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ディエイソ王国の聖女として、サラは七年もの月日を過ごすこととなった。
意味のない祈り、歪な結界。
サラは思うのだ。自分が聖女である意味がどこにあるのだろうかと。
しかし、教会からの依頼を断ることなど出来ない、そういう決まりになっていた。
そんなある日のことだ。
数日間、長雨が止まない王都のために祈りを捧げるように依頼されたサラが、祈り始めて丸三日後のことだ。
眠ることも食事も許されず、まるで拷問の様な時間から解放された直後のことだった。
サラは蔑むような視線を隠そうともしない教皇に言われたのだ。
「偽物め!! 聖女を名乗るなど、なんと不届きな!!」
「な……んのことだ?」
「しらを切ろうとは!! お前が偽の聖女だから、祈りが届かず国は安定しなかったのです!! その証拠に雨が……」
強い口調で教皇がそう言ったのと同時に、数週間の間降り続けていた雨が上がり、陽が差したのだ。
「雨がどうしたんだ?」
「ぐっ……偶然です!! いや、この場に真の聖女たる聖女マリエッタがいるから雨が止んだのです!!」
「はあぁ……」
「くっ! 何ですかその態度は!!」
「ふああぁぁ……。すまない……。わたしは疲れている。すまないが話は後にしてくれないか」
そう言ったサラは、後ろ手に手を振り、大きな欠伸を隠そうともせずにその場をふらふらとした足取りで後にしたのだ。
その場に残された教皇は怒りに顔を歪め、聖女マリエッタは、見すぼらしい姿のサラを鼻で笑う様に見送ったのだ。
泥のように重い体を引きづるようにして、数日ぶりに自室のベッドに転がったサラは、すぐに深い眠りに落ちていた。
どのくらい寝ていてのか、ゆらゆらと揺れて霞む視界に映るのは、満天の星だった。
サラは霞む視界の中で、遠のく星を見つめていた。
七年。
とても、とても長い時間だ。
見知らぬ誰かのために祈り、ただ祈り、祈り続ける。
まるで苦行の様な、何のための祈りなのか、誰も教えてくれない。
それなのに、必要だからと、眠ることも許されずに祈りを捧げることを強要された。
その祈りは誰に届いたのだろうか? サラは思った。
これは、何のためでもない、ただのポーズだ。
祈ったところで、何かが変わるわけでもなく、変えられることもない。
それでもサラは祈らなければならなかった。
サラは思う。これまで、とても頑張ったと。自分を褒めてもいいのではないかと。
しかし、一人の少年の顔を思い浮かべたサラは、胸が痛くて仕方なかった。
結局恩を返すことも助けることも出来なかった少年。
視界に映る月を見て、灰色の髪の少年とのことを思い出す。
サラを救ってくれて、言葉を教えてくれて、生き方を示してくれた。
大切な存在。
何も持っていなかったサラが生まれて初めて自分の意志で決断し、何よりも大切だとそう思った存在。
あの時、教会からもらった万能薬は効いていたようだが、回復したのだろうか?
何も伝えることも出来ず離れてしまったことを、彼はどう思っているのだろうか?
