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10~11章後推奨 番外編 ジムは逃げてくれた

◆BACK-BONE STORY『ジムは逃げてくれた -9-』

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◆BACK-BONE STORY『ジムは逃げてくれた -9-』
 ※これは、10~11章頃に閲覧推奨の、アベル視点の番外編です※

 あたしは笑って構えているテリーを睨みつけながら……搾り出すように言った。
「あんな奴と誰が、結婚なんかするもんですか」
「でもお前に拒否権あんのか?」
「……無い、かもしれないけど」
 そう。
 割と、私に拒否権は無いかもしれない。
 夫婦という営みとか、その前にまず愛とか。
 そういう多分重要なものが欠落した『結婚』とやらをあたしは、しなくてはいけないみたいなのだ。

 だから嫌だ。相手がカーラスだというのが輪を掛けて嫌だ。
 でも、気が付いたら結婚した事になっちゃってる可能性も今後、無くは無い。
 エトオノの一人娘であるあたしには……。

 そんなの間違っている、違う、だから結婚しないという我侭は許されない。そういう立場にある事を、……一応は分かっているんだから。

「じゃ、どうすんだよ」
 どうする、って。
 あたしはテリーから、視線を逸らしながら言われた言葉に呆然とする。
 どうする?どうする……って。
 逃避していた未来がいきなり目の前に突きつけられている。そんな未来は受け入れなくなかった。だからそんな未来の事を考えたくも無かった。
 でも、いずれそうなってしまう日が来るかもしれない。

 来てしまったらあたしは、ただそれをぼんやりと見やって、嫌だとダダを捏ねつつ……。
 結局の所仕方が無い事だと諦めてしまうのだろうか?


 子供の頃、家庭教師のメルア先生に散々宣言した言葉をあたしは、思い出している。

 先生に密かに恋をして、そして何一つ思いをこの口から伝える事なく敗れた苦い『想い出』を振り返り……その過程、諦めてしまった『夢』を思い出す。

 あたしはこの町をいずれ出る。
 出て行く。

 出て行って何がしたいのか、未来の伴わない『夢』。
 この町を出たいというあたしの願いはただの『逃亡願望』。
 夢でも何でもない、ただの現実逃避だ。

 でも……許されるならあたしは今、逃げ出したかった。

 かつてあたしはどんな理由で、逃げ出してはいけないと思ったのだっけ?
 あたしは強くて、生まれた時から恵まれていて、どんな事も出来るのに対し買われてきた奴隷達は、自分自身で強くならなければ自由も得られない。
 そんな人達が多く居るこの町であたしは、一人逃げ出す事など許されるのだろうか……と、そんな風に思ったのだったっけ。

 でもどうなの?
 あたしは隣でビールを飲んでいるジムをこっそり伺って思う。
 あたしは力の無い子供達を知っていて傲慢には振舞えない、などと言って置きながら、逃げ出さずに居る事がそれに見合う、あたしの立場だと言えるのかしら?

 ジムは強くなった。
 今の彼の実力を持ってすれば大大会で好成績を収めるのもそれほど難しい問題ではないだろう。
 彼はその気になれば、いつでも『自由』を手に入れる事が出来る場所に居ると言える。

 それに対してあたしはどうだ。
 自由?あたしのどこが自由なのだろう。生まれたその瞬間から強者である事を約束されたあたし。
 そのあたしとジム、どっちが『自由』であると言えるだろう?

 変な規則や変な風習に縛られて、あたしは随分我侭に振舞ってきたけど結局最後は何一つ、自由に振舞う事が出来なくなってしまうなんて。
 ジムは弱かったから、強くなるために努力していた。
 対してあたしは最初っから強かったから……それに胡坐をかいて、何もして来なかったんだわ。

 赤い髪と赤い目を持って生まれ、生まれた時から存在の強い者。
 あたしはこれ以上強くなれない。
 最初っから強いから、これ以上強くなる必要が無くって変化を辞めてしまう。
 それに比べて人間というのは貧弱で、でも……努力して強さを手に入れた人は軽々と、あたしのような高次の存在の頭上を飛び越えていく。


