシエルは、自分に優しくしてくれる伯爵を心から慕ったのだ。
 
 
 
 シエルが13歳の時、16歳となったユーステスが王都の騎士団に身を置くこととなった。
 ユーステスの王都行に、当然シエルも付いて行くとこになった。
 
 王都の屋敷でも、シエルとユーステスは仲睦まじく暮らしていた。
 その頃、シエルは魔法の力でソルラム領を豊かにしたことで、領民から聖女と慕われていた。
 そして、誠実でシエルへの愛情を隠すこともなく、仲睦まじい姿を見せるユーステスも領民から好かれていた。
 
 そんな二人は、王都に移っても手を取り合い微笑ましい姿を周囲に見せていたのだ。
 美しい聖女と、聖女を心から愛する騎士の話は王都でも有名になるほどだった。
 
 
 
 そんな幸せのただなかの二人に運命の時が迫っていた。
 
 
 シエルが15歳の時だった。
 ユーステスは、騎士団である大きな任務を任されることとなったのだ。
 それが成功すれば、騎士として成功したも同然の大きな任務をだ。
 ユーステスは、任務に向かう前に心配するシエルに言ったのだ。
 
「シエル、この任務が終わったら、俺と正式に婚姻を結ぼう。俺の妻になってくれ」

 シエルは、愛するユーステスからのプロポーズの言葉に笑顔で頷いた。
 
「はい。ユーステス様。どうかご無事で。お帰りをお待ちしています」

 普段は、表情に乏しいシエルの嬉しそうな笑顔を見たユーステスは、白い歯を見せて笑ったのだ。
 そして、男らしい大きな手で、シエルの頭を優しく撫でた後に触れるだけのキスを送った。
 
「ああ。必ずシエルの元に帰ってくる。愛してるよ、シエル」






 そして、数週間後、シエルの元に知らせが届いた。
 その内容は、ユーステスの死を知らせるものだった。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ざまぁ対象の悪役令嬢は穏やかな日常を所望します

たぬきち25番
ファンタジー
*『第16回ファンタジー小説大賞【大賞】・【読者賞】W受賞』 *書籍発売中です 彼氏にフラれた直後に異世界転生。気が付くと、ラノベの中の悪役令嬢クローディアになっていた。すでに周りからの評判は最悪なのに、王太子の婚約者。しかも政略結婚なので婚約解消不可?! 王太子は主人公と熱愛中。私は結婚前からお飾りの王太子妃決定。さらに、私は王太子妃として鬼の公爵子息がお目付け役に……。 しかも、私……ざまぁ対象!! ざまぁ回避のために、なんやかんや大忙しです!! ※【感想欄について】感想ありがとうございます。皆様にお知らせとお願いです。 感想欄は多くの方が読まれますので、過激または攻撃的な発言、乱暴な言葉遣い、ポジティブ・ネガティブに関わらず他の方のお名前を出した感想、またこの作品は成人指定ではありませんので卑猥だと思われる発言など、読んだ方がお心を痛めたり、不快だと感じるような内容は承認を控えさせて頂きたいと思います。トラブルに発展してしまうと、感想欄を閉じることも検討しなければならなくなりますので、どうかご理解いただければと思います。

王室の醜聞に巻き込まれるのはごめんです。浮気者の殿下とはお別れします。

あお
恋愛
8歳の時、第二王子の婚約者に選ばれたアリーナだが、15歳になって王立学園に入学するまで第二王子に会うことがなかった。 会えなくても交流をしたいと思って出した手紙の返事は従者の代筆。内容も本人が書いたとは思えない。 それでも王立学園に入学したら第二王子との仲を深めようとしていた矢先。 第二王子の浮気が発覚した。 この国の王室は女癖の悪さには定評がある。 学生時代に婚約破棄され貴族令嬢としての人生が終わった女性も数知れず。 蒼白になったアリーナは、父に相談して婚約を白紙に戻してもらった。 しかし騒ぎは第二王子の浮気にとどまらない。 友人のミルシテイン子爵令嬢の婚約者も第二王子の浮気相手に誘惑されたと聞いて、友人5人と魔導士のクライスを巻き込んで、子爵令嬢の婚約者を助け出す。 全14話。 番外編2話。第二王子ルーカスのざまぁ?とヤンデレ化。 タイトル変更しました。 前タイトルは「会ってすぐに殿下が浮気なんて?! 王室の醜聞に巻き込まれると公爵令嬢としての人生が終わる。婚約破棄? 解消? ともかく縁を切らなくちゃ!」。

