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10~11章後推奨 番外編 ジムは逃げてくれた

◆BACK-BONE STORY『ジムは逃げてくれた -11-』

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◆BACK-BONE STORY『ジムは逃げてくれた -11-』
 ※これは、10~11章頃に閲覧推奨の、アベル視点の番外編です※

 それでもあたしはアイツに同調する気にはなれない。
 同調出来ない。

 カーラスの興した革命は、剣闘士達……特に時に弱者として切り捨てられていく隷属剣闘士達に等しい未来を齎すだろう。
 パパが殺されたのもこいつの策略だけど、でもそういう階層化してしまった体制を変えられなかったパパにあたしは、正直同情出来ないで居る。やっぱりそれは、常識だと思って見過ごして来てしまったあたしも同罪で……正しい事ではなかったのだわ。だからといって、それを『すべて壊す』ことで不正の元を全て絶ちきり最初からやり直そうとしたカーラスにも賛同出来ない。
 まだコイツを好きだとは思えない、やっぱり嫌いだ、そう思うのは……。
 多分、やり方が気に入らないからだわ。
 正しい犠牲とか、平然と積み上げるつもりなんだろう。勿論犠牲の無い道は険しい茨の道になるのだろうけれど、そんな道を歩むことを放棄した様なものじゃない。

 ようやく暴動が落ち着いて来て、ふたを開ければエトオノの経営はクルエセルの援助を受けたカーラスに握り込まれていた。ファミリーの核たる人達は『暴動で死んだ』事になっている。随分あっさり命を取られてしまったものだと思ったけれど、よく考えたらエトオノの、経営陣側の上位戦士の殆どがここ一年の間に死んでいたからだわ。ファミリー側を守る剣闘士がすでに殆ど残っていなかったんだ。ジムや、他試合などで見事に刈り取られている。
 だから、エトオノは闘技場を前みたいに思う様に操る事が出くなってしまって赤字続きだったワケだ。

 あたしはジムを病室に残してようやくパパの遺体を確かめる事が出来た。
 一応と、病室に担ぎ込まれて来たからだ。あるいは……埋葬手続きまでをここで行えるから形式的に担ぎ込まれて来ただけなのかもしれない。
 パパは、アダム・エトオノは間違いなく死んでいた。病死とかじゃない、明らかに剣撃による外傷があって、体の正面、胸から腹の下まで斜めに斬り降ろされた……無惨な遺体だった。
 もう散々泣いた後だったから、もはやパパを見ても、ああ……嘘ではなかったのだと思っただけなのに、自分に向けてため息が漏れる。エトオノ抱えの病院機構は、とりあえず経営トップが変わってしまったけれどこのまま存続する話がまとまった、とか云う話らしい。
 パパの埋葬について、世話してくれるとの事だったので任せる事にした。

 一応補足しておくけれど、こっちの世界だと遺体処理ってすごいデリケートな問題なの。なんたって死霊っていうのが真面目に存在する世界だからね、ちゃんと弔わないと化けて出てくる世界なのよ。
 だから、葬式の有無はともかくちゃんとお墓に弔う所まで責任を持つ機関がどこの国にも必ずあるわ。イシュタル国では医者が葬儀士を兼ねている。

 パパに向けて、あたしの弔いの祈りが終わったころにようやく、真っ当と云える感情が押し寄せて来た。
 怒りだ、誰がパパをこんな風にしたのか?
 誰の仕業なのか本当の所をつきつめてやろうと肩を怒らせて、屋敷に戻る事にした。剣闘士達が騒ぎ立てていた喧噪はいつの間にか収まっていたしね。
 すると。あたしがどこから戻ってきたのか、それさえ眺めていたように入り口で、カーラスが待ち構えていたわ。すっかり暴動を治めて、新しいファミリーや自分の身を護る為の剣闘士達を率いている。

