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10~11章後推奨 番外編 縁を持たない緑国の鬼

◆BACK-BONE STORY『縁を持たない緑国の鬼 -3-』

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◆BACK-BONE STORY『縁を持たない緑国の鬼 -3-』
 ※ これは、実は隠し事がいっぱいあるナッツ視点の番外編です ※

「面白い事を教えてあげましょうか、ハクガイコウ」
 悪魔召喚術を封印してもらう段取りを詰め終わった頃、席を立ちあがりながらふいとワイズが笑いながら口を開いた。
「何だい?」
「僕はね、悪魔召喚出来ない魔術師なんだよ」
 何時もの、軽薄な笑みを浮かべて告げられた言葉に僕は、小さく首をかしげていた。
 それはどういう意味だろう?
 ワイズには、天使教に対する信仰が無いのは知っている、けれども何か、信ずる事があって悪魔召喚などしない、と……言っているのかな?
 それとも、自らに何か封印を施し出来ないのか。
 ……それとも。
「そうだ、出来ないんだなぁ。どうにも僕らは魔法の備わる理屈が違うようだ」
「なるほど、……テラールの説話を自らで証明する訳か……」
 悪魔召喚が出来ない魔法使い、それは、魔法を使う理論が根本的に違うから……そう、それこそ、今日世界にある魔法を行使する者達とは全く別である揺るぎない証明となるだろう。
 理屈的には、居た事になるんだ、魔導師たちが纏めた悪魔についての報告書にも、可能性としてそういう、根源からして成り立ちが違う魔法使いが居る事が書かれていたっけ。
「本当に調べたんだなぁ君、あのブ厚い本をちゃんと読んだんだねぇ、モノ好きもいるものだよ。どうしてそんな事を調べようと思ったんだ?」
「別に、ちょっとした好奇心だよ。……何でかな、人が言う程、全体的な悪意を向けられている北神の事、僕はあんまり嫌いになれないんだ。それでちょっと興味がわいて」
 ワイズはふいと口を歪め、それから深いため息を吐き出す。
「そんな些細な興味から、こんなトコまで突っ込まれたのか。……はぁ、魔導師向きですねぇハクガイコウ」
 そんなトコ、というのは要するに、『あれ』の事だ。ワイズの家にある『家宝』だよ。
「しかたがないだろう、暇を持て余してるんだ」

 だから、出来る事をするしかない。
 本は黙って僕に付き合ってくれる、それだけしか僕に許されている平和な娯楽は無かったんだよ。静かに知識を収集する事くらいしか、僕には許されていなかったんだ。
 ちなみに、一時期料理に凝っていた事があるみたいだね。
 それで薬膳から始まり薬草知識まで、むやみやたらと詰め込んでいるみたいだ。

「僕は今でこそ封印術に特化していますが、もちろん興味本位で扉を開く魔法を構築してみたりもしたんですよ。ところがこれが、上手くいかない」
 ウチの家系は代々魔法を先天で使うんですが、基本的には国と付き合う為に自粛した者が多い、でも普通の魔法使いとは使える魔法の基本が違う、とは……云われてたんですよ。
 ワイズは苦笑交じりに肩をすくめる。
「もし君のその、『テラールの説話』が正しいものなら、僕らは一般的な魔法使いとは成立した理屈が異なる、と云う事になる。ワイズ家だって殆ど忘れてるような事だよ、勿論僕だってそんな話は知らなかった。でも……貴方のその理論を聞いて、ちょっとだけ『なるほど』と思ったりもしたんですよ」

 前に言った通り。

 魔法と云う『手段』を作ったのは悪魔と『言われて』いる。
 悪魔に連なる事は禁じられているが、基本的に『手段』は手段。魔法は別に悪魔の力と言うわけではない、悪魔が最初に作ったと言われているだけなんだ。
 この辺りはこう、捉え方次第だね。幸いというべきか、この世界では魔法は迫害される理由にはあまりされなかった。勿論、差別された地域や国も過去無かったという訳じゃないけどね。
 魔法は所詮手段に過ぎない、そういう頓知を利かせて魔法の地位を確立したのが、東の魔導都市を作った青の三魔導と呼ばれている訳だ。上手い事思考転換させたものだよ、今の魔導師もどちらかと云えば理屈が先のとんちきな人が多い。これはヤトの言葉だけど、いやぁ、云い得て妙だと素直に関心したから僕も使うよ。
 それは、おいてといて。

