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10~11章後推奨 番外編 ジムは逃げてくれた
◆BACK-BONE STORY『ジムは逃げてくれた -8-』
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◆BACK-BONE STORY『ジムは逃げてくれた -8-』
※これは、10~11章頃に閲覧推奨の、アベル視点の番外編です※
先の試合でジムが生き残った事、別にそれが奇跡的な事だとはあたしは思わない。
しかし、周りはそうではないらしい。
隣とのトーナメントでの敗北イコール、死。
いくら隣の戦士をムダに殺したりしないジムであっても、ある意味因縁深いはずのテリー相手に生きて帰って来れるなどファミリー上層部では誰も、想像出来なかったらしい。
それが無事命を繋いで帰って来たんだもん。
カーラスは血の気が失せていたわね。
あんた、そんなにジムが生き残ったのショックなの?
あたしは……まぁ、こうなるだろう結果は知ってたので別にスゴイとは思わない。
ジムとテリーがどういうやり取りをしているのか、本人から詳細を聞いているあたしやジムと親しい後輩達は皆そうだろう。
しかしそんな僅かな一部以外は、驚きとある意味賞賛でもって彼の生還を迎えた。
「すいませんね、……負けちまって」
見舞いに来たベンジャーさんとその付き添いのあたしに向って、怪我を押しての戦いの末ジムは、医務室のベッドに縛り付けられている。比喩じゃなくて、本当に、縛り付けられているのだ。
剣闘士ってのは血のっ気が多い事もあってね、戦いの後の治療の際、こうやって特別頑丈なベッドに拘束されてしまうのは……割と隷属剣闘士にしてみると伝統的な事だ。色々トラブルがあるのだという。
自分の命を許した相手にガマンがならず、自害したり、怪我を押して報復に走ったり。敗者であればある程トラブルを起こす者は多いから、という理由だそうだ。
まぁでもジムはそんな事しないんだろうけど、でも縛られてる。……伝統だから。
というか、こいつの場合は大した怪我じゃないって病院から逃げ出しそうだからやっぱり、縛っておくべきなのかもしれないわ。
……いや……違うか。
あたしは考えないようにしていた事に意識が達して、密かに眉を潜める。
……割と最近知った事で恥ずかしいんだけど……隷属剣闘士って、負けると大抵『殺せ』って主張するのよね。
それにはちゃんと理由があった。あたし、どうしてなのか本当に知らなかったんだけど……。
負けて帰って来ると、もっと酷い事態が待ってる場合が大半なんだ。
こうやってがっちり拘束されちゃう『伝統』は、勿論敗者である怪我人の事を考えての措置だった。でもそれは過去の事。今は、そうやって動けなくなる事を知った『勝者』があえて命を奪わずにおいて、更に『敗者』を甚振る事が……平然と行われている。一部の悪質な剣闘士は、そうやって、まぁ大変に悪趣味な事だけど、命だけは奪わないでおいてそれ以外を全部むしり取る様な事を平然とやるんだわ。それよりだったら、神聖な舞台の上で死んだ方がマシだ、という訳。
遠征試合で負けて帰って来たって同じだ。我が闘技場の面汚しだとでも適当な理由をでっち上げて、動けない『敗者』を甚振りにくる事だろう。
負けても『殺せ』とは決して言わないジム、いつも、何でもないように笑っている。
負けてしまったら、どんな暴力、及び虐待があっても黙って次まで耐えていたなんて。
……知らなくって。
やっぱり今も、ジムは苦笑しながら唯一自由になる左手で頭を掻きながら笑っている。
「決勝で死人が出ない対抗トーナメントなんて……奇跡に近いですよ」
ベンジャーさんはちょっとだけ嬉しそうだ。
そう、死人は殆ど出なかった。
問題のテリーとジムの戦いの後、勝ち進んだテリーは何故か、エトオノの剣闘士を誰一人として殺さずに、生かした。
無駄に剣闘士を失わなくて済んだのだから、ベンジャーさんにとっては良くやってくれたと褒めたくもなったのだろう。そういうお見舞いなのである。
……ちなみに、あたしがいるのはついで。
自分の家の商品の心配をしてはいけないって事はないじゃない?
主治医の診断結果を貰いにちょっとベンジャーさんが席を離れたのを見計らい、あたしは上半身を起き上がらせているジムの耳を軽く引っ張った。
「……ちょっと」
「いた、いたた」
「わざとらしく痛がるな。……それよりアンタ、何か取引したの?」
「してないよ、兄さんが勝手にやった事だろ?」
囁いて聞いた事に対し、ジムも小声で返答する。
……隣の戦士と仲が良いのは一応、余り上の人には明かしていないようだ。まぁ、これもジムの総合監督であるバックス老の入れ知恵でしょうねぇ。
「問題はアンタよりテリーよねぇ……大丈夫なのかしら」
隣の専属剣闘士であるテリーは……凄い『例外』な人でね、って事は物語の本編を呼んでいる人達には御周知の通りだとは思うけど、長物を一切使わない。武器制限の無い舞台でも、常に拳一つで戦うっていう『変態』闘士だ。だから剣闘士じゃなくて拳闘士というべきなのだろう、一対一の戦いで拳一つに拘る、という……うん、やっぱり『変態』って形容が一番しっくりくるわ。ちなみに、ルビでバカって呼んでも良いと思うわ。
そーいう制限自分で設けている癖にむちゃくちゃに強い、戦いバカの一人。
おとなりさんであり、目下ライバル闘技場であるクルエセル所属の拳闘士テリーの事を心配してしまうあたしの、彼を心配する言動も、あまり人には知られない方がいいだろう事だ。
席を外していたベンジャーさんが戻ってきたので慌てて、あたしは口を閉じる。
「クルエセルには借りが出来ましたね……もしかして、何か取引でもしたのですか?」
「俺にそんなモン出来るアタマやウデがあると思うか?」
自嘲するジムに、しかしベンジャーさんは微笑んだまま返す。
「でも、君は無用に事を荒立てるを良しとしないのだろう。それは、悪い事ではないと私は思いますよ」
「そーっすか?」
……経営側としては、クルエセルと喧嘩腰であるのは良い事じゃないのかな。あたしは、てっきりライバルが在った方が運営に張り合いが在るのかなと思っていたけれど。
「これを機に、少し険悪な隣との状態を改善できれば良いのですが」
ベンジャーさんはため息を漏らし……診断結果が書いてあるのだろうボードをジムに手渡した。
「養生を命じます、春まで試合には出ない事」
「えーッ?」
戦いバカにとってそれは、かなり納得の行かない事らしい。
