異世界創造NOSYUYO トビラ

RHone

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12章  望むが侭に   『果たして世界は誰の為』

書の9後半 ログアウトⅣ『夢を見る間に何度でも』

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■書の9後半■ ログアウトⅣ and Come Back then


 トビラを潜る。


 ベータ版公開に向けて自宅への回線も整備されている。俺達は自宅からトビラを潜れる状況だ。
 不具合の最終チェックを兼ねて、出入りは自由。

 エントランスに入り、自分の姿を確認する。


「あら、珍しいじゃない」
 声が掛かり、顔を上げるにこれからログインらしい。
 見慣れた赤い髪の……アベルが立っていた。
 奴はリアルで卒論準備が忙しいらしくこの所、会ってないな。バーチャルでは会うけどな、会うたびにゲームしてないで卒論やれよと冷やかすに、息抜きくらいさせなさいよと反論されている。
 ここでもそれは言うべきか?いや、……きっと殴られるからやめとこう。

 それに『これ』は確かにゲームだけど、ゲームをするに時間を取られる事もない。
 眠っている間卒論が書けるはずはないし、かといって中で卒論に向けた何かが出来る訳でもない。
 俺達、夢見ているだけだもんな。
 俺達は夢を見る間にこうやって顔を合わせているだけだ。
「アンタ、この所ずっと入ってないでしょ」
 言われ、俺はログイン準備をしながら冷やかすのは止めて答えた。
「入ってもヒマだからなぁ」

 茶色の髪に、緑掛かった瞳の俺をエントランスに呼び出して、俺は……ヤト・ガザミになって振り返る。

「お前は何やってんだ?」
 どうにも旅装束だな、そう思ってどこかにいるのかと尋ねる。
「都合でね、ザイールの方に引っ越す事になったんだ」
「え?お前だけ?」
「ううん、なっつんも」
 中でクソ忙しいとか言ってたはずだが……、それはつまり、ついに隠居する下準備って事かハクガイコウ?
「あたしは難しい事よくわかんないんだけど、なんかディアスに近いから、とか言ってたけど」
「なら、情勢良くねぇんじゃねぇの?」
「うん、ザイールの隣町って……憶えてる?」
「ああ、ええと……」
 リコレクト。
 ザイールは一応コウリーリス国の町の名前で、だから俺はあの辺りの地理はよく知っているんだ。
 思い出して微妙な表情を返してやった。
 それは、ザイール近辺の情勢を思い出したという意味を込めている。
「あのあたりの問題で、ディアス国とまだ色々揉めてるみたいなんだ」
「……そっか」
 じゃ、ナッツ直々にそれの調停に向かうって意味なのかな。

 恐らくアベルが思っているより、そこで起きているらしい問題は……デカいんだろう。
 俺はそう思うがアベルには言わないで置こう。不安にさせたって仕方ねぇ。

「あたしね、あんたと同じくでバカなのは自覚するけど。ほら、子供の世話とかは好きな訳よ」
 知っている。子供に弱いんだよな、お前は……昔から。
「ザーイルって、結構孤児が多いらしいの。天使教って孤児院兼ねてるらしくて……それの運営、手伝う事になったから。ちょっとした読み書きとか算数とか、そのあたりは教えてあげられると思うんだ」
「おぅ、がんばれよ」
「うん」
 なんか昔よりやり取りが素直になったよなぁ俺達。
 そう思ったのは俺だけじゃないらしく、ついアベルと見つめ合ってしまった。
 その後、可笑しくて笑う。
「じゃな、」


