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10~11章後推奨 番外編 縁を持たない緑国の鬼

◆BACK-BONE STORY『縁を持たない緑国の鬼 -5-』

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◆BACK-BONE STORY『縁を持たない緑国の鬼 -5-』
 ※ これは、実は隠し事がいっぱいあるナッツ視点の番外編です ※


 テラールの説話に紐づけられた、一つの詩をワイズは差して言った。
 これが大いにヒントになった、と。
 僕がテラールの姫にたどり着いた事から、ワイズは当然テラールの説話を理解するべく必死に僕が集めた古書を読んだ。そうしてついに一つの方法を考えついたのだと云う。

 誰も彼女を滅ぼせない、彼女が滅ぶことを望まないからだとワイズは説く。

 それはどういう事かと云えば、それは『殺しても殺せない』って事だと、ワイズは言う。
 テラールの姫は不死者、という事になるのだろうけど、でもそれにも色々あるだろう?例えば、再生力が強くてどんなに細切れにしても復活してしまうとか、触れる事は出来るのにどうしても傷つける事が出来ないとか、命の危機に対してだけ辺りの運命を悉く覆し生き残ってしまうとか、殺そうとした者の精神を庇護する方に捻じ曲げてしまうとか。

 不死たらしめる要因は考えられるに、色々あるじゃないか。『俺』ならそういう想像を働かせるね、ナッツだって不死と云うのはどのようなものなのか、興味はある様だよ。
 でもワイズが詳しい事を教えてくれないんだよね、何をしても滅ばない、とだけ繰り返されている。
 多分、彼女が滅ぶことを望まないから……『殺しても殺せない』
 なぜそんな事を彼女が望むのか、もはや誰も語らず……テラールの説話も詳しい事は教えてはくれない。
 ただ一つ、思わせぶりな詩が残っているだけ。

 想像する事は自由だけど、それが真実という訳ではない。

 誰よりも彼女に同情し、救いたいと願っていたのは誰だか分かるかい?
 もちろん、興味本位で覗きこんだ僕じゃない。
 そう、ワイズなんだ。
 グランソール・ワイズ、彼こそが彼女を『救いたい』と願った……彼女の最大の理解者なのだろう。

 多くの人が姫を理解しようとし、失敗したんだろうなと彼は言っていた。そして、自分もそんな失敗者の一人になるかもしれないとぼやいてもいた。。

 具体的にどうするのだと僕が聞いたのは……多分、彼は聞いて欲しいのだろうと思ったからだ。
 僕を共犯に巻き込む彼の意図は、失敗して何も残らなかった時に僕にしりぬぐいをさせたいからだろう。きっと僕は、その後を引き継ぐだろうと期待されている。
 ……確かに、もしかすればそうなるのかもしれないと僕も思った。
 興味が無いと何度も繰り返し、僕は彼女の事を必死に忘れようとしているのにね、ワイズが何度もほじくり返してくる。


「君は、彼女が好きなのか?」
「かもしれないですねぇ、ハクガイコウはどうです?」
 そう切り返される事を承知で僕は聞いたんだ、だから笑ってこれに答えてやろう。
「嫌いじゃないよ、」
 はっきりとした答えとは云い難いけど、これが限界なんだ。
 僕はね、誰かを好きになり、その好意を相手に伝える事が出来ないんだよ。
 どうしてかって?さぁ、ナッツとしては理由は良く分からないが、そう云う事にはめっぽう奥手で在る事を自分で分かっている。
 相手から好かれて、これに答える事は出来るのに。
 ぶっちゃけそれは『俺』の……カトウーナツメの特徴をそのまんま引きずっているんだ。
 心の中で密かに苦笑する。
 しかしワイズは僕のそういう特性を十二分に分かっているだろうに。僕は微笑んだまま、いいからお前の意見を聴かせろっていう圧力をかけてみた。
 するとワイズは……どこか観念した様に口を開いた。そのまま何も語らず、一旦唇を濡らして言葉を迷う様に彼は、言ったんだ。
「僕は……結構本気で好きなんです。……だとすると、テラールの愛は歪んでますねぇ」
 そう言って、ワイズが苦笑したのを僕は忘れない。
「愛しい人程殺したい、それが僕らの愛なのだから」