 悪魔は……作った手段を人間に使わせたかった。だから、人間に潜在魔力を残したという説話がある。
 作った手段、つまり魔法だ。魔法を使って、悪魔を召喚する扉―――すなわち、こちらの世界に悪魔が戻る為の扉を開かせようとしたのだ……という理屈だと、説明したね。

 ところが、僕が歴史から引っ張り上げた『テラールの説話』においては『潜在魔力』が人間に備わる理屈が一般論とかけ離れている。

 端的に言うと『テラールの説話』によるとこの世界に居る魔法使いは『二種類』に分けられるらしい。
 つまり、一般的に言われている潜在魔力のあり方とは根本的に違う魔法の存在がある。
 そもそも、潜在魔力と云うものが人に備わった理屈が異なる。

 一方が僕だ、一般的と云える『魔法使い』、理屈が分かり魔法を行使するだけの力を持っていれば悪魔召喚が出来てしまう魔法使い。多く魔導師もこれに含まれる、魔法使いっていうのは魔法を行使出来る全般を一番大きな括りで指す言葉だからね。
 そしてもう一方がワイズ。一般的では無い『魔法使い』、理屈が分かっていても悪魔召喚する事が『出来ない』魔法使い。


 『テラールの説話』はすっかり歴史の影に埋もれていた。危うく誰も知らずに消え去る所だったのだろう。実際に、その末裔であるワイズでさえ知らなかった事が沢山示されていた。ワイズの血脈は……消えていく事が道理だったのかもしれない。でも僕が見付けてしまった、引き上げてしまった。ともすればこの先、ワイズの血が完全に絶える事になるまで、世の摂理に嵌らない希少な魔法使いの事を改めて、世に記しておくのも悪くは無いだろう。

 真実なんてものはこの世界においてはそんなものだ。

 いや、現実世界でもそうかな。


 歴史の授業で教えられる過去が絶対に、正しい訳ではない。歴史の授業じゃ過去の事なんて断言が出来ないんだ。当たり前だろう?タイムマシンが在る訳じゃないし、タイムパラドックスという仮説も鑑みればタイムマシンが出来たからと言って観測地点に至る正しい過去にたどり着ける事だってわかりゃしないんだ。
 歴史というものが絡めば、『……と、言われている』って文句がまかり通る。

 過去は誰も正しく知り得ない。現実世界でもこの『仕掛け』は同じなのにね。

 過去は誰も正しく知り得ないのだという前提がしっかり置かれているのに、それでも人は仮定されたものに騙されて生きている。
 騙されていない人もいるけれど、そこは現実と同じだ、そういう人は一握りと言って良い。

 僕の現実、すなわちカトウーナツメの世界ではどうだろう。
 過去なんて、本当の事など誰も分からない。そんなの、少し考えれば分かる事なのに。
 教科書に書いてある歴史を正しいと『仮定』して、その仮想を常識と仮定して社会が成り立っている。
 99%の真実に騙され、1%の嘘を抹殺する。そうして、真実さえ実は仮定されたものである事を忘れ去る。
 僕の現実はそういう世界だ。
 こっちの世界はそうじゃない。まだ、そこまで酷く偏った情報で意識が平均化されてない、情報格差が広いからね、その分まだ……救いようがあるんじゃないかな。
 カトウーナツメにとっては『こっち』は仮想でも、ナッツにとっては現実だよ。その『ナッツ』の現実において、真実は時に信仰によって抑制される事は分かっている。
 テラールの説話も、信仰によって抑制された1%の真実なのだろう。

 もちろん、僕はこれを高らかに唱えるわけじゃない。
 黙っていろと言われているんだからね、僕は自分の知識欲求を満たすために真実は手に入れたけど、これをどこかにそうだと流布するつもりはない。いやまぁ、僕が引っ張り上げた諸々の古書を魔導師に渡せば、時間はかかるだろうけど広く認知される様にはなるかもしれない。けど……冷静に考えて抑制された真実だとするなら、そうなった理由もあるはずだよね。影響力、その事実が未来にもたらす可能性を考えれば……やっぱり、僕の手の中で握りつぶしておくか、あるいはまたこっそりと、失われないように気を付けて隠しておくべきなのかもしれない、そう思う。
 あと、一応大切なファマメント国の財産である古書なので他国に流出させるのに忍びない。

