上 下
72 / 111
翻訳版

第十六話

しおりを挟む
 翌日、朝食を食べた後にウェインが名残惜しそうに出かけてしまった後、華火は庭園にいた。
 昨日見た紫色の花が気になっていたからだ。
 軽い足取りで、庭園を進む華火は、ウェインを思い起こさせる紫の花の前で足を止めていた。
 昨日見た時よりも、花々が生き生きとしているように華火の瞳には映ったのだ。
 それが嬉しくて、華火は紫色の花に向かってにっこりと笑みを浮かべる。
 元々花を見るのも世話をするのも好きだった華火は、庭園を管理していると思われる男が庭園に水を撒いているのを見て瞳を輝かせる。
 麦わら帽子をかぶり、首にタオルをかけた背の高い男の元にトコトコと近寄り、その手元のホースを見つめる。
 背の高い男を見上げて、華火は目を丸くする。
 良く日に焼けた肌と眩しいほどの金髪、新緑を思わせるような緑の瞳。
 
(イケメンさんだぁ~。ウェインさんとは違ったイケメンさん……。それにしてもおっきい……)

 男の顔面に見とれていたのは一瞬で、華火はすぐに男に近づいた目的を思い出していた。
 
「えっと……。こんにちは。あの……、その、水撒き、わたしがしてもいいですか?」

 そう言いながら、男の持っていたホースを指さしてから、自分にその指を向けて、男に自分が水撒きをしたいのだと懸命に伝えようとする。
 男は、数度瞬いた後に、小さく頷いてから手に持っていたホースを華火に渡してくれたのだ。
 手渡されたホースを握った華火は、にっこりと笑みを浮かべる。
 
「お兄さん、ありがとうございます!!」

 そう言った華火は、すぐにそのホースを使って庭園の花に水を撒き始める。
 キラキラとした笑顔で花に水を撒くその姿を近くで見守っていたマリアは、うっとりとした表情で華火を見つめていた。
 明るい日差しの中、煌めく笑顔を振りまき、色とりどりの花に水を撒くその姿は、とても美しいものだった。
 光を反射した水が弾けるたびに、楽しそうに笑う華火は、近くで見守ってくれるマリアに手を振る。
 手を振られたマリアは、小さく手を振り返しながら、とあることに気が付きとっさに目を鋭いものに変えていた。
 先ほどまでいた男はすでに消えており、その場には幸いなことに華火とマリアしかいなかったのだ。
 そのことに安堵の息をついたマリアは、内心鼻の下を伸ばしながらもそれを表情には出さず、コロコロと可愛らしく笑う華火をその目にしっかりと焼きつけていた。
 真っ白な肌と華奢な体、庇護欲をそそる榛色の瞳。
 そして、濡れてワンピースが張り付く薄い胸。
 それらを、しっかりと脳内に焼き付けたマリアは、何食わぬ顔でどこからか取り出したタオルで華火を包み込んで言ったのだ。
 
『そんなに濡れてしまっては、風邪をひいてしまいますよ。水やりはそのくらいにして、お風呂に入りましょうね』

 そう言ったマリアは、小さく首を傾げる華火を軽々と横抱きにして歩き出していた。
 
「えっ? ま…まりあ? どこに行くの? それよりも、恥ずかしいから降ろして~」

 華火が顔を赤らめてそう言うと、マリアは表情の読めない笑顔で首を横に傾げて言うのだ。
 
『恥ずかしそうにするお嬢様も激カワですね。ああーー、何を言っているのか分からないので、申し訳ないのですが、このまま浴室まで進ませていただきますね~』

 マリアの言葉が分からない華火は、彼女が向かった場所についてから、その目的を知ることとなったのだ。
 
「やーーーん! だから、お風呂は一人で大丈夫だからーー。きゃう~~」

 マリアの目的は、濡れてしまった華火を温めることだったのだ。
 浴室には、華火の悲鳴がこだましていた。
 それに引き換えマリアは、にこやかな表情で華火を軽々と裸に剥いて、ふわふわの泡を付けたスポンジで体の隅々まで洗った後に、湯船に華火を浸からせたのだ。
 
 全身マリアによって、ピカピカに磨かれた華火は湯船で膝を抱えてしまう。
 そんな華火がのぼせる前に湯船から上がらせたマリアは、ふわふわとしたタオルで華火を拭いた後に、服を着せていく。
 浴室での抵抗ですでに疲れてしまっていた華火は、大人しくマリアにされるがまま服を着せられていた。
 先ほどまで着ていたものとは違う、淡いブルーのワンピースに着替えた華火は、小さく溜息を吐く。
 