 彼女を籠から自由にする為に、ワイズは封印術に特化する事にしたそうだ。
 彼女の望みを封印して、忘却させるために。
 彼女が自分の望みを忘れない限り生き続ける。テラールの姫の不死性とは、彼女自身に起因する問題であるとワイズは推測したんだね。

 だから、全部忘れさせてあげなきゃいけないと彼は笑った。

 成るほど、そうやって彼女を、ただの少女にしてしまおうというのか。
 全てを忘却させて、彼女を『殺して』……そうやって籠の外に出すのだなと僕は思っていた。
 自分の事を忘却し、自分自身に掛けた不滅の呪いも解かれる事だろう。そうして、晴れてテラールの姫はただの北西人の娘になって、ワイズはその子の手を取って、常に傍らにあり彼女の記憶を封じ続け……天命を全うさせるつもりなのだろうと、思って居たんだ。
 あとはワイズの封印術が彼女に通用するかどうか。
 これが一番の問題なんだなと、僕は楽天的に考えていた。

 それで、本当に彼女が全て忘れ去ったら解決するというのか?

 僕はテラールの説話を夢物語のように思っていたから、テラールの説話の語る壮絶な愛の意味を理解できなかったのだろう。
 ワイズが苦笑しながら愛は歪だと言った事を聞き流していた。

 それで、本当に彼女が全て忘れてしまったのなら。
 そうして鳥籠の窓を大きく開けたなら。
 鳥はどこに飛んで行くのか、分かったようなものじゃないか。

 長い間鳥籠の中にいた事を忘れ、突然あまりにも広い世界を飛んだ小鳥は……。
 危険を察知する力もなく、自ら一人で生きる力もなく。そもそも高い空を飛ぶ体力さえない。
 
 僕もいずれ同じか。
 外に追い出されれば自由だろうと思っている、僕もいずれあの鳥と同じ事になるのかもしれない。
 危険を察知する力も無く、自らで一人生きる力もなく。
 翼があるのに、高い空を飛ぶ体力すら無い。

 僕は、彼女にそれを教えてもらったような気がした。



 結果、僕はどういう感情を持っていいのか分からなかった。



 波を立てる事を僕は恐れている、怒り、悲しみ、憎しみ。
 そういうものを持ってはいけない、たとえ持っていたとしても、それを他人にぶつけてはいけない。
 ただそれだけで、僕を取り巻く世界が揺らぐ事を知っている。

 滅ばずの姫も同じかもしれない。これは、単なる僕の望みであるけれど。

「怒らないんですねぇ」
 この時ばかりは、ワイズは笑わずに真面目な顔で僕にそう言った。
 でも言っている事は何時もの通りだ、彼は鋭く僕の本質の方を穿っている。
 僕が……怒っているのが彼には分かるんだね。でもそれを表に出さずにいる、貴方はそれで良いのかと言いたいのだろう。
 当たり前だ、僕は……怒っているんじゃぁない。怒りたいんじゃない。
 君に怒りをぶつけた所でどうなるんだ。
 この結果に一番心が波打つのは君だろう?……僕じゃない。

 でも、君がどう思っているのかは分からない、興味が無い。

 その行動は君にとって必要だって事を僕は知っている。だから、君が自由になる手段に向けて、どうして僕が腹を立てる必要があるんだ。
 僕はいつでも君の、誰かの、他人の幸せを祈っている。