 いつしか見上げていた。
 いつも見下ろしていたのに。


「あー……うん」
 あたしはようやく考えを纏めて小さく唸った。
「あたし、この町を出よっかな」
「出るって、家出するって事か?」
 なぜテリーがすぐさま家出に結び付けたのか、この時はあたしはその密かなリードの意味は気が付かなかった。
 テリーがこの時『家出』というキーワードを出した理由は至極単純だったりしたのは……ずっと後に判明する事だ。

 ええっと、テリーは西の実家を飛び出してきた家出少年だったから、ね。最も、それを知ったのは未来一緒に旅をしている時で、今ではないから。
 この時はそんな事情は知らないし、気づいても居ない。

 とにかく、とどのつまり家を出るのだから家出で間違いではない。
 あたしは頷いてノンアルコールのカクテルを仰ぐ。
「はは、壮絶方向音痴のお前がどうやって、町の外に出るんだよ」
 酔っ払っているのだろう、ケラケラ笑いながらジムが手を扇いでいる。
「……そう、それが実は大問題だったりしたわけよね」
 あたしはジムを殴る気にはなれずにグラスを置いてうなだれていた。
「誰かあたしを外に連れ出したりなんかしてくれないわよねぇ?」
「……だとよ」
「何?」
 テリーはそのあたしの小さな愚痴を見事にジムに流した。
 しかしジムの方は前後の流れを理解していないようで完全に、惚けて首をかしげている。

 はぁ、別にいいわよ。
 アンタになんか頼んないわ、圧倒的にテリーの方が頼りがいがあるし。
 という訳でテリーに振った話だったのに、テリーからは軽く流されてしまった訳だけれども。


 *** *** *** *** ***


 あたしは具体案の練りこみに入っていた。

 あたしは……。
 逃げる事にしたのである。


 具体的にどういう『理由』でこの町を出ればいいだろう?逃げ出した『先』が必要なんだわ。
 金銭的な問題や、あたしの精神的な心構え的には問題ない。
 あとはどうやってこの、天然方向音痴が外に出るのか。
 意味付けよ。あと出来れば道案内人が必要ね。

 何か理由があればいい、エズから逃げ出してどこか遠い所に出かける理由をあたしは探した。



「やっぱり、先生に会いに行くのがいいかな、と思って」
「ああ?メルアとかいう家庭教師か?」
 ジムとメルア先生は見事に入れ違いだったので当然、ジムはメルア先生の顔は知らない。でもそういう先生があたしには居たという事は話してあった。
「魔導都市ランに行こうと思うの」
「なるほどねぇ」
 定例の月曜夜、剣術指南中の無駄話、である。
「そうだ、魔導都市って位だからそのアンタの首輪、外す方法とかも分かるかもしれないわよ?」
 という風に、さり気なく道案内をお願いしてみたり。
 もう結婚カウントダウンに入っているみたいだからこの際、なりふり構ってられないのだアタシは。意地もプライドも捨て去ってでも、逃げるのに結構必死。
「……あのな、アベル」
 しかしそんなあたしの企みを察してしまったらしいジムは、小さくため息を洩らした。
「昔言ったと思ったけど俺は、戦う為に剣闘士やってんだよ。確かにこの首輪はウザいが別に、これを外す為に生きてる訳じゃない。もうぶっちゃけ諦め入ってるし。お気遣いはありがたいがもう、いいから」
 まぁ、一度それで火傷負わせちゃった身としては……彼の辞退の言葉に心苦しいものがある。
 つまり、あたしを逃がすのに手を貸すつもりは無い、という事でしょ?
 まぁ……コイツの弱点を多数握りこんでいるあたしとなんか、なんかさっさとおさらばしたいに違いないのだ。当たり前よね、さっさとどっか行けっていうのが本音である事くらい、あたしだって分かってる。
 分かってるけどもう、包囲網が小さいのよ!なりふり構ってらんないの!