 笑って別れ、俺達は……それぞれにトビラを潜る。



 雨を防げる質素な小屋に……扉はまともについてないし鍵なんて問題外。
 冬はあるけどまだ先だ。
 あんまり清潔ではない毛布1枚を腹に引っ掛けて、吊り上げたハンモックに収まっていた俺は……目を覚まし、自分を覗き込んでいる顔を目の当たりにして驚いてバランス崩して……見事に地面に落ちてしまうのだった。
「久々に来たらなんという、最悪な目覚めだ!」
「そんなに驚くとは思いませんでしたので」
 手を差し出されて素直に捕まる。
「なんだよ、来るなら来るって先言えよ」
「どうやって連絡すればいいのですか」
 肩をすくめるレッドに、俺は……腕を組んでリアル伝言は当てにならんよなぁと理解してため息を漏らした。
 何しろ、流れている時間が違う。
 1週間の内にトビラの中では、どれだけの時間が経過すると思って。具体的な比例は無いが……開発者の一人、山田さんが言うにプレイヤー密度によって比例変化するものらしい。
 それに、時間は俺達プレイヤーに関係ないし、時空軸は『あっち』と平行には流れていないんだ。

 今現在トビラの中にいるプレイヤー密度はすこぶる低い。

 低いとその分、経過する時間は長くなる傾向にあるようだ。この比例時間を確認する為にもリアルでは、ベータ版プレイヤーの募集を始めている訳だな。
 1晩のプレイで森の奥まで来る事くらい余裕であるだろう。
 そもそもレッドは……ここに、しっかり転移紋刻み直して行きやがったし。
「こんな朝早くから何の用事だ?」
 見ろ、アインさんは当然とまだ夢の中だ。棚の上に置いてある籠の中でまるくなっている赤い塊を少し覗き込むに、起すのは止めて……こいつ寝起き悪いからな……洗濯して乾かしていたタオルを首に引っ掛ける。
 それにしたって割と早起きの俺が目を覚ます前にお前がいるって、どういう事だよ。
 ほら、今さっき朝日が昇ったところでまだ空は薄暗い。
 レッド、眼鏡を押し上げてため息。
「僕とした事が、一応この世界にも地域によっての時差というものがある事を失念しておりました」
 転移門で来たてるんだからな、時差が発生するって事はペランストラメールの魔導都市から来た訳じゃ無さそうだ。
 ここは、まぁ都合場所は秘密にしてあるがペランの魔導都市からは比較的近くだ。近いのだが地理的には近いとは云い難いかな。
「それで?」
「ええ、ちょっと貴方にお願いする仕事が出来ました。それのご相談に」


 小屋の外に出る。
 まだ朝靄が掛かっている中、俺は朝食調達に出かけるぞ。冷蔵庫なんて文明の利器は無いんだから!レッドに火をおこしておくように言って離れた所に作ってある菜園に向かった。
 小舟を漕いで沼の中にある島に作った畑に上陸。あ、こういう小道具はレッドらに頼んで持ち込んでもらってます。中央大陸の時のサバイバル生活みたいに何でもかんでも自分で作る必要はもう、無いからな。
 すでに地中から掘り起こして地面に寝かせて置いた芋やらを籠に詰め込み、ついでに水に沈めていた仕掛けを幾つか引き上げて戻る。
 戻る頃にはすでにレッド、心得ていて鍋にくみ置きの水を沸騰させてくれていた。
 生のコーヒー豆を炒めて、砕き、陶磁器製のサイフォン式でコーヒーを入れながら鍋に朝飯を用意する。
 サイフォンはナッツからの餞別だ。いいもん貰ったぜ。
 いつもなら一人と一匹分だけど……
「朝飯も喰うか?」
「……メニューにもよります」
「ズイキのザリガニスープだけど」
 材料を見せるに、嫌いなものは特になかったようで頂きますとレッドは答えた。いやぁ、俺結構ゲテモノでも美味けりゃ喰うからな。
 というかゲテモノ言うな。この前来た時、珍味にカミキリムシのわた出したら暫く俺が出すもの口に入れようとしなくなったんだよ。全く、昆虫はな、栄養価高くて……美味いんだぞ。
 ザリガニの頭を割って身を引き抜き、湯にぶち込んでから香草を入れて岩塩を削り入れる。暫く煮込んで足のついている頭は抜き取って、これは昼飯に砕いてつみれにして喰う事にしよう。環境が環境なのでぶっちゃけ、寄生虫とかもついてるんだけど、しっかり煮て粉砕すれば奴らも良い出汁の元って奴だ。
 殻を適当に剥ぎ取って剥き身にする。根野菜をぶち込みつつ、増えすぎた芋木を間引いたのから、柔らかい成長点をナイフでくり抜き、ぶつ切りにして投入。
「で、何だよ」
 あくを取りつつ火に砂を掛け勢いを弱めながら、コーヒーを啜っているレッドに尋ねる。
 久しぶりに訊ねて来た、その要件って奴を早速聞こうじゃないか。
「貴方で預かって欲しいものがあるんです」
「生き物じゃないだろうな?」
 誰かの面倒みろとか言うのはお断りだぞ。アインさん一匹で十分だ。……いや、アインさんを引き取ると言ったのは俺だけどさ。
「……まず、現状を説明いたしましょうか」
 そう言って、レッドは……中央大陸が解放されてこの世界に生まれた新しい問題を俺に説明してきた。