「今期残すところは大大会のみです、様はそれに出るな、という事ですよ」
「冬は?」
「貴方のガマンと努力しだい、としましょう」
口を歪めて致し方ないというようにジムは気の抜けた返答をしている。
少なくとも3日は安静、という話だったのであたしは、その三晩程、あえて広範囲な夜の散歩をする事にした。いやねぇ、勿論放っておいても良かったんだけど、ヘタするとカーラス辺りが変な事を目論んで、動けない事を良い事にジムの息の根を止める工作をする可能性が少なからずあったものだからさ。
心配するのも癪だったけど、本当に病院縛りの間に悪さする様な奴がいるのか、その噂は本当なのか、知っておきたい気持ちもあったのだ。そうしたら、養生の為に動けない奴を襲いに来る奴って本当に、居るのね……。夜の病院の廊下を、外に巡らされた塀の上から覗き込むように散歩していたあたしと、数人の賊とバッチリ目が合っちゃってね。
あたしがじっと、こんな夜中にあんたたち何してんの?っていう怪訝な顔で見つめてやったもんだからすごすごと帰って行ったわね……あたしは夜目も効くわけだから、病院に忍び込んでいた奴らがどんな面子だったかもちゃんと判別可能だ。
間違いなく、ジム狙いだったろう。いつも彼を目の敵にしている、成績が拮抗していた年長者選手の一団だった。
連続で仕掛けはしないだろうと思った次の日、また別の奴らがこれまた数人吊るんで忍び込んで来ているのを見た。これには、あたしはあえて不審者が居るわと無駄に騒いでやったわ。すると、昼間カーラスが何か恨めしそうな顔であたしを見て居た所、二日目の凶行の大元は奴っぽいわね。
連日の騒ぎに勿論ジムの方でも察するところが在ったようで、大人しくしている事を誓約して一日退院を速めて貰った様である。
三日目にしてようやく恒例の拘束部屋に忍び込んだ賊は、すでにベッドがもぬけの殻である事に悪態をつきながら退散していったのを……あたすは、思わずため息を漏らしながら見守ってしまうのだった。
それから数日後の事。
久しぶりにあたしは、夜遊びに出かける事にした。
もう不良ぶった悪友と遊びまわるような歳ではないらしい。これが落ち着くって奴なのかしらね?
その……何というか。
イシュターラーにとって今のあたしの年齢というのは『適齢期』なのよね。人間の感覚とはちょっとズレてるんだけど、それはまぁ人間より長生きなのだから仕方の無い話な訳で。
つまりだ。
そろそろ腰を据える付き合いをしないといけないのだ。
えーとその……具体的には……ケッコン……という事なんだけど。
アベールイコ的な思考が入るとなんか、すっごい赤面するわね。
結婚ですって!?ひゃぁ、この世界でのアベルはあたしだというのに、そんな一大イベントを仮想空想世界で先取りしちゃう事も出来るなんて、なんかすっごい気恥ずかしいというか、恐れ多いというか。
まだ大した恋愛も経ていないあたしが、結婚!
考えられない、いくら偽装世界とはいえ想像が付かないわよ!
でも割りと、そういう思考であるのは『アベル』であっても同じであるらしい。
メルア先生への片思いに敗れているあたしであるけれど、結婚に向けた諸々の周りの動きに対して何か、実感が沸かない。
あたしには関係ない、そんな感じで傍観している感じ。
とにかく、そういう事があるのでもう気安く酒場なんかに出入り出来ない。あたしってほら、赤い髪で赤い目でエトオノの一人娘だから、どうにも目立ってしまうみたい。
いい年こいた娘が夜遊びなんかしてるって、そんな噂が立ったらエトオノの沽券にも関わるようになっちゃう訳で。
それでもやっぱりあたしは野次馬精神で……隣のクルエセルでのテリーの扱いがどうなったのか気になっちゃってね。まぁ、経営的な面から言ってもこの辺り、情報を入手しておいて損ではない。
という訳で、何もアブない事はしてこないからちょっと情報収集って事でって、パパを拝み倒して夜の街に遊びに行く事にしたのだ。
「……一人かよ」
待ち合わせた外へ続く大きな扉の前で、あたしが一人で来た事にジムは不機嫌そうに言った。
「悪い?」
「カーラスは?」
「殴って沈めておいた」
あたしは腰に手をやり、そっぽを向いて笑って、今しがた振るって来た凶拳を握る。
大体、アンタに対して空気みたいに無視で通すカーラスなんか同行させたら、それだけで場が修羅場になるんだけど?あたし、そんな雰囲気で遊ぶの嫌だし。と、……割と遊ぶ気満々のあたし。
「未来の旦那に向かってそりゃないだろう、少しは俺の立場も考えろよ」
「あ、今すごい殴りたい気分」
あたしは笑いながら拳を固めてジムを振り返る。
しかしいつもなら逃げ腰になる所、今回は譲るつもりは無いようで、ジムは真面目な顔になってあたしを見ていた。それに、あたしは勢いが削がれてしまった。
「あのな、つまりアイツは未来のボスって訳だろ?俺はただでさえ嫌われてるのにさ、このままじゃ俺、ここに居られなくなるんだけど」
「いいじゃん、アンタの腕なら隣でもドコでも雇ってくれるわよ。引っ張りだこよ」
「そうかな?」
不信そうにジムは顔を逸らした。
「大体、あたし嫌だもん。許婚か何か知らないけど……アイツがアンタを嫌うのと同じくらいあたしはアイツの事嫌ってるの、知ってるでしょ?」
「……立場が違うだろうが。お前もいい加減、ちゃらちゃらしてないでもうちょっと歳相応にゴフッ!」
あたしはボディブローを見舞ってジムの言葉を止めていた。
「お……お前……相手の口を塞ぐのに暴力は……ボディは止めろボディは……」
蹲るジムの頭を軽~くはたきながらあたしは笑った。
「あら、この前頭を叩いたら頭は止めろと言ったのはアンタじゃない」
「てゆーか、どつくなこの怪力女ッ」
「怪力女ゆーなッ!」
軌道の読めるだろう安易なストレートパンチを繰り出すと、流石は今や上位剣闘士のジム。ちゃんとあたしの右一撃を両手で受け止めた。
暫く、これで拮抗。
怪力女と呼ばれた通り、あたしは赤い髪と目に由来する古代種先祖返りの所為で、細い腕とは裏腹にものすごい力持ちであったりする。まぁ、昔からそうなのだけどね。
ゆえに、あたしの片腕とジムの両手でようやく拮抗という事になる。
「ぐッ、アベルさん……き、傷に響くんですけどッ!」
弱音を吐いたジムにしかたなく、あたしは拳を納めた。奴は数日前、大人しくしているという誓約をして病院から解放されたばかりの怪我人だ。
「とにかく、ウダウダ言わないでさっさと案内しなさいよ」
「大体、お前が壮絶方向音痴なのが……」
「本気で殴るわよ?」
「……俺、マジメにここの闘技場出た方がいいかも」
別に、あたしは構わないわよ?