 僕はそういう肩書に縛られていて、そういう役割をこなす自分を自分で、選んでいるんだ。

「……一つ、聞いていいかい」
「何ですか?」
「本当に彼女は……死んだのかな」
 ワイズはそこでいつものように笑う。
「それが分からないから困っているんですよ、で。その為に例の鬼を捕まえようと必死なんです」
 成るほど、そういう事かと僕は納得した。
 しばらく考えて……そう、彼女を『奪っていった』極悪人、問題の盗賊に密かに向けていた怒りを鎮める。そう、結局のところは僕の心に波は立っていたんだ。
 感情をワイズに向けられないから、いつの間にか怒りの矛先が『そっち』に向いていた事に僕は今、漸く気が付いた所だ。そうだ、僕は……確かに、何かに憤っていたのだ、って。
 怒りや悲しみなどを近くに居る人にぶつけたくない、だからって、見知らぬ第三者なら良いのか?今更ながらそんな事を冷静に考える。
 なぜって、もしかすれば例の野盗は彼女をまだ、殺していない可能性もあるじゃないか。
 ワイズが慎重に事の真偽を確かめようとしている事に、まだ結末は決まっていなかったのだと気が付く。
 僕は……彼女に死んでほしく無かったんだ。彼女の『死』を知った時、そういう自分の感情がやっと分かる。
 僕が生きていて欲しいと願ったのはテラールの姫ではなく、そういう概念に捕らわれていた可愛そうな娘の方。ワイズが殺すのは不死を願う概念の方だと妄信していたのは、僕だ。
 ……まさか、本当に彼女の存在を全て消す方向でワイズが事を運んでいたとは……。
 だから、そう、彼女の命が奪われた可能性が高い事に……僕は激しく感情が動いている。
 怒りだろうか?悲しみだろうか?その果ての憎しみの感情なのだろうか?
「……僕に掛かっていた『出歩くな』という制限って、本当にいずれ解消されるかな?」
「しますよ、せめてそれくらいさせてください」
 ワイズは苦笑した。少なからず悪い事をしたと、そういう思いを僕に向けるのか。
 『アレ』に興味を持ったのは僕の勝手なのに、彼は自分の家の家宝こそが全ての元凶だと僕に償いをするというのか。
 顔色を疑う人物が違うだろう?
 そう思いつつ、目を閉じて僕は『盗まれていった』ワイズ家の秘宝の行方を思う。
「じゃぁ、いずれその犯人の顔を見に行く事って出来る?」
「ハクガイコウとしてですかぁ?」
 これは、呆れられたようだ、いや別に肩書はどうだっていい。そうじゃないと首を振りつつ、僕は苦笑して答えた。
「個人的に……ナッツとして会って話してみたいなと思うんだけど。その前に捕らえらないとか。……ダメかな?」
 小首をかしげ、なんとかその席をセッティングしろよとプレッシャーを掛けてみたりする。
 ワイズが僕に対して何かしら引け目がある、というのならなんとかしてくれるだろう。悪いけどワイズの足元を見て僕はそのように仕掛けてみた。
 案の定ワイズは緑色に染めている髪を掻き毟った。
「ああもう、大体まだ捕り物中で捕まってませんから、それに……それが終わったら僕は身辺整理に入りますからね、ホントに!」
「じゃぁ、捕まったら頼むよ」
「簡単におっしゃいますねぇ、本格的に政府を敵に回したとはいえ、奴を捕まえるの大変なんですから!」


 *** *** *** *** ***


 極悪と言われた盗賊、いや野盗の類なのかな?それについての話は、前から知っていた。
 西方ではいくつか新聞みたいなものが発行されているんだけど、僕はもちろんこれの閲覧も許可されている。日々楽しみにしている物の一つで、午前中はお茶を飲みながら新聞を見るのが長い間僕の日課になっていた。
 数年前からそれの噂が流れてきて、ここ最近ファマメント国にも被害が出始めて、すぐにも賞金首なったそうである。
 それは、元々ファマメント国と細い海峡をはさんで隣の国、コウリーリス国で頭角を現した野盗団だ。
 物資を運ぶ馬車を襲い、殺しも辞さない上に手口も悪辣だと噂で、これがいずれつけ上がって西方に上がってくる事を警戒していたんだね。
 極悪非道なやり口から、盗賊団と呼ぶ事さえ忌避されている。
 盗賊家業の人達がこの緑国の野盗団と一緒くたにされる事を嫌ったと言われ……ともかく、敵が多い割りに勢いが止まらない謎の多い連中だ。