そんな事が浮かんでは消えていく。
サラは、とても疲れていた。
ここ数日、眠ることも許されず、与えられる仕事を果たし、その結果がこれだ。
真の聖女が見つかったからと……。
美しい女性だったとサラは思った。
金の髪はふわふわと波打ち、青い瞳は空のようだった。
教皇が連れて来た真の聖女……。
自分に利用価値が無くなったのか、もしくは邪魔になったのか。
何れにしろ、用済みだと始末されたことをぼんやりとした頭でサラは理解した。
疲れ切った体と頭では祈力も湧かない。
「ああ……。じんせいなんて……こんなものか……。はは……。でも、あそこで生きた十年よりも、教会で過ごした七年よりも、ラン兄ちゃんと過ごした一年が何よりもしあわせだったなぁ」
ぽつりと呟く言葉は、空に溶けるように消えていく。
サラの意識が再び眠りに落ちる瞬間。
懐かしい声が聞こえた気がしたが、サラがそれを確かめることは出来なかった。
「遅れてごめんな……。助けに来た。サラ」
意味のない祈り、歪な結界。
サラは思うのだ。自分が聖女である意味がどこにあるのだろうかと。
しかし、教会からの依頼を断ることなど出来ない、そういう決まりになっていた。
そんなある日のことだ。
数日間、長雨が止まない王都のために祈りを捧げるように依頼されたサラが、祈り始めて丸三日後のことだ。
眠ることも食事も許されず、まるで拷問の様な時間から解放された直後のことだった。
サラは蔑むような視線を隠そうともしない教皇に言われたのだ。
「偽物め!! 聖女を名乗るなど、なんと不届きな!!」
「な……んのことだ?」
「しらを切ろうとは!! お前が偽の聖女だから、祈りが届かず国は安定しなかったのです!! その証拠に雨が……」
強い口調で教皇がそう言ったのと同時に、数週間の間降り続けていた雨が上がり、陽が差したのだ。
「雨がどうしたんだ?」
「ぐっ……偶然です!! いや、この場に真の聖女たる聖女マリエッタがいるから雨が止んだのです!!」
「はあぁ……」
「くっ! 何ですかその態度は!!」
「ふああぁぁ……。すまない……。わたしは疲れている。すまないが話は後にしてくれないか」
そう言ったサラは、後ろ手に手を振り、大きな欠伸を隠そうともせずにその場をふらふらとした足取りで後にしたのだ。
その場に残された教皇は怒りに顔を歪め、聖女マリエッタは、見すぼらしい姿のサラを鼻で笑う様に見送ったのだ。
泥のように重い体を引きづるようにして、数日ぶりに自室のベッドに転がったサラは、すぐに深い眠りに落ちていた。
どのくらい寝ていてのか、ゆらゆらと揺れて霞む視界に映るのは、満天の星だった。
サラは霞む視界の中で、遠のく星を見つめていた。
七年。
とても、とても長い時間だ。
見知らぬ誰かのために祈り、ただ祈り、祈り続ける。
まるで苦行の様な、何のための祈りなのか、誰も教えてくれない。
それなのに、必要だからと、眠ることも許されずに祈りを捧げることを強要された。
その祈りは誰に届いたのだろうか? サラは思った。
これは、何のためでもない、ただのポーズだ。
祈ったところで、何かが変わるわけでもなく、変えられることもない。
それでもサラは祈らなければならなかった。
サラは思う。これまで、とても頑張ったと。自分を褒めてもいいのではないかと。
しかし、一人の少年の顔を思い浮かべたサラは、胸が痛くて仕方なかった。
結局恩を返すことも助けることも出来なかった少年。
視界に映る月を見て、灰色の髪の少年とのことを思い出す。
サラを救ってくれて、言葉を教えてくれて、生き方を示してくれた。
大切な存在。
何も持っていなかったサラが生まれて初めて自分の意志で決断し、何よりも大切だとそう思った存在。
あの時、教会からもらった万能薬は効いていたようだが、回復したのだろうか?
何も伝えることも出来ず離れてしまったことを、彼はどう思っているのだろうか?
そんな事が浮かんでは消えていく。
サラは、とても疲れていた。
ここ数日、眠ることも許されず、与えられる仕事を果たし、その結果がこれだ。
真の聖女が見つかったからと……。
美しい女性だったとサラは思った。
金の髪はふわふわと波打ち、青い瞳は空のようだった。
教皇が連れて来た真の聖女……。
自分に利用価値が無くなったのか、もしくは邪魔になったのか。
何れにしろ、用済みだと始末されたことをぼんやりとした頭でサラは理解した。
疲れ切った体と頭では祈力も湧かない。
「ああ……。じんせいなんて……こんなものか……。はは……。でも、あそこで生きた十年よりも、教会で過ごした七年よりも、ラン兄ちゃんと過ごした一年が何よりもしあわせだったなぁ」
ぽつりと呟く言葉は、空に溶けるように消えていく。
サラの意識が再び眠りに落ちる瞬間。
懐かしい声が聞こえた気がしたが、サラがそれを確かめることは出来なかった。
「遅れてごめんな……。助けに来た。サラ」
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