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完結後推奨 番外編 西負の逃亡と密約

◆BACK-BONE STORY『西負の逃亡と密約 -5-』

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◆BACK-BONE STORY『西負の逃亡と密約 -5-』
 ※これは、本編終了後閲覧推奨の、テリー・ウィンの番外編です※

 まっすぐ突き出す拳は空を切り、空間を裂き、そこにある全てのものを叩き砕く。
 拳に乗せるからこそ大雑把な破壊。

 これを、武器に乗せればどうなるのか……俺は知っている。


 姉の言葉が正しければ俺は、人間じゃない。


 長らく信じていた、西を統べる人間としての純西方人じゃない。
 俺は雑種だ。
 人間にとどまらない、西に生きる魔種の掛け合わせによって作られた、外見は人間らしいが中身はそうではない……怪物、みたいなもの。

 親愛する姉の言葉でも流石にそれは素直に信じる事が出来なかった俺だが、ある時レズミオに登城してきた少年と、兄一緒にが歩いているのを見て……自分が雑種である事を思い知った。

 オーンという北西の町に、俺の弟が隠されていると姉から予言されていたんだ。
 俺はウィン家の末弟だと思っていたから、弟がいると聞いて正直喜んだのもつかの間。

 姉から齎された言葉は、呪いとなって俺を蝕んでいる。

 俺の弟は俺と同じく、国を、世界を統べる為に存在する『道具』なのだという。

 んな事いったってチンプンカンプンだ。始めは全く姉の言っている言葉が理解できなかった。同時になんで姉が、あんないつにも増して厳しい顔で、縋りつこうとする俺を叩き落としてまで厳しく俺に呪詛の言葉を吐くのか……その時は全く分からず混乱したものだ。

 そんで姉、テレジア・ウィンは俺に混乱の種を植え付けたまま『魔王討伐』の為に旅立ち永久に、戻ってくる事は無かった。

 彼女の旅立ちの1年後には俺は喪服を着て、塞ぎこんでいたぜ。
 遺体も何も戻って来ないのに彼女は死んだ、それだけは事実であるように沈鬱な葬儀だけが無言で通り過ぎていく。

 姉は、魔王に挑み敗れたのだ。

 政府や周りの連中はこんな結果はありえないと嘆くがどうにも、俺にはそうは思えなかったな。
 姉はたぶん……こうなる事が分かっていたように思えてならない。
 もう戻って来れないからきっと俺に……全てを話したんだろう。理解出来るか出来ないかはそっちのけで、伝えなければいけない事を全部俺に吐き出して逝ったんだ。
 そうしないと俺は、事情を一切知らずに何も分からずに『道具』として生きる事になるから。
 きっと姉は俺に、そんな生き方をしてもらいたくなかったのだと……そう思えた。
 喪に服した1年で俺はそのように事実を悟ったんだよ。
 ところで俺には兄もいる。
 その兄は、弟の存在を俺に隠すだろうとも姉から予言されていたのだが、全くその通りで……その事に、激しいショックを受けたのを覚えている。
 次々と姉が、俺に残した呪わしい言葉が的中していきやがる。

 そうすりゃ、嫌でも真実なのだと知れるだろ?あの時姉が俺に言った言葉はことごとく全て真実。
 理解できないと放置していた言葉の全てが、1年ごしに色を取り戻し俺に迫ってくる。

 なぜ弟の存在は隠されるのか?
 きっと奴を隠さなければ俺の存在は揺らいでしまうからだ。
 純西方人という肩書が張りぼてなのがバレちまうから。

 俺の弟だという奴は、姉の予言した通り西方人じゃなかった、黒髪青目、明らかな南方人だった。それでも俺と『同じ』経歴を持つ、確かな弟だ。アイツも外見南方人なだけで中身はそうじゃない……俺と同じ『怪物』。

 徹底的に隠されるべき、そいつの存在を目の当たりに出来たのは偶然じゃない。
 姉の言葉の意味を探ろう、そう思って行動した果てに俺は……弟を見て、知ったのだ。

 そう、それがランドール・アースド……だな。

 兄の行動をこっそり観察し後をつけていた。あからさまに怪しい言動とか行動とかあったし、その頃からあんま兄貴好きじゃなかったし。
 姉からも兄についてあれこれ言われてたから、行動を注視していたら……これだ。
 得体のしれない南国人の少年と、一緒に歩いているところを見ちまった。
 流石に名前までは当時分からなかったが、俺には……分かったんだ。
 なんでかよくわかんねぇけど、種族超えててそうと分かるはずねぇのに。
 あいつは俺と同じだとこう、直観的に分かっちまったんだよ。
 やっぱあれか?兄弟だからか……?
 姉の言葉を思い出していた。
 理解できなかった、よく分からない話を必死に思いだし何が起きているのか理解しようと俺は務めた。 
 西にある大国ファマメントと、南にある不動の大国カルケード。
 曰く、この二つの融和こそ、八精霊大陸全土統一に必要不可欠と考えた奴らがいるらしい。どっちが頂点を取るかでファマメントとカルケードは水面下であれこれやってんだってよ。
 俺はその、国取りの道具なのだ。
 いずれその二国を手中に納め、ひいては世界を治めるために必要な偶像。