 ……けど、握ってる弱みをちらつかせ、強制的に連れて行け……とまではあたしは言えない。
 そこまでコイツを引きずり回す権利は自分に無い事は分かっている。
 あたしは苦笑してあらそうなの、と……何とも無かった様に返事を返した。
 ジムは木刀を肩に担いでちょっと怪訝な顔であたしを見る。
「そんッなに、カーラスの事嫌いなのか」
「大ッ嫌い」
 あたしが笑って即答したのに対しジムは、真顔で言った。
「なら殺しちまえば?」
 ふっと護身用に携帯の許されている剣を腰から抜いて、あたしに向ってその柄を差し出した。
「それで全部丸く収まるぞ、大嫌いな奴と結婚はせずに済む。次の相手が多少は好きになれるといいな」
「ばッ……か、そんな簡単に言ったって……」
 人を殺すのは軽くは無いわ……今だって殺しあう事を合法化した闘技場のあり方にあたしは疑問だし……。
 などとは、実際日々殺しあっているジムには言えないので口を濁していた。
「イシュタルトに誓えばいい」
 ジムはため息を洩らしながら、剣を再び腰に収めて狭い空を見上げる。
 三日月が心細い光であたりを照らしていた。
「このアタシに勝ったら結婚してあげるわーッとでも言って、闘技場に引き上げてしまえばコッチのもんだぜ。勝てるだろ?ぼこぼこにしてしまえ、いっそ二度と起き上がれないように息の根止めとけ」
「そんなの無理に決まってるでしょう?」
「……俺は好き嫌いで人の命を毎日、采配してるんだぜ」
 ジムは顔を逸らしたまま呟いた。
「俺にとって戦いとはそういうものだ。……だから俺は雇い主であろうとそんなんは関係なく、嫌いだったからグリーンを殺したんだ。まぁあれは、イシュタルトに誓った訳じゃぁねぇがな」

 子供の頃に、二人目の隷属主人となった人物を殺してしまった、という経歴がジムにはあるのよね。
 そしてその曰くが、彼にGMという名前をつけさせたのだ。

「そうね……あたし、あんたと違って全然弱いもの。人一人殺す事も出来ずに逃げ出すので精一杯よ」

 あぁ何だろうなこのやるせない気持ちは。
 この胸のムカつきは何だろう?あたしはそんな風に若干悩んで納得する。
 ああ、あたしは……アベルはアイツにそっくりじゃないの。


 日常から逃げ出してばかりのあの、甲斐性なしにそっくりだからアタシは『あたし』の事に、ムカムカするんだわ。


 何て事だろう、何だってあたしはコッチの世界であの甲斐性なしの弱虫男の影を引きずらなきゃいけないのかしら?
 アベルの過去で何が重いって、こっちのアベルがあっちのアイツにそっくりだという背景が、あたしにとっては重いように思えてならなかったりもする。
 でもあたしは……そんな自分が嫌いじゃなかったり。
 嫌いにはなれない、どうしてもあたしは嫌いにはなれなかったりする。
 だから余計に。
 あたしはアイツにそっくりな自分の写し身にイライラするのだと思う。