エトオノにとっては痛手かもしれないけど、ジムが言った通りカーラスのあのバカが今後ファミリーの経営を担うようになり、いずれ長となるのなら。
その時間違いなく、アンタは経営じゃなくて感情的な理由で契約を切られるnだろうし。
それにあたしは、いくら許婚だとかであろうと……カーラスと一緒になる気なんかさらさら無かったりするし。
アンタがドコに行こうがアンタの勝手よ。好きにすればいいんだわ。
エトオノの若い世代と、同じくクルエセルの若い世代は……すでに、割りと和解が進んでいる。だがこれはまだ、あまり上の人には伝えないでくれと口止めされていた。
まだ彼らには力が無い。
いがみ合っている上位が多い中では、仲良い所など見せられない。
そんな訳で、エトオノとクルエセルの密会酒場なるものがあったりする。元々は別にそういう目的があったわけでは無かったのだが……まぁ、気が付いたらいつの間にやらそうなっていたみたいなのね。
「げ、ジムさん!」
一応ヘタな人に知られない為に、最近は見張りも立っているらしい。
ジムの後輩であるエトオノの剣闘士の少年が、あたしの顔を見て青ざめた。
「あ、アベルさんは拙いのでは?」
「こいつはアホだがバカな事は言わない、大体俺達にコイツの要求を蹴るだけの権力があると思うのか?」
「はい、それは……無い、ですね」
少年は苦笑してうな垂れた。
そう、そういう事よ。
あたしはあたしのことをアホ呼ばわりしたジムの耳を力いっぱい引っ張りながら鼻を鳴らした。
「アホからアホ呼ばわりされたくないわ」
「俺はアホじゃないぞ、バカなだけだ」
「同じじゃないのよ」
「ちなみにお前はバカじゃない。アホだ」
「あんたその減らず口昔っから変わらないわよねぇ~ッ」
両耳を引っ張ってジムを詰っていると……圧倒的に背の高い人物の影が掛かってそちらを振り返った。
「あ、噂をすれば」
「よぉ……嬢ちゃん」
途端あたしは腰に刺していたショートソードの柄に手を掛けた。
流石に、街中で抜くのは物騒だという事はわきまえている。にっこり笑いながらテリーに向かって何度目になるのか忠告。
「だ、か、ら。お嬢と呼ぶなと散々言ったでしょ?」
「お前ん所の姫さんは何でああも融通利かないんだよ」
「知るかよ、すっげぇ俺、迷惑しまくってるよ」
こっそり男どもが囁きあったのをあたしは耳に入れてたので振り返り、睨んで牽制。
「……地獄耳か」
呆れた顔のテリー。
「気をつけろ」
ジムは慌てて視線を逸らしてグラスの中身をいっきに仰いでいる。
あたしはノンアルコールで特別に作ってもらったカクテルを手に、席に戻ってきた所だ。
何度も言うけれど体質的な問題から……一適たりともアルコールは飲めない。
どこで混入するとも限らないので、運ばれてくるモノを口にしない事にしている。目の前で作られたものだけを信用する事にしたのだ。
「で、どうだったのよ」
「どうもこうも、まぁ散々絞られたな、上の連中から」
テリーは肩を竦めて苦笑した。
「どうして俺にトドメを刺さない、ってか?」
クルエセルにしてみれば、あのトーナメントの対戦はジムを殺せる二度目のチャンスだった。
一度目があっただけに、テリーの行動に納得が行かなかったはずである。
実は……こいつらの戦いが問題なのには前科があるのね。
まず一回目で当たった時にジムは、テリーを破った。方やテリーは外対戦では殆ど負け知らずという戦歴を背負っていたので……これは死ぬと観客の誰もがそう思っただろう。
所がこれをジムが許した。
理由は単純だ、ジムがテリーの戦いに敬意を表しただけ、ただそれだけ。ジムはこの時、格上相手に正々堂々と戦って勝ったって感じではなかったのね、だから……何かしらね、戦いバカらしくここで勝敗が付く事を良しとしなかった、とかなんとか言ってたかしら。
しかしテリーの方はそれで納得が行く訳が無い。
……かくして、二回目に当たった時は因縁の対決として大注目があつまり、双方闘技場はエラい儲けさせてもらったものだわ。双方利益が出る一戦と見込んで色々と煽ったものねえ。
その、二回戦での勝敗の針はテリーに傾いた。そして良く分らない理屈であるが……一度情けを掛けられたのでその仕返しという形で。
この時二人は握手で戦いを閉じたのね。
つまり、テリーもジムの命を取らなかった。
それ以来この二人は実力を双方認めて仲良くなっちゃった訳なんだけど、そうなるまでに紆余曲折あったらしいわ。あたしは良く知らないけど、テリー曰くそう簡単に意気投合した訳では無いとの事だ。
で、今回ついに三回目当たってしまった。
数多くの剣闘士が居る中で、しかも所属闘技場が違うというのに三度も対戦カードが巡ってくるというのは実に珍しい事よ。大体、外と対戦だと敗者は死ぬ事が多い訳だし。
その三回目も、テリーが勝ったもののジムの命を取らなかった。それだけではなく、エトオノの剣闘士をすべてねじ伏せて置いて全員生かした。
まぁ、もともとテリーはあまり殺生しない、という噂のある『変態』拳闘士だしね……彼の方で命は取らないものの、負けた者の末路は中々酷い様だ。具体的には、折角命を拾ったのにその次の対戦で命を落とす者が極めて多いらしい。偶然なのか、何なのかは分からないが、そういうジンクスの噂が広まっていて色々と一目置かれている。
「何って答えてごまかしたの?」
あたしは、きっとクルエセルを裏切ったのであろうテリーに耳打ちする。
「ごまかしたつもりは無いぜ。単に、コイツが本調子じゃなかったからな。そんな戦いで勝ったって嬉しくねぇだろ?」
……本当にこいつらの頭の中は良く分らない。
「でもそれじゃぁ理由にならないじゃない」
「十分な理由だ、とりあえず勝った俺に文句は言わせねぇ」