 ワイズが言うように、僕に魔導師的な性格があるとしても、知識を拡散させる事に情熱を燃やせるかどうかは微妙だと思うよ。

 でも、他はそうは思わなかったらしい。僕は魔導師的な興味本位で何事も知りたがり、そして実現させたがるのだ……と。
 だから僕には今、強い行動制限がついてしまった。

 黙っていろと言われて、黙っていてもいい。
 でも僕はここで、こっそり、その昔話を君たちに話そうと思うよ。
 冒険の記録を読むのは読者の自由だもの、そして、この話をどこまで信じるのかも自由さ。


 *** *** *** *** ***


 トライアン王国から引き継ぎ、ファマメントが抱える事になってしまった負の遺産。
 すなわち、ワイズ家が抱えている処分に困っている『家宝』。

 それはどんなものだと思う?

 世に出回ると困るような秘密の書物?

 魔法の掛けられた不思議な道具?

 そんなものならよかったのにねと、ワイズは肩を落とすだろう。
 残念ながらそういうモノじゃない。

 ワイズ家が抱える家宝とは、つまり―――北西人の特徴である、テラールの血脈そのものの事なんだ。
 つまり、自分自身かって言えば、そうとも言えるし、もっと致命的だと頭を抱えるかもしれない。
 どう云う事かって?
 ワイズ家にはね、門外不出の鳥籠があるんだよ。そして、その中に『決して滅ぶ事の無い鳥』を飼っているんだ。
 僕の立場とは比較にならない、一生狭き籠から出る事が出来ない哀れな小鳥を、飼っている。
 囀る事しか出来ず、永遠を歌い続けるかごの中のお姫様。
 名前は誰もが忘れ去った。小鳥もまた、自分の名前を忘れてしまったようだ。

 世界と縁を結んでいた細い糸が切れて、忘れ去られた。

 それがワイズ家の処分に困っている『家宝』だよ。

 もちろん、実在すると知って僕は驚いた。
 テラールにそういう変てこな姫様がいる事が書物の文献にあってね、そこだけ夢物語みたいにフワフワしてる。これは何かの比喩だろうかと頭を悩ませてたのさ。
 テラールの末裔がワイズ家と知り、調べてみたら確かにそのように呼ばれる家宝を抱えているのを僕は、知ってしまった。
 驚いて、同時に『それ』を見たいという思いが強くなり、ちょっと強引に確かめに行ったんだ。

 グランソール・ワイズと知り合ったのは当然とその時だね。
 ハクガイコウがどこからともなく、秘宝の存在に気が付きそれを見せろとやって来た。
 その時は流石に他人を欺く笑みをうまく作れずに、彼はどうしてそれを知っているのだという……本音を漏らした。

 さてはて、そのようにワイズ家の秘宝を見ようと画策した僕の行動力を、当時の管理官達は察する事が出来なかった。丁度担当の支天祭祀が引き継がれて別の人になったタイミングだったのもあるだろう。

 トライアン王国時代から引き継がれた公族の一つであるワイズ家に突然前触れも無く用事がある、と言いだしたら何かと怪しまれる所だったろう。けど幸いな事に……僕には実に都合の良い『きっかけ』があった。

 その頃ワイズ家はちょうど、主の死去で喪中だったんだ。
 グランソール・ワイズの父親は色々あって先に亡くなっていて、彼の祖父がワイズ家の当主だったんだけど、その祖父の方のワイズも僕、ハクガイコウを補佐する支天祭祀だったんだよ。そう、引き継がれる前の支天祭祀もまたワイズだった。だから僕はグランの事をワイズと呼ぶ癖がついてるんだね。
 後にグランソール・ワイズは祖父の家業を継いで天使教神官職の一つである支天祭祀になるんだけど、その面倒な手続き中だ。慣例として、最低一年ワイズ家は慎みをしている、その真っ最中なんだよ。
 ……僕はまだ、ワイズの孫の方、グランソール・ワイズには会った事が無かった。
 もちろん、顔を合わせていないって事はグランソールにしても同じだ。
 僕は天使教の偶像なのだから、実際に顔を突き合わせる事が出来る人物というのは限られている。支天祭祀の孫だから特例が在る訳でもない。その辺り、グランソールの祖父はきっちりしていたよ。公私混同をしない人だった。
 僕は、外出も出来るんだけどこういう時、自分の肩書を秘密にしなくちゃいけない約束がある。つまり、ハクガイコウだとは名乗ってはいけないという『誓約』があるんだね。