「アベルさん、この大事な時に何処に行っていたのですか、まさか戻って来るとは思いませんでした」
 カーラスに飼われた剣闘士達がそっと、囲むように足を運んだのを見る。あら、これあたしをとっつ構える構えなのかしら?あたしはそういう気配を感じながらも逃げるそぶりは一切見せずに切り返す。
「大混乱で家に近づけなかったのよね」
「残念ながら、もう貴方の家では無くなってしまいましたが」
「そうね、そうみたいだわ。でも、部屋の荷物くらいは取らせてくれないかしら?」
 いいですよ、どうぞと大げさに案内するカーラスをあたしは一瞥した。
 多分、そのまま館に閉じ込める段取りなんだろう。でもあたしはアンタなんかに捕まる程軟じゃないわ、素知らぬ顔で館の扉を潜る。
「で、パパは誰がやったの?」
 あたしが病院機構から来た事は察しているだろう、カーラスはその問いにさっと顔色を変えた。
 あら、もしかして……あたしに遺体を見せる心算は無かったのかもしれないわね。病院機構を抱え込んだのは、パパを葬儀に送り出してあたしと対面させない為だったのかしら?
 カーラスは黙ったまま、視線だけで取り巻きに合図を送った様だ。
 あたしが部屋に向かって歩いていくのに着いて来るのは、階段を二つ上がる頃にはカーラスだけになった。
「……言ってやったんですよ、アダムに」
 あたしは、自分の部屋にたどり着く前にその声の暗さに気が付いて足を止めていた。やや俯いて、カーラスは下から見上げるようにして笑う。
「貴方がモンスターと戯れている、というのを」
 ……恐らくそんな事だろうと思っていた。だからあたしは、今更そんなことに一々動揺はしない。
 あたしとジムの夜会と称したストレス発散授業は、誰にも明かしていない、秘密の逢瀬だった。それをついにカーラスが知ったってダケの事だ。誰にも知られないように細心の注意を払っていたつもりだったけど、本当にコイツの執拗さには辟易するわね。
 あたしは厳しい視線をまっすぐに、穴が開く程にカーラスに向けて投げつけている。それがどうしたのかと上から伺う視線だけを奴に投げつけてやった。
「まさか、アベルさんに限ってそんな事は、ましてやあのモンスターがそこまで節操無しだとは僕も信じられませんでしたが」
 すでに、カーラスはジムの名前さえ呼ばない。

 そこまで憎んでいるのか。

 目指している所は同じなんじゃないの?
 古いエトオノのやり方を排して、ついにエトオノの血を必要とせずこの闘技場を手中に収めたカーラス。
 その根底には、不正も辞さない経営への不信があったはずだ。あたしはコイツと一緒にエトオノ経営を手伝っていたから、不当なやり方に不満を持っていた事は知っている。
 見ている所は違うとしても、ジムとカーラス、目指している所は同じじゃないの?
 ……いや、同じであるから相容れないのだろうか?

「あの野郎、認めやがって」
 途端に凶暴な口調になってカーラスは吐き捨てた。
「……それで、アンタがジムにあんな仕打ちを」
「いいえ、あれは貴方の父上であるアダムがなさった事です。いや……違うかもしれない」
 カーラスは喉を鳴らす様な卑しい笑みを洩らしながら言った。
「あの鞭はあのモンスターが欲した罰かもしれないな」
 意味を汲めずにあたしが眉を潜めると、突然カーラスはあたしに接近してきて、顔を近づけて喚いた。
「……事もあろうか、アダムはッ!」
 唾が飛んできそうな勢いであたしは、一歩背後に下がって引いてしまう。
「あの卑しいモンスターに、責任を取れ、などとッ!」
「……責任?」
「この私を差し置いて、」
 泣き笑い、酷く歪な顔になってカーラスはあたしの肩を握りこむ。
「それを、事もあろうかあの野郎は、断りやがって……ッ!」
 爪も食い込むというほどにあたしの肩を掴み、背後の壁に押し付ける。
 あたしは……反抗してもよかったのだけど何と無くそんな気力が無くてされるがままになっていた。
「アダムは、認めるまで鞭を振るうと脅した!それさえもあの野郎は、涼しい顔でそうしろ、などとッ!」
 つまり、責任を……取れない、取るつもりが無いというジムを、パパが、責任を取るとジムが、言うまで?責任って、つまりその、責任って?