テリーは……ジム以上に唯我独尊であるようだ。クルエセルで暴勇ぶりを発揮しているのだろうなぁ。
後に判る事ながら、この傍若無人ぶりはあたし……アベルに似てるのよね。
それもそのはず、実はテリーは西国の良家のおぼっちゃまだった訳だし。
「で、残りのウチの戦士を許したのは?」
「別に、意味はねぇ。殺したく無いから殺さないで何が悪い?」
あたしは額に手をやった。
間違ってはいないけれど……この男はジム以上に難解な戦いバカだわ。
「兄さんの采配には正直助かってるけど、後輩どもはともかくイカロスとかサアキとかはぶっ殺しておいてもらいたかったけどな」
「問題ない、あいつら大した事無いから大大会で死ぬ」
多分……テリーと戦って負けて、命を助けられても精神的な致命傷からは逃れられないのかもしれない。それで、次の対戦で勝てなくなるのかも。彼のもっぱらの戦術は『武器破壊』だからね。
「ジンクスに潰れる、って奴か、はははー、かもなー」
こいつら。
ついでに年上に対する礼儀が共に、なってない。
あたしは頭痛がするようで額を押さえていた。
まぁこの強気っぷりと実力の高さ、そして戦いにおける純粋さが……フツーに後輩達にウケてんのね。すっかりファンが多い。同じ穴の狢というか、同じような戦いバカというのは自然と集まるものである。
「ところでじょ……アベル」
テリーは慌てて言い直した。……いいでしょう、許す、努力は認めてあげるわ。
「例の黒幕の情報はどうなんだ?掴んでるのか?」
「うーん、それがさっぱりよ。クルエセルは?」
「俺はただの専属拳闘士だぜ?そんな上の話は降りてこねぇよ」
テリーは隷属、じゃぁない。専属、つまり16歳以上でクルエセルに選手登録した外部選手という扱いだそうだ。
もちろんエトオノにもそういう人は居る。専属というのは個人経営会社社員兼社長みたいなもので、いうなればちゃんとした『独立』戦士という事ね。
当然、テリーのこの若さで独立戦士登録というのはかなりの異例だ。
どういう事情なのかはクルエセルサイドからも漏れ聞こえないし、当然テリーも語らないけれど。
「外部から言わせて貰えば……」
あたしたちが座っているテーブルに近寄ってきた戦士をあたしは見上げた。
「あのトーナメントにしろGMの襲撃にしろ、全て狂言だという論を支持するぜ」
「へぇ、そんな噂もあんのか」
エトオノ、クルエセルに属していない別の国営若手戦士の……えっと、名前は忘れた。
けど結構有名だったはずの戦士の言葉にテリーは関心気味に首を回した。見回すとそういう若年層で高名な戦士がこの酒場には多く出入りしているわね。
「狂言か、やっぱり俺さっさと独立しよっかなぁ」
ジムは深刻な顔で空になったグラスを眺めている。
まぁ、身内からあんだけ敵視されてる隷属剣闘士もめずらしい。ジムはこのままエトオノに属し続けたら多分、虐め抜かれるだけだろう。
独立運動にはあたしは割りと賛成かな。
などと思って、はっとなってあたしは眉を潜めた。
別にコイツがどうなろうがどうだっていいでしょうに。なんであたしが心配してやんなきゃいけないんだろう?
「……どうした?」
「何でもない。大大会には今年、出れないもんねアンタ」
独立するなら大大会で好成績を治めるのは必須だわ。
「来年まで、せいぜいがんばりなさいよ」
「はぁ、そっか。早くても来年以降になるよな」
ジムは深いため息を洩らしてうなだれた。
「GM、今年出ないのかよ」
「へッ、ラッキーだったろ?」
「そうじゃねぇって」
いつの間にか話しに加わっていた戦士が、小さくテリーに目配せをする。
「ああ、そうだな。今回のトーナメントのお蔭で計画が狂った」
「んあ?何の話だよ」
と、二人の視線があたしに向けられる。
「……何よ、何かマズい事でも企んでたの?」
「ああ、割とな」
テリーは不敵に笑って肘をついた。
「漏れてたんじゃねぇのかよ、もっと慎重に声掛けろ?」
「だな、悪い。気を付ける……取り合えず今年は……無し、だな」
「しかたねぇだろ。コイツが出ないんじゃ話しになんねぇ」
と指を指されているジムも何やら分かってない顔をしているけれども。
あたしは俄然興味がわいて身を乗り出していた。
「何、何しようとしてたのよ」
「秘密に出来るとは思ってねぇよ、アンタに向けてな」
テリーは諦めたように肩をすくめて笑う。
「いい心がけじゃない」
「ただし、タダで話す訳にはいかねぇ。ぶっちゃけてもらおう」
テリーはにやりと笑って西方人特有の青いきれいな目を眇めた。
「……お前、どうすんの。エトオノ継ぐのか?」
「……は?」
「だから、カーラスっつーあの許婚とマジで結婚すんのかって聞いてるんだよ」
あたしは結婚、という二文字に過剰反応してしまう。席を立ち上がっていた。
「なんでそんなんアンタに話さないといけないのよ!?」
「何でって、そりゃ、クルエセルはそのあたりの事情に興味津々だったりするからだろ?」
テリーは計算高くにやりと笑って空のグラスを揺らした。
ジムは自分のも含めてジョッキおかわりーなどと、隣で気楽に手を振った。
その、自分は関係ないという態度に、あたしはこっそり腹が立っていたりする。
※これは、10~11章頃に閲覧推奨の、アベル視点の番外編です※
先の試合でジムが生き残った事、別にそれが奇跡的な事だとはあたしは思わない。
しかし、周りはそうではないらしい。
隣とのトーナメントでの敗北イコール、死。
いくら隣の戦士をムダに殺したりしないジムであっても、ある意味因縁深いはずのテリー相手に生きて帰って来れるなどファミリー上層部では誰も、想像出来なかったらしい。
それが無事命を繋いで帰って来たんだもん。
カーラスは血の気が失せていたわね。
あんた、そんなにジムが生き残ったのショックなの?
