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アストレイアが濃い魔力に向かって全力で走った先は、庭園の奥の方だった。
その場所には、当然のように異変に気が付いた王城の者たちが多く集まっていた。
しかし、一番魔力が濃い場所に近づこうとする者はなく、ぽっかりと空間が空いていた。
そのお陰で、アストレイアの視界にはっきりとその状況が見えたのだ。
魔力の一番濃い場所に視線を向けたアストレイアは、想像通りではあるが、その事態に胸が痛くて堪らなかった。
沢山の人がいるにもかかわらず、誰一人近づこうとしない場所には、アストレイアの初恋の人の姿があったのだ。
悲運の王子と呼ばれるヴィラジュリオは、両手で体を抱きしめるようにして苦しそうにしゃがみ込んでいた。
このままでは、体内で暴れる魔力が暴発してしまうだろう。
本来なら、自身で魔力を制御すればいいのだが、悲しいことにヴィラジュリオはその力を制御する術を持たなかったのだ。
そう言った場合、応急的な処置が施されるのだが、ヴィラジュリオは過去に起きた事件が原因となり、その処置を拒んでいたのだ。
そして今回、体内の魔力が出口を求めるかのようにして暴れだしてしまったのだ。
アストレイアは、何の迷いも見せることなくヴィラジュリオの元に駆け寄った。
「殿下。今すぐ応急処置をすれば……」
「む……むり……」
「お命が危ないのです! 我慢して処置を受けてください!」
「やだ……。むり……。だったら、このままし―――」
死ぬかも知らないのにも構わず、ヴィラジュリオが治療を拒み、それだけではなく恐ろしいことを口にしようとした瞬間、アストレイアの中の感情が爆発していた。
「殿下は、お馬鹿さんです!! い……命を……たいせつに……して……。おねがいします……」
最初は強い口調で言ったものの、最後には涙の滲む声音で懇願するようにアストレイアは言った。
まさか、叱られるとは思っていなかったヴィラジュリオは、一瞬痛みを忘れて自分に縋りつくアストレイアを見つめていた。
命の危機にありながら、それでもエメラルドのような瞳から零れる涙が美しいと思ってしまったのだ。
そんな自分の意外と余裕な状態に、ヴィラジュリオは小さく笑っていた。
「なんで……、お前が泣く?」
そう言って、震える指先でアストレイアの涙を拭うヴィラジュリオは、何のためらいもなくその涙の雫を舌先で舐めていた。
「ふむ……、お前の涙は甘そうに見えたのに、やっぱりしょっぱいんだな」
「なっ……!」
あまりの出来事にアストレイアは身を硬くする。しかし、アストレイアの涙を舐めた後、ほんの少しだが、ヴィラジュリオの中の魔力の膨張が治まったように感じたのだ。
そのことから、アストレイアはある可能性に気が付くのだ。
自分の身が、元々なんだったのかを。そして、ほんの少し残った魔力が役立つ時が来たのだ。
そう直感したアストレイアの行動は早かった。
何の迷いもなく、自分の指を噛んだのだ。そして、無事噛んだ場所から血が出たことを確認したアストレイアは、残り少ない魔力を流れた血に混ぜた後、その血が付いた指先を迷うことなくヴィラジュリオの口に突っ込んだのだ。
そして、突然のことに戸惑うヴィラジュリオに向かって、懇願するように言うのだ。
「殿下……。お願いです。飲んでください……」
そう言われたヴィラジュリオは、一瞬の迷いの後に口に広がる血を飲み込んだのだ。
一瞬、腹の奥が熱くなり、体内を行き場をなくして暴れまわっていた魔力が大きく膨らんだように思った次の瞬間、すっと、波が引くように暴れまわっていた魔力が引いたのだ。
「でんか……、ぶじで、よかった……」
魔力の流れが落ち着きを取り戻したことが分かるとアストレイアは、安心したように意識を手放していた。
遠巻きに見ていた者たちは、この場で何が起きたのか誰一人分からなかった。
しかし、当事者のヴィラジュリオだけは、今回起こった奇跡に驚きながらも、腕の中で意識を失うアストレイアに言い知れない思いを抱いていたのだった。