 何か問題が起きている、とは聞いていた。ええと、リアルで。
 具体的には……よくわかんねぇな。

 問題は管理者がいなくなった事らしい。
 神が、世界から去ったと云う事。
 それで何が問題なのかというのは、そもそも管理者どもがこの世界においてどういう役割を持っていたかという事を理解しなきゃいけないとレッドは言う。

「方位神はこの世界を不安定にするであろう『力の制御』という役割を持っていたようです。簡単に言えば禁忌魔法の管理ですね」
 うん、ナドゥも何か言ってたように思う。
 神が去るに、枷は解ける。
 禁忌魔法が使えるようになった……とか、何とか。
「対し、大陸座はどういう役割を持っていたか、我々は正しい意味を知らなかった。これを知っていたのは……上の人達だけでしょうね。高松さん達だけです。大陸座のキャラクターさえ自分達が果たしている役割を正確に把握していない」
「何やってたんだ?」
「簡単に言えば開発者レイヤーの維持です」
「つまり……中央大陸の維持って事だよな?」
「正確には少々違いますが、それ貴方に説明しても以下略なんですよね」
 ついに略してきたか貴様。確かに、興味ねえけど。
「そもそも、開発者レイヤーとっぱらっちまえって話しになってただろ?……デバイスツール取り上げた後。その状況と、今の状況は違うのか?」
 レッドは少し考えてから顔を上げる。
「違うと言えるでしょう」
「どう違うんだ」
「貴方に分かる範囲で簡潔にお答えするに……」
 その前置きが相変わらずムカつく。
「第三のトビラが開いたかどうかの違いがある、という所ですか」
「あー……」
 俺は、一旦鍋の中を覗いて味を見ながら……塩足してかき混ぜて火を消した。
「その、第三のトビラって結局何?」
「…………」
 分かっている、お前が呆れているのはよぉく分かっている。
 しかし、別に呆れているのではありませんと俺の腹の中を読んでレッドは答えた。
「説明するに難しい事です。貴方が分からないのも致し方がない」
 ……とかって、やっぱりお前俺の事バカにしてんじゃんかよ。
「ぶっちゃけて言えば第三のトビラというのは……MFCシステムで完全に数値化出来ない現象でこちらの世界特有……と、言って良いものか。僕も貴方に向けて上手く説明出来るかどうか不安なんですよ」
「ふぅん、」
 そろそろ匂いで居候さんは起きてこないかなと伺うに、何時も通りチビドラゴンがふらふらと小屋から出てきた。
 奴が起きてくるタイミングはいつも朝飯前だ。寝過ごしたら朝飯はなし、自分で取る事と言ってあるからな。それで、寝ぼけてても起きてくるようになった。
 ……故に、酷い事にアインはメシ食った後二度寝する。
「ふはぁ~おっはよぅ~」
 寝ぼけているな。レッドがいるのにまだ気が付いてない。
 出来上がったスープをどんぶりに盛ってレッドに渡しながら、俺が感じた第三のトビラとやらの見解を述べてみる。
「……奴らはなんか、外に出たいみたいな事言ってたんだよな」
「誰ですか」
「ん、ああ……ええと、方位神?」
 これで出て行ける。
 自由だと、そんな事を方位神が言っていたように思える。
 ……奴らはどこにいったんだ。
 タイミング的に、その第三の扉が開いたからどっかに行く、みたいな事を言っていたと思う。それにまるで扉が開くのを待ってたようにも聞えた。
 開発者レイヤーもとい中央大陸が戻ってきたから神はこの世界を去ったのか、第三の扉が開いたからなのか、扉が開くのと中央大陸が戻ってくるのと連動してるのか……。
 ぜぇんぶ別の事なのか。
 俺にはさっぱりわからないのだ。
 そんな俺の疑問点を的確に察知し、レッドは湯気を上げているスープをレンゲで掬いながら言った。
「……開発者レイヤーを取り払う事は第三の扉を開く事とは別です。また、開発者レイヤーを解放してしまうという事は中央大陸を消す事とは少し違います」
「あら、レッド。朝からどうしたの?」
