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第四十五話
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馬車を走らせる中、ジンはくくっと笑いながらウェインに言うのだ。
「何をそんなに心配しているのやら。お前は優しすぎなんだよ」
ジンの言葉に、手綱を握るウェインは嫌そうな顔をしていた。
「ぷっ。可愛いなお前は。そういうところだよ。でも、俺のことを頼ってくれたのは正解だ」
ニヤリと笑いながらそういうジンの左足をちらりと見たウェインだったが、特に何も言わずに前を向いていた。
もちろんウェインの視線の意味を十分理解していたジンは、軽く足を振って見せていた。
「大丈夫だよ。心配するな。義足も十分馴染んだ。それに、ハナビの能力なのか知らんが、体も良くなった。十分働ける」
「なら……いい。ところで、馴れ馴れしいぞ。ハナビは、俺のだからな」
「ぷっ。可愛いのは好きだけど、ハナビは娘みたいなもんだよ」
ジンの足は、瘴気の調査中に失われていたのだ。ただし、調査中の記憶がないジンは、何故左足を失ったのかを覚えていなかった。
それまで、ウェインの元で諜報部隊の隊長を務めていたが、足の欠損と瘴気の影響から体が思う様に動かせなくなっていたジンは、諜報部隊から身を引いていたが、ウェインの屋敷で庭師として働きながら、部下たちの相談役として動いていたのだ。
今回、ウェインが同行者に選んだ理由は、ジンに対する信頼からだった。
何か不測の事態が起こっても、ジンとなら乗り越えられるという思いがあったのだ。
それに、今回の任務は何よりも早さが必要だった。大所帯で向かうよりも、ウェインとジンの二人の方が素早く目的を果たせるという自負があったのだ。
結界に使う魔法具や防護結界服、自分たちの身を護るための空石にも限りがあるのだ。
だから、無謀な賭けではなく、できるという確信の元の行動だったのだ。
今のところ、瘴気の中でも体に異変は感じられなかった。
ただ、急がなければ持ってきた空石が目的地に着くまでに使い物にならなくなってしまう可能性はあったのだ。
交代でからくり式の魔法馬に保護魔法を掛け続け、ひたすら馬車を走らせる。
しかし、爆心地は目の前というところに来て問題が起こったのだ。
荷馬車の車輪の軸が無理な走行に耐えられずに折れてしまったのだ。
そのはずみで、馬車は横転し、魔法馬は足を折ってしまっていた。
ウェインとジンは馬車から投げ出されたが、何とか受け身を取り地面を転がった。
あともう少しというところでの事態ではあったが、ウェインとジンの心は折れてはいなかった。
お互いに視線を合わせて、巨大な空石を爆心地に向かって運ぼうとしたのだ。
しかし、身体強化魔法を三重に掛けても二人で持ち運ぶには限界があった。
「くそっ! あともう少しなのに……」
「ウェイン……。悪い……瘴気の影響か、義足がやられた……」
「ジン!」
「お前だけでもいったん引いて立て直せ。このデカい空石は、俺が何とかする。多少だが、爆心地の近くで魔法式を起動して、瘴気を押さえてみるから」
「馬鹿を言うな! 二人で屋敷に帰るんだ!」
「悪い……。ああ、最後までやってやるさ。そうだな、帰ったら、バカ娘に今度こそ父親って認めさせてやる。もし、師匠なんて呼んだらコテンパンにして、ケツぶっ叩いてでも認めさせてやるさ」
「ふん。出来もしないことを。お前は、マリアが可愛くて、手なんて出せないくせして、口だけは立派だな」
「ほざけ」
そんな軽口を叩きながらも、必死で瘴気の中を重い空石を押しながら進む二人だったが、防護用の魔法具はすでに崩れ落ち、防護結界服も限界が来ていた。
それでも諦めることなどウェインには出来なかった。愛する人が待つ場所に帰るために、朦朧とする頭で華火のことを思う浮かべる。
グラグラと揺れる視界の中でとうとう幻覚が見えて、ウェインは最悪の場合を覚悟する。
「すまない……。ハナビ……」
そう言葉をウェインが零すと、目の前に現れた幻の華火が怒ったように何かを言うのだ。
『嘘つき。バカ、わたしには無理するなって言ったのに、自分はこんなに……』
「ご……めん……。きこえ……ない」
ウェインがそう言うと、幻の華火は泣きそうな顔でウェインの頬を両手で触れた。
『すきです。だから、今度はうぇいんさんが待っていてください』
震える声でそう言った華火は、防護結界服の上からウェインの唇に触れたのだ。
布越しに感じる柔らかい温もりにウェインがハッとしたときには、幻の華火の姿は陽炎のように揺れて消えてしまっていた。
そして、揺らぎの中で微かな声が聞こえたのだ。
「※※※※※。※※、※※※うぇいん※※※※※※※※※」