「じゃ、俺が変わりに殺そうかと言ったらお前、どうする?」
「……え?」
 ふっと一歩近くにジムが立っていて、あたしはすっかり追い抜かれた背の所為で彼を見上げていた。
「正直嫌われてるんだしな、ぶっちゃけ俺もあいつ嫌いだったりするんだけど……」
 視線を地面に投げてあたしは笑った。
「そりゃ……益々ダメに決まってるじゃない。アンタに罪着せる訳には……」
「俺の事はどうなんだ?嫌いなのか」
 声が余りに近くてあたしは慌てて視線を上げる。少し屈み込むようにしてすぐ目の前にあったジムの顔をあたしは凝視し……ふと、その邪魔な前髪を左手で振り払ってみた。
「……どうしてこのウザい前髪切らないのよ」
 前髪を引っ張ろうとするといっつも逃げるから……あたしはジムの顔をマトモに見たのはこれが、初めてだったりする。
 今回はおとなしく前髪を掴まれてもジムは逃げなかった。
 その、ジムの目の色が緑色であるのをあたしは今、はっきりと知る。
「見えてるだろ、理由はそれだ」
 僅かな月明かり。でもあたし、夜目が利くからはっきりと見えるのだ。
 あまりにも鮮やかに、その美しい緑色の瞳が幻想的にさえ見える。
 ジムの首に嵌っているエメラルドグリーンの首輪程鮮やかではないにせよ……少し魔種の混じっている不思議な緑色の瞳は綺麗だと思う。
 子供っぽさはもう完全に消失していて……割と精悍な顔つきが前髪に隠されている。
「この目の所為で俺は貧乏くじ引いた」
 人間って言ってもこのご時勢、多少の魔種の血はどこかしらから混じっているものだ。人間にはあまり出ないこの美しい緑色の瞳に……グリーンは魅入られてしまったのね。
「成る程、でも……もういいじゃない。そんな事忘れなさいよ、グリーンはもう居ないのよ?アンタが殺したんだし……」
 ふいと顔をが近づいてきて、綺麗だなと素直に認めた瞳からじっと見つめられてしまって言葉を止める。
 そんな方法でも、相手の言葉を封じる事は出来るんだ。
 あたしは割りと、殴って止める癖があるものね。
「どうなんだよ」
 至極近距離で問いかけられてあたしは挑戦的に笑う。
「アンタはどうなの」
 ここまでば近づけばもう、防ぐ手立てが無く柔らかく、あたしの唇は塞がれてしまった。
 あたしの心臓は実際、びっくりしちゃて跳ね上がって暴れているけど……。でも一生懸命に意地張って平静を装って。
 素直に、ジムの額にやっていた手を彼の頭に回す。
 息を継ぐ間に答えを囁いた。
「別にあたしはアンタの事、嫌いじゃぁ、無いわよ」

 まぁ、嫌いじゃない、それだけだけど。


 *** *** *** *** ***


 二年で大大会参加のルールは大きく変わった。
 けど。
 剣闘士達の顔ぶれが一新したのはそれだけが理由では無い様だ。

 この二年で状況があれよあれよという間に変化したのにも同じ、理由があるのをあたしは知っている。
 まぁでもそれで助かっていたりもした。
 エトオノファミリーも、隣のクルエセルも、ジム襲撃事件から端を発した『戦争』的な戦いを大大会と冬に行ってしまった結果……お互いに優秀な戦士を殆ど失うという自体になってしまったのである。
 そして二大巨塔の潰しあいに拍車をかけるべく、他の闘技場は好成績を収めエトオノとクルエセルをちょっとした弾き者扱いにし始めた。
 これで、一年経たないうちにエトオノの経営が悪化。
 おかげで。
 ……悪いけどもっかい言う。
 お か げ で 。
 あたしの結婚話はちょっとだけ、遠のいたりした。
 家庭的にそれどころではなくなったのだ。


 当然、というか、カーラスは不機嫌だったけれどね。
 でもあんた、このあたしからこれだけ嫌われて避けられてるのに結婚すれば、それが解消出来るとでも思っているのかしら?
 結婚してしまえばこっちのものだ、今まで実行するに出来ない『乱暴』な事も合法化する~などと恐らく考えているんじゃないだろうか。
 そう思うと結婚なんて冗談じゃないと、あたしは本気で顔を青くしてしまう。
 逃げる事にして正解だ。
 逃げられなかったら……あたしは、ジムには出来ないと否定したけどもしかすると、カーラスの事ぶっ殺しちゃうかもしれない。

 でなければアレよね。
 やっぱり、カーラスはあたしが好きなのではなくて……エトオノという肩書きが欲しいだけかもしれない。
 でも、それならカーラスはあたしにあそこまで執着していないはずなのだ。アイツだっていい年なんだし、もっと遊んでいる噂が立ってしかるべきだと思う。

 不思議とカーラスの周りでは泣いた女の話しか聞いたことが無い。
 おかげで、あたしは女性陣からもちょっとハブられてるんですけどね?カーラスはあんなに誠実で、真面目で良い人なのになんでエトオノの一人娘に振り回されているのだ、可哀想だ、とか何とか。全く、迷惑千万な話だわ。