 ようやく意識が覚醒したチビドラゴンが木のテーブルに乗っかって来た。
「おはようございますアインさん」
 ドラゴンは笑わないが、恐らくまだ寝ぼけているアインはイメージとしてにっこり笑いながらおはよぅ~と朝の挨拶を無駄に繰返し、温いスープの皿の前に落ち着いている。
 ……フルヤーアイはログインしてないのでアインの頭上に青い旗は立っていない。
 アインさんは、完全にこの場のオプション扱いで話は進むぞ。
 レッドはスープを無言で啜り、芋茎を熱そうに頬張っている。俺がその様子を見ていると察して、素直に美味しいですと感想くれた。
 料理が上達する位には、一人と1匹暮らしもすっかり様になりました。……寂しくなんかないんだからッ!
「現状、開発者レイヤーは消去せずに階層を下げた。その理由としてギガースが居る場所に僕らが乗り込むにはそうするしかなかったからです。本来ならばギガースは中央大陸にはいない」
 え、そうだったん?って感じに今更的に俺は怪訝な顔をしてしまったな。レッドは、俺が理解していなかったのは仕方が無い、みたいな侮蔑した顔で続けた。
「あれはナドゥが持っていたファマメントの『空間転移』の力により、そういう仕掛けになっていた。ギガースのもたらす力を世界から遠ざけるにそう、したのでしょう。事実としては、彼は中央大陸に居たのではなく、中央大陸に置かれた籠の中に閉じこめられていたというのが正しい状況です」
 ああん?よくわかんねぇぞ?
「いやでも、第一次討伐隊は中央大陸に行ったんだろ?ギガース倒しに」
「戻ってきたじゃないですか。……なぜ戻ってきたかという答えについてはエルドロウから詳細を聞いています。彼らは……大陸座を全部倒す為に戻ってきた。ところが条件転生という仕組みを知ってしまう。ドリュアートのマーダーさんの一件です。何しろ彼が一番居場所が分かりやすく襲撃しやすい大陸座ですからね。どうやら真っ先に向かった様です」
 マーダーさん、踏み潰されたと言ってたな。
 その後条件転生してさらに小さな蛇になったと言っていた。
「条件転生、これはシステムの上で隠されている事情です。この世界では転生という仕組みは教義にも特に数えられていない。唯一伝承するに南国にそれらしい説話が伝わるだけです」
 西教や天使教も魂の輪廻は説かないという事だな。
 死んだら終わり。そもそも、魂という概念はこの世界ではあやふやだ。というのも生き物は肉体・精神・幽体の三つで構成されているというのが基本概念として罷り通っている。
 魂とやらがドレに当るのかと問うに、ナッツは精神と幽体のどちらかか、どちらもだろうと答えていた。ちゃんとした定義はないらしい。
「南国の、それらしい説話って何だよ」
「……方位神ルミザの復活の説話です。一度死んだ聖剣士は南の地で眠りにつき、いずれまた目を覚ます。……これが暗に示していたのは南の果てにある死の国です。……魔王八逆星達は条件転生というシステムがある事に気が付いて、精神と幽体が結合したままプールされている死の国の存在を、知ってしまった」
「……ギガースは、別に死んだ場所に条件転生した訳じゃないって事か?」
「ナドゥ達はギガースを倒せていない事に気が付いた、ギガースを探し、捕え直し……彼の望みを叶えるに、大陸座を全て倒す方法を改めて模索始めた訳です」
 俺は一杯目をスープごと飲み干してため息を漏らす。少し薄めに作ってある。アクセントに産みたて卵を落としておかわりの俺。
 アインさんもおかわり突入。
「なんで大陸座も倒すって事になったんだ?」
「……それくらいは分かっているものと思いましたが」
 今回は呆れられたようだ。すいません、俺はそういう基本的な事もあんまり理解してませんでした。
「そもそも魔王八逆星は自身の存在が間違っている事を知っている」
「ああ、それは何となく分かる」
 だから破滅を望んだりする訳だろう。望む事があるに、後ろめたい感覚があったりして一々俺達に存在を試すような事を聞いてきたりするんだ。