 そして案の定、彼らはファマメント国に進出してきた。

 名前は……特に無いらしいけどファマメント国ではその手口の酷さに『緑国の鬼』と呼んでいる。
 緑国、すなわちコウリーリス出身の鬼畜という意味だ。
 というかその『緑国の鬼』に遭遇して生存している人が皆無だとも言うね、だから彼らが具体的にどういう集団で、どういう構成で、自らを何って名乗っているのかはよく分からないのだそうだ。
 本当は構成人数さえ分からないんだよ。
 他の盗賊団との縄張り争いもいくつか起こしているらしいけど、どうやら緑国の鬼の猛進劇を止める事は出来ていない。ちょっかいを出した盗賊団が壊滅したって話もよく聞く。
 被害の大きさから集団とは見られているが……個人じゃないか、などという人もいる。
 もはや連中は『魔物』だ。
 魔物というのは道を踏み外した規格外、という意味だね。魔王の一種ではないかとも噂されるし、この世界でも最もきつい言い方である『怪物』と言う人もいる。

 この世界では『魔物』とか『魔物化』というのは起こり得る現象だ、非現実な事じゃないよ。
 時に理を越え、道を踏み外す事もこの世界においては合法。そしてそうやって存在する形や方法を変えたものを『魔物』および『魔物化』というんだ。

 ならば、テラールの姫が道を踏み外した事だって何も、悪い事じゃないと思うのに。
 自分の背負う重荷を、そっくりそのまま自分の子供に背負わせてしまった……罪。
 どうして彼女は……それが許せないと自らを罰し続けたのだろう?
 今となってはもう、それは分からない。
 彼女は行方知れずだ。『緑国の鬼』に攫われて……行方知れずになっている。


 『緑国の鬼』がファマメントを荒らすようになったと、今国はこれを捕らえる為に右往左往している。連中に連なる人物を洗い出す作業が連日行われ、町の警邏も厳しくなっているという。
 もちろん、『秘宝』が盗まれたから行方を捜すのに必死なのさ。
 何しろ『秘宝』だから、盗まれた事自体公には出来ない訳だし。
 とにかく、何かといちゃもんをつけて『緑国の鬼』について、ファマメント政府は直々に情報を洗ったようだ。それにワイズも関わったらしいね。情報整理をさせられたそうで、これがひどい結果に終わったらしい。
 極秘らしいけどワイズからこっそり聞いたよ。

 昔『緑国の鬼』がコウリーリスで暴れまわっていた頃、盗品の裏流しに携わったであろう者達が居たのだがこれが、ことごとく殺されているという。
 『緑国の鬼』を追って行くとその果てに、いつも死体が転がっているんだってさ。
 まるで全ての縁を切り離し、世界から遠ざかって逃げ続けるみたいに。 

 ようするに『緑国の鬼』に関わったものは皆殺されている、そう云う事でもある。

 その事実があるなら、緑国の鬼から『奪われ』て行った秘宝もまた『殺され』て、終わっている可能性はかなり高い。

 所が、その死体が出ないのでファマメント国は焦っているんだね。

 結局そのように躍起になっている事を隠し通せず、猫の手も借りたい状態なのかな。
 暫らく膠着状態が続いたと思って居たら、新聞に『大切な秘宝が盗まれた』という見出しが踊る事になった。しかし、……当然とそれがどのようなものであるのかは隠されている。そんなんじゃたいした情報提供は望めないと思うけど……。むしろ狙いは、堂々と政府でこの秘宝を探す人員を割く為なのかもしれない。
 隠すと知りたがる人は多いだろう?だから、実際に新聞には『秘法』とは特別な魔導書だとか書いてあった。
 それでも間違いではないのかな。
 僕が紐解いたテラールの説話によれば、ワイズ家の秘宝であるあの、何世紀も生きているテラールの姫は『魔法書』そのものだという考え方が出来なくもない。
 理論上、古い西方人の血を保存し続けている存在なのだから、魔法を使う事が出来る祖の一人って見方も出来るだろう?
 とにかく―――その、盗まれた物品が見つからないので必死な捜索が続いていると、新聞にはそう書いてあった。
 賞金額も一気に跳ね上がって大変な事になったそうだ。批判コラムによると賞金を釣り上げる事は良くないらしい、大物になりすぎるとこれを狙う人間が極端に減るんだって。相手が大物だと知って、賞金稼ぎがリスクを察して手を出さなくなるんだとか。