薄れゆく意識の中で、そう囁く華火の声だけがウェインの耳に残ったのだ。
「何をそんなに心配しているのやら。お前は優しすぎなんだよ」
ジンの言葉に、手綱を握るウェインは嫌そうな顔をしていた。
「ぷっ。可愛いなお前は。そういうところだよ。でも、俺のことを頼ってくれたのは正解だ」
ニヤリと笑いながらそういうジンの左足をちらりと見たウェインだったが、特に何も言わずに前を向いていた。
もちろんウェインの視線の意味を十分理解していたジンは、軽く足を振って見せていた。
「大丈夫だよ。心配するな。義足も十分馴染んだ。それに、ハナビの能力なのか知らんが、体も良くなった。十分働ける」
「なら……いい。ところで、馴れ馴れしいぞ。ハナビは、俺のだからな」
「ぷっ。可愛いのは好きだけど、ハナビは娘みたいなもんだよ」
ジンの足は、瘴気の調査中に失われていたのだ。ただし、調査中の記憶がないジンは、何故左足を失ったのかを覚えていなかった。
それまで、ウェインの元で諜報部隊の隊長を務めていたが、足の欠損と瘴気の影響から体が思う様に動かせなくなっていたジンは、諜報部隊から身を引いていたが、ウェインの屋敷で庭師として働きながら、部下たちの相談役として動いていたのだ。
今回、ウェインが同行者に選んだ理由は、ジンに対する信頼からだった。
何か不測の事態が起こっても、ジンとなら乗り越えられるという思いがあったのだ。
それに、今回の任務は何よりも早さが必要だった。大所帯で向かうよりも、ウェインとジンの二人の方が素早く目的を果たせるという自負があったのだ。
結界に使う魔法具や防護結界服、自分たちの身を護るための空石にも限りがあるのだ。
だから、無謀な賭けではなく、できるという確信の元の行動だったのだ。
今のところ、瘴気の中でも体に異変は感じられなかった。
ただ、急がなければ持ってきた空石が目的地に着くまでに使い物にならなくなってしまう可能性はあったのだ。
交代でからくり式の魔法馬に保護魔法を掛け続け、ひたすら馬車を走らせる。
しかし、爆心地は目の前というところに来て問題が起こったのだ。
荷馬車の車輪の軸が無理な走行に耐えられずに折れてしまったのだ。
そのはずみで、馬車は横転し、魔法馬は足を折ってしまっていた。
ウェインとジンは馬車から投げ出されたが、何とか受け身を取り地面を転がった。
あともう少しというところでの事態ではあったが、ウェインとジンの心は折れてはいなかった。
お互いに視線を合わせて、巨大な空石を爆心地に向かって運ぼうとしたのだ。
しかし、身体強化魔法を三重に掛けても二人で持ち運ぶには限界があった。
「くそっ! あともう少しなのに……」
「ウェイン……。悪い……瘴気の影響か、義足がやられた……」
「ジン!」
「お前だけでもいったん引いて立て直せ。このデカい空石は、俺が何とかする。多少だが、爆心地の近くで魔法式を起動して、瘴気を押さえてみるから」
「馬鹿を言うな! 二人で屋敷に帰るんだ!」
「悪い……。ああ、最後までやってやるさ。そうだな、帰ったら、バカ娘に今度こそ父親って認めさせてやる。もし、師匠なんて呼んだらコテンパンにして、ケツぶっ叩いてでも認めさせてやるさ」
「ふん。出来もしないことを。お前は、マリアが可愛くて、手なんて出せないくせして、口だけは立派だな」
「ほざけ」
そんな軽口を叩きながらも、必死で瘴気の中を重い空石を押しながら進む二人だったが、防護用の魔法具はすでに崩れ落ち、防護結界服も限界が来ていた。
それでも諦めることなどウェインには出来なかった。愛する人が待つ場所に帰るために、朦朧とする頭で華火のことを思う浮かべる。
グラグラと揺れる視界の中でとうとう幻覚が見えて、ウェインは最悪の場合を覚悟する。
「すまない……。ハナビ……」
そう言葉をウェインが零すと、目の前に現れた幻の華火が怒ったように何かを言うのだ。
『嘘つき。バカ、わたしには無理するなって言ったのに、自分はこんなに……』
「ご……めん……。きこえ……ない」
ウェインがそう言うと、幻の華火は泣きそうな顔でウェインの頬を両手で触れた。
『すきです。だから、今度はうぇいんさんが待っていてください』
震える声でそう言った華火は、防護結界服の上からウェインの唇に触れたのだ。
布越しに感じる柔らかい温もりにウェインがハッとしたときには、幻の華火の姿は陽炎のように揺れて消えてしまっていた。
そして、揺らぎの中で微かな声が聞こえたのだ。
「※※※※※。※※、※※※うぇいん※※※※※※※※※」
薄れゆく意識の中で、そう囁く華火の声だけがウェインの耳に残ったのだ。
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