 海は青いよなと確認するみたいにさ。

「大陸座という存在がどうにも魔王八逆星から見て……似たような存在と認識したのですね、自分達と。彼らは……魔王と呼ばれ討伐されるように願われた存在が『大陸座バルトアンデルト』である事に気が付いている。同時に……全ての大陸座がギガースと同じく世界を破壊する可能性を秘める事を危惧したという事です。カオスの指摘は正しかったのですね」
 成る程な、で……お前おかわり居るかと聞くに、美味しかったですが結構ですと器を置いてレッドは話を続ける。
「中央大陸に封じられたままのギガースを訪れるに中央大陸が解放され、その行為によって……よく分かりません。突発的なのか、何かの意図があるのか」
 俺は卵によってまったりとより深い味わいになったスープを啜る。
「『第三の扉』とこの世界が呼び示すものが開いた。だから、今起きているこの世界の問題は、正確に言うならば中央大陸が戻ってきたから起きている問題ではないかもしれません。しかし順序で言えば中央大陸が戻ってきた後に第三の扉は開いている。……関連が無いとは言い切れない」
「あー……、大陸座というのは開発者レイヤーの維持をするもの、だったな。結局維持されたままの開発者レイヤーを下げたんだろ?それにより……」
 俺は、トーナさんの死とギガースの望んだ最後を思い出してしまって少し目を細めた。
「……大陸座は条件転生をしなくなった」
 ……死んだ、と云う事だ。
 この世界では輪廻転生は信じられていない。
 無い訳じゃないけど条件が揃わない限り、三界は散会して……二度と同じ生き物として構築される事はない。
「ギガースが、アッチに戻るに必要な……扉」
 俺達が使っているこっちに来るのと戻るに使う二つの扉をギガースは……潜れなくなっている。
 なぜならギガースはすでにあっちの世界、リアルに自分を受け入れてくれる器を持っていない。だから、戻りようがないのだ。
 ……扉が無い。
 トビラは、俺達がそれぞれに持っている。
 帰るにしろ入るにしろトビラは二つ必要だ。
 俺に例えれば……サトウーハヤトとヤト・ガザミ……だな。
 ギガースには帰り着くトビラが無い。
 モギーカズマがすでに存在しないんだ。帰りようがない。

 だからギガースは第三の扉を使って……戻って行った。

 俺はすっかり扉がどーとか、そんな難しい事、あれ以来考えてなかったなぁ。考えるって性に合ってないんだよ、うん。
 ……いや、あれ以来。
 俺はトビラの事考えたくなかったんだ。
 それが正しい。

「こっちの世界の奴らが、あっちにいっちまうのが第三の扉か」
「それが、システム的にはあり得ないから説明のしようがない」
 ゲームシステムとしての解説のしようがない、つまり、システムとしては置いてないって事か。
「でも、問題ねぇんだろ?」
 リョウ姐さん、もといリョウ先輩と今後呼ばねばならない人格者のイシュタルト、キリさんが問題ないに決まってるでしょと言っていたと……リコレクト。
「第三のトビラがあるに問題はないんですが、少々奇妙な出来事にはなってます。それが元で今、問題が発生しているという具合ですね」