 『王の器』……必要なのはこの西方人としての外見だ。
 中身は期待されちゃいねぇ。

 何の事か分からず1年、そんなん聞かなかった事にして記憶の彼方に葬り去った言葉が蘇って来て……夢の中まで蝕んで俺を悩ませる。

 俺は何だ?俺は……何の為に生きているんだ。
 道具になる為か?王の器というのは何だ?

 『俺』はどうなるんだ?

 ……理解や解釈はともかくだな、そんなん知らされたらそりゃ、グレるだろ。
 16歳っつー多感な御年頃だったし。理解力はそれなりにあったんだ俺には、ヤトみたいにバカじゃねぇけど、理解して反抗するのがバカじゃないとは言い切れない。
 バカな事をしたかもしれない。
 もっと別な方法があったかもしれないのに、俺は事もあろうか逃げるという選択肢を選んだ。
 闘わずに、逃げたんだ。
 闘うという手段は知っていたが、ぶっちゃけどのように戦えばいいのか検討が付かなかった。まだガキだってのに、一緒に戦ってくれそうな人が周りに誰も居ないしな……。
 俺の前に立ちふさがっているのは目に見えない、姿のない、怪物だ。
 この時、俺は自分が怪物だという実感がまだ無かった。
 怪物なのだ、と姉に言われていてその言葉こそ胸の奥にちらついてはいたが、それがどういう意味なのかまだ正確には分かっていなかった。
 それがどういう意味なのかを明確に知ったのは、閉じ込められていた世界から自由になってから。
 イシュタル国に来て、純粋な闘いを経験してから……だな。

 俺は強かった。
 決して他の奴らが弱い訳じゃない。そこははき違えたりはしねぇぞ俺。
 単純に俺が強すぎるだけだ。

 クルエセルの選手が弱いだけなのか?ともやや期待を込めて、隣の闘技場の戦士と戦ってみたがやっぱりこれが現実だな。
 返り血を少しだけ浴びた拳を見やって、俺に一歩も近づけず壁に吹き飛びぐったりしている相手に視線を投げる。

 ……ちょっとやりすぎた。

 いずれ闘う事になる、あちら側の『怪物』もこんな風にあっけなく潰される事にならなきゃいいが。
 そう思いながら袖にひっこむと、クルエセルの選抜闘士どもときたら……。

「おい、なんだその葬式みたいな面は」
 俺の一喝に肩をびくつかせる一同。
 等級で言えば下から数えた方が速そうなランクの連中は……先の試合で殺されてしまった同僚の亡骸の前に一列に並んでいるじゃねぇか。

 今回組まれたこの合同試合、クルエセルとエトオノにおける『ルーキー』の潰し合いらしい。
 ルルが言うにはこういう合同試合が組まれる事は『意図的な事』だと言っていた。
 なーにが意図的だ。
 その意図的な事をやってんのはてめぇだろーが。
 とはいえ、毎年一度行われるエズ全体のトーナメントでは、全ての剣闘士が敵になる。なるべくその全体大会、通称大大会において多くの所属剣闘士を上位に食い込ませる事が各闘技場の評価に繋がるようだ。
 その為に、別の闘技場の戦士同士を戦わせるトーナメントが、闘技場運営の話し合いで行われる事があり……各闘技場のオーナー達はライバルの有能な選手を噛み殺しておこうとするのだそうだ。
 今回は……18歳未満選手という縛りがついている。
 正式な闘技場ルールによると16歳にならないと選手登録できないので必然的に3年選手までという縛りだな。
 この年齢制限、裏闘技場とかだと守られていないらしいぜ。しかしエトオノもクルエセルもイシュタル国認定の公認闘技場。16歳未満の戦士を抱える事は出来ない。
 が、そういう事を見越してだな。16歳未満の剣闘士の卵を育成する機関ってのもエズにはあったりして、実際剣闘士歴が3年であるとは限らないのだが。
 しかしそれでも18歳未満という縛りはデカい。
 等級が低い者同士、実績が低いからこそどう転ぶか分からない試合運び。
 割とこういう博打なのを見るのが好きな連中は多いようだ。あと、悪い趣味だがガキの試合が良いという性癖の奴らも少なくないとか。また、年齢が低いからこそ熟練した芸術的な闘いは無いが勢いだけはある。
 そういう等級に加えて……因縁のライバル闘技場の戦いだ。
 負けたら確実に死ぬ、潰されると考えるのが妥当だろう。ともすれば死なない為に選手は否が応にも必死になる。そういう死に物狂いの勢いのある、生きたいと思う感情のぶつかる試合を見たい連中は……多いんだな。
 注目度はすさまじいものがあり、大きな闘技場には溢れんばかりの客でごった返している。今回、会場はエトオノだが、特殊な試合であるからクルエセルでも場外賭博が行われているそうだ。