 思うに、そのように賞金を釣り上げたのはファマメント政府の思惑のうちだよ。

 僕は新聞を読みながらお茶をすする。
 秘宝の存在を表に出したくない、だから出来ればヘタな素人に『緑国の鬼』を打ち取ってもらいたくない。そういう意図が含まれているんだとコラムの筆者にこっそり呟いてみる。

 問題は犯人が捕まらない事じゃない。
 ……彼女の死体が見つからないという事だ。
 滅ばずの存在は本当に滅んだのか?
 それがはっきりしないという事なんだ。
 ワイズに限らず、秘宝の『死』を望むのは政府も同じ。滅ばずの姫は秘宝にして、負の遺産。
 彼女が世界に放たれたのではなく、彼女が死んだという事実を国は欲しがっている。
 ワイズもはっきり言わないが心の底ではそう願っているだろう。


 そのように、家宝を『緑国の鬼』に持って行かせた張本人なのだろうから。


「どうやってけしかけたんだい?」
 僕はこっそりと聞きだす事になる。
 もちろん、ファマメント政府は秘宝が盗まれた責任をワイズに押し付けようと必死だが、ワイズがそのように一芝居打っている事までは知らないだろう。そう、ワイズはそうやって責任問題から国を追われる所までを望んで今回の惨劇を画策してるんだよ。
 政府がワイズの意図を正しく知っていれば、彼が捕り物班に起用される事は無いだろう。
 責任を追及してワイズに尻拭いを命じている場合ではない。政府反逆罪とかに問われてまっ先に牢屋に入れられているに違いない。
 ワイズは責任を取って家の取りつぶしを願うつもりだろうが、余計な罰まで背負うつもりはないはずだ。牢屋にいられれるなんて、論外だろう。その辺りは実に巧妙にやっていると思うよ。
 彼は自由を望んでいるが、それは多くテラールや、賢者が望む極みとしての自由とは違う。
 彼の望みは小手先の、小さくて些細な思い込みの方だね。
 だが何より、秘宝の行方が『死』で落ち着いた事を確認するまで、秘宝に対する責任を放棄するつもりはないようだ。

「……縁を結ばないようにするのに苦労したよ」
 頭を掻いて、ワイズは苦笑を浮かべた。見える口元だけ引き上げて、こっそりと僕に漏らす。
「直接渡りをつけると逆にこっちが殺される可能性もある……連中の存在を知らずに、こっそり姫を狙わせる……。何より、僕の仕業だと政府に知られない為にもそこらへんは重要な訳で」
「だから、どうしたんだよ」
「貴方は知らないでしょうけど、実は一役買ってもらってますよ」
 僕は手を組み、それはどういう意味だろうと話を促す。
「ハクガイコウとして秘宝にお会いなされた、この事実がファマメント政府内で話題になった……すなわち。秘宝の存在が久方ぶりに明らかにされてしまったという事です。……こうなれば、秘宝が何であるかを隠匿したままでもウチにあるという噂を立てるのは容易い」
 成るほど。僕は頷いてそんな所で手を貸しているとはと関心した。
「……怒らないんですねぇ」
 もう一度ワイズは呆れた。
「怒らないよ?君は本当に策士だね、上手い事考えたものだよ」
 するとワイズ、何故かバツが悪そうに口を歪めた。
「どうしたんだい?君らしくないな、悪い気になった?」
「ハクガイコウ、実はもう一つ、僕は悪い事をしているんですよね」