「はぁ……。もう一人でお風呂に入れるのに……。言葉が通じないって大変……」

 ぐったりした調子でそんなことを呟いていると、心配そうな表情のマリアに顔を下から覗き込まれてしまって、華火は目を丸くさせた。
 
『もしかして、私の力が強すぎましたか? 申し訳ございません。今日の夜の湯あみでは、もっと優しく、そして、ソフトタッチで全身を隈なく洗ってみせますからね』

 最初は、弱々しかったマリアだったが、最後は両手を握って力強く何かを華火に言うのだが、その内容が分からない華火は小さく首を傾げつつ、両手をひらひらと振って力なく笑みを浮かべた。
 
「えっと、わたしのこと心配してくれているのかな? えっと、その……わたしは大丈夫だから」

『大丈夫です。ご安心してください。次は、ハナビお嬢様の柔肌を優しく洗ってみせますから!』

「えっと、本当に、わたしはだいじょうぶだから……ね?」

『はい! お任せください!!』

 何か思いが通じたような通じていないような、そんな気がしながらも華火は、何かに燃えるような意思の籠った瞳をするマリアに微笑みを向けることしかできなかったのだった。

しおりを挟む
感想 21

あなたにおすすめの小説

嫌われ貧乏令嬢と冷酷将軍

バナナマヨネーズ
恋愛
貧乏男爵令嬢のリリル・クロケットは、貴族たちから忌み嫌われていた。しかし、父と兄に心から大切にされていたことで、それを苦に思うことはなかった。そんなある日、隣国との戦争を勝利で収めた祝いの宴で事件は起こった。軍を率いて王国を勝利に導いた将軍、フェデュイ・シュタット侯爵がリリルの身を褒美として求めてきたのだ。これは、勘違いに勘違いを重ねてしまうリリルが、恋を知り愛に気が付き、幸せになるまでの物語。 全11話

私の頑張りは、とんだ無駄骨だったようです

風見ゆうみ
恋愛
私、リディア・トゥーラル男爵令嬢にはジッシー・アンダーソンという婚約者がいた。ある日、学園の中庭で彼が女子生徒に告白され、その生徒と抱き合っているシーンを大勢の生徒と一緒に見てしまった上に、その場で婚約破棄を要求されてしまう。 婚約破棄を要求されてすぐに、ミラン・ミーグス公爵令息から求婚され、ひそかに彼に思いを寄せていた私は、彼の申し出を受けるか迷ったけれど、彼の両親から身を引く様にお願いされ、ミランを諦める事に決める。 そんな私は、学園を辞めて遠くの街に引っ越し、平民として新しい生活を始めてみたんだけど、ん? 誰かからストーカーされてる? それだけじゃなく、ミランが私を見つけ出してしまい…!? え、これじゃあ、私、何のために引っ越したの!? ※恋愛メインで書くつもりですが、ざまぁ必要のご意見があれば、微々たるものになりますが、ざまぁを入れるつもりです。 ※ざまぁ希望をいただきましたので、タグを「ざまぁ」に変更いたしました。 ※史実とは関係ない異世界の世界観であり、設定も緩くご都合主義です。魔法も存在します。作者の都合の良い世界観や設定であるとご了承いただいた上でお読み下さいませ。

前世軍医だった傷物令嬢は、幸せな花嫁を夢見る

花雨宮琵
恋愛
侯爵令嬢のローズは、10歳のある日、背中に刀傷を負い生死の境をさまよう。 その時に見た夢で、軍医として生き、結婚式の直前に婚約者を亡くした前世が蘇る。 何とか一命を取り留めたものの、ローズの背中には大きな傷が残った。 “傷物令嬢”として揶揄される中、ローズは早々に貴族女性として生きることを諦め、隣国の帝国医学校へ入学する。 背中の傷を理由に六回も婚約を破棄されるも、18歳で隣国の医師資格を取得。自立しようとした矢先に王命による7回目の婚約が結ばれ、帰国を余儀なくされる。 7人目となる婚約者は、弱冠25歳で東の将軍となった、ヴァンドゥール公爵家次男のフェルディナンだった。 長年行方不明の想い人がいるフェルディナンと、義務ではなく愛ある結婚を夢見るローズ。そんな二人は、期間限定の条件付き婚約関係を結ぶことに同意する。 守られるだけの存在でいたくない! と思うローズは、一人の医師として自立し、同時に、今世こそは愛する人と結ばれて幸せな家庭を築きたいと願うのであったが――。 この小説は、人生の理不尽さ・不条理さに傷つき悩みながらも、幸せを求めて奮闘する女性の物語です。 ※この作品は2年前に掲載していたものを大幅に改稿したものです。 (C)Elegance 2025 All Rights Reserved.無断転載・無断翻訳を固く禁じます。