 魂というあやふやなものを、システム的に解き明かせば数値になる。要するにデータの重さだ。
 精神と幽体の情報を示すデータの内訳を言えば……精神とはログであり、幽体とは潜在パラメータになる。

「……方位神というのは一応、この世界に実在はした訳です。中央大陸に隠されていたり、システム的に上位レイヤーに配属されていて見れない、触れ得ない事になっていたわけですけどね」
 そうらしい。目の当たりにし話をした記憶はちゃんと俺のログにも残っている。方位神というキャラクターは確かに、存在した。
「ところが……今現在方位神というものが存在した証拠になりうるログは残っていますが、根本となる彼らのキャラクターは完全に……消失し、八精霊大陸に残っておりません」
「……死んだって事?」
「死んだなら死んだというログを積み重ねて残ります。……彼らはこの、トビラの中から消えたのです。キャラクターであったという痕跡だけ残し……正真正銘の概念となってしまった」
 ……それで何が問題なのかよく分からない。
 すっかりこっちだと戦士ヤト思考なのだ。難しいいシステムの話は勘弁してくれ。
「彼らがこの世界に存在し、データとして存在したログが消滅したと云う事です。……ああ、分かんないのですね」
 はい、分かりません。
 その通りではあるのだが、俺はいい加減上の事情も交えての話にうんざり来ている。
「あのなレッド。頼むから『俺』に分かるように言え」
 おバカな戦士ヤトが分かるように、だ。
 それ以外の難しい話なんていらない。どーせ理解しませんとも。ええ!
「方位神がこの世界にもたらしていた影響力が消えたと言えばどうでしょう?……貴方は魔法を使わないから分からないでしょうが、禁呪とされているものは基本理論を構築し、魔導式をくみ上げても発動しない。そのように作動制限されている技術を禁呪と呼ぶのです。作動制限を掛けていたのが方位神なのですよ。方位神という非常に重い存在が世界の理を背負い司さどっていて、存在するだけで技術に規制をかけていたのですが……今、その制約が全部取っ払われていますね。ぶっちゃけて、禁呪使い放題になってます」
「……マジか!」
「マジです」
「マズいじゃねぇかそれ」
 ようやく深刻な状況を把握してくれましたね、という深いため息を漏らして眼鏡のブリッジを押し上げる。
「ええ、とってもマズいのです。魔導師協会で制限するにも限度がある。今の所、この使い放題状況を魔導師協会の上層部により高レベルの情報規制を行い徹底的に監視態勢を保っていますが……長くは続けられません。そこで早急にナッツさんと危険な技術をリストアップし、グランソールさんにもご協力願いまして。人為的な封印を改めて施す事になりました」
 方位神が蓋してくれてたものに、改めて蓋をするって事か。
 成る程なぁ、お前らアッチの世界で何を詰めてるのかと思ったら世界に蔓延るとマズい禁呪リストだったか。
「で、貴方に」
 ここまで来れば俺でも話は分かる。
「人柱になれと」
「貴方でそう言ってどうするのです。せめて守護者とか、もうちょっと格好良く認識したらどうなんですか」
「別に、言い方替えても同じだろ」
 それに人柱って言い始めたのはお前らだろうが。
 どんぶりの残りを啜り終えて木のテーブルに置き俺は、笑いながら一応決まり文句をちらつかせてみる。
「だが、断る……って言ったら?」
「……非常に残念ですが、と言って強制的に人柱になっていただくことになります」
 ひでぇ。
「それ、俺に選択の余地ねぇって事じゃん」
「他にアテがあまりないのです」
「余りないって事は、あるにはあるんだろ?」
「ゲームのお約束ではありますが、そういう重要な事は基本分散封印するものです。貴方だけに一元管理をお願いするつもりはありません。インティやエルドロウにも協力願おうと思っております、あとは死の国にも打診してみる予定です。パスさんペレーさん達がまだいれば、話が通しやすくて良いのですが」
 世界の安定や平和の為に物事が分散管理していて、お使いイベントよろしく世界中のあっちこっちを行き来しなければ行けない都合は……お約束である以上に、保険を掛けているという意味も含まれている訳だな。
 王道ってホントすげぇや。
 レッドの真剣な顔に俺は、分かっているよと笑う。
「易い仕事だ」
「分かりませんよ……バカな事を考える人は必ず居る」
「そうだな、お前もバカな事考える方の人だったしな」
「……否定はしませんが。……結構本気で心配しています」
 ましてやこれからベータ版も始まるんです、とレッドは小さくため息を漏らした。
 せっかく封印した物事を、解いて回りたい酔狂な奴らが出て来る可能性は否定できんよな。そこ山が在るなら登りたい、そういうゲーマーは少なからず存在する事は俺達で実証済みだ。
 そうだなぁ、俺の平穏も余り長くないのかも知れない。
 コーヒーを啜り、ヒマじゃなくなるかもしれない事を喜ぶべきか、悲しむべきなのか秤に掛けてみる。
 微妙だな、ま、俺が選べる選択肢じゃねぇ。
「テリオスさんの働きで近く8国会議の席が設けられ、連絡会議が続けられるように調整します。……実際にはテニーさんの手腕ですけど」
 だろーなと俺も思った。
「新しい禁呪監視態勢を作ろうと思います。魔導師協会はもとよりそのつもりです。天使教では死霊調伏機関の替わりにランドールを筆頭として、新しい監視機関を立ち上げる方向に動いているようですね」
 俺はその報告を軽く聞き流した。
 ……レッドはこうやって俺に、色々世界情勢の報告持ってきてくれるけど。

