上 下
60 / 111
翻訳版

第四話

しおりを挟む
 華火は、懐かしい日の記憶を夢で見ていた。
 満開の桜の下、大好きだった父親と幼い華火が楽しそうに舞い散る桜の花びらを眺めていた。
 華火は、ひらひらと舞う花びらに向かって、人差し指をくるくると動かして見せた。
 すると、不思議なことに華火の指先の動きに合わせたかのように花びらがくるくると回るのだ。
 
「見て~。パパ。くるくる~」

「あはは。はーちゃんはすごいなぁ。おばあちゃんもそうだったんだよ」

「おばあちゃん?」

「うん。でも、その力は僕とはーちゃんの二人だけの秘密にしようね」

「うん……」

「はーちゃんは、いい子だね。でも、そのうち、その力のこと、分かってくれる人が僕以外にも現れるから大丈夫だよ。おばあちゃんにおじいちゃんが居たみたいにね。だから、それまでは、二人だけの秘密だよ」

「だいじょうぶ! わたし、パパのこと大好きだから。いっしょう、パパとの秘密でいいよ!!」

「ふふ。僕もはーちゃんが大好きだから、それもいいかも」

「ふふふ~」

 そう言って、微笑み合う仲睦まじい様子は、今の華火にはとても眩しく、そして悲しいものだった。
 夢だと分かっていても父親の笑顔が見られる場所を離れたくなかった華火は、その綿菓子のように甘い夢に縋りつく。
 それでも、現実はとても残酷で、夢から覚めたくないと思うほどに意識は浮上していくのだ。
 
 
「ぱ…ぱぁ……」

 夢から覚める瞬間、無意識にそう口にする華火。
 そんな、華火の心細そうな小さな呟きに反応するように、優しい誰かの手が、華火の頭を撫でたのだ。
 昔、父親に撫でられたときのことを思い出すような、そんな優しい手の感覚に華火は、口元を綻ばせていた。
 
 優しい手つきに勇気づけられた華火は、ゆっくりと瞼を開いて周囲を見回していた。
 視界の中には、月を思わせるような美しい銀髪の男がいた。
 見たことのないような、キラキラと輝く宝石のような紫の瞳と視線があった瞬間、華火は胸がドキリとしてしまっていた。
 整った顔の美しい青年も、華火の榛色の瞳を見つめて動きを止めていた。
 どのくらい見つめ合っていたのか、永遠のような、それでいて一瞬のような、そんな感覚を覚えていた二人を現実に引き戻したのは誰かの咳払いだった。
 
 夢から覚めたような感覚から一転、華火は自分が置かれている状況がさらに分からなくなっていることに顔を青ざめさせていた。
 意識を失う前は、よく分からない大広間のような場所にいたはずなのに、今はふかふかのベッドの中なのだ。
 華火は、忙しなく視線を動かし自分の居る場所を確かめる。
 そこまで広くない部屋の中、嗅ぎなれない不思議な匂いがしていた。
 よくわからない瓶が沢山並べられた棚と厚みのある本がぎっしりと並べられた本棚、整頓された机、そよそよと風に揺れる真っ白なカーテン。
 そして、自分が寝ていたベッド。
 防衛本能と呼ぶべきなのか、華火はとっさにベッドから飛び降りて部屋の端に逃げようとしたのだ。
 しかし、ベッドから降りたとたん、へなへなとその場に座り込んでしまっていた。
 
 今まで感じたことがないくらい体が重かった。
 それでも、どこかに逃げたいという気持ちが華火の体を無理やりにでも動かしていたのだ。
 しかし、低く耳に心地いい低音の声が華火の心を穏やかなものにしていた。
 ただし、その内容は全く理解できなかったが。
 
『落ち着け。何もしない。大丈夫だ』

 意味は分からなかったが、どことなく華火を心配していることが伝わってきたことで、華火は落ち着きを取り戻すことが出来ていた。
 ただ、男の言っている意味が微塵も理解できないことには変わりがなかったため、困った表情で首を傾げることしかできなかった。
 しかし、華火が抱く不安を男は理解したようで、美しい目元を柔らかく緩めて目も眩むような微笑みで、華火の頭を優しく撫でたのだ。
 