 だけど僕は、やや強引にテラールの秘宝見たさにこの時、ハクガイコウを名乗った。

 どうせ後にグランソール・ワイズが支天祭祀となって顔を合わせる事になるって知っていた訳だし。ファマメントの政治は一応、民主主義ながら、属する全ての組織が同じと云う訳じゃないよ。
 ワイズの祖父であるガルガンチュア氏とは気が合う方だったから、色々とお世話になっていた。ガルガンチュアが孫にどこまで僕の事を話したか、あるいは仕事だから何も話して無かった可能性もあるけれど……先を考えれば、こちらから先に名乗り出ておいても問題はさほどないだろうと僕は、そう判断したのだ。


 余談だけども、天使教にはリアルである日本様に、各家に仏壇があってそれを拝みに行くという風習は無い。
 無いんだけど、位牌にあたるものに挨拶しにいく行為は別に珍しくはない。死んだ人の冥福を祈る期間である喪中、僕もガルガンチュアの冥福を祈りに行きたいからワイズ家に行きたい、と言えば理屈は通る。

 しかしガルガンチュアの冥福を祈りに行く、というのは都合の良いきっかけで、建前だった。
 僕の行動の本当の理由は、テラールの説話に興味を持ってワイズ家の門外不出という秘宝が本当に『滅ばずの姫』なのかどうかを確認する事だった。
 僕がテラールの説話を追及している事を、天使教の幹部達が知らない訳は無い。ガルガンチュアは隠す理由も無く、僕の興味について報告を上げていた筈だ。彼は真面目だったが、テラールの説話が彼の家に繋がる事まで調べが着いた頃、すでに彼は役から退いて別の支天祭祀が僕の元についていた。
 出来れば裏をりたかったんだけど、そう思い立った頃にはガルガンチュアは老衰、天命を全うしていたんだよ。

 その後の担当官はこれまら話の通じない人でねぇ、僕の興味について殆ど理解していなかったから、興味がワイズ家につながっているなんて事、察する事も出来なかったんだろう。

 そして僕もまた、自分の行動がどういう意味となって今後に響くのか分かっていなかったんだ。

 突然ハクガコウが現われて、君ん家には秘宝があるらしいけど、それって見せてくれる?とか言われて。
 僕は、グランソール・ワイズがあんなに慌てふためいた姿、あの時以来見た事が無いよ。
 後にグランソールは、その時どうすればいいのか分からなかったから慌てたんだと、弁解しているね。
 グランソールはワイズ家当主になって、これから様々な事について整理しようという矢先だったろう。
 最もどうするべきか頭を悩ませている、門外不出の秘宝について『部外者』であるはずのハクガイコウが『それ』を見せろとやって来たとすれば、混乱もするだろうさ。
 見せていいのか、何の事だと惚けていいのか。
 相手はなにしろ、形だけとはいえ最高神官であるハクガイコウ。
 あまりにも予測不可能の出来事に、さしものワイズもすっかり判断に迷ったというわけだ。
 
 結局どうしたって?