その場所には、当然のように異変に気が付いた王城の者たちが多く集まっていた。
しかし、一番魔力が濃い場所に近づこうとする者はなく、ぽっかりと空間が空いていた。
そのお陰で、アストレイアの視界にはっきりとその状況が見えたのだ。
魔力の一番濃い場所に視線を向けたアストレイアは、想像通りではあるが、その事態に胸が痛くて堪らなかった。
沢山の人がいるにもかかわらず、誰一人近づこうとしない場所には、アストレイアの初恋の人の姿があったのだ。
悲運の王子と呼ばれるヴィラジュリオは、両手で体を抱きしめるようにして苦しそうにしゃがみ込んでいた。
このままでは、体内で暴れる魔力が暴発してしまうだろう。
本来なら、自身で魔力を制御すればいいのだが、悲しいことにヴィラジュリオはその力を制御する術を持たなかったのだ。
そう言った場合、応急的な処置が施されるのだが、ヴィラジュリオは過去に起きた事件が原因となり、その処置を拒んでいたのだ。
そして今回、体内の魔力が出口を求めるかのようにして暴れだしてしまったのだ。
アストレイアは、何の迷いも見せることなくヴィラジュリオの元に駆け寄った。
「殿下。今すぐ応急処置をすれば……」
「む……むり……」
「お命が危ないのです! 我慢して処置を受けてください!」
「やだ……。むり……。だったら、このままし―――」
死ぬかも知らないのにも構わず、ヴィラジュリオが治療を拒み、それだけではなく恐ろしいことを口にしようとした瞬間、アストレイアの中の感情が爆発していた。
「殿下は、お馬鹿さんです!! い……命を……たいせつに……して……。おねがいします……」
最初は強い口調で言ったものの、最後には涙の滲む声音で懇願するようにアストレイアは言った。
まさか、叱られるとは思っていなかったヴィラジュリオは、一瞬痛みを忘れて自分に縋りつくアストレイアを見つめていた。
命の危機にありながら、それでもエメラルドのような瞳から零れる涙が美しいと思ってしまったのだ。
そんな自分の意外と余裕な状態に、ヴィラジュリオは小さく笑っていた。
「なんで……、お前が泣く?」
そう言って、震える指先でアストレイアの涙を拭うヴィラジュリオは、何のためらいもなくその涙の雫を舌先で舐めていた。
「ふむ……、お前の涙は甘そうに見えたのに、やっぱりしょっぱいんだな」
「なっ……!」
あまりの出来事にアストレイアは身を硬くする。しかし、アストレイアの涙を舐めた後、ほんの少しだが、ヴィラジュリオの中の魔力の膨張が治まったように感じたのだ。
そのことから、アストレイアはある可能性に気が付くのだ。
自分の身が、元々なんだったのかを。そして、ほんの少し残った魔力が役立つ時が来たのだ。
そう直感したアストレイアの行動は早かった。
何の迷いもなく、自分の指を噛んだのだ。そして、無事噛んだ場所から血が出たことを確認したアストレイアは、残り少ない魔力を流れた血に混ぜた後、その血が付いた指先を迷うことなくヴィラジュリオの口に突っ込んだのだ。
そして、突然のことに戸惑うヴィラジュリオに向かって、懇願するように言うのだ。
「殿下……。お願いです。飲んでください……」
そう言われたヴィラジュリオは、一瞬の迷いの後に口に広がる血を飲み込んだのだ。
一瞬、腹の奥が熱くなり、体内を行き場をなくして暴れまわっていた魔力が大きく膨らんだように思った次の瞬間、すっと、波が引くように暴れまわっていた魔力が引いたのだ。
「でんか……、ぶじで、よかった……」
魔力の流れが落ち着きを取り戻したことが分かるとアストレイアは、安心したように意識を手放していた。
遠巻きに見ていた者たちは、この場で何が起きたのか誰一人分からなかった。
しかし、当事者のヴィラジュリオだけは、今回起こった奇跡に驚きながらも、腕の中で意識を失うアストレイアに言い知れない思いを抱いていたのだった。
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