【完結】婚約破棄されたので国を滅ぼします

雪井しい
恋愛
「エスメラルダ・ログネンコ。お前との婚約破棄を破棄させてもらう」王太子アルノーは公衆の面前で公爵家令嬢であるエスメラルダとの婚約を破棄することと、彼女の今までの悪行を糾弾した。エスメラルダとの婚約破棄によってこの国が滅ぶということをしらないまま。 【全3話完結しました】 ※カクヨムでも公開中

魅了の王太子殿下

八つ刻
恋愛
王太子から突然の婚約破棄。 公爵令嬢レイチェルは静かにそれを受け入れる。 ※処女作です。

別人メイクですれ違い~食堂の白井さんとこじらせ御曹司~

富士とまと
恋愛
名古屋の食文化を知らない食堂の白井さん。 ある日、ご意見箱へ寄せられるご意見へのの返信係を命じられました。 謎多きご意見への返信は難しくもあり楽しくもあり。 学生相談室のいけ好かないイケメンににらまれたり、学生と間違えられて合コンに参加したりと、返信係になってからいろいろとありまして。 (最後まで予約投稿してありますのでよろしくなのです)

婚約解消は君の方から

みなせ
恋愛
私、リオンは“真実の愛”を見つけてしまった。 しかし、私には産まれた時からの婚約者・ミアがいる。 私が愛するカレンに嫌がらせをするミアに、 嫌がらせをやめるよう呼び出したのに…… どうしてこうなったんだろう? 2020.2.17より、カレンの話を始めました。 小説家になろうさんにも掲載しています。

本の虫令嬢は幼馴染に夢中な婚約者に愛想を尽かす

初瀬 叶
恋愛
『本の虫令嬢』 こんな通り名がつく様になったのは、いつの頃からだろうか?……もう随分前の事で忘れた。 私、マーガレット・ロビーには婚約者が居る。幼い頃に決められた婚約者、彼の名前はフェリックス・ハウエル侯爵令息。彼は私より二つ歳上の十九歳。いや、もうすぐ二十歳か。まだ新人だが、近衛騎士として王宮で働いている。 私は彼との初めての顔合せの時を思い出していた。あれはもう十年前だ。 『お前がマーガレットか。僕の名はフェリックスだ。僕は侯爵の息子、お前は伯爵の娘だから『フェリックス様』と呼ぶように」 十歳のフェリックス様から高圧的にそう言われた。まだ七つの私はなんだか威張った男の子だな……と思ったが『わかりました。フェリックス様』と素直に返事をした。 そして続けて、 『僕は将来立派な近衛騎士になって、ステファニーを守る。これは約束なんだ。だからお前よりステファニーを優先する事があっても文句を言うな』 挨拶もそこそこに彼の口から飛び出したのはこんな言葉だった。 ※中世ヨーロッパ風のお話ですが私の頭の中の異世界のお話です ※史実には則っておりませんのでご了承下さい ※相変わらずのゆるふわ設定です ※第26話でステファニーの事をスカーレットと書き間違えておりました。訂正しましたが、混乱させてしまって申し訳ありません

婚約破棄?本当によろしいのですか?――いいでしょう、特に異論はありません。~初めて恋を願った彼女の前に現れたのは――~

銀灰
恋愛
令嬢ウィスタリアは、ある日伯爵のレーゼマンから婚約破棄の宣告を受ける。 レーゼマンは、ウィスタリアの妹オリーブに誑かされ、彼女と連れ添うつもりらしい。 この婚約破棄を受ければ、彼に破滅が訪れることを、ウィスタリアは理解していた。 しかし彼女は――その婚約破棄を受け入れる。 見限ったという自覚。 その婚約破棄を受け入れたことで思うところがあり、ウィスタリアは生まれて初めて、無垢な恋を願う。 そして、そこに現れたのが――。

処理中です...