「あ……ありがとうございます。少し落ち着きました」

『すまない。俺には、君の言っている言葉が理解できないんだ』

 耳に聞こえる、謎の言葉に華火はガッカリと肩を落とすが、申し訳なさそうな表情をする男を悲しませたくないという思いから、自然と微笑みを浮かべていた。
 ただし、その微笑みはとても弱々しく、儚いものだった。
 男は、華火の健気な微笑みに、ぐっと何かを堪えるような表情を一瞬した後に、自分を指さしてゆっくりと言葉を口に乗せた。
 
「ウェイン」

しおりを挟む
感想 21

あなたにおすすめの小説

嫌われ貧乏令嬢と冷酷将軍

バナナマヨネーズ
恋愛
貧乏男爵令嬢のリリル・クロケットは、貴族たちから忌み嫌われていた。しかし、父と兄に心から大切にされていたことで、それを苦に思うことはなかった。そんなある日、隣国との戦争を勝利で収めた祝いの宴で事件は起こった。軍を率いて王国を勝利に導いた将軍、フェデュイ・シュタット侯爵がリリルの身を褒美として求めてきたのだ。これは、勘違いに勘違いを重ねてしまうリリルが、恋を知り愛に気が付き、幸せになるまでの物語。 全11話

私の頑張りは、とんだ無駄骨だったようです

風見ゆうみ
恋愛
私、リディア・トゥーラル男爵令嬢にはジッシー・アンダーソンという婚約者がいた。ある日、学園の中庭で彼が女子生徒に告白され、その生徒と抱き合っているシーンを大勢の生徒と一緒に見てしまった上に、その場で婚約破棄を要求されてしまう。 婚約破棄を要求されてすぐに、ミラン・ミーグス公爵令息から求婚され、ひそかに彼に思いを寄せていた私は、彼の申し出を受けるか迷ったけれど、彼の両親から身を引く様にお願いされ、ミランを諦める事に決める。 そんな私は、学園を辞めて遠くの街に引っ越し、平民として新しい生活を始めてみたんだけど、ん? 誰かからストーカーされてる? それだけじゃなく、ミランが私を見つけ出してしまい…!? え、これじゃあ、私、何のために引っ越したの!? ※恋愛メインで書くつもりですが、ざまぁ必要のご意見があれば、微々たるものになりますが、ざまぁを入れるつもりです。 ※ざまぁ希望をいただきましたので、タグを「ざまぁ」に変更いたしました。 ※史実とは関係ない異世界の世界観であり、設定も緩くご都合主義です。魔法も存在します。作者の都合の良い世界観や設定であるとご了承いただいた上でお読み下さいませ。

盲目王子の策略から逃げ切るのは、至難の業かもしれない

当麻月菜
恋愛
生まれた時から雪花の紋章を持つノアは、王族と結婚しなければいけない運命だった。 だがしかし、攫われるようにお城の一室で向き合った王太子は、ノアに向けてこう言った。 「はっ、誰がこんな醜女を妻にするか」 こっちだって、初対面でいきなり自分を醜女呼ばわりする男なんて願い下げだ!! ───ということで、この茶番は終わりにな……らなかった。 「ならば、私がこのお嬢さんと結婚したいです」 そう言ってノアを求めたのは、盲目の為に王位継承権を剥奪されたもう一人の王子様だった。 ただ、この王子の見た目の美しさと薄幸さと善人キャラに騙されてはいけない。 彼は相当な策士で、ノアに無自覚ながらぞっこん惚れていた。 一目惚れした少女を絶対に逃さないと決めた盲目王子と、キノコをこよなく愛する魔力ゼロ少女の恋の攻防戦。 ※但し、他人から見たら無自覚にイチャイチャしているだけ。