あたしは……まぁ、こうなるだろう結果は知ってたので別にスゴイとは思わない。
ジムとテリーがどういうやり取りをしているのか、本人から詳細を聞いているあたしやジムと親しい後輩達は皆そうだろう。
しかしそんな僅かな一部以外は、驚きとある意味賞賛でもって彼の生還を迎えた。
「すいませんね、……負けちまって」
見舞いに来たベンジャーさんとその付き添いのあたしに向って、怪我を押しての戦いの末ジムは、医務室のベッドに縛り付けられている。比喩じゃなくて、本当に、縛り付けられているのだ。
剣闘士ってのは血のっ気が多い事もあってね、戦いの後の治療の際、こうやって特別頑丈なベッドに拘束されてしまうのは……割と隷属剣闘士にしてみると伝統的な事だ。色々トラブルがあるのだという。
自分の命を許した相手にガマンがならず、自害したり、怪我を押して報復に走ったり。敗者であればある程トラブルを起こす者は多いから、という理由だそうだ。
まぁでもジムはそんな事しないんだろうけど、でも縛られてる。……伝統だから。
というか、こいつの場合は大した怪我じゃないって病院から逃げ出しそうだからやっぱり、縛っておくべきなのかもしれないわ。
……いや……違うか。
あたしは考えないようにしていた事に意識が達して、密かに眉を潜める。
……割と最近知った事で恥ずかしいんだけど……隷属剣闘士って、負けると大抵『殺せ』って主張するのよね。
それにはちゃんと理由があった。あたし、どうしてなのか本当に知らなかったんだけど……。
負けて帰って来ると、もっと酷い事態が待ってる場合が大半なんだ。
こうやってがっちり拘束されちゃう『伝統』は、勿論敗者である怪我人の事を考えての措置だった。でもそれは過去の事。今は、そうやって動けなくなる事を知った『勝者』があえて命を奪わずにおいて、更に『敗者』を甚振る事が……平然と行われている。一部の悪質な剣闘士は、そうやって、まぁ大変に悪趣味な事だけど、命だけは奪わないでおいてそれ以外を全部むしり取る様な事を平然とやるんだわ。それよりだったら、神聖な舞台の上で死んだ方がマシだ、という訳。
遠征試合で負けて帰って来たって同じだ。我が闘技場の面汚しだとでも適当な理由をでっち上げて、動けない『敗者』を甚振りにくる事だろう。
負けても『殺せ』とは決して言わないジム、いつも、何でもないように笑っている。
負けてしまったら、どんな暴力、及び虐待があっても黙って次まで耐えていたなんて。
……知らなくって。
やっぱり今も、ジムは苦笑しながら唯一自由になる左手で頭を掻きながら笑っている。
「決勝で死人が出ない対抗トーナメントなんて……奇跡に近いですよ」
ベンジャーさんはちょっとだけ嬉しそうだ。
そう、死人は殆ど出なかった。
問題のテリーとジムの戦いの後、勝ち進んだテリーは何故か、エトオノの剣闘士を誰一人として殺さずに、生かした。
無駄に剣闘士を失わなくて済んだのだから、ベンジャーさんにとっては良くやってくれたと褒めたくもなったのだろう。そういうお見舞いなのである。
……ちなみに、あたしがいるのはついで。
自分の家の商品の心配をしてはいけないって事はないじゃない?
主治医の診断結果を貰いにちょっとベンジャーさんが席を離れたのを見計らい、あたしは上半身を起き上がらせているジムの耳を軽く引っ張った。
「……ちょっと」
「いた、いたた」
「わざとらしく痛がるな。……それよりアンタ、何か取引したの?」
「してないよ、兄さんが勝手にやった事だろ?」
囁いて聞いた事に対し、ジムも小声で返答する。
……隣の戦士と仲が良いのは一応、余り上の人には明かしていないようだ。まぁ、これもジムの総合監督であるバックス老の入れ知恵でしょうねぇ。
「問題はアンタよりテリーよねぇ……大丈夫なのかしら」
隣の専属剣闘士であるテリーは……凄い『例外』な人でね、って事は物語の本編を呼んでいる人達には御周知の通りだとは思うけど、長物を一切使わない。武器制限の無い舞台でも、常に拳一つで戦うっていう『変態』闘士だ。だから剣闘士じゃなくて拳闘士というべきなのだろう、一対一の戦いで拳一つに拘る、という……うん、やっぱり『変態』って形容が一番しっくりくるわ。ちなみに、ルビでバカって呼んでも良いと思うわ。
そーいう制限自分で設けている癖にむちゃくちゃに強い、戦いバカの一人。
おとなりさんであり、目下ライバル闘技場であるクルエセル所属の拳闘士テリーの事を心配してしまうあたしの、彼を心配する言動も、あまり人には知られない方がいいだろう事だ。
席を外していたベンジャーさんが戻ってきたので慌てて、あたしは口を閉じる。
「クルエセルには借りが出来ましたね……もしかして、何か取引でもしたのですか?」
「俺にそんなモン出来るアタマやウデがあると思うか?」
自嘲するジムに、しかしベンジャーさんは微笑んだまま返す。
「でも、君は無用に事を荒立てるを良しとしないのだろう。それは、悪い事ではないと私は思いますよ」
「そーっすか?」
……経営側としては、クルエセルと喧嘩腰であるのは良い事じゃないのかな。あたしは、てっきりライバルが在った方が運営に張り合いが在るのかなと思っていたけれど。
「これを機に、少し険悪な隣との状態を改善できれば良いのですが」
ベンジャーさんはため息を漏らし……診断結果が書いてあるのだろうボードをジムに手渡した。
「養生を命じます、春まで試合には出ない事」
「えーッ?」
戦いバカにとってそれは、かなり納得の行かない事らしい。
「今期残すところは大大会のみです、様はそれに出るな、という事ですよ」
「冬は?」
「貴方のガマンと努力しだい、としましょう」
口を歪めて致し方ないというようにジムは気の抜けた返答をしている。
少なくとも3日は安静、という話だったのであたしは、その三晩程、あえて広範囲な夜の散歩をする事にした。いやねぇ、勿論放っておいても良かったんだけど、ヘタするとカーラス辺りが変な事を目論んで、動けない事を良い事にジムの息の根を止める工作をする可能性が少なからずあったものだからさ。