 だからあたしは仕事をする事で逃避した、というのもあるかもしれない。
 外にこれといった親密な友人を持てなかった。
 方向音痴な事と、エラい権力者の一人娘ってのと、あと……この性格もちょっと……あるか……な。

 今更だけど、パパやラダが奴隷との接触や、剣闘士と触れ合う仕事をあたしにやらせないようにした、その意味が分かってきた気がした。
 あたしがそうやって内に篭るのを彼らは予測していて……案の定、その通りになっている。
 外に足を向ける事が出来なくなって、内に内にと狭い世界に篭ってしまっている。


 あたしは右肩下がりの帳票をつけながら苦笑した。
 この経営不振のお蔭でカーラスとの結婚式が延期したのはいいけれど……。
 このまま景気が下がってどんどん働き手が切られていく……ようはリストラされていく人達を、唇を噛んで見送ってしまう状況をほっぽって、逃げ出してもいいものだろうか。
 などと、思ってしまって。
 あたしは、アベルは本当にお人よしで……態度は大っきいのに気の小さい人だとあたしは思う。
 あたしは、アベールイコはこうじゃない、逃げると決めたら迷わず逃げるわ。
 間違い無い、断言する。

 ……それとも、あたしも実際には少し葛藤したりしているのだろうか?

 観客的に自分がやってるキャラクターを見ていて、あたしは自分との差異に敏感に気が付くんだけど割と、自分は外から見るとあんな風なのかもしれないと思うとちょっと、ぞっとした。
 自覚してない事ってのは結構、あるかもしれない、とかね。


 
「この所のGM君の戦歴は……まさしく怪物級ですね」
 一時カーラスに経営担当を任せ、自身は管理職の方に身を引いたベンジャーさんだったが、この所の不景気を不審に思ってか顔を出して来た。
「困った戦士だ、全戦全勝記録なんぞを伸ばす所為で客は増えるが利益は一向に上がらない」
 カーラスは吐き捨てる様にこの所、貪欲に勝ち続けるジムに向けて悪態をついている。
 勝ち続ける戦士、というのは話題性は抜群ではあるけれど……オッズを定める経営者側も相当な賭けをしなければいけなくなる事もあるのだ。

 というかカーラス、あんたのそのオッズのつけ方絶対悪感情が入ってるわよ?

「GMのトーナメント回数が多すぎます」
 ベンジャーさんも全体的なバランスをチェックし終えて顔を上げてまず、最初にそう切り出してきた。
 カーラスはその指摘に僅かに顔を歪めながらも答える。
「あいつが……もっと戦いを増やせと」
「確かにGMなら言いそうな事ですが、こんなに稼げない剣闘士を何度も出していてはダメだろう」
 確かにジムは、明らかにトーナメント回数が多かろうと不平不満一つ言わずに、戦う為にイシュタルトに誓いをささげるだろう。
 それをいい事に、さっさとジムがくたばるのを狙ってカーラスが無理なトーナメントを組む。
 何となくそんな気配はあたしも感じていたけれど……ベンジャーさんもそう言うならやっぱり、そういうカーラスの悪意が働いていた訳よね。そしてそれが少なからず今の経営不振に加担している。
「……大一番でアレが負ければ」
「確かに大儲けできるでしょう。しかし……私はそんな経営の仕方を貴方に教えたつもりはないのですが」
 真面目な顔でカーラスを見つめるベンジャーさんに対し、カーラスは苦々しい顔で視線を逸らした。
「私情を持ち込んで、貴方は本当にエトオノファミリーを背負っていく気持ちがあるのですか?」
「……信用されていない、と」
「こういう結果があるのですよ?」
 少し乱暴に紙束を机に投げ、決して声を荒げたりする事のないベンジャーさんが大きな声でカーラスに答えた。
「私は、この事を長に説明しなければいけません」
 それだけは辞めてくれ、そのようにカーラスが縋るのかとも思ったが……。
 すでにベンジャーさんが出てきた時点でこうなる事は分かっていたのか。カーラスは唇を噛んで黙っているだけだった。
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