前世軍医だった傷物令嬢は、幸せな花嫁を夢見る

花雨宮琵
恋愛
侯爵令嬢のローズは、10歳のある日、背中に刀傷を負い生死の境をさまよう。 その時に見た夢で、軍医として生き、結婚式の直前に婚約者を亡くした前世が蘇る。 何とか一命を取り留めたものの、ローズの背中には大きな傷が残った。 “傷物令嬢”として揶揄される中、ローズは早々に貴族女性として生きることを諦め、隣国の帝国医学校へ入学する。 背中の傷を理由に六回も婚約を破棄されるも、18歳で隣国の医師資格を取得。自立しようとした矢先に王命による7回目の婚約が結ばれ、帰国を余儀なくされる。 7人目となる婚約者は、弱冠25歳で東の将軍となった、ヴァンドゥール公爵家次男のフェルディナンだった。 長年行方不明の想い人がいるフェルディナンと、義務ではなく愛ある結婚を夢見るローズ。そんな二人は、期間限定の条件付き婚約関係を結ぶことに同意する。 守られるだけの存在でいたくない! と思うローズは、一人の医師として自立し、同時に、今世こそは愛する人と結ばれて幸せな家庭を築きたいと願うのであったが――。 この小説は、人生の理不尽さ・不条理さに傷つき悩みながらも、幸せを求めて奮闘する女性の物語です。 ※この作品は2年前に掲載していたものを大幅に改稿したものです。 (C)Elegance 2025 All Rights Reserved.無断転載・無断翻訳を固く禁じます。

虐げられていた黒魔術師は辺境伯に溺愛される

朝露ココア
恋愛
リナルディ伯爵令嬢のクラーラ。 クラーラは白魔術の名門に生まれながらも、黒魔術を得意としていた。 そのため実家では冷遇され、いつも両親や姉から蔑まれる日々を送っている。 父の強引な婚約の取り付けにより、彼女はとある辺境伯のもとに嫁ぐことになる。 縁談相手のハルトリー辺境伯は社交界でも評判がよくない人物。 しかし、逃げ場のないクラーラは黙って縁談を受け入れるしかなかった。 実際に会った辺境伯は臆病ながらも誠実な人物で。 クラーラと日々を過ごす中で、彼は次第に成長し……そして彼にまつわる『呪い』も明らかになっていく。 「二度と君を手放すつもりはない。俺を幸せにしてくれた君を……これから先、俺が幸せにする」

王子、侍女となって妃を選ぶ

夏笆(なつは)
恋愛
ジャンル変更しました。 ラングゥエ王国唯一の王子であるシリルは、働くことが大嫌いで、王子として課される仕事は側近任せ、やがて迎える妃も働けと言わない女がいいと思っている体たらくぶり。 そんなシリルに、ある日母である王妃は、候補のなかから自分自身で妃を選んでいい、という信じられない提案をしてくる。 一生怠けていたい王子は、自分と同じ意識を持つ伯爵令嬢アリス ハッカーを選ぼうとするも、母王妃に条件を出される。 それは、母王妃の魔法によって侍女と化し、それぞれの妃候補の元へ行き、彼女らの本質を見極める、というものだった。 問答無用で美少女化させられる王子シリル。 更に、母王妃は、彼女らがシリルを騙している、と言うのだが、その真相とは一体。 本編完結済。 小説家になろうにも掲載しています。

精霊の加護を持つ聖女。偽聖女によって追放されたので、趣味のアクセサリー作りにハマっていたら、いつの間にか世界を救って愛されまくっていた

向原 行人
恋愛
精霊の加護を受け、普通の人には見る事も感じる事も出来ない精霊と、会話が出来る少女リディア。 聖女として各地の精霊石に精霊の力を込め、国を災いから守っているのに、突然第四王女によって追放されてしまう。 暫くは精霊の力も残っているけれど、時間が経って精霊石から力が無くなれば魔物が出て来るし、魔導具も動かなくなるけど……本当に大丈夫!? 一先ず、この国に居るとマズそうだから、元聖女っていうのは隠して、別の国で趣味を活かして生活していこうかな。 ※第○話:主人公視点  挿話○:タイトルに書かれたキャラの視点  となります。

【完結】身を引いたつもりが逆効果でした

風見ゆうみ
恋愛
6年前に別れの言葉もなく、あたしの前から姿を消した彼と再会したのは、王子の婚約パレードの時だった。 一緒に遊んでいた頃には知らなかったけれど、彼は実は王子だったらしい。しかもあたしの親友と彼の弟も幼い頃に将来の約束をしていたようで・・・・・。 平民と王族ではつりあわない、そう思い、身を引こうとしたのだけど、なぜか逃してくれません! というか、婚約者にされそうです!

処理中です...