 どうやら全て暴露する決心がついたようだ。

 そんな気配りは不要なのに、この所ワイズは僕に気を使っている気配がある。僕に向けて、何か後ろ暗い事をやっているという態度をちらつかせていた。

 滅ばずの姫を滅ぼそうと画策する事は、そんなに僕に対し気を使う事じゃない。

 彼女に執着しているのは……愛しているのは僕じゃなくてむしろ、ワイズだ。それなのにまるで僕がそうであったかのように顔色をうかがうのはなぜだろう?
 何とも思っていないという僕の言葉を信じていないわけじゃないだろう。
 つまり、まだ何かあるのではないかと僕もこっそり思っていた所だ。
「何をやらかしたんだい?」
 笑いながら言葉を促す。大丈夫、僕は怒ったりしないんだから。
「……むしろ、縁を結ばれたのはハクガイコウの方でして」
「僕が?……つまり、緑国の鬼と?」
「あの鬼が秘宝の存在を知った理由は、すなわちハクガイコウがその存在を暴いて知らせたからです。そういう事に成ってます」
 成るほど、詭弁的だけどそういう事になるかもしれない。
 僕の行動が滅ばずの姫の存在を表に晒した、要因と言えばそうだ。
「だから、……噂はこういう風なのですが、ご存じ無いでしょう。流石にハクガイコウの名を軽々しく扱うわけにはいきませんからねぇ。……ワイズ家に隠されている秘宝は外に出る事を望んでいる、塔に閉じ込められたハクガイコウはその立場に等しいものを感じて……秘宝の存在を暴露したのではないか……と」

 つまり、僕は密かに、そのように世間で思われているという事だ。

「緑国の鬼に、秘宝を盗めと依頼したのは……貴方なんですよ」
「僕が?……僕が実際そう思っていないにしろ、噂でそう『思っている』と考えられるのは理解できる。だけど……どうしてそれで鬼が秘宝を持って行く事になるんだ?」
「僕はねぇ、ずっと前からあの姫様をどうにか自由にしたいと思っていた訳です。それだけが僕をワイズ家に縛りつけた。同時に自由にすれば自分も自由だと思っていた。その為に色々と方法を練っていた訳です。最悪僕が滅ぼして差し上げる事も考えていた……それでも良いと思っていたし……むしろそうすれば良かったかなと今は反省していたりします」
「殺し損ねているかもしれないわけだしね」
「そうなんですよ、少し芝居を打ち過ぎた」
 素直にワイズは自分の失敗を認めて頭を下げた。
「おかげで僕は今も自由にはなれない訳でしょう?全く、大失敗です」
「ああ、君が何を言いたいのか分かった。……要するに僕は今、その緑国の鬼をおびき寄せる餌になっているんだろう?」
「……というか、これからそうしようと思ってます」
 ふぅむ、僕はため息を漏らした。

 よもや、ハクガイコウである僕をそのように使う事まで辞さないとは。

 黙っていればいいのに、ワイズはそれを僕にどうしても告げたかったようだ。ああ、そうか。これからそうしようと思っている、すなわち……。
 その為に手を貸せと言っているわけか。今、まさに今ね。

 縁をたどり、殺しに来る鬼。

 緑国の鬼は、次に僕を奪い来るというのか。

 ……しかし分からない。
 何よりも、緑国の鬼とやらの考えている事が。
 どうしてワイズ家の秘宝を盗んでいって……もとい姫をさらって行って、その次に僕に狙いを定めるというのだろう。緑国の鬼は一体何が欲しいんだ?
 ワイズが張った伏線に引っ掛かるような……そんな何か特別な感性でも持っているのだろうか?
 特別な感性?僕は苦笑してなんだそれはと自分の言葉を笑う。
 テラールの姫、理解し難いあの存在を、理解出来る者にしか分からないルールでもあるのだとすれば。
 きっと、僕には一生分からないのかもなぁとぼんやり思ったりもする。
 
 縁を辿り迫りくるだなんて、まるで悪魔の説話のようだけど……。

 ……悪魔、案外緑国の鬼というのは悪魔なのかな?
 テラール一族が魔法使いで、かつて魔法使いは悪魔と罵られていた様に。
 最も、悪魔が縁を辿って伝播するという説話だってただの説話で、本当にどういう作用をもたらすのかはよく分かっていないんだけど。

「で、どうすればいいのだい?」
「……やっぱり怒らないんですねぇ」
 三度目だ。くどいなぁ君も。わかってる癖にそう云う事はぼやくんじゃないよ。
 それとも、君は僕に怒ってほしいとでもいうのかい?

 そういえば、僕も彼女にそれを望んで色々けしかけたっけなぁ。
 結局彼女は怒る事無く受け流したっけ。
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