 もちろん、見せてくれたよ。


 そして悲劇は紡がれて行くんだ。


 *** *** *** *** ***


 気にしちゃいけないと思いつつ、やっぱりちょっと気になってしまう。

「具体的に、どうするつもりなんだい?」
 だから、ある日誘惑に負けて僕はそんな事を聞いていた。
 すると当然と、ワイズは惚けて何の事でしょうとにやにや笑う。ここまでは僕の予測通り。
「ま、話したくないっていうのなら別にいいけど」
 押してダメなら引いてみろ。近しい人との言葉の駆け引きしか出来ない僕は、そういう技に長けていたりする。もちろん、ワイズはそこらへんの神官程甘っちょろくない。こんな序の口で引っかかる程単純じゃない事は知っている。
 だからこそ、どのように返してくるか見ものだ。
 ワイズはそんな僕の挑む視線に気が付いたように、少し天井を見上げるようにしてから答えた。
「逆にお聞きしてもいいですかねぇ?」
「何をだい?」
 相手もまた、こちらを出し抜こうと駆け引きを持ち出してくる。
「ハクガイコウはどうしたいと思われます?」
「……何に対してさ」
 こちらが主語を抜いて話し掛けるから、具体的に何の事だと僕に語らせようとしているな。当然と僕は惚けてそう答えた。
「これはウチの問題ですからね、いちいちご相談するのもおこがましい事ですが」
 ワイズはにやにや笑って口の端を引き上げる。
「まさか、またハクガイコウが介入するような事はありませんよねぇ?」
「勿論だろう、僕は『黙っていろ』に加えて『動くな』とまで言われている状況だ、」
「その立場、いい加減うんざりでしょう」
「否定はしないね」
 早いところ新しいハクガイコウに来てもらって、僕を自由にしてくれないかなとは……ちょっとだけ思っている。
 切望するって程じゃないから僕は、現状を維持するつもりだけれど。
「上手くいくと『動くな』制限は解除されますよ?」
 へぇ、それはどういう意味かな?
 僕は視線を泳がせ、ゆったりと湯気をくゆらせているミルクティのカップを取った。
 ワイズは止めていた動作を再び始め、小さなお茶用のテーブルに茶菓子を並べていく。

 その動作の途中、僕の席の極めて近くまでやってきて皿を差し出しながら小さく屈み、ワイズは僕の耳にこっそりと囁く。

「籠から、出そうと思ってます」

 僕は眉を顰めていた。

 それが出来れば世話無いのではなかったのか?
 そんな疑問を読みとったように、ワイズは自分の紅茶のカップを手に取り、立ったまま一口飲んで答えた。
「ご心配なく、もちろんちゃんと手は打ちますから」
「……君がそう言うんだ、国に迷惑をかけるような事はしないと思うけれど……」
「それでも興味がおありで」
 ワイズは笑いながら手に持つソーサーにカップを置いた。
「う……ん、まぁね」
「だから、貴方はどうしたいんだって聞いたんですが」

 どうしたい?
 ワイズ家に伝わる籠の中の鳥。
 生ける秘宝、滅ばずの姫。
 ……そのままだったよ。
 何かの比喩であった方がまだ、よかった。

 すでに何世紀も少女の姿のままだという、北西人と特徴を色濃く残した彼女はトライアン王国が顕在だった遥か過去の時代から籠の中に捉われ、決して外に放ってはいけないものとして隠されて、忘れ去られ続けている。

 僕もまた、生まれてすぐにこの塔の中に連れて来られ、偶像になるべく育てられた訳だけど……。
 彼女に比べれば不幸でも何でもない、そのように思える程ずっと昔から。
 もしかすれば僕が、この立場を哀れだと思わない理由の一つには―――彼女の存在を知ったからという事があるかもしれない。いや、確実にあるのだろう。
 僕は哀れじゃない、哀れと言うのなら彼女の方だ。
 彼女の存在を知り、僕は……そう思っているのだ。

「同情されているのかな、と」
「……せずにはいられないのかもしれないよ」
 僕は素直に認め、ワイズに返していた。
「そういう思いを抱かれてるのが困るんです」
 成るほど、確かに。
 ワイズはあの姫を手放したいと考えている。あれがある以上、彼が心の底で望んでいる『自由』は無い。

 ワイズは家を継ぎたくないんだよ。

 縛る者、つまり祖父ガルガンチュアが亡くなり、父もすでに無く正式にワイズ家の主となったグランソールは、出来る事なら公族など止めて没落しようと目論んでいるんだ。
 実際トライアン王国上がりの公族の一つであるワイズ家を邪魔だと思っている連中は少なからずいるので、彼の目論見はうまく運ぶだろう。
 しかし唯一何とも如何ともし難いモノがある。

 それが秘宝、テラールの姫。

 彼女を自由に出来るなら誰かがしている。
 全てから、この世界に存在する事からも自由に解き放つ事が出来るなら、すでに、誰かが。

 それが出来ずに今も存在すると云う事は、結局誰もそれが出来ないという事だ。
 当然僕はそういう事実を納得できる。
 でも、ワイズはその誰もが出来なかった事をやろうとしている。
 どのようにするのか、興味があるだろう?

 でも……その中に。彼女に対する同情が僕にあるだろうと言われたら否定できない。
 要するに、ワイズが成そうとしているのは、同情する事が許されない方法だと云う事だろうか。

 だから、僕があの秘宝に近づく事を迷惑だとワイズは言うんだろうな。

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