心配するのも癪だったけど、本当に病院縛りの間に悪さする様な奴がいるのか、その噂は本当なのか、知っておきたい気持ちもあったのだ。そうしたら、養生の為に動けない奴を襲いに来る奴って本当に、居るのね……。夜の病院の廊下を、外に巡らされた塀の上から覗き込むように散歩していたあたしと、数人の賊とバッチリ目が合っちゃってね。
あたしがじっと、こんな夜中にあんたたち何してんの?っていう怪訝な顔で見つめてやったもんだからすごすごと帰って行ったわね……あたしは夜目も効くわけだから、病院に忍び込んでいた奴らがどんな面子だったかもちゃんと判別可能だ。
間違いなく、ジム狙いだったろう。いつも彼を目の敵にしている、成績が拮抗していた年長者選手の一団だった。
連続で仕掛けはしないだろうと思った次の日、また別の奴らがこれまた数人吊るんで忍び込んで来ているのを見た。これには、あたしはあえて不審者が居るわと無駄に騒いでやったわ。すると、昼間カーラスが何か恨めしそうな顔であたしを見て居た所、二日目の凶行の大元は奴っぽいわね。
連日の騒ぎに勿論ジムの方でも察するところが在ったようで、大人しくしている事を誓約して一日退院を速めて貰った様である。
三日目にしてようやく恒例の拘束部屋に忍び込んだ賊は、すでにベッドがもぬけの殻である事に悪態をつきながら退散していったのを……あたすは、思わずため息を漏らしながら見守ってしまうのだった。
それから数日後の事。
久しぶりにあたしは、夜遊びに出かける事にした。
もう不良ぶった悪友と遊びまわるような歳ではないらしい。これが落ち着くって奴なのかしらね?
その……何というか。
イシュターラーにとって今のあたしの年齢というのは『適齢期』なのよね。人間の感覚とはちょっとズレてるんだけど、それはまぁ人間より長生きなのだから仕方の無い話な訳で。
つまりだ。
そろそろ腰を据える付き合いをしないといけないのだ。
えーとその……具体的には……ケッコン……という事なんだけど。
アベールイコ的な思考が入るとなんか、すっごい赤面するわね。
結婚ですって!?ひゃぁ、この世界でのアベルはあたしだというのに、そんな一大イベントを仮想空想世界で先取りしちゃう事も出来るなんて、なんかすっごい気恥ずかしいというか、恐れ多いというか。
まだ大した恋愛も経ていないあたしが、結婚!
考えられない、いくら偽装世界とはいえ想像が付かないわよ!
でも割りと、そういう思考であるのは『アベル』であっても同じであるらしい。
メルア先生への片思いに敗れているあたしであるけれど、結婚に向けた諸々の周りの動きに対して何か、実感が沸かない。
あたしには関係ない、そんな感じで傍観している感じ。
とにかく、そういう事があるのでもう気安く酒場なんかに出入り出来ない。あたしってほら、赤い髪で赤い目でエトオノの一人娘だから、どうにも目立ってしまうみたい。
いい年こいた娘が夜遊びなんかしてるって、そんな噂が立ったらエトオノの沽券にも関わるようになっちゃう訳で。
それでもやっぱりあたしは野次馬精神で……隣のクルエセルでのテリーの扱いがどうなったのか気になっちゃってね。まぁ、経営的な面から言ってもこの辺り、情報を入手しておいて損ではない。
という訳で、何もアブない事はしてこないからちょっと情報収集って事でって、パパを拝み倒して夜の街に遊びに行く事にしたのだ。
「……一人かよ」
待ち合わせた外へ続く大きな扉の前で、あたしが一人で来た事にジムは不機嫌そうに言った。
「悪い?」
「カーラスは?」
「殴って沈めておいた」
あたしは腰に手をやり、そっぽを向いて笑って、今しがた振るって来た凶拳を握る。
大体、アンタに対して空気みたいに無視で通すカーラスなんか同行させたら、それだけで場が修羅場になるんだけど?あたし、そんな雰囲気で遊ぶの嫌だし。と、……割と遊ぶ気満々のあたし。
「未来の旦那に向かってそりゃないだろう、少しは俺の立場も考えろよ」
「あ、今すごい殴りたい気分」
あたしは笑いながら拳を固めてジムを振り返る。
しかしいつもなら逃げ腰になる所、今回は譲るつもりは無いようで、ジムは真面目な顔になってあたしを見ていた。それに、あたしは勢いが削がれてしまった。
「あのな、つまりアイツは未来のボスって訳だろ?俺はただでさえ嫌われてるのにさ、このままじゃ俺、ここに居られなくなるんだけど」
「いいじゃん、アンタの腕なら隣でもドコでも雇ってくれるわよ。引っ張りだこよ」
「そうかな?」
不信そうにジムは顔を逸らした。
「大体、あたし嫌だもん。許婚か何か知らないけど……アイツがアンタを嫌うのと同じくらいあたしはアイツの事嫌ってるの、知ってるでしょ?」
「……立場が違うだろうが。お前もいい加減、ちゃらちゃらしてないでもうちょっと歳相応にゴフッ!」
あたしはボディブローを見舞ってジムの言葉を止めていた。
「お……お前……相手の口を塞ぐのに暴力は……ボディは止めろボディは……」
蹲るジムの頭を軽~くはたきながらあたしは笑った。
「あら、この前頭を叩いたら頭は止めろと言ったのはアンタじゃない」
「てゆーか、どつくなこの怪力女ッ」
「怪力女ゆーなッ!」
軌道の読めるだろう安易なストレートパンチを繰り出すと、流石は今や上位剣闘士のジム。ちゃんとあたしの右一撃を両手で受け止めた。
暫く、これで拮抗。
怪力女と呼ばれた通り、あたしは赤い髪と目に由来する古代種先祖返りの所為で、細い腕とは裏腹にものすごい力持ちであったりする。まぁ、昔からそうなのだけどね。
ゆえに、あたしの片腕とジムの両手でようやく拮抗という事になる。
「ぐッ、アベルさん……き、傷に響くんですけどッ!」
弱音を吐いたジムにしかたなく、あたしは拳を納めた。奴は数日前、大人しくしているという誓約をして病院から解放されたばかりの怪我人だ。
「とにかく、ウダウダ言わないでさっさと案内しなさいよ」
「大体、お前が壮絶方向音痴なのが……」
「本気で殴るわよ?」
「……俺、マジメにここの闘技場出た方がいいかも」
別に、あたしは構わないわよ?
