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 ふかふかのベッド、甘い花の香り、ミーシャは自分を包み込む優しい感覚に身を委ねていた。
 眠る前に何かショックを受けることがあった気がしたが、そんなことはもうどうでもよかった。
 
 十分な睡眠をとったミーシャは、「ふわ~」っと欠伸をしながらゆっくりとした動きで身を起こしていた。
 欠伸をしながら、変な夢を見た気分だったミーシャは呟く。
 
「ふへへ~。良く寝たぁ。う~ん。なんか変な夢を見た気がするのはなんでだろう? ママがパパだったんて、わたしったら疲れてるのなかぁ?」

「ミーシャさん……。えっと、ごめんな。それ夢じゃないよ。あと、パパ呼びはやめてほしいかな? 俺のことは、ラスティンって呼んでくれると嬉しいな」

 ミーシャは、聞こえてきた声に肩をびくりと震わせた後に、錆びついた機械人形のようにぎこちなく声の方へと振り返る。
 そこには、青い軍服を着た元ママの存在があったのだ。
 ミーシャは、がくりと肩を落としていた。
 
「ゆ……夢じゃなかった……。ママが男の人だったなんて……」

 ショックを受けるミーシャだったが、男の姿でも美しいことに変わりないラスティンを見て、胸がドキリとしてしまう。
 胸に手を当てて首を傾げるも、何故胸がドキドキするのか分からないミーシャは、ぎゅっと両手を握って深呼吸を繰り返す。
 
(胸がドキドキするのは寝起きだから? それともお腹が空いているから? ふむふむ。なるほど、わからん。うん。きっと、ママがママじゃなくて驚いたのと、ママがイケメンだったからだわ。うん。そうよ、そうに決まってるわ)

 ラスティンの美貌に胸が高鳴っただけだと自分に言い聞かせたミーシャは、改めて美しすぎるラスティンに視線を向けていた。
 
「はぁ……。なんていうか、軍服って、格好いい……。うん。ママが綺麗で格好いい」

 うっとりとそう呟くミーシャの声が聞こえていたラスティンは、美しい顔を朱色に染めて照れ笑いを浮かべる。
 
「ミーシャさんにそう言ってもらえると俺としてはとても嬉しいよ。でも、俺のことは、ママではなくて、ラスティンと呼んでほしいかな?」

 自分の呟きが聞こえていたことを知ったミーシャは、ぱっと顔を赤くして下を向いてしまう。
 それでも、おずおずとしながらも顔をあげて、上目遣いでラスティンを見つめる。
 そして、勇気を振り絞るようにスカートの裾を握りしめて小さな声で言うのだ。
 
「うん。ラスティンさん?」

 名前を呼ばれたラスティンは、極上の笑みでそれに応える。
 
「はい。でも、敬称は不要です。俺のことは、ラスティンと呼んで」

「うん。ラスティン……」

「はい。ミーシャさん。それじゃ、昼食にしましょう」

 そう言ったラスティンは、あっという間にテーブルに美味しそうに肉料理を並べていた。
 ミーシャ的には、何故女性のふりをしていたのとか、ラスティンは自分にとってどのような存在になるのかなど、聞きたいことはまだあった。しかし、美味しそうな匂いに負けてしまったのだ。
 誘われるまま、テーブルに着いたミーシャは、用意された料理に舌包みを打つ。
 
「美味しい! はむはむ。お肉柔らかい。パンも美味しい。付け合わせのお野菜も甘くて美味しい! はぁ、幸せ~」

 頬をパンパンにしながら美味しそうに料理を口にするミーシャを見つめるラスティンは、とても幸せそうな表情をしていたが、それにミーシャが気が付くことはなかった。
 
 ミーシャが食事を終えると、食後のお茶と一緒にデザートも用意されていた。
 小さな体のどこに入っていくのが謎なほどだったが、ミーシャが幸せそうでラスティンがそのことを言及することはなかった。
 大満足な食事を終えたミーシャは、はっとしながらも食欲に負けてしまった自分にダメ出ししていた。
 
「はっ! ご飯が美味しすぎて……。わたし、まだ聞きたいことがあったんです! ラスティンは、なんで男性なのにわたしのママだったの? ラスティンは、どこの誰なの?」

 慌てたようにそう口にするミーシャは、すぐ近くに座るラスティンにそう言って詰め寄る。
 ぐっと距離を縮めららたラスティンは、にっこりと微笑みを浮かべるのだ。
 
「それは、まだ秘密です。でも、俺がミーシャさんを心から大切に思っていることだけはお伝えします。俺は、ミーシャさんの味方です。何があっても、どんなことがあっても」

 ミーシャを心から大切に思っているというラスティンの言葉に、ミーシャは胸を押さえることとなる。
 それは、自分が本当はラスティンが知るミーシャではないからだ。
 理由はわからないが、本物のミーシャではない自分が、ラスティンから大切にされるのは違うような気がしたのだ。
 そして、本物のミーシャではない自分のことを厭わしいとラスティンに思われてしまうことを想像すると、胸が痛くて仕方がなかった。
 このまま黙っていることも出来るが、それはラスティンの優しさを裏切ることだと思ってしまったミーシャは、覚悟を決める。
 
「ラスティン……。わたしには、貴方から大切にしてもらうような資格はないの……」

 そう言って、ラスティンを潤んだ瞳で見つめるミーシャは、すべてを話していたのだ。
 
「わたしは貴方の知るミーシャではないの。気が付いたら、檻に入れられていたの。記憶だってあいまいで、ミーシャとして目覚める前のこともほとんど覚えてないし、ミーシャとしての記憶もないの……。わたしは、わたしが誰なのか分からないの……。だらか、貴方に大切にしてもらう資格がないの……」

 ミーシャは、懺悔する間、顔をあげることが出来ないでいた。
 もし、ラスティンの大切なミーシャではないと知って、彼から嫌な顔をされたらどうしようと、そんなことを考えていたのだ。
 しかし、それはすべてが杞憂だったのだ。
 最後には、声を擦れさせて涙声になってしまっていたミーシャをラスティンは、ふわりと抱きしめていた。
 それに驚いたミーシャは、思わずうつむいていた顔をあげていた。
 
「な……なんで?」

 そう呟くミーシャに、ラスティンは、ただただ優しく声をかける。
 
「はい。檻の中のミーシャさんとあった時に、すぐに分かりました。でも、貴女はミーシャさんです。俺の大切なミーシャさんです」

「そんなはずない! わたしには、ミーシャとは違う人生を生きていたっている記憶が……」

「それは、きっと貴女が長い間見ていた夢です」

「ゆ……め?」

 まさかそんなことを言われるとは思っていなかったミーシャは、首を傾げる。
 そんな、ミーシャの幼子のような仕草にラスティンは、瞳を揺らして言うのだ。
 
「貴方はミーシャさんだ。ミーシャさんが、幼いころに失ってしまった、本当のミーシャさんです。ああ、おかえりなさい。俺の、俺の愛しいミーシャさん」

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