盲目王子の策略から逃げ切るのは、至難の業かもしれない

当麻月菜
恋愛
生まれた時から雪花の紋章を持つノアは、王族と結婚しなければいけない運命だった。 だがしかし、攫われるようにお城の一室で向き合った王太子は、ノアに向けてこう言った。 「はっ、誰がこんな醜女を妻にするか」 こっちだって、初対面でいきなり自分を醜女呼ばわりする男なんて願い下げだ!! ───ということで、この茶番は終わりにな……らなかった。 「ならば、私がこのお嬢さんと結婚したいです」 そう言ってノアを求めたのは、盲目の為に王位継承権を剥奪されたもう一人の王子様だった。 ただ、この王子の見た目の美しさと薄幸さと善人キャラに騙されてはいけない。 彼は相当な策士で、ノアに無自覚ながらぞっこん惚れていた。 一目惚れした少女を絶対に逃さないと決めた盲目王子と、キノコをこよなく愛する魔力ゼロ少女の恋の攻防戦。 ※但し、他人から見たら無自覚にイチャイチャしているだけ。

虐げられていた黒魔術師は辺境伯に溺愛される

朝露ココア
恋愛
リナルディ伯爵令嬢のクラーラ。 クラーラは白魔術の名門に生まれながらも、黒魔術を得意としていた。 そのため実家では冷遇され、いつも両親や姉から蔑まれる日々を送っている。 父の強引な婚約の取り付けにより、彼女はとある辺境伯のもとに嫁ぐことになる。 縁談相手のハルトリー辺境伯は社交界でも評判がよくない人物。 しかし、逃げ場のないクラーラは黙って縁談を受け入れるしかなかった。 実際に会った辺境伯は臆病ながらも誠実な人物で。 クラーラと日々を過ごす中で、彼は次第に成長し……そして彼にまつわる『呪い』も明らかになっていく。 「二度と君を手放すつもりはない。俺を幸せにしてくれた君を……これから先、俺が幸せにする」

【完結】彼女を恋愛脳にする方法

冬馬亮
恋愛
アデラインは、幼少期のトラウマで恋愛に否定的だ。 だが、そんな彼女にも婚約者がいる。結婚前提で養子となった義弟のセスだ。 けれど、それはあくまでも仮の婚約者。 義理の弟セスは、整った顔立ちで優しくて賢くて完璧な少年だ。彼には恋愛を嫌悪する自分よりも、もっとふさわしい相手がいるに違いない。 だからアデラインは今日も義弟に勧める、「早く素敵なご令嬢を見つけなさい」と。 セスは今日も思い悩む。 どうやったら恋愛に臆病な彼女に振り向いてもらえるのだろう・・・と。 これは、そんな健気な義弟の恋愛奮闘記。

王子、侍女となって妃を選ぶ

夏笆(なつは)
恋愛
ジャンル変更しました。 ラングゥエ王国唯一の王子であるシリルは、働くことが大嫌いで、王子として課される仕事は側近任せ、やがて迎える妃も働けと言わない女がいいと思っている体たらくぶり。 そんなシリルに、ある日母である王妃は、候補のなかから自分自身で妃を選んでいい、という信じられない提案をしてくる。 一生怠けていたい王子は、自分と同じ意識を持つ伯爵令嬢アリス ハッカーを選ぼうとするも、母王妃に条件を出される。 それは、母王妃の魔法によって侍女と化し、それぞれの妃候補の元へ行き、彼女らの本質を見極める、というものだった。 問答無用で美少女化させられる王子シリル。 更に、母王妃は、彼女らがシリルを騙している、と言うのだが、その真相とは一体。 本編完結済。 小説家になろうにも掲載しています。

【完結】身を引いたつもりが逆効果でした

風見ゆうみ
恋愛
6年前に別れの言葉もなく、あたしの前から姿を消した彼と再会したのは、王子の婚約パレードの時だった。 一緒に遊んでいた頃には知らなかったけれど、彼は実は王子だったらしい。しかもあたしの親友と彼の弟も幼い頃に将来の約束をしていたようで・・・・・。 平民と王族ではつりあわない、そう思い、身を引こうとしたのだけど、なぜか逃してくれません! というか、婚約者にされそうです!

処理中です...