エトオノにとっては痛手かもしれないけど、ジムが言った通りカーラスのあのバカが今後ファミリーの経営を担うようになり、いずれ長となるのなら。
その時間違いなく、アンタは経営じゃなくて感情的な理由で契約を切られるnだろうし。
それにあたしは、いくら許婚だとかであろうと……カーラスと一緒になる気なんかさらさら無かったりするし。
アンタがドコに行こうがアンタの勝手よ。好きにすればいいんだわ。
エトオノの若い世代と、同じくクルエセルの若い世代は……すでに、割りと和解が進んでいる。だがこれはまだ、あまり上の人には伝えないでくれと口止めされていた。
まだ彼らには力が無い。
いがみ合っている上位が多い中では、仲良い所など見せられない。
そんな訳で、エトオノとクルエセルの密会酒場なるものがあったりする。元々は別にそういう目的があったわけでは無かったのだが……まぁ、気が付いたらいつの間にやらそうなっていたみたいなのね。
「げ、ジムさん!」
一応ヘタな人に知られない為に、最近は見張りも立っているらしい。
ジムの後輩であるエトオノの剣闘士の少年が、あたしの顔を見て青ざめた。
「あ、アベルさんは拙いのでは?」
「こいつはアホだがバカな事は言わない、大体俺達にコイツの要求を蹴るだけの権力があると思うのか?」
「はい、それは……無い、ですね」
少年は苦笑してうな垂れた。
そう、そういう事よ。
あたしはあたしのことをアホ呼ばわりしたジムの耳を力いっぱい引っ張りながら鼻を鳴らした。
「アホからアホ呼ばわりされたくないわ」
「俺はアホじゃないぞ、バカなだけだ」
「同じじゃないのよ」
「ちなみにお前はバカじゃない。アホだ」
「あんたその減らず口昔っから変わらないわよねぇ~ッ」
両耳を引っ張ってジムを詰っていると……圧倒的に背の高い人物の影が掛かってそちらを振り返った。
「あ、噂をすれば」
「よぉ……嬢ちゃん」
途端あたしは腰に刺していたショートソードの柄に手を掛けた。
流石に、街中で抜くのは物騒だという事はわきまえている。にっこり笑いながらテリーに向かって何度目になるのか忠告。
「だ、か、ら。お嬢と呼ぶなと散々言ったでしょ?」
「お前ん所の姫さんは何でああも融通利かないんだよ」
「知るかよ、すっげぇ俺、迷惑しまくってるよ」
こっそり男どもが囁きあったのをあたしは耳に入れてたので振り返り、睨んで牽制。
「……地獄耳か」
呆れた顔のテリー。
「気をつけろ」
ジムは慌てて視線を逸らしてグラスの中身をいっきに仰いでいる。
あたしはノンアルコールで特別に作ってもらったカクテルを手に、席に戻ってきた所だ。
何度も言うけれど体質的な問題から……一適たりともアルコールは飲めない。
どこで混入するとも限らないので、運ばれてくるモノを口にしない事にしている。目の前で作られたものだけを信用する事にしたのだ。
「で、どうだったのよ」
「どうもこうも、まぁ散々絞られたな、上の連中から」
テリーは肩を竦めて苦笑した。
「どうして俺にトドメを刺さない、ってか?」
クルエセルにしてみれば、あのトーナメントの対戦はジムを殺せる二度目のチャンスだった。
一度目があっただけに、テリーの行動に納得が行かなかったはずである。
実は……こいつらの戦いが問題なのには前科があるのね。
まず一回目で当たった時にジムは、テリーを破った。方やテリーは外対戦では殆ど負け知らずという戦歴を背負っていたので……これは死ぬと観客の誰もがそう思っただろう。
所がこれをジムが許した。
理由は単純だ、ジムがテリーの戦いに敬意を表しただけ、ただそれだけ。ジムはこの時、格上相手に正々堂々と戦って勝ったって感じではなかったのね、だから……何かしらね、戦いバカらしくここで勝敗が付く事を良しとしなかった、とかなんとか言ってたかしら。
しかしテリーの方はそれで納得が行く訳が無い。
……かくして、二回目に当たった時は因縁の対決として大注目があつまり、双方闘技場はエラい儲けさせてもらったものだわ。双方利益が出る一戦と見込んで色々と煽ったものねえ。
その、二回戦での勝敗の針はテリーに傾いた。そして良く分らない理屈であるが……一度情けを掛けられたのでその仕返しという形で。
この時二人は握手で戦いを閉じたのね。
つまり、テリーもジムの命を取らなかった。
それ以来この二人は実力を双方認めて仲良くなっちゃった訳なんだけど、そうなるまでに紆余曲折あったらしいわ。あたしは良く知らないけど、テリー曰くそう簡単に意気投合した訳では無いとの事だ。
で、今回ついに三回目当たってしまった。
数多くの剣闘士が居る中で、しかも所属闘技場が違うというのに三度も対戦カードが巡ってくるというのは実に珍しい事よ。大体、外と対戦だと敗者は死ぬ事が多い訳だし。
その三回目も、テリーが勝ったもののジムの命を取らなかった。それだけではなく、エトオノの剣闘士をすべてねじ伏せて置いて全員生かした。
まぁ、もともとテリーはあまり殺生しない、という噂のある『変態』拳闘士だしね……彼の方で命は取らないものの、負けた者の末路は中々酷い様だ。具体的には、折角命を拾ったのにその次の対戦で命を落とす者が極めて多いらしい。偶然なのか、何なのかは分からないが、そういうジンクスの噂が広まっていて色々と一目置かれている。
「何って答えてごまかしたの?」
あたしは、きっとクルエセルを裏切ったのであろうテリーに耳打ちする。
「ごまかしたつもりは無いぜ。単に、コイツが本調子じゃなかったからな。そんな戦いで勝ったって嬉しくねぇだろ?」