「テリーさんは……怖くないんですか?」
「あ?」
 どす暗く澱んだそいつらの顔は明らかに……試合に対する恐怖の所為。
「あっちにはあの『GM』がいるんだぜ?あいつの噂、聞いてるだろ、」
「くそ……っ!なんで、よりにもよってあいつのいる試合に……!」
 どうにもGMと当たる事を知って、ただそれだけで恐れ慄いている訳か。

 ああ、実際奴の戦いをエトオノに観客で入って見てみたが……確かに、強いな。

 何か得体のしれない気配のある奴だ。
 年齢は、俺と一つ上と聞いている。そんな俺はこの当時17歳、つまりグリーンモンスターは18歳って事になるんだろうがどーかな。
 見た感じもっと年下であるような気がする。
 実際年齢詐称は『ある』とルルが言っていた。とはいえ、情報なんて簡単に書き換えられるものだからエトオノの怪物、グリーンモンスターが年齢を偽っているかどうかは分からないとか。
 まぁいい、年齢なんて。2、3年の違いがなんだ。

「問題ねぇ、奴から勝てばいい話だ」
「簡単に言うが、あいつ……エトオノで自分より格上の相手を何人もヤってる『怪物』だぞ?」
 ため息を漏らし、もちろん……自分の同僚達の気弱さにだが。
 俺が見た怪物GMが戦っていた試合の有様を思い出している。


 その日は2ランク上の相手との戦いだったが、オッズの開きは無くほぼイーブンな配当になっていた。おかしな話もあったもんだと思ったがその不公平な掛け率にも関わらず客の入りはいい。
 理由を近くにいた観客に尋ねるにすぐに分かる。
 GMは、すでに格上の選手を10人近く屠っている実績があるのだという。
 今度こそGMが敗れるか、あるいは勝ち残るのか。そのあたり、事情を知っている連中はGMが絡むカードにすっかり夢中になっているって寸法だ。

 試合はそれほど悪いものじゃなかった。実力は……圧倒的にGMの方が上、というわけではなさそうだったな。強い相手に『工夫して』勝っている。俺にはそのように感じたが……観客どもには結果が全てだ。
 縫い針の穴みてぇな小さな隙にきっちり糸を通すような、なかなかおっかねぇ戦いをしやがると思ったが、これはすでに運じゃなくて奴の実力だってんなら……確かに、怪物だ。
 しかし一般的にはそういう実力を怪物と言われているんじゃないのだろう。

 怪物と呼ばれる所以はその後、分かった。

 小さな隙から少しずつ切り崩し、相手を追い込み……そう、徹底的に追い込んで……奴はとどめを刺した。
 勝敗が付くのとほぼ同時、あるいは最初から相手の命を絶つ事によって勝敗をつけるつもりでいたかのようだったな。勝敗ついでという気配ではない。
 GMは戦った相手を殺したい……どうにもそう言う奴らしい。
 しかもその手口が残虐だ。明らかに殺したいから殺している。そういう手口でとどめを刺している。
 観客の前で、殺せとあおられるより先に。
 助からない、死んだと現実を叩きつけるように。
 GMはその日相手の利き腕を叩き斬り、その後躊躇なく相手の首を吹っ飛ばした。

 フツーそこまでしないだろ。

 利き腕があるならそれをツブした時点で勝敗はついてる。それなのに初めから右腕と首を斬る予定であるように何の迷いもなく……斬ったな。
 少なくとも俺にはそのように見えた。

 剣闘士ってのは毎週闘うという事はない。多けりゃ毎週って事はあるだろうが基本的には隷属剣闘士なら1ヵ月に2試合あるかないかだとルルから聞いている。ただし、こういう特殊なトーナメントだと1ヵ月ぶっ続けで毎週闘わされたりもする。その代り倍以上の期間試合には出されなくなるというが。
 俺が見れたGMの試合はそいつだけだったが、エトオノに通っている客に奴の噂を聞くにほとんどの試合があんな具合だと言う。
 稀に命を奪わない試合もあるそうだがとにかく、登場回数が多い癖にここ1年負けなしってんだからありゃ『怪物』だよと誰もが言う。