「事もあろうかアベルさんを、あんな奴。頼まれても嫌だと、そう言いやがったんですよ!?」

 あたしは、笑った。乾いた笑いが漏れる。
 ああ、そうか。ジムは、あたしの事など。
 頼まれても……嫌なのね。
 でも仕方ない事なのかな、お互い――嫌いじゃぁない、という感情が在るだけなのだし。

 そんなの、

 あたしは静かに剣を抜いていた。護身用とはいえ装飾が多いから多分、ただの飾りだと思われていただろう。でもあたしはこの剣を使う術をすでに持っているんだ。
 ストレス発散を名目に、ジムから手ほどきを受けるようになってもう随分と立つ。
 カーラスは、あたしが感情的になって剣を抜いたのだと思ったのかもしれない。
 大抵鉄拳による暴力で何とかしようとする私が、剣を抜いた意味を捉え切れていなかったのだろう。

「あたしだって、責任取って貰うだなんてそんな事、」

 土下座されたって、願い下げだわ……!



 *** *** *** *** ***



 足をぶらぶらと振って、見慣れない町並をぼんやりとうかがっている。

 あたしは……。
 逃げて来た。

 って言ってもまだ国内なんだけどね。
 あたしはイシュタル島を出て国の首都レイダーカに居た。

 一夜にしてエトオノの全てを握ったあの男を切り殺して、あたしは逃げて来たのだ。
 何時もあたしの暴力を受けて来た一人であるカーラスは、その拳は自分を殺す程ではないと高を括っていたのだろう。実際、多分パンチやキックであたし、人を殺せる自信が無い。人体の急所、って奴は一応一通り習っていたけど、それはあくまで武器による有効打を基礎としたものだ。自分が極めて怪力の部類だとは把握してるんだけど、加減を間違えば容易く命を奪う事は分かりすぎているのよね……なんというか、自然と力を制御しちゃう癖がついちゃってる、怪力なのに容易く人を殴る癖がある訳だし。

 でも、例えば銃とかだったらどう?
 あれは、考えてみると恐ろしい武器だわ。殺すつもりが無くっても、引き金をひいたら最悪簡単に人を殺してしまう。

 『アベル』にとって、剣っていうのは銃に匹敵したのだと思う。自分の拳みたいに、相手を殺さないように力の加減が利かない。振り翳せば、切っ先は無慈悲に対象を切り裂く。

 まさかその剣が、自分を殺すのだとカーラスは思いもよらなかったのだろうな。

 あたしならば、理不尽と思えば殴りかかって来る。多分……そうやって自分が殴られる事をカーラスは想定に入れてあえて二人きりになってあたしの感情を揺さぶろうとしたのだろう。既成事実って奴だよ、あたしが方向音痴な事を奴は十二分に知っているから、どうせエズの町から逃げられないと踏んで、取り押さえる口実だけ作っておいて、じっくり網を張ってあたしを捉えるつもりだったのかもしれない。

 パパの亡骸に、本当は……最後のお別れをするつもりだったけど出来なくなった。
 目撃者が出て本格的に捜査網が広げられる前に逃げなければいけない、あたしは屋敷の中を通らずに、自分の部屋荷物を取って、屋根に上がってエトオノ闘技場を後にした。
 幸い……逃げる準備は万全だったしね。荷造りは出来てたのよ、あとはもう逃げるしかないのだと追い込まれては居た訳だし。

 もちろん、方向音痴のあたしが一人でレイダーカまでこれるはずが無い。

 結局、あたしの『家出』を手伝ってくれたのはテリーだったりする。
 大大会に出ていたのだけど先にトーナメント落ちして……まぁ、あたしの家の騒動を知って世話焼いてくれたのね。
 一先ずエトオノから距離を取らないといけない。コソコソするなんてむしろ目立つってものよ、そうして荷物を抱えて観光客でごった返す表通りに飛び出したところ、事情を察していたテリーが待ち構えていた。
 あたしの手を問答無用で掴み上げ、あたしが言葉を上手く話せない事情さえ理解したように……街の外へ連れて行ってくれた。