 ぶっちゃけて俺はそういうの興味ねぇ。

 だって俺はもう世界には関わらない。俺はただここで見守るだけだ。何かの危機を知ったとしてもここから、動けない。
 それでも、方位神にかわって禁呪管理をしないといずれ世界が乱れる可能性が高い状況にあるらしい。その危機感だけは把握した。
 俺が願うのは……ささやかな平穏。
 その為に、ここを動けない俺でも力になれる事があるなら手を貸してもいいぜと言う程度しか出来る事なんて無い。
 理屈は求めない。
 どーせおバカな俺は理解しない。

 騙されてもいい。

 俺はこの世界を信じる。理論的じゃねぇけど俺が出来るのはただそれだけだから。

「まぁ、滅多な事ではこんな深い森の奥まで入ってくる人は居ないと思いますけど。こっちにも駐屯兵とか置いた方がいいんでしょうかねぇ?」
「いらねぇよ、こんなトコ来たがる奴なんかいねぇだろ」
 森の奥ってだけに留まらねぇんだ。
「……俺のささやかな平和を破ろうとする奴がいるなら……そいつには遠慮無くお仕置きだ」

 現行、魔王八逆星の俺を舐めて貰っちゃ困る。

 頭上に聳える巨大な木を眺め、俺はコーヒーを啜りながら広げられた枝越しの空を見上げた。
 深いマグに残るコーヒーを、俺は空に仰ぎ、そのまま地面に垂れ注いだ。
 コーヒーと酒を飲む時の習慣みたいなモンだ。
 俺はただ世界を眺めるにその場を動かず、静かに枝を揺らすだけ。
 その枝葉に匿ってくれと願う者を拒絶はしないし、受け入れるに理屈は問わない。
 ぶっちゃけヒマなんだよなぁ、だからこうやって一応代替えも置いてたりする。
 アインさんも話し相手がいないのは寂しいだろうしさ。

 俺が願う平和の為に、降りかかる火の粉は払うさ。
 マグに再びコーヒーを注ぎいれて、天に仰いだ。

「そうだろう、ヤト・ガザミ」
 



GAME OVER to QUEST of TOBIRA
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 いつもと変わらない日常を過ごしていたが、通り魔に刺され、異世界に転生したのだ。  だが、転生したのはゲームの主人公ではなく、ゲームの舞台となる隣国の伯爵家の長男だった。  そのことを前向きに考えていたが、森に捨てられてしまったのだ。  これは異世界に転生した主人公が生きるために成長する物語だ。

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【完結】徒花の王妃

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