「そんなんじゃ勝てる試合も勝てねぇぞ?」
 GMに当たるには勝ち進まなきゃいけねぇ。いや、生き残らなきゃいけない。
 何しろライバル闘技場とのトーナメント、GMと戦う前に負ければ死ぬだろう、まず確実にな。
 俺も別段殺すつもりはなかったが、今どうにも一人ヤって来てしまったかもしれない。手加減はしたつもりだが……どうなったかな、ちょっと気になる。
「……勝ち残っても最終的にはあいつにあたる」
 なるほど、最終的に死んでしまうのだとすでに試合を、いや……命を投げている訳か。
「んなもん戦ってみなきゃわからねぇだろうが」
 と、言ってみたが。
 こういう奴らにはもう何を言ったって無駄なんだよな。アホらしい、自分の命を自分で手放してるような奴らをいちいちヨイショしてやる程俺はお人よしじゃねぇ。

 結果、やっぱり散々な具合になっちまった。
 勢いでクルエセルはもう負けちまってやんの。
 逆にGMと戦わずにすむ、むしろ共闘できるエトオノの連中は完全に図に乗ってやがる。
 気がつけば黒星が並び、死体の数が増えていく。
 隷属選手に交じって、専属の俺もクルエセルの運営連中から叱責を受ける始末だ。
 やってらんねぇ。
 こうなると生き残っている方は戦う相手が多くなる。トーナメントが始まって4週目、ついに俺はGMと戦う事になった。
 すでに選抜の8人のうち半分が居ない。このトーナメント、居ない相手とは戦わなくて済むのだ。
 出来るだけ相手を殺すのが自分たちの闘技場には有利になる。という仕組みなのだが実に、悪徳だよな。
 最初から相手を殺せって言っているような仕組みじゃねぇか。

 生き残って今日の対戦を控えた連中が、何か期待のまなざしを込めて俺を見ているのが良く分かる。
 はぁ、全く……他人を当てにしているようじゃお前らはいずれルルから潰されるぞ。
 いや、最初からいらないものは潰すつもりでこいつらは、このトーナメントに選ばれていたのかもしれないな。
「俺がここでGMを潰せば……お前らはGMに当たる事はない。だからって、期待してんじゃねぇぞ」
 残っている4人が向けるあからさまなまなざしを睨みつけ、俺は眉をひそめた。
「俺は奴をぶっつぶすつもりではいるが、それはお前らの為じゃねぇ。そこ、勘違いすんな」
「わ、分かっているさ、それは……」
「最初からテリーさんが奴と当たっていれば」
 一人がぼそりと呟いた言葉を聞きつけ、くだらない事をぼやいた奴の胸倉をつかみ上げる。
「いい度胸だな、よくもそんな心構えで剣闘士なんかやってられる」
「……っ!俺達は、お前とは違う」
 すくみあがるって小さくなるかと思ったがそうではなく、そいつは俺に噛みついてきた。
「俺達は隷属だ、生き残るには戦うしかない!お前みたいに好きで戦いに身を置いた訳じゃないんだ!」
「くだらねぇ、泣き事を」
 鼻で笑ってそいつを地面に叩き落とし、俺はそのように吐き捨てた。

 その感情が理解できない訳じゃない。

 俺は専属で、好きで闘士やってんだろうと思われているだろうが……決してそうじゃないんだ。好きで暴力を振るう『振り』をしてきた。俺は専属だ、隷属連中のようにイヤイヤ戦ってるんじゃないのだと振舞ってきたし、これからも多分……そうするだろう。
 ホントはそうじゃねぇけどその本心は、俺が逃げている事、必死に隠している事を暴いてしまうから誰にも言えそうにない。

「それでも戦うしかねぇなら、テメェの命は自分で守るしか無いなら、そうすりゃいい話だ」
「そう出来ない、運命もある」
「運命か、はっ!運命を決めるのは女神じゃねぇんだよ、テメェのココロザシ一つって奴だろ、それで決まるんだ」
 お前らは心で負けてるんだ。
 その見えない、仮想現実を甘く見ない事だな。
 思っていればいずれ現実になる。そう信じ込まなきゃ、ただ降ってくるのを待つだけの人生じゃねぇか。
 いつどこで、誰に、道具として使われてしまうか、使われているかわらかねぇだろ?
 俺はそれだけはまっぴらごめんなんだ。
 もう何も言い返してこない4人を鼻で笑い、両手を打ちならし……俺は踵を返す。

 怪物が舞台で待っている。

 弱っちい連中に足を引っ張られるつもりはない。切り替えていこう。
 舞台に上がればそれ以外など何も関係ない。

 俺と、GMだけの世界になるんだ。
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