 後に教えてもらうんだけど、エトオノの没落にはテリーも一枚噛んでいたんだそうだ。テリーはクルエセル側の若手経営陣と組んでいたのだから、実は最初から色々と指示があって動いていたみたい。だから、あたしの動向について色々探りを入れてきてた訳だ。……だから、尚更あたしの事放っておけなかったみたい。
 今あたしは色々起きちゃって混乱してて、どうしてテリーが世話焼いてくれてるのか、その理由は分からないし考えるヒマも余裕もない。

 リコレクトしてさらに補完すると、テリーは『家出少年』なのでちょっとアタシの事応援したかった、とかいう理由もあるのかもしれないわ。割とテリーは……顔とか態度に見合わずお人よしよねぇ。


「おお、出たぜ」
 乱暴に足で戸を閉めながら帰って来たテリーは、両手で新聞を掴んで文章に目を落としたままあたしに言った様だが……。
 あたしはあえて無関心を装って沈黙を返す。
「アベル?」
 あたしが沈黙したままなのを訝しんでテリーが顔を覗き込んでくる。
「ほら、結果が載ってる。テメェで見ろ」
「……ん」
 のろのろと手を伸ばし、結末を見届ける事なく逃げて来た、大大会の記事にぼんやりと目を向けた。
 情報が入ってくるのは、遅い。
 海を隔てているレイダーカでは、国民が国の最新情報をこうやって紙面で知る事が出来るの一番早くても7日後である。レイダーカが渡るのに苦労する海峡を越えた島にある都合だ、勿論緊急を要する情報はすぐ伝えられるのだけど、そうでない場合は一精遅れが当たり前なんですって。なんでも、イシュタル国全土に同じ情報を配布する為に、あえて時間をかけているらしい。

 もうずっと前に決着の着いていたのだろう結果が今、こうやって齎されている。
 でも、上手く焦点が合わない。

「ああ」
 あたしは小さくため息を洩らし、新聞をテリーに突き返す。
「……それだけかよ」
「ぶっちゃけてさ、なんかどっちの結果でも最悪なのよね、あたしは」
「何がだよ」
「……うっさいわね、出来ればあたしはここからも逃げ出したい位よ」
 しかしここは見知らぬ町。一人出かけだしたって恐らく迷子になって泣く事になるだけだ。
「お前、一面しか見てないな?」
「うん?」
 テリーはあたしに再び新聞を突き出す。
「二面記事も読め」
 顔を見上げるとなぜか、その表情は笑っている。

 
 大大会の優勝者が誰なのかを見ても、心が上手く揺れ動かないあたしであるけれど……。
 二面記事の内容はびっくりだった。
 驚いて椅子から立ち上がってしまった。
「あの、バカッ!」

 それはエトオノの長アダム、および……次期長として手腕を振るっていたカーラスの死についての記事だったのだがこれが、とても滑稽な事になっている。
 一面記事と同じ顔の人間が犯人として載っている。紙面の一面で、優勝者として大々的に報じられている男が次の記事で二人を殺害した容疑者として載っているではないか。

 そしてすでに容疑者はその事実を自白したという事で……死刑が執行されたという。


 俺が殺してやろうか?


 ふっと囁かれて、初めて全てを許してしまった日に、あたしはその提案さえも何時しか許していたというのだろうか?
 そんな事するなって、強く言えればよかったのにあの日、言えなかった事を唐突に思い出す。
「…… ……」
 言葉が出てこない。
 こんな結果でいいの?
 良いも悪いも、この結果をあたしが変える事など出来ない。
 ……でも、本当に変える事が出来なかったのだろうか?
「最後はちゃんと逃げやがったか……」
 テリーの呟きにあたしは呆然と、彼が最後に諭した言葉を思い出す。


 今は逃げて、これから逃げずに戦い続ければいい。


 あたしは目を閉じてその言葉を口の中で繰り返した。

 そうする、あたしはそうやってこれから生きてみせる。
 逃げるのは今日で最後だ。

 あたしはこれからずっと、戦い続ける。それを……誰に誓おう?
 戦いの神、イシュタルトに?

 小さく首を振ってあたしは目を開けた。神なんて居ない、虚空に願って何になるだろう。
 あたしは、今アタシに向って誓う。正々堂々戦い続ける事を誓おうと思う。


END
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