……本当にこいつらの頭の中は良く分らない。
「でもそれじゃぁ理由にならないじゃない」
「十分な理由だ、とりあえず勝った俺に文句は言わせねぇ」
テリーは……ジム以上に唯我独尊であるようだ。クルエセルで暴勇ぶりを発揮しているのだろうなぁ。
後に判る事ながら、この傍若無人ぶりはあたし……アベルに似てるのよね。
それもそのはず、実はテリーは西国の良家のおぼっちゃまだった訳だし。
「で、残りのウチの戦士を許したのは?」
「別に、意味はねぇ。殺したく無いから殺さないで何が悪い?」
あたしは額に手をやった。
間違ってはいないけれど……この男はジム以上に難解な戦いバカだわ。
「兄さんの采配には正直助かってるけど、後輩どもはともかくイカロスとかサアキとかはぶっ殺しておいてもらいたかったけどな」
「問題ない、あいつら大した事無いから大大会で死ぬ」
多分……テリーと戦って負けて、命を助けられても精神的な致命傷からは逃れられないのかもしれない。それで、次の対戦で勝てなくなるのかも。彼のもっぱらの戦術は『武器破壊』だからね。
「ジンクスに潰れる、って奴か、はははー、かもなー」
こいつら。
ついでに年上に対する礼儀が共に、なってない。
あたしは頭痛がするようで額を押さえていた。
まぁこの強気っぷりと実力の高さ、そして戦いにおける純粋さが……フツーに後輩達にウケてんのね。すっかりファンが多い。同じ穴の狢というか、同じような戦いバカというのは自然と集まるものである。
「ところでじょ……アベル」
テリーは慌てて言い直した。……いいでしょう、許す、努力は認めてあげるわ。
「例の黒幕の情報はどうなんだ?掴んでるのか?」
「うーん、それがさっぱりよ。クルエセルは?」
「俺はただの専属拳闘士だぜ?そんな上の話は降りてこねぇよ」
テリーは隷属、じゃぁない。専属、つまり16歳以上でクルエセルに選手登録した外部選手という扱いだそうだ。
もちろんエトオノにもそういう人は居る。専属というのは個人経営会社社員兼社長みたいなもので、いうなればちゃんとした『独立』戦士という事ね。
当然、テリーのこの若さで独立戦士登録というのはかなりの異例だ。
どういう事情なのかはクルエセルサイドからも漏れ聞こえないし、当然テリーも語らないけれど。
「外部から言わせて貰えば……」
あたしたちが座っているテーブルに近寄ってきた戦士をあたしは見上げた。
「あのトーナメントにしろGMの襲撃にしろ、全て狂言だという論を支持するぜ」
「へぇ、そんな噂もあんのか」
エトオノ、クルエセルに属していない別の国営若手戦士の……えっと、名前は忘れた。
けど結構有名だったはずの戦士の言葉にテリーは関心気味に首を回した。見回すとそういう若年層で高名な戦士がこの酒場には多く出入りしているわね。
「狂言か、やっぱり俺さっさと独立しよっかなぁ」
ジムは深刻な顔で空になったグラスを眺めている。
まぁ、身内からあんだけ敵視されてる隷属剣闘士もめずらしい。ジムはこのままエトオノに属し続けたら多分、虐め抜かれるだけだろう。
独立運動にはあたしは割りと賛成かな。
などと思って、はっとなってあたしは眉を潜めた。
別にコイツがどうなろうがどうだっていいでしょうに。なんであたしが心配してやんなきゃいけないんだろう?
「……どうした?」
「何でもない。大大会には今年、出れないもんねアンタ」
独立するなら大大会で好成績を治めるのは必須だわ。
「来年まで、せいぜいがんばりなさいよ」
「はぁ、そっか。早くても来年以降になるよな」
ジムは深いため息を洩らしてうなだれた。
「GM、今年出ないのかよ」
「へッ、ラッキーだったろ?」
「そうじゃねぇって」
いつの間にか話しに加わっていた戦士が、小さくテリーに目配せをする。
「ああ、そうだな。今回のトーナメントのお蔭で計画が狂った」
「んあ?何の話だよ」
と、二人の視線があたしに向けられる。
「……何よ、何かマズい事でも企んでたの?」
「ああ、割とな」
テリーは不敵に笑って肘をついた。
「漏れてたんじゃねぇのかよ、もっと慎重に声掛けろ?」
「だな、悪い。気を付ける……取り合えず今年は……無し、だな」
「しかたねぇだろ。コイツが出ないんじゃ話しになんねぇ」
と指を指されているジムも何やら分かってない顔をしているけれども。
あたしは俄然興味がわいて身を乗り出していた。
「何、何しようとしてたのよ」
「秘密に出来るとは思ってねぇよ、アンタに向けてな」
テリーは諦めたように肩をすくめて笑う。
「いい心がけじゃない」
「ただし、タダで話す訳にはいかねぇ。ぶっちゃけてもらおう」
テリーはにやりと笑って西方人特有の青いきれいな目を眇めた。
「……お前、どうすんの。エトオノ継ぐのか?」
「……は?」
「だから、カーラスっつーあの許婚とマジで結婚すんのかって聞いてるんだよ」
あたしは結婚、という二文字に過剰反応してしまう。席を立ち上がっていた。
「なんでそんなんアンタに話さないといけないのよ!?」
「何でって、そりゃ、クルエセルはそのあたりの事情に興味津々だったりするからだろ?」
テリーは計算高くにやりと笑って空のグラスを揺らした。
ジムは自分のも含めてジョッキおかわりーなどと、隣で気楽に手を振った。
その、自分は関係ないという態度に、あたしはこっそり